第1章⑷
校門を入ると莉里が「君は今日、初登校だけど教室に行っちゃうの?それとも職員室?」と聞いてくる。
和也は確かにという表情をすると少し考えて、常識的に考えてまずは職員室だろう。ということになり、彼女に場所を聞いてから職員室に向かうことにした。
下駄箱まで一緒に行き、空いている場所に靴を仕舞うと校舎用の靴に履き替えてから莉里と別れた。
莉里は別れ際に「また、後で。」と言いながらヒラヒラと手を振っていた。
和也も「うん。後で。」と返して彼女に教えてもらった通りに職員室に向かう。
職員室というのは何もしてないとしても、つい緊張してしまい背筋を正してしまう。
和也は一呼吸を置いてから扉を開ける。
「失礼します。」と言い、中に入ると朝会の用意にそれぞれ忙しそうに動く先生たち。
和也は扉近くにいた先生に声を掛ける。
「おはようございます。先生、少しだけ良いでしょうか?」
和也が声を掛けた先生は少し迷惑そうな表情が一瞬だけ出たがすぐに作り笑顔を浮かべると「はい、なんですか?」と答える
「忙しい時間にすいません。僕、今日から特別支援学科の1年に編入という形で通うことになった進藤 和也と言います。今日が初めての登校なので担任のご挨拶をしたいのですが、」
和也が特別支援学科と言った瞬間にさっき隠した迷惑そうな表情を露骨に出した。
「あー、少し待っててね。」
「お、お手数をお掛けします〔なんだよ。明らかに態度変わったな・・・〕。」
先生は立ち上がると窓際の方に向かって、「雨宮先生。ちょっと来てください。」と和也のおそらく担任になるであろう先生を呼ぶ。
雨宮先生と思われる明らかに職員室で異質な程に美人な女性教師がこちらに近づいてくる。
「今日から特支に通う生徒さんだそうです。」
「あら、遠藤先生。ありがとうございます。えーっと、御名前は?」
雨宮先生は和也に話しかける。
「進藤 和也です。よろしくお願いします。」
遠藤先生は和也と雨宮先生に聞こえるか聞こえないかの声で「初登校の連絡くらいしっかりしとけ、特支」と吐き捨てる感じにつぶやく。
和也は不機嫌だったりしてもあまり表情に出ないのだがこの時は少しだけ表に出てしまった。
雨宮先生は和也の背中をポンっと叩くと「用意してくるから、ちょっとだけ待っててね。」言いながら和也をさり気無く職員室から出すようにしつつ自分の席の方に向かう。
和也は職員室を出ると少しイライラした気持ちをどうにかしようと深呼吸をした。
「お待たせ、いきましょうか。進藤くん。」
雨宮先生は手に出席簿と何かのプリントを持っていた。
和也は「プリント、教室まで運びます。」と言い、雨宮先生からプリントの山を受け取るためにカバンを脇に挟む。
雨宮先生は目を丸くすると「別に気を遣わなくても、でも助かります。」と言い和也にプリントの山を渡した。
和也と雨宮先生は教室まで歩く中で簡単なお互いの自己紹介をした。
雨宮先生こと、雨宮清香。
昨年にこの学園に初めての赴任してきた新人の先生。
和也の主観ではあるがどこか育ちの良さがあり、お金持ちのお嬢様なのではないかと思っていた。
雨宮先生は和也の情報が知りたいようで質問をしてくる。
「進藤くんは、御実家は近いの?」
「いえ、僕の地元は栃木の田舎の方なんですよ。」
「栃木かぁ、新幹線で通ったことはあるけど行ったことないですね。」
雨宮先生は出席簿に挟んでいたメモ用紙に書き込んでいた。
それからも中学時代の頃のことや好きなことなどいろいろ聞かれた。
「進藤くんってなんていうか。」
「はい。なんですか?」
「最初見た時は丸くてちょっと真面目だけみたいな感じだったけど、話してみると話し方とか体型とかなんかふわふわしたゆるキャラみたいですね。」
和也は思わず足を止めた。
〔俺も分かったことがあります。雨宮先生、その発言をしてしまうあたり、あなたはかなりの天然キャラですね。〕
心の中でそうつぶやくと再び脚を動かした。
「せ、先生、それはどういう・・・。」
「褒め言葉です。」
雨宮先生は笑顔でそういうと脚を止めて、和也を見る。
和也はチラッと教室を見るとそこには特別支援学科1年の文字があった。
どうやら話をしている間に着いたらしい。
「職員室では不愉快な思いをさせちゃって、ごめんなさい。特支科はあんまり良い目で見られてないから・・・。」
「ま、まあ、先生が悪い訳では・・・〔今朝のあの先生の態度から何となくそれは感じていた〕。」
雨宮先生が和也が持っていたプリントを受け取ると教室のドアを開ける。
「おはようございます。朝のホームルームを始めるので席に着いて下さい。」
雨宮先生は教室に入りながら生徒たちに挨拶をする。
それまで教室で自由に動いていた生徒たちはパラパラと自分の席に着き始めた。
和也は雨宮先生の後に続くように教室に入った。
教室を見渡すとその場にいる生徒たちは誰もが納得する程の美男美女が大半を占めていた。
中には少しパッとしない人もいるがそれでもかなりの見た目偏差値の高さだ。
和也はそんな煌びやかなで爽やかな香りがしそうな空間に場違い感を感じていた。
「ホームルームを始める前にまずは今日からこのクラスに通うことになった仲間を紹介します。」
雨宮先生が改まって言う前からまわりはザワザワとしていた。
「誰?」とか、「なに、アレ?」とか、「なんか丸いのがいる。」とか、もう教室中で和也について話されていた。
そんな中、莉里は笑顔で軽く手を振っていた。
和也は教室でも変わらない莉里の存在にホッと胸を撫で下ろした。
和也は改めて教室にいる人を確認するように見渡す。
そして、和也は窓際に座り外を見る一人の生徒を見つけ、思わず視線を止めた。
〔あの子は・・・。〕
和也の視線の先にはあの試験の日に出会った彼女がいた。
和也がこの場に来る理由になった彼女がそこにいた。
名前も知らない、話したことも彼女に鍵を渡すために話した僅かな言葉。
視線を向けていると彼女が外に向けていた視線を和也に向ける。
彼と彼女が再び出会い、再び視線を交じり合わせた時にまた運命という時計が僅かに動く。
ーーーーーーーそんな気がした。