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カタコンベ  作者: 朧塚
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PAPER 3‐2


<ああ、ええ。これから商談に向かう予定なのですよ>

 電話の向こうの相手は、珍しく緊張しているみたいだった。

「そうですか。私の方はBN社の幹部の護衛の為に、地下世界のトーナメントに向かっています。私個人としても、物凄い楽しみですね。いっそ、参加したいくらいだ」

 エンプティは、喪服のような黒い背広に身を包みながら、口元を歪めていた。

「処で、アビューズは、そちらで何か粗相されてませんか? あいつ、敬語もマナーも出来ないから、スーツも着れない。ネクタイを結べない奴でして……」


<私としては、“御使い”の方々が直々に護衛を行って下さり、すごくありがたいですよ>

 エンプティは、電話の向こうの相手に、強い親しみを覚えていた。


 エンプティはスマートフォンを閉じる。

 電話の相手は、此処、最近、頭角を現してきた若社長のウキヨだった。彼は自分と似ている。愉快犯的な部分がだ。そして、潜在的には、自分よりも、頭が切れるのではないか。

 ウキヨは“能力者”では無い。

 だからこそ、興味深い。



「まあ、何でもいいけど、さっさと商談終わらせてしまおうぜ」

 アビューズは大あくびをする。

 彼の今回、エンプティから言い渡された任務は、ウキヨという武器商人の護衛だ。

 ウキヨは紺色のスーツを見に付け、特徴的な、薄笑いを浮かべていた。

 アビューズは、真っ赤なローブに、頭を真っ赤なフードで覆っていた。そして、腰元には、刺身包丁を刀のように身に付けていた。

 

 そこは、何かの工場だった。

 青白い炎のように、壁が輝いている。

「僕、こんな場所に来るのは初めてなんですよね、アビューズさま。宜しくお願いします」

 ウキヨは、少し気だるそうにしている護衛の態度に、不快を示すわけでもなく、少々、慇懃な口調で、護衛に頭を下げる。

「まぁー、交渉相手が面倒な事しようとしたら、刃物を喉に向けるよ。そうすれば、大抵の奴は、黙るしなあ」

 アビューズは、左腰に下げている刺身包丁の柄を右手で引き抜いて、豆腐でも切るように、壁に刃を突き立てる。謎の金属で出来た壁の一部が、地面に転がる。まるで、スプーンを一口入れたプリンのように、光を発する金属の壁に窪状の穴が開いていた。

「見事な剣技ですね」

 ウキヨが眼を見開く。対するアビューズの方は、険しい顔をしていた。

「堅いな……。どんな鉱物で出来ているんだ? こりゃ」

 彼は青白く光る壁を見続ける。

「鉄でもコンクリートでも無い。ダイアでも無ぇ。色々、斬ってきたがあ。こんな堅い物質は中々、無いな。あるとすれば“能力者”の皮膚や筋肉、“生体兵器”の甲殻、……もしかすると、この空間自体が何か巨大な生き物の身体の中なのかもな……」


 通路の途中、行き止まりだった。

「おかしいですね、場所はこちらの筈ですが」

「おいおい、この建物は初めてきたんじゃないのかよ?」

「データで、送られてきた地図を覚えてきたのですが。私とした事が……。おかしいなあ、中々、道を間違える事は無いんですがね」

 そう言うと、ウキヨは、頭を軽く下げる。

 アビューズは眉間に皺を寄せた。

「お前って、地図見て全部、道とか覚えられるの?」

「はい。あまり道に迷いませんから」

 アビューズは方向音痴である為に、彼の言っている事がさっぱり理解出来なかった。ウキヨは困ったような仕草を、仮面でも張り付けたように浮かべていた。

 

≪肉と霊、どちらがお好み?≫

 何処かにスピーカーでも内臓されているのだろうか、声が聞こえてくる。

「肉で」

 赤ずきんを被った男は、咄嗟に答えた。

 すると、閃光が迸り、行き止まりの通路に亀裂が走っていく。数秒後、部屋が自動ドアのように開かれる。

 中は、王座のような場所になっていた。

 中央には、一つの巨大なカプセルが置かれていた。

 ウキヨは驚き、アビューズは包丁の柄に指をそえる。

 カプセルの中から、最初、ブーツを履いた脚が生まれ、次第に植物でも伸びるように、露出した太股、ドレス、コルセット、ビスチェ、そして首、顔、髪が創られていく。

 そいつは、ブーツを前に出した。

 そして、うやうやしくお辞儀をする。

「あらあら、皆さま、初めまして。わたくしはフルカネリと言いますの」

 そいつは、全身から鈍く光り輝く黄金色の帯をマントのように、あるいは翼のように発していた。


「随分とコケティッシュなお姿ですね」

 そういうウキヨの視線は、明らかに露出度の高い豊潤な胸元に向いていた。それを見て、アビューズは悪戯っぽく、胸がメチャクチャでかいな、と述べた。

「うふふふっ、とても嬉しいですわ」

 妖艶な微笑を、フルカネリは浮かべる。

「最初の質問は何の意味だ?」

 赤ずきんは訊ねる。

「霊、って答えていたら、どうしていた?」

「あら? そちらがお好きですの?」

 フルカネリも、楽しそうだった。

 瞬間。

 まるでスロットでも回転するように、部屋の後ろ半分がフルカネリごと消滅して、別のものへと変わっていた。

 そこには、丸型のリンゴのような形をしたカプセルの中にフルカネリが入っていた。先程と違い、肉体が半透明になっている。フルカネリは両手を合わせようとする、手と手が透過して、そのまま掌が合わさる事は無い。

「あら? 今のわたくしはホログラムの精神体なのですの。血肉を持った身体はお嫌いでした?」

 そう言いながら、フルカネリは、重力を無視して宙に浮かび、天井を地面にしていた。逆さ吊りになりながら、髪などが地面に落ちる事は無い。

 ウキヨは拍手を行う。

 アビューズの方は、力を誇示するのが好きなんだな、と毒付く。


「さて、商談に移りましょうか」

 フルカネリは告げる。

「ですね」

 ウキヨの両目は輝いていた。

 アビューズは少しだけ疲れたような顔をすると、壁に寄り掛かって、二人の様子を眺めていた。


 そして、この二人は、邪悪な取り引きを行っていた。

 取り引きといっても、半分以上は、歓談ばかりで、世界の情勢をどうするべきか、武器商人達はどのように動くべきか、

 ウキヨは、フルカネリという最低何百年以上も生き続けている錬金術師から、様々なアドバイスを受けているみたいだった。

 アビューズは、それを眺めていた。

 吐き気を催す、サディスティックな内容ばかりだった……。



 エンプティは、アビューズの上司だった。彼が所属している暗殺組織『御使い』のリーダーの一人だ。エンプティには、大きな恩がある。

 だが……。

 アビューズには、殺し屋、始末屋、としての生き方しか知らない。

 その外の生き方を知りたい。

 もう、二十も半ばだ。

 それ以外の生き方を探るには、少し遅すぎるかもしれない。遅すぎる、新しい人生の旅立ちを考えても、いいんじゃないか、と、少し前から考えている。

 きっと、殺す事に、疲れているのだろう。


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