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カタコンベ  作者: 朧塚
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PAPER 3‐1


 夕方の通学路だった。

 彼女はLINEをいじっていた。

 大学の友人達、といっても、浅い付き合いの友人達は、彼女の事に対して、よくない噂をしている事を知っている。それでも、彼女は表面上、友人達に対して、仲の良い素振りを見せていた。

 LINEのやり取りは、他愛も無いものだったが、ヴェンディにとっては、おそらくは、価値のある時間であり、行為だった。


 スマートフォンにメールが届く。

 別のサークルの友達の飲み会を何とか断ってきた、という内容だった。

 それから、十五分くらい経過した。

 その間に帰り道の途中にある公園で用を足す。セミロングの黒髪に、オリーブ・グリーンの瞳が映っていた。少し前まで、未成年だった為に、その面影を残している。


 公園の入り口で待っていると、ヴェンディの下に、一人の若者が現れる。顎に無精髭があるが、童顔だ。身長は170を少し超えている。そこそこ筋肉質だが、少し奥手なところがあって、ヴェンディが初めての恋人らしい。


「やあ、ポッパ。大切な彼女を待たせるなんて、失礼な男だな!」

「ごめんごめん、高校時代からの付き合いがある奴で、どうしても断りづらくってさあ」


 就職は、彼とは違う処になるだろう。

 彼には、今の職業の事は言っていない。巻き込んではいけないと思っているからだ。何でもない日常を送る事。そういったささやかな幸せを大切にしたい。


 大学の友人達には、夜の仕事をしていると言っている。恋人にも。

 だが、ヴェンディのやっている事は、夜の仕事では無く“闇の仕事”といった方が適切だった。

 高校の頃にスカウトされたのだ。


「じゃあ、イチゴのパンケーキおごってね。遅れたおわびに」

「いいよ、それくらい」

 ポッパは柔らかな笑みを浮かべる。

「あ、それと。今日、いきなりバイト入っちゃって、どうしても出てくれってさ」

「おいおい、マジかよ。なー、あんまりそういう仕事、やめなよ。噂になっているし」

「大丈夫だよ。接客だけで済ませているから。だって、私はポッパのモノだしっ!」

「そうか。ホントに、危ない勧誘とかあれば、断れよ?」

「うん、そうする!」

 ヴェンディは、何処までも、彼氏との平穏な日常を大切にしていた。何に代えても、守りたいものだと考えていた。


 やがて、日は暮れる。

 二人の影は、長く伸びていた。



 Vendettaというのは、血の復讐、報復、長期に渡る不和や、抗争、という意味を、持つらしい。

 彼女の名は、ヴェンディ……、組織の中では「ヴェンデッタ」という名前を使っていた。

 彼女は、ズボンのホルスターにしまわれた銃を軽くいじる。

 白いブラウスの第一ボタンと第二ボタンは開けて、純銀のネックレスが見えるような格好をしていた。軍服姿の男女に囲まれる中、彼女だけは、何処にでもいる女子大学生風、といったようなカジュアルな格好をしていた。


 その夜、彼女は、上司からの命令があり、大学の帰りに、上司の下へと向かう事になったのだった。


「それで、この画像の女を殺して欲しいわけね」


 彼女の傍らには、白髪の混ざった老人がいた。

 ジョージ・バークス、それが彼の名前であり、六十を過ぎていた。この国の与党議員をしている。

 バークスは、任務に失敗した、女司令官を睨む。

「さて、我が国の“圧倒的武力”。そこの無能の処罰を行って欲しいのだがな」

 バークスは、タバコを吹かしながら、とても嗜虐心を帯びた瞳で、女司令官を見る。

 ヴェンデッタは、少しだけ、憐れむような眼で、これから始末するべき相手を見ていた。


「貴女が無能だから、私が出勤する事になるのよ。それは分かっているのかしら?」

 軍服を着た女司令官は、かしづきながら、項垂れる。


 彼女は、まじまじと、挑発的に損壊された死体と、文字の写った写真を見ていた。

「お前、司令官だったんでしょ? 無能な司令官はいらないそうよ」

 そう言うと。

 ヴェンデッタは、取り出したマグナムを、軍服の女の前に付き出す。引き金は引かれる。周囲にいた、彼女の部下達は尻ごみしていた。

 女司令官の下顎から上は無くなっていた。舌がひくひく、と動いている。

 

「さて、バークス議員。この赤髪の女。顔を覚えたわよ。後、ファントム・コートだっけ? この私が殺せばいいの?」


 彼女は地面に落ちた軍帽を手に取る。そして、それを後ろに放り投げた。

 今度は、別の拳銃を取り出して、振り返りもせず、背後に投げた軍帽を撃つ。引かれた撃鉄は六回だった。

 全て、放り投げた軍帽に命中している。しかも、一発目で開けた孔を通って、残りの五発は空を飛んでいった。

 彼女はリボルバーをホルスターに仕舞う。

「カウボーイ風に面と向かって、殺り合うか。暗殺か、どうしよっかなあ?」

「好きにするといい。どちらも私は満足がいく」

 バークスは、タバコを高級灰皿に押し付ける。

 ヴェンデッタは、鼻歌を歌っていた。

 帰りには、大切な彼氏の為に、クッキーの材料を買いにスーパーに寄ろうと思う。この前はマフィンで失敗した。塩を入れ過ぎた。今度こそ成功させたい。



 彼女は普通の人間になりたい。

 普通の生活を送りたい。


 それが、ヴェンディの唯一の願いだった……。



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