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カタコンベ  作者: 朧塚
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PAPER 12


「生きて、国境を越えられると思ったのですか?」

 ターバンを撫でながら、元上司は、柔和な笑みを浮かべて、赤い服の上から、分厚いコートをまとう、アビューズに対して訊ねた。

 山岳地帯だった。


「あんたには、感謝している。ずっと世話になったな」

「その恩を忘れて、私を裏切りますか」

 彼の瞳は、何処までも、冷酷そうな視線をしていた。

「私は貴方が御使いを抜ける事までは許容出来ました。けれども、ウキヨさまのような一部の方を除き、私の依頼主達を殺して回った。私の立場上、貴方は始末しなければなりません」

「どうしようもないんだな?」

「そうですね。つまり、そういう事です」


 ザ・ステートの国境は、軍人達が監視していたが、そんなものはアビューズの身体能力を使えば、彼らに気付かれる事なく、簡単に越える事が出来た。


「エンプティ、俺のこれからの人生を邪魔するなよ。たとえ、俺の師匠であろうが、恩人だろうが。ここでブチ殺すぜ?」

 赤ずきんは、包丁の柄を強く握り締める。


「バークス含め、武器商人達や外資系企業の社長達を大量に殺しましたね?」

「ああ、ウキヨのあの薄ら顔は斬り付けてやれなかったがな」


 二人の間に、砂塵が舞う。

 辺りには、森の木々が生い茂っていた。


「私の能力は分かりますね」

「ああ、よく知っている」


「『ナイトメア・サイクル』」

 虚無(エンプティ)は、自身の超能力を使う。

 辺り一面の空間が歪む。まるで景色全体が変容し、変形していったかのようだ。


 辺りから、無数の死者達の姿が現れる。


「闘技場にいたネクロマンサー(死霊術師)達の能力を、複製する事にしました。貴方の死に様には、それが相応しい」


「勿論、貴方の能力もコピー出来ます。貴方がよく知っている通り」

 エンプティは、懐から刃物を取り出す。柄を握っていれば、何でも切れる刃になる。


「制限だって多い筈だ……」

 アビューズは、コートを脱ぎ捨てて、真っ赤なローブ姿になる。

「そんなに無いですよ。この辺りで使われた能力者の能力を、フラッシュバックさせて、使用する事が出来る。せいぜい、神様レベルの超越した者の力以外なら、大体、コピー出来ますね。たとえば、ウキヨのビジネス相手の、フルカネリとか、それくらいのものはコピー出来ない。大抵の能力者のものはコピー出来ます」

 エンプティは、不敵な顔をしていた。自信に満ち溢れている。


「もちろん、圧倒的武力とバークスから呼ばれた、ヴェンデッタの力も使えます」

 エンプティは、左手から、ハンドガンを取り出す。

「貴方が何処に逃れても、私は貴方の方角が分かる。森に隠れようが、どうしようが」

 彼はみなぎる程の自身に満ちた眼で、アビューズを見ていた。まるで、彼を糾弾するような眼差しだ。


 ゾンビ達は、強力な強さを持っていた。

 ロタンの幽霊騎士達が、手に持った剣や槍で、アビューズを攻撃する。

 アイーシャの機械兵達が、巨大な大剣を持って、アビューズに襲い掛かる。


 アビューズは、跳躍していた。


 赤い、線が走る。

 一撃だった。

 一撃の下で、エンプティの首に刃物を入れていた。


 エンプティは、地面に崩れ落ちる。


「どんなに凄い能力を使えても、術者と違って、使いこなせてないだろ? それがお前の弱点なんだよ。能力者の持っている能力は、そいつが自分の力を熟知していているから、強いんだよ。だから、お前はなんていうか……。パクって、弱体化させているだけだろ」


 アビューズは、その場を走り去る。

 これから手にしたものは、きっと自由なのだろう。



 一時間程、経過した頃だろうか。

 倒れている、エンプティの死体が崩れて、植物へと変わっていく。

 そして“意識の切り替え”を行う。

 数百メートル程離れた林の中だった。


「グラーグというネクロマンサーがいまして、自分の分身を作成して戦っていました。多分、臆病なのでしょう。私は、それをコピーしたんですよね」

 エンプティは、この場から去っていく、アビューズの後ろ姿を確かに見ていた。

 全ては、分かり合えない。

 いつか、この日が来るだろうと、お互いに分かっていたのだろう……。


「我々の想いは違います。アビューズ。私は、貴方を、我が子か、せいぜい、弟のように思っていました。……でも、貴方は貴方の道を選んだ、それで良いのだと思う……」


 自分も少し、休息しよう。

 これから、コーヒーでも飲みに、カフェに向かおう。


 彼の顔は、何処か誇らしげで、晴れ晴れとしていた。



 強大な力を持つ、ある一人の能力者がいた。

御使い、という名称を作ったのは、彼である、という説がある。


 彼は天変地異を起こし、地震や津波、竜巻などの災害を起こす事の出来る強力な能力者だった。疫病なども引き起こす事が出来た。彼はつねに、あらゆる書物を読み、自身が全世界、全宇宙の神と交信しているような妄想に囚われ続けていた。

 結局の処、御使いという組織は、一人の狂人を核としたカルト教団というのが、元々の組織の在り方だった。


 彼は、御使い、というものを創始した。

 最初は、タダのカルト教団だったが、次第に、彼の元に集まってくる者達は、大企業などの殺し屋などに手を染めていった。


 そして、御使い、という組織は完全に崩壊する……。


 男は、完全なるパラノイア(妄想癖)があった。

 確かに、彼はとても有能で、常人よりも、あらゆる才能に長けていた。知性も高く、幼少期の頃は、スポーツも勉学も、同年代の者達よりもトップクラスの実力だった。

 ただし、彼は被害妄想の病状をつねに発し続けて、幻覚や幻聴に苛まれ続けていた。宇宙からの声を聞いて、自身が全世界を動かせる程の実力者だと、錯覚し続けていた。彼はつねに妄想と狂気の中でのみ、生きていた……。

 幼少期の貧困によって、彼の怒りと恨みが強大になり、強大な能力が開花したが、彼は自身のパラノイアによって、自滅する事がしばしば多かった。薬物依存も酷く、何度も自殺未遂を繰り返して、周りの者達を呆れさせていた。

 更に、彼は、たび重なる被害妄想から、架空の敵達に自分が狙われている、監視されているのだという妄言を吐き散らして、周囲の者達を度々、狂乱に陥れていった。故に、彼の妄想に疲弊して、この組織は分裂していった。


 そして、彼の願望は、この組織の分裂、崩壊によって、全てがついえていった。

 彼は、結局の処、生涯を通して、敗北者でしかなかった……。彼が求めていた、神の座に付くという妄想は永遠に叶わず、彼は彼の下に集まってきた猛者達によって利用され、そしてつねに蔑まれ続けていた……。



「貴方は私、いや、私達の人生に必要ありません」


 エンプティは、トランプ状の形をした刃物によって、その男の喉を裂いていた。男は、あっさりと、地面に崩れ落ちる。

 彼は自身が不死の神であると訴え、自身でも信じ続けていた。

 だが、彼はエンプティの襲撃によって、完全なまでに死亡していた。

 転がった死体は、タダの人でしかなかった。

 彼が生前、述べていたように、殺しても死なず、復活を遂げる事など、まず在り得なかった。彼は、彼の望みは何一つとして叶わず、死んだ。


「貴方は以前、私が秘かに崇敬する、暴君ウォーター・ハウスよりも、遥かに強い、とおっしゃっていましたね」

 民族衣装を纏った男は、にこやかに笑う。

「とても失笑物です。暴君と違い、貴方は偽物でしかありませんでした。貴方は、タダの誇大妄想狂。自分自身の傲慢さに酔い痴れているだけの愚か者でしかないのですよ。それを、貴方は認められませんでした」


「もっと笑ってしまう事に、噂に聞く、闇の骨董屋よりも、ドーンの創始者よりも強いと、貴方御自身は述べていましたね。私達、貴方の“部下”の間では、笑い話のネタでしたよ」

 エンプティは、カルト教祖の死体の置かれた部屋を閉じる。


 エンプティは、確かに彼を尊敬はしていた。

 彼の実力は、確かなものだった。

 ただ、彼は狂気の中にいて、ずっと彼の頭の中で作り出した妄想の産物と交信を続けていた。永遠に覚めない肥大化した自我の中に住んでいた。あらゆる人間の悪なる部分を読み取れるような感受性の強さもあり、繊細な心の持ち主であったが、彼の人生はとてつもなく惨めで、そして何処までも愚かなものでしかなかった。


「さて、この私、エンプティは新しい組織を作ります。組織名は自分で決めます。アビューズも新たな人生を踏み出した事ですし…………、私もそうします。もっとも、私は、今まで通りの生き方になるのでしょうが……」


 元御使いの実質的なリーダーであり、実力者であったエンプティは、彼の上司の惨めな死体を後にして、この部屋を去っていった。


 そうして、御使い、という組織は、完全に崩壊した…………。



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