トーナメント 6-2
五回目の試合が終わった。
重症者、サーティーン。チョップマン。
戦意喪失、グラーグ。スワン・ソング。
第一回戦は、意外にも、選手の中で、死者が出なかった。
そして、準決勝となる、第二回戦は、モラグの死亡と、一部の観客の死亡、重軽傷という悲惨な結果として残った。ネクロマンサー同士の戦いは、操る死体がダメージを受けるので、術者の死亡は少ない。ハプニングによる怪物の乱入が無くても、モラグはアイーシャの一撃によって死ぬ事となった。
モラグは不運だった、あるいは相手が悪かったと言っていいだろう。
………………。
「“我々側”で、誰も死んでおらんだろうな?」
バークス議員は、眉尻を上げて、VIPルームから会場の鎮火を見守っていた。
「はい、死ぬのは庶民ですな。安チケットで、この大会に入り込んだ異種族の愚民達です。我々は何の心も痛まない」
彼のボディーガードとなった、トモシビは冷酷そうな瞳で、そう告げた。
「なら、何も問題ないな」
彼は葉巻に火を付ける。
「しかし、面白いハプニングだったぞ。やはり下々の者達の阿鼻叫喚を見るのは心地が良い」
そう言うと、彼は部屋を出ていく。
†
二回戦目からは、会場にモンスターを乱入させる、という方針は、決まっていたが。参加者には、何が出てくるのかは、教えられていないみたいだった。
†
デス・ウィングは、アイーシャの戦いを見ながら、占い用のカードを混ぜていた。タロットなどではない。十五枚組で、何者かが作った独自のもので、摩訶不思議な記号が記されている。
……アイーシャは勝ち残るだろうが、もう一人は誰だろうな。しかし、もっとも、面白いのは、このトーナメントそのものではなく、このトーナメントを楽しんでいる者達の思惑なのだけれどもな。
「それにしても、この大会。ネクロマンサーという、他人を操作して安全圏から戦わせる、という選手も“安全圏側である観客”のように振る舞える趣向を通す、かと思えば、中々、やるものだな。決勝戦は、是非、見ものだ」
この会場の観客達は、みな嬉々とした眼で、闘技場を見ていたのだろう。
自分達は絶対的な安全圏で、殺し合いが見れるからだ。
だが、先程の、あのモラグとアイーシャの試合。
あれで、観客達は一転して、自分達もまた“見世物”である事に気付いた者が多い筈だ。それに気付かない者達も多いだろうが……。
あのミノタウロスの青年とは、また会えるだろうか? 会場の運営側に見つからなければまた会えるだろう。彼がどのような決断を下すのか。
†
通路を歩いて、売店へと向かう事にした。
準決勝の二日目は終わった、決勝戦の試合は、一週間後だろう。その途中にも、様々な競技が、この会場では行われている。他にも会場はいくつかあり、水泳やアイス・ホッケーなどをテーマにして、参加者同士が命を賭けて競争をしていると聞いている。
……無難に、缶ジュースにトウモロコシやお好み焼きでも買ってくるか。
通路の中には、獣人や邪妖精といった、魔物達がひしめいており、競技の勝者の予想の話で持ち切りだった。
突然。
通路の奥の方で、何かの破壊音が鳴り響く。
どうやら、知性の無いマウンテン・トロールと、獰猛で生肉をよく好む狂喜ムカデの二体が暴れ回っているみたいだった。
彼らは、ハプニングと呼ばれるものの為に、運営側に飼われているのだろう。
鬼にも獣にも似た姿のマウンテン・トロールは、そこら辺にいるライオンやゾウ頭の獣人達を、易々と、その両手の爪だけで振り払っていた。この闘技場の中では、武器などを持ち込むことは出来ない。それが仇となっているのだろう。獣人達の中には、自らの怪力で、トロールに挑もうとし、実際に羽交い締めなどによって、骨の一、二本を砕くことに成功するが、すぐに反撃にあって、壁に叩きつけられたり、長い牙によって身体の一部を喰われている者もいた。
警備員を呼んでくる者もいたが、間に合いそうになかった。被害者は増える一方だった。トロールという種族には自己再生能力が備わっていると聞く。なので、一撃で死亡させることが出来なければ、かなりやっかいな敵になるのだろう。
更に、狂喜ムカデの方は、壁や天井を這いながら、口から酸性の液体を吐き出して、観客達を溶かしてまわっていた。何本もある脚によって、観客を突き殺してもいた。
しばらくして、骸骨頭の警備員達がやってきて、重火器を使って、怪物達を仕留めようとする。ムダだった。ムカデの方が素早く、警備員の全身を酸の唾で溶かしていく。
デス・ウィングは、そんな混沌とした様子をしばらく見学して、心の中で楽しんでから、ようやく、右手の指先を動かす。
「仕方無いな。私がやるよ」
それは、親指で人差し指と中指を弾く行為だった。
その一撃によって、全身数メートルはあるマウンテン・トロールの一メートルはある頭部が全て無くなっていた。続いて、彼女は右手を拳銃のような形に変える。一秒後、大ムカデの全身に孔が次々と開いていく。
「他愛も無いな」
デス・ウィングは、この場から去り、売店のある方角へと向かう。
マウンテン・トロールは、頭の無いまま、ムカデの死体をつかむと、全身全霊の力を込めて、デス・ウィングに向かって、斧のように投げ付ける。だが……。
コンクリートの壁さえも孔を開ける、トロールやムカデの腕力、硬度を持ってしても、無防備な彼女に傷一つ与えることは出来ず。ムカデの死体は空中で粉みじんになり、トロールの方も、他の観客を傷付けることなく、砂粒のように空気中に溶けていく。…………。
しばらくした後、歓声が湧き上がった。
デス・ウィングは、少しだけ、不快そうな顔になる。
……目立つつもりは無かったんだけどな……。
背後で、彼女の名を呼ぶ声が上がった。
奥の方で、まだ檻から抜け出した怪物がいたみたいだった。巨大なトカゲのモンスターだった。カメレオンのように体色の色を変えて壁に溶け込んでいたみたいだが。姿を現したみたいだった。その怪物は舌を伸ばして、観客の一人を捕まえる。少し若い青年だった。
「デス・ウィングッ!」
カメレオンの全身が、バラバラになり、青年が地面に倒れる。彼は慌てふためくと、その場を走り去っていった。
「ふうん?」
デス・ウィングは、振り返る。
つむじ風が、まき起こった。デス・ウィングの汚い色の金色の髪が揺れる。彼女は腕組みをする。
目の前にいたのは、装甲をまとった赤と黒の髪をした女だった。大剣を手にしている。
「アイーシャか」
「ああ、久しぶりだな。お前の伝達のせいで、こんな下らないトーナメントに参加することになった。お前は何を考えている? この場所で、何かしらの暗躍をしているのか?」
「いや…………、私は純粋に観客として、ここに来ただけだよ」
デス・ウィングは、不敵な笑いを浮かべる。
「アイーシャ、勝ち残りおめでとう。お前の任務は分かっているな? 私は『ドーン』からの伝達を伝えただけだぞ? 後は何もしない。私は傍観者でいたいからな」
「そうか、このゲス」
しばらくの間、二人は一触即発だった。
デス・ウィングは、余裕の眼差しで、この機械の女を眺めていた。
対するアイーシャは、敵意を剥き出しにしていた。
「いつか殺してやる」
「私を殺せる者がいるなら、出会ってみたいものだ。探しているのだからな。もっとも、最近の私は私を殺してくれる相手も、選ぶ事にしたが……」
「ところで私は売店へと向かう。お腹が空いたのでな」
「そうか、私の方は、控え室に戻るよ。いや……、医務室にいたんだ。火傷が痛んできたので、薬を余分に貰ってくる」
「ならば、逆方向だな」
「そうだな。デス・ウィング、いつか、お前の邪悪なその顔に、剣を振り落としてやるよ」
デス・ウィングは嘲笑する。
そして、互いに、背中合わせになって、それぞれの目的地へと向かった。




