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カタコンベ  作者: 朧塚
12/41

トーナメント 2‐1

 人間の暗い感情を見たくて仕方が無い。

 湧き出る泉のように、そのような欲望が込み上げてくる。


 他人の不幸に興味がある。他人が不幸になっていく過程にもだ。

 そういった負の想念が、デス・ウィングの行動原理だった。…………。


 ……少しリサーチ不足で来たな。


 デス・ウィングは会場を見渡す。

 浮いている者達を探した。


 観客席の中で、周りに余り溶け込めてなさそうな者達が見つかった。


 闘牛のような頭を持った、大柄のミノタウロスの男と、犬の頭が二つあるツイン・ヘッドの男達だった。彼らの席の中央に、まるでお互いを隔てるように一席分空いている。


「隣、いいですか?」


 ミノタウロスの男は頷く。

 二つの犬頭の男は少し困惑していた。


「この“カタコンベ”のトーナメントは初めてですか?」

「……姉さん。貴方は?」

 ミノタウロスの男は訊ねた。

 彼は強く緊張しているみたいだった。

「初めてですね。四年に一度、開催されていると聞いて。チケットを取りに来ました」

「人間の死体を大量に見たい者達の為に開催される、が、キャッチ・コピーですよねっ!」

 二つの犬頭のうちの頭の一つが、話し掛けてきた。

「“俺達”の方は、どんなものか見たくて、早々にチケットを取ったんですよ。なんでも、やれ“殺せ”だの“バラバラにしろ”だの、声援が凄いらしいですよ」


 此処に来たのは、残虐なショーを見たくて来た者達ばかりだろう。

 ミノタウロスの男の方は、少し居心地が悪そうにしていた。

 彼は缶ビールを手にしていた。

「姉さん。名前は?」

「私はデス・ウィング。貴方は?」

「俺はギアル・ギウスと言う」

 彼は缶ビールを開けて飲み始める。丁寧語から、砕けた話し方になったみたいだ。

「このカタコンベの選手の主役は、人間達らしいが、人間がどんな生き物なのか見てみたくてな」

「ふむ?」


「俺の故郷は人間種族に略奪を受け続けた。俺は奴らから同胞を守る為の守衛の仕事をしている。…………」


「奴らは大義名分を持ち出して、他の種族達を狩る事を正当化するらしい。だが、話してみないと分からない。見てみないと分からないと思い、俺は此処に来た」


「デス・ウィング、貴方は人間種族の姿をしている。だが、人間では無いのだろう。貴方は何の為に此処に来た?」

「此処のスタジアムに来る者達と同じですね。私は人間の死体が沢山見たくて来ました」

 彼女は満面の笑顔で答えた。


「ちなみに骨董屋をやっています。もしご興味がありましたら」

 そう言って、彼女は、ミノタウロスのギアル・ギウスと、ツイン・ヘッドの男に、それぞれ真っ黒な名刺を渡す。名刺にはHPアドレスと住所などが記されていた。ギアル・ギウスは一瞥すると、すぐにポケットに仕舞い、二つの犬頭の方はえらく興味を示していた。……犬頭の方は、何か興味を示してくれるだろう。こいつがどんな風に不幸になっていくのかを見てみたい。デス・ウィングはそんな残酷な夢想を作り笑いの奥に隠していた。


 死体を観たい者達の為の、死体同士による残虐な殺戮ショー。

 それが、このトーナメントの趣旨だ。

 観客達も、内面に黒い感情を抱えている者達や、お化け屋敷を観るような感覚で此処に集まっている。観客の中には、明らかに人外の姿をした者達も多いが、トーナメントの主役である人間種族もちらほら見える。あるいは人の形をした“魔物”や“怪物”なのかもしれない。

 彼らは血と殺戮を観たがっている。

 このスタジアム以外にも赴いているのだろう。地底街の王アクゼリュスだけが、こういったビジネス・モデルを考えているわけではない。各地で、こういった闘技場は作られている。


 前座の余興として、剣闘士風の男達が殺し合いを初めていた。

 余興は、どちらかが死ぬまで戦い合っていた。

 一つ目の試合が終わると、また次の試合が始まる。

 次の試合は、互いを弓で打ち合うものだった。


 ミノタウロスの男は怪訝そうな眼で、その試合を眺めていた。まるで何かを分析しているみたいだった。ツイン・ヘッドの方はそれを観ながら、少し下卑た声で笑っていた。デス・ウィングは席を立ち、名刺入れの入った袋など、適当なものを席に置いて、飲み物でも買ってくるので、この席を観ていてくれないかと、二人に言った。二人共、快くそれを了承してくれた。


 サイ頭の男や、半獣半馬であるケンタウロスといった種族までいた。



「貴女、デス・ウィングでしょう?」


 通路で声を掛けられた。

 両肩と両脚を艶めかしげに露出させた女だった。黒い肌にぴっちりと張り付けたようなゴム製の服だった。髪の色は黒に、桃色のシャギーが入っている。


「あたしの名はベルト・バウンド。この死の国の闘技場に参加するネクロマンサーの一人。少し顔を貸してくれないかしら?」

「…………、断るよ。興味が無いんだ」

 ベルト・バウンドと名乗った女の露出した腕から、蠅のような生物が大量に這い出してくる。通常の蠅と違うのは、尻尾にトゲがあるのと、強靭な顎を持っていた。その蠅のような生物達は飛びまわり、周辺にいたオークの若者達に喰らい付く。見る見るうちに、彼らは数分の間、のたうち回りながら、骨へと変わっていく。

 それは、黒い風のようだった。


「これからノンアルコール・ビールとケバブサンドを買ってくるつもりなんだが、邪魔しないで欲しいな。試合があるんだろう?」

 デス・ウィングは面倒臭そうな顔をしていた。

 ……こいつは、命が惜しくないのか? イカれているのか?

「お前を倒せば、あたしの名があがる。死ねっ!」


 デス・ウィングは面倒臭そうに、指先をくるり、と回す。

 それは、そよ風のようだった。


 ベルト・バウンドの頭から指先、脚の先まで、粉微塵になっていく。彼女が身体で買っていた蠅のような生き物達も、流れる風によって宙に霧散していく。

  後には、血溜まりだけが床にこびり付いていた。

「一体、何だったんだ?」

 デス・ウィングは出店に向かおうとする。


「あ、バウンドのお姉さん。殺しちゃったんですね」

 そこには、先程、殺害した女と似たようなファッションの女が立っていた。この女の方は童顔だ。


「実の姉か? 殺して悪かったな。正当防衛だ」

「いいえ違いますよ。此処で知り合ったばかりです。ファッション・センスが似ているとの事で、お話になったんですよね。その際に、私の子供達を馬鹿にされて……」

 彼女は何処までも笑顔だった。

 彼女の隣には、何名かの小さな子供達がいた。

「…………、私に始末させたわけか……。何をした?」

「え、ちょっと、自尊心をくすぐっただけです」

 童顔の女は微笑んでいた。

 デス・ウィングは怪訝な顔をしながら、訊ねる。

「お前は幾つだ?」

「今年で18になりますっ! よく子供っぽいって言われます」

 そう言うと、5、6歳くらいの年齢の息子の頭を撫でる。

 デス・ウィングは、何となく気持ち悪くなって、この場を去る事にした。得体の知れない邪悪な何かを、この女は発していた。

「では、よろしくお願いしますね。私はモラグと言います。私もネクロマンサーとして闘技場に立ちます。頑張りますので応援してくださいね」

「そうか。トーナメントの選手を一人殺してしまって大丈夫かな……。まあ、私の責任じゃ無いがな」

「大丈夫なんじゃないでしょうか」

 モラグはお辞儀をする。

 デス・ウィングも会釈すると、この場を立ち去る事にした。

 不気味な女だ。

 デス・ウィングは“黒い闇の商品”を売る者だ。その彼女からしてみても、モラグは何処となく強い不快さを感じた。



 これまで、子供を愛せなくて、虐待の果てに殺してきた者の玩具は取り引きしてきた。幼い子供や赤子の死体。

 モラグの決定的な薄気味悪さは、この前に戦ったフルカネリに似ているからだろう。

 自身の闇の感情を上回る邪悪さ。

 それを有していたのが、フルカネリだった。


 モラグは子供をフェティッシュ化(性的道具に)している。

 その愛情は歪み、狂っている。


 それは子供を身体的に虐待死させる者達よりも、異常に映り、奇妙に映った。

 ……あいつ、実の子供と、かなりマズイ行為に及んでいるな……。脳と下半身がイカれているのか?

 デス・ウィングは、珍しく汚物にでも触れるような気分になった。

 気持ち悪い…………。





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