トーナメント 2‐1
人間の暗い感情を見たくて仕方が無い。
湧き出る泉のように、そのような欲望が込み上げてくる。
他人の不幸に興味がある。他人が不幸になっていく過程にもだ。
そういった負の想念が、デス・ウィングの行動原理だった。…………。
……少しリサーチ不足で来たな。
デス・ウィングは会場を見渡す。
浮いている者達を探した。
観客席の中で、周りに余り溶け込めてなさそうな者達が見つかった。
闘牛のような頭を持った、大柄のミノタウロスの男と、犬の頭が二つあるツイン・ヘッドの男達だった。彼らの席の中央に、まるでお互いを隔てるように一席分空いている。
「隣、いいですか?」
ミノタウロスの男は頷く。
二つの犬頭の男は少し困惑していた。
「この“カタコンベ”のトーナメントは初めてですか?」
「……姉さん。貴方は?」
ミノタウロスの男は訊ねた。
彼は強く緊張しているみたいだった。
「初めてですね。四年に一度、開催されていると聞いて。チケットを取りに来ました」
「人間の死体を大量に見たい者達の為に開催される、が、キャッチ・コピーですよねっ!」
二つの犬頭のうちの頭の一つが、話し掛けてきた。
「“俺達”の方は、どんなものか見たくて、早々にチケットを取ったんですよ。なんでも、やれ“殺せ”だの“バラバラにしろ”だの、声援が凄いらしいですよ」
此処に来たのは、残虐なショーを見たくて来た者達ばかりだろう。
ミノタウロスの男の方は、少し居心地が悪そうにしていた。
彼は缶ビールを手にしていた。
「姉さん。名前は?」
「私はデス・ウィング。貴方は?」
「俺はギアル・ギウスと言う」
彼は缶ビールを開けて飲み始める。丁寧語から、砕けた話し方になったみたいだ。
「このカタコンベの選手の主役は、人間達らしいが、人間がどんな生き物なのか見てみたくてな」
「ふむ?」
「俺の故郷は人間種族に略奪を受け続けた。俺は奴らから同胞を守る為の守衛の仕事をしている。…………」
「奴らは大義名分を持ち出して、他の種族達を狩る事を正当化するらしい。だが、話してみないと分からない。見てみないと分からないと思い、俺は此処に来た」
「デス・ウィング、貴方は人間種族の姿をしている。だが、人間では無いのだろう。貴方は何の為に此処に来た?」
「此処のスタジアムに来る者達と同じですね。私は人間の死体が沢山見たくて来ました」
彼女は満面の笑顔で答えた。
「ちなみに骨董屋をやっています。もしご興味がありましたら」
そう言って、彼女は、ミノタウロスのギアル・ギウスと、ツイン・ヘッドの男に、それぞれ真っ黒な名刺を渡す。名刺にはHPアドレスと住所などが記されていた。ギアル・ギウスは一瞥すると、すぐにポケットに仕舞い、二つの犬頭の方はえらく興味を示していた。……犬頭の方は、何か興味を示してくれるだろう。こいつがどんな風に不幸になっていくのかを見てみたい。デス・ウィングはそんな残酷な夢想を作り笑いの奥に隠していた。
死体を観たい者達の為の、死体同士による残虐な殺戮ショー。
それが、このトーナメントの趣旨だ。
観客達も、内面に黒い感情を抱えている者達や、お化け屋敷を観るような感覚で此処に集まっている。観客の中には、明らかに人外の姿をした者達も多いが、トーナメントの主役である人間種族もちらほら見える。あるいは人の形をした“魔物”や“怪物”なのかもしれない。
彼らは血と殺戮を観たがっている。
このスタジアム以外にも赴いているのだろう。地底街の王アクゼリュスだけが、こういったビジネス・モデルを考えているわけではない。各地で、こういった闘技場は作られている。
前座の余興として、剣闘士風の男達が殺し合いを初めていた。
余興は、どちらかが死ぬまで戦い合っていた。
一つ目の試合が終わると、また次の試合が始まる。
次の試合は、互いを弓で打ち合うものだった。
ミノタウロスの男は怪訝そうな眼で、その試合を眺めていた。まるで何かを分析しているみたいだった。ツイン・ヘッドの方はそれを観ながら、少し下卑た声で笑っていた。デス・ウィングは席を立ち、名刺入れの入った袋など、適当なものを席に置いて、飲み物でも買ってくるので、この席を観ていてくれないかと、二人に言った。二人共、快くそれを了承してくれた。
サイ頭の男や、半獣半馬であるケンタウロスといった種族までいた。
†
「貴女、デス・ウィングでしょう?」
通路で声を掛けられた。
両肩と両脚を艶めかしげに露出させた女だった。黒い肌にぴっちりと張り付けたようなゴム製の服だった。髪の色は黒に、桃色のシャギーが入っている。
「あたしの名はベルト・バウンド。この死の国の闘技場に参加するネクロマンサーの一人。少し顔を貸してくれないかしら?」
「…………、断るよ。興味が無いんだ」
ベルト・バウンドと名乗った女の露出した腕から、蠅のような生物が大量に這い出してくる。通常の蠅と違うのは、尻尾にトゲがあるのと、強靭な顎を持っていた。その蠅のような生物達は飛びまわり、周辺にいたオークの若者達に喰らい付く。見る見るうちに、彼らは数分の間、のたうち回りながら、骨へと変わっていく。
それは、黒い風のようだった。
「これからノンアルコール・ビールとケバブサンドを買ってくるつもりなんだが、邪魔しないで欲しいな。試合があるんだろう?」
デス・ウィングは面倒臭そうな顔をしていた。
……こいつは、命が惜しくないのか? イカれているのか?
「お前を倒せば、あたしの名があがる。死ねっ!」
デス・ウィングは面倒臭そうに、指先をくるり、と回す。
それは、そよ風のようだった。
ベルト・バウンドの頭から指先、脚の先まで、粉微塵になっていく。彼女が身体で買っていた蠅のような生き物達も、流れる風によって宙に霧散していく。
後には、血溜まりだけが床にこびり付いていた。
「一体、何だったんだ?」
デス・ウィングは出店に向かおうとする。
「あ、バウンドのお姉さん。殺しちゃったんですね」
そこには、先程、殺害した女と似たようなファッションの女が立っていた。この女の方は童顔だ。
「実の姉か? 殺して悪かったな。正当防衛だ」
「いいえ違いますよ。此処で知り合ったばかりです。ファッション・センスが似ているとの事で、お話になったんですよね。その際に、私の子供達を馬鹿にされて……」
彼女は何処までも笑顔だった。
彼女の隣には、何名かの小さな子供達がいた。
「…………、私に始末させたわけか……。何をした?」
「え、ちょっと、自尊心をくすぐっただけです」
童顔の女は微笑んでいた。
デス・ウィングは怪訝な顔をしながら、訊ねる。
「お前は幾つだ?」
「今年で18になりますっ! よく子供っぽいって言われます」
そう言うと、5、6歳くらいの年齢の息子の頭を撫でる。
デス・ウィングは、何となく気持ち悪くなって、この場を去る事にした。得体の知れない邪悪な何かを、この女は発していた。
「では、よろしくお願いしますね。私はモラグと言います。私もネクロマンサーとして闘技場に立ちます。頑張りますので応援してくださいね」
「そうか。トーナメントの選手を一人殺してしまって大丈夫かな……。まあ、私の責任じゃ無いがな」
「大丈夫なんじゃないでしょうか」
モラグはお辞儀をする。
デス・ウィングも会釈すると、この場を立ち去る事にした。
不気味な女だ。
デス・ウィングは“黒い闇の商品”を売る者だ。その彼女からしてみても、モラグは何処となく強い不快さを感じた。
†
これまで、子供を愛せなくて、虐待の果てに殺してきた者の玩具は取り引きしてきた。幼い子供や赤子の死体。
モラグの決定的な薄気味悪さは、この前に戦ったフルカネリに似ているからだろう。
自身の闇の感情を上回る邪悪さ。
それを有していたのが、フルカネリだった。
モラグは子供をフェティッシュ化(性的道具に)している。
その愛情は歪み、狂っている。
それは子供を身体的に虐待死させる者達よりも、異常に映り、奇妙に映った。
……あいつ、実の子供と、かなりマズイ行為に及んでいるな……。脳と下半身がイカれているのか?
デス・ウィングは、珍しく汚物にでも触れるような気分になった。
気持ち悪い…………。




