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カタコンベ  作者: 朧塚
11/41

PAPER 4-2


「もうすぐ、オリンピックが開催されるね」

 ポッパとヴェンディは、共通の学友が働いているハンバーガー店に行った。そこは他国にも店を持つ、大企業の店舗だった。


「ねえ、ポッパ。オリンピックの競技では、何を応援している?」

「俺はスケートかな。それから、水泳」

「私も同じだね。それと、フルマラソンが気になるかなあ」

 彼女はそう言うと、オレンジ・ジュースのストローを口に入れる。


 二人は、とても和やかな雰囲気だった。

「そういえば、この店のハンバーガーって、味の質落ちたような気がするんだよなあ」

「ふうん、そうかな?」

「うん。なんかエビバーガーのエビがね。少し薬品みたいな味のような気がして。なんでも、品種改良の食品を使っているらしいぜ」

 彼は微妙そうに、バーガーを口にする。


 バーガーを包んでいる包装紙には、ドナル・ピース社のロゴが、大きく書かれている。


 ヴェンディは、彼氏の手に自分の手をそえる。

「難しい事は分からないよ。私は美味しいと思うな」


「今日も夜からバイトなのか?」

 ポッパは訊ねる。

「うん、そうだね。明日の講義には間に合うようにする」

「夜の仕事は選んで欲しいよ。彼氏として、その風俗ってのは……」

「大丈夫だよ、スナックだし。それにお触りも厳禁。私は貴方だけのモノだよ」

 ヴェンディは、包装紙を丁寧にたたむ。


 バーガー・ショップを出た後、二人は駅の方で別れる。



 会議室だった。

 中央には、スクリーンにパワー・ポイントが記載されている。

 ヴェンディは、面倒臭そうに、中にいる男達の顔を見渡していた。いつも思うのだが、何故、自分はこういう場所に呼ばれるのだろう。保険か何かだろうか。

 ただ、確かなのは、自分の仕事と、行動は極めてシンプルな事だった。


 まず、大前提として、この国においては、政治家や、あるいは首相が権力を行使出来るのではなく、多国籍企業の社長や武器商人達が、都合のいいように政治家達に献金をして、法制度などを作っている。国民のほとんどには知らされていない。

 この国だけでなく、世界中が大体、そうなのだろう。

 政治家は、彼らのマリオネットなのだ。

 それを踏まえても、ヴェンディの上司は、例外的に、世界に会社を持つ外資系企業や、軍事兵器を売りさばく者達を、逆に手玉に取るように、狡知(こうち)に長けた人物だった。政治家として、“悪い意味”で有能過ぎるのだ。

 そして、ここは悪徳の中心の一角だった。


 ドナル・ピース社の社員が派遣されてきた。

「知っての通りですが、我々、ドナル社の生産している食品を、皆さまが口にする事はお勧め出来ません」

 スーツ姿の中年男性は、歯に衣を着せぬ口調で告げた。

「要点をまとめた12の理由があるのですが、皆さま、ご存知でしょうか? その書籍も、我々を憎むジャーナリストが出版した本で、他国ではベストセラーになっています」


「それ、僕、読んでいますよ」

 張り付けた笑みの男は手を上げた。


「ああ、ウキヨさまですね」

「ええ、ドナル・ピース社は、創業100年近い老舗ですよね。私もよく、その製品を口にしていた事です。でも近年になって、その人工甘味料などに発癌物質が発見されて、民間から多額の賠償金が請求され、スラップ訴訟を起こしている。裁判は勝利する見込みだとか」

「ええ、民間の農業、漁業相手に我々は勝つつもりでいますから」

「ライバル社のサント・バックス社と争っていますね。私はそちらに投資しているのですが」

「ウキヨさま。是非、今後は我が社もご懇意に」

 中年男性は、深々と頭を下げる。


「我が社は世界を飢餓から救うのがモットーです。その為にもっと稼がなければならない」

 男はそう言うと、会議室に苦笑が漏れた。


 この会議室の中に集まっているメンバーの役職は、それぞれ表向きは、与党政治家に、野党政治家や宗教者、電力会社の幹部、銀行員、弁護士、報道関係者といった、バラバラな役職の者達ばかりだった。面子が日々、変動している。


 ヴェンディは、このウキヨとかいう若社長の顔は初めて見る。

 第一印象として思ったのは“イケスカナイ”だった。


 ヴェンディをこの会議にいつも呼び付けている与党政治家が、彼女をウキヨに紹介する。

「ウキヨさま。彼女が我が国、ステートが誇る人間兵器ヴェンデッタで御座います」

 壮年に差し掛かる、この男は、若社長に、うやうやしく、ヴェンディを紹介する。

「若い女性なんですね」

 ある種、不可解なくらいに張り付けた笑みを浮かべながら、若社長は、ヴェンディに手を差し出す。彼女は一応の礼節として、手を握り締める。

「初めまして、ヴェンディ・トレコットと申します。我が国、専属の殺し屋を承っております」

「とてもお若いですね。私よりも一回りは若いんじゃないかな」

「ええ、表向きは大学生をやっております」

「もしよければ、今度、レストランにお誘いしましょうか?」

「すみません。私には恋人がいますので……」

 屹然と言い放つヴェンディに対して、若社長は、特に気分を害した様子を見せる事は無い。元々、社交辞令だったのだろう。


 この壮年の政治家、バークスは頻繁に、この会議にヴェンディを呼び付ける。会議の内容は聞かなくていいが、彼女の仕事は可能な限り、この会議に来ていた者達の顔を覚える事だった。物忘れが悪い彼女の為に、後ほど、顔写真付きの書類も渡される。


 ウキヨは、ふと思い出したように、ヴェンディに述べる。

「そう言えば、私も殺し屋を雇う事にしたんですよ。どうもウチの会社の従業員では頼りなくて……。ヴェンデッタさん、あの“御使い”ってご存知ですか?」

「…………、知りませんね……」

「国境を超えて、あらゆる陰謀の裏側に暗躍しているそうです。その御使いと私は接触する事にしました。すぐに、私のビジネスに取り掛かってくれました」

 ライバル会社の幹部の殺害依頼でも行うのだろうか。



「喰えぬ男だな、あの若社長は……」

 バークスは、でっぷりとした身体を揺らしながら、会議室を後にする。

 この男は、こう見えて、一流の政治家なのだ。

 一国の本当の支配者である、大企業や武器商人達を、思い通りに操れる程度に。おそらく、彼の権力は、この国の首相よりもあるのだろう。

 そんな人物が、ヴェンディなどをボディーガードに採用したのも、未だに彼女は理解が出来ない……。


「私はマツリゴトには興味がありません。貴方のご命令通りに、会議に集まる者達の顔と経歴を覚え、必要とあらば、始末ないし威嚇するだけで御座います」

 政府直属の殺し屋は、淡泊な口調で述べる。


 幸い、バークスはセクハラ的な事を彼女に行わない。

 これまで出会ってきた他の“上流階級の者達”も同じだ。

 そのような事をすれば、どれだけ酷い反撃に合うか心得ているからだろう。少なくとも、彼女は、自分の貞操を蹂躙されてでも、支配されたい、とも思わない。そのような素振りや口調での威嚇は、さり気無く行っている。

 強大な力とは、他人のエゴを抑止する作用を持つのだろう。けれども、力関係は、ギリギリのバランスで保たれている、という事も、彼女は知っている。

 彼女は、この仕事を続けたい。


 ポッパといると、心が安らぐ。

 初めて、本気で人を好きになったし、いい恋愛をしていると思う。

 この幸せを守る為になら、どれだけの人間を犠牲にしても構わない、と考えている。そう、自分の人生を守る為になら、幾らでも、このバークスという男の命に従って、殺人を行ってやろうと思った。


 もし。

 もし、バークスを含めて、他の上流階級の者達が、彼女に刃を向けようとしてきたのならば、あるいは何らかの形で彼女の友人や、恋人のポッパに危害を加えようとしてきたのならば、その時は、覚悟は出来ている。

 

 敵対する事も、覚悟は出来ている。


 そもそも、このバークスという男が考えているのは、身の保身ばかりだ。

 その点では、彼女と利害が一致している。


 誰もが、自分の利己的な考えの下、生きている。

 誰もが、自分の加害行為に対して、責任を取らない。

 みんな同じだ。バークスもヴェンディも同じ。この国家に寄生して、甘い汁を吸う事しか考えていない。ならば、それに準じて、レールからはみ出さない者が勝者に為り得るのだ。


「さて、今回の仕事だが」

 バークスは、鞄の中から茶封筒を取り出して、ヴェンディに渡す。

 彼女は封筒を開ける。中には、三人分の経歴書が入った書類が入っていた。

「彼らが黒ならば、……分かっているな?」

「…………、私のやり方でいいですか?」

「構わない」


 この政治家は、彼の権力を誇示する為に、彼女を使っている。

「抑止力になるだろう」


 写真を見る。

 この国にいる人種では無い。経歴を見ると、フリー・ライターをやっている者もいる。

「仰せのままに……。今週中には」


「ヴェンデッタ」

 彼は、強い口調で述べた。

「はい」

「私達に敵対する連中、この国の裏側を嗅ぎまわっている連中を他にも見つけたのならば、お前の独断で始末しても構わない。躊躇する事は無い。眉間を撃ち抜いてやれ」

 彼は煙草に火を付ける。

「わかりました」

 ヴェンディは、彼に礼をして、部屋を出ていく。


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