195話
改訂版ですが、24話まで差し替えさせて頂きました。
大きなお話の筋に変更はありませんが、内容が若干変わっております。
申し訳ありませんが、お許し下さい。
「ふんっ!」
「おわっ、やるなぁ」
「まだまだ!」
「ヨシ、どんどん来い!」
移動の間の小休止だと言うのに、ロベールさんと打ち合い稽古してるベルちゃんを溜め息と共に見つめる。
拾った時は衰弱して死にそうだった彼女も二日経った今ではほぼ本調子に戻ってるらしく、今日は朝から剣の修行三昧だ。
どんだけタフなのかと呆れちゃうわ。
しかもこの娘ってば、剣の才能がハンパじゃ無い。
物は試しとブーツォ辺境流の基本的な型を教えてみたら、あっと言う間に基本的な動きをマスターしちゃったんだからねぇ。
騎士紋はともかく、極悪魔法陣の方は未だ保留にしてるのに、たった半日でソレってシャレにならない。
何この天才児と、教えたこっちの目が点になっちゃいましたよ。
「いやぁ、姫サンが言う様にベルは中々凄いでやすよ。今なんか一本取られそうでやした」
「いえ。全くお話にならずお恥ずかしい次第です」
「うーん。お話にならずどころか、こっちはもうビックリだよ。もしかしてベルちゃんって、マンゼールの騎士団じゃ期待の若手だったの?」
一区切りついたのか、戻って来た二人に椅子を勧めながら素朴な疑問をぶつけてみる。
幾ら基本形の一部だけとは言え、ししょーの型をああもあっさり吸収しちゃう娘なんて普通なら騎士団の秘蔵っ子だからね。
そう言う意味でも追っ手が掛かってたら色々と面倒臭いので、ここは聞いておきたいところだ。
ちなみに呼び方は心の予定通り「ベルちゃん」になってます。
ベルちゃんの方は如何にも脳筋な「主殿」呼びで、ちょっと笑っちゃったけどさ。
「いえ。正直に申しまして自分は地元では浮いておりましたので……」
「ああそうか。マンゼールって田舎だもんねぇ」
「はい」
さてどんな話が出るかと構えてたら、意外なお返事が返って来てガックリ。
成る程ねぇ。
良く考えてみれば、昔からある田舎町って大抵そうだよな。
ちょっと申し訳無さそうに俯いたベルちゃんの様子に、騎士団での彼女の立場が透けて見えちゃうわ。
「へえ。そりゃどう言う事なんでやす?」
「小さくて狭い所でこちょこちょやってる田舎じゃ『特別』はとても嫌われるんだよ。高貴な血筋とか、誰でも納得出来る理由があれば別だけど、唯の騎士の子が特別強かったら疎まれて当然だね」
ややダウナーになった空気にロベールさんが不思議そうな顔をしたので、ベルちゃんの代わりに答える。
新興の地ならともかく、古い田舎町なんて何処でも予定調和の中で動いてるものだ。
誰もが与えられた役割をこなすだけの箱庭と言っても良い。
そんな所でその役割を僅かでも逸脱する者が出れば、間違い無く嫌われて疎まれる。
「そいつはまた嫌らしい話でやすねぇ」
「都会育ちのロベールさんに予定調和の世界で生きてる連中の事なんて判らないと思うけど、それが何であれ、田舎で目立つってのは村八分にされるのと同義なんだよ」
「仰る通りです。自分程度の腕の者など世に掃いて捨てる程いると思うのですが、同格の者がいなかったせいか、同年代の者達には相手にもして貰えませんでした」
むう。これはちょっとマズい話題だったみたいだね。
騎士団内における立ち位置を確認したかっただけなのに、目線を外しながら答えるベルちゃんの悲しそうな顔がツラい。
やっぱ苛めとかあったんだろうなぁ。
「だろうねぇ。じゃあ外に出て正解だったよ。こっちもブーツォ辺境流の弟子が増えるのは願っても無い事だしさ」
そんなワケで即座に話題を切り替えて気分一新。
綺麗な女の子に鬱っぽい話をさせるなんて、何の罰ゲームだよって感じだもんね。
「弟子、ですか。自分の様な者を栄えある主殿の直弟子になど入れても良いのでありましょうか?」
「ハッキリ言っておくけど、ベルちゃんの素質は相当なモノだよ。何十人もの騎士を見てるワタシが言うのだから間違い無い。だから謙遜はともかく変に卑屈になるのは辞めてね」
「おい、姫サンが此処まで言うヤツは滅多にいないんだぞ。いい加減に妙な自虐は止せよ」
折角新たな話題に切り替えたのに、エロ団長代理をヤっちゃって追われてるせいか卑屈な態度になりがちなベルちゃんを諌めると、ロベールさんも肯きながら追従してくれた。
うんうん。ホントにベルちゃんは凄いので、もう少し胸を張って欲しいところだ。
ブーツォ辺境流は人を選ぶ流派なのに、その基礎を一部とは言え簡単に飲み込んじゃった器量は生半じゃ無いんだよ。
それに幼女化前の自分とイイ勝負のお胸サマなんだから、俯きがちだとかなり悲しい事になっちゃうしね。
「そう言って頂けると嬉しいのですが、支度金を貰った上にこの様な業物の剣まで拝領しておりますし……」
「それは城の地下に転がってたヤツだから気にしないで使ってよ。その内もっとイイのをあげるからさ」
なんだ。
自虐と言うより遠慮だったワケですね。
更に申し訳無さそうな顔で背中に背負った大剣を指すベルちゃんの言葉に少し納得。
でもなぁ。
ワタシがベルちゃんに渡した金額はたったの大金貨二十五枚だ。
このレベルの騎士を迎えるなら、例え独立騎士団でも支度金に大金貨五十枚(約一千万円)くらいは出すのにその半分だもんな。
レティに追加資金を渡したせいで金欠気味だからしょうがないとは言え、追われてる足元を見て値切ったと見られても仕方が無いんだよね。
更に武装を失ってた彼女に渡した剣や防具も幼女化前の自分が使う予定だった余り物と来れば、責められる事はあっても遠慮される事は無いと思うんだけど……。
「主殿の方こそ御謙遜です! この様な剣を持つのは自分には一つの夢でありましたっ。これ程の厚遇、一体どれ程の働きを見せれば割に合うのか……」
「そ、そう? ベルちゃんが気に入ってくれたんなら別にイイけどねぇ」
カッと目を見開いたと思ったら、その場でスラッと抜いた剣をウットリと見るベルちゃんに溜め息。
刀身が四フィート(約1.2m)もあるこのデカブツは前の体格なら辛うじて使えるかなと予備に持って来たブツだ。
彼女の得意な得物が大剣だと聞いたから渡したものの、幼女化で絶望的となって以来、ずっと武器用ストレージの肥やしになってたヤツだから、そんな風に言われちゃうとすっごく申し訳無い気持ちになっちゃう。
「姫さーん、ブロイ家の城にあったんなら何でも大抵はスゴいブツですぜ? 全く説得力がありやせんよ」
「それを言われるとナンだけど、こっちにすれば余り物を押し付けた様なモノだから逆に申し訳無くてさ」
「まあ俺も凄え業物の短刀を貰ってるからお前も気にせず貰っとけ。どっちにしろこの御方が使ってらっしゃる三本のカタナ剣に比べたら、そこらの業物なんて屁みたいなものなんだからな」
「左様でありますか……。そう言う事であれば、改めて使わせて頂こうと思います」
ロベールさんの話で納得したらしいベルちゃんが剣を鞘に納めると、こっちに深々と頭を下げた。
ううーむ。
この娘ってば、どうやらその剣が相当気に入っちゃったみたいだね。
こっちとしては嬉しい誤算だけど、何だか申し訳無いから鎧の新調時にはお金を出してあげる事にしよう。
「ところでベルちゃんはオーガ相手だとどのくらいイケるの?」
「対一なら何とか、と言うレベルです」
「例のオーガ戦、コイツも一緒にやらせる積りですかい? 未だちょいと早いと思いやすが」
話に一区切り付いた所で、ワタシは別の話題を振りながらゆっくりと立ち上がった。
探知魔法もどきの端っこにこっちに向かってくるオーガの群れを捉えたからだ。
「いやそうじゃなくてさ、今こっちに向かってるオーガの一団がいるんだよ。全部で九体かな? その内たぶん二体はハイオーガ。更に手下のワーウルフが三十以上いるね」
「はぁっ!?」
ビックリした顔で立ち上がった二人を「慌てるな」と言う手振りで押さえてインベントリから特性二連銃を抜く。
三十を超えるワーウルフを従え、ヒタヒタと迫って来るコイツらは恐らく、例の討伐対象であるオーガの群れだ。
だったら特製銃の実証実験に持って来いだよね。
「全然気が付きやせんでしたが、そいつらはもしかして、件のオーガの群れなんじゃ?」
「まだ四百ヤード(約360m)向こうだから気が付かなくて当たり前だけど、やっぱりロベールさんもそう思うんだ」
「そりゃそんな規模の群れじゃ誰だってそう思いやすぜ。しかし四百とは……。姫サンの探知魔法はまた精度が上がったようでやすねぇ」
お手上げポーズのロベールさんに笑いながら、ぐうちゃんとびいちゃんの方を見る。
「敵一団は三時の方向ね。ぐうちゃんとびいちゃんは雑魚のワーウルフが三十体ちょっといるからそっちを宜しく」
「ぐぎゅ!」
「ぶびぃ!」
ガッチリと魔法剣化してメンテフリーな突撃剣をすっぱ抜いた二人の頼もしげなお返事にニッコリ。
「じ、自分は如何致しましょうか!?」
「ベルちゃんは見学でイイよ。ニャンコとロベールさんはベルちゃんを守ってね。今回は彼女を大将に見立てた形でやるからさ」
「了解しやした。でも姫サンが討ち漏らしたオーガはアッシが食っちまってもイイでやすよね?」
「そりゃ当然だけど、多分そっちには回らないと思うよ」
ハイオーガと聞いて緊張してるらしいベルちゃんに戦力外通告して、ロベールさんにその守りをお願いすると、ニヒヒと挑戦的に笑った彼にこっちもニヤ付いた笑いを返す。
ニャンコなんて大欠伸で答えたくらいだから余裕アリアリな感じだ。
ま、二人の気持ちは良く判るよ。
二人共に「俺達にもヤらせろ」と言いたくて溜まらないんだろうからね。
でも今一番大切なのはもっとも弱いベルちゃんの保護だから、此処は我慢して欲しいと思う。
本当なら極悪魔法陣・改の出来具合を見る為にロベールさんには戦って貰う積りだったし、ニャンコにだってオーガ相手に何処まで通用するのか見極めたい気持ちはあったけれど、こうなった以上それらは次の機会を待つ以外に無い。
「た、たった数人でハイオーガが率いる四十以上の群れを相手にするのは無謀であります! 愚臣は逃走を進言するであります!」
「オイオイ。お前は一体誰に向かってそんなセリフを吐いてやがるんだ? 姫サンは魔龍を一騎打ちで破った上、ついでにたったの二刻(約四時間)かそこらで千の魔物を斬り捨てちまった御方だぞ。寝言は寝て言ってろ!」
ありゃりゃ。
ロベールさんと笑い合ってたら、真っ青になって軍隊口調になっちゃったベルちゃんにグッタリ。
この娘ってば、どうやら相当ブルッておられる御様子ですね。
ロベールさんに御叱りを貰っても全然効いてる感じじゃ無いし、これはちょっと困ったかも知れないな。
「まあ百聞は一見に如かずと言うし、見てれば判るよ」
でも今更どうしようも無いので、冷たい口調で「お前はそこで見てろ」的な事を言い放ち、ロベールさんに目で合図を送る。
最悪この娘がパニクっちゃったら宜しくねと言う意味だ。
「判ってやすよ」とでも言いたげに肯いたロベールさんが頼もしい。
「おお、もう来ちゃったよ。速いなぁ」
そんなやりとりをしてる間に、スルスルと詰めて来た連中が二百ヤード(約180m)圏内に入って来た。
ワンちゃんズの吼え声と共にぐうちゃん&びいちゃんが戦闘態勢に入る。
「来た!」
途中から凄まじい勢いで速度を上げ、あっと言う間にワンちゃんズの結界を振り切ったオーガ二体を目で捉えたワタシは即座に特製銃を撃った。
「ドカン!」
二発の銃声が一発に聞こえる程の速射で狙い撃った弾丸が、期待通りに二体のオーガの頭をフッ飛ばしてニンマリ。
実験成功!
うむ。約四十ヤード(約36m)でオーガの頭部を撃ち抜けるなら、この銃もマジで実戦に使えるね。
「グホォォォ!」
すると先頭の二体があっと言う間にヤられちゃったせいか、他の連中がデカい吼え声を上げながら突っ込んで来た。
しかも流石はハイオーガの率いる一団だけあって、全員がそれなりに連携を取った突撃だ。
ふむ。どうやら連中、最初はこっちを舐めてたようだけど、それを修正してフォーメーションを組んで来たみたいですな。
でも今頃警戒したって遅いんだよ。
途中から走る速度を上げ、素晴しい動きで突っ込んで来た三体のオーガの二体を詰め替えた特製銃で葬り、残りの一体をデ剣で抜き打ちに斬り捨てる。
「あーあ。ちょっと失敗」
口の辺りから上が綺麗にすっ飛んだソイツが、絶命しながらも勢いのままにゴロゴロ転がって行くのを見て溜め息。
これ以上無いと言う体制で迎え撃ったのに、綺麗に首を刎ねる事が出来なくて残念。
肩が盛り上がってる上に首が超短いオーガの首刎ねはとても難しいけれど、だからこそソレに挑戦するのが剣の修行ってヤツだからね。
次のヤツからは絶対に成功させないとイカンですな。
それにベルタに商品として渡す事を考えたら、素体は綺麗な形であればあるほど望ましい。
儲けも段違いだし、そこも拘りたいポイントだ。
(頭部撃ち抜きや頭部斬りなら売値は変わらないけどね)
「でも残りはもう四体しか居ないのかぁ」
しかし数えてみれば銃で四体、剣で一体と、何だかあっと言う間にオーガの半分以上がヤれちゃった事に気付いてガックリ。
儲かるのも良いけれど、オーガの群れを相手にするのならやっぱり高度な戦いをしたいのも本音だ。
なのにこんな調子じゃ精神的に疲れちゃいそうですよ。
大魔山脈の魔物って強いんだよね?
ワタシはワーウルフ共との戦いに突入したぐうちゃん達を見ながら、せめてハイオーガは強者でありますようにと願った。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有り難う御座いました。