192話
一頻りはしゃぎながら様々な会話を試すと、ぐうちゃんには単語を二三繋げる程度の会話能力がある事が判った。
たったそれだけでも、今までと比べれば長足の進歩で嬉しくなる。
でも素のままのクーちゃんを呼んで試したら、やっぱり出来無いままだったので、ちょっとガッカリだ。
可愛いままのクーちゃんとお話したかったのに残念ですよ。
「するってえと、今まで姫サンに付いてた精霊連中は会話が全く出来なかったんでやすか?」
「精霊のコミュニケーション手段は人とはまるで違うから仕方が無いよ。膨大な情報量を一瞬でやり取りする彼らからすれば、人間の会話なんて犬が吼えてる様な物なんだからさ」
取り敢えずの確認はこんな所かと一区切り付け、ぐうちゃんから返されたストレージ腕輪の中身を「もどき」の方に移す作業に入ると、ロベールさんが話し掛けて来たので持論を答える。
例の探知魔法を教わった時の件で、こっちは精霊同士の情報伝達がとっても高度で効率の良いモノだと判ってるからね。
(効率が良すぎて頭が割れそうになったけどさ)
アレが彼らの「会話」だとするなら、人間の言葉なんてレベルが低すぎて理解するのも一苦労な筈だ。
多分ぐうちゃんが単語を書けた理由は極悪魔法陣のせいでワタシの読み書きスキルを得たせいだろうけれど、それでもソレを理解するのに此処まで時間が掛かったって事なんじゃないのかな。
「そんなもんなんでやすかぁ。いやね、大魔導師級の連中が契約してる精霊は大抵喋るらしいと聞いてるんで、こっちは姫サンのもそうなんだとばかり思ってやした」
「うーん。それはワタシも聞いた事があるけど、所詮噂の域を出ない話だと思うよ。そもそも人間の発声器官は特殊だから、同じ人間じゃ無いと難しいんじゃない?」
「そう言う事なんでやすか。成る程ねぇ……」
むむーんと考え込む様に腕を組んだロベールさんを尻目にちゃっちゃと作業を終わらせると、ワタシはストレージもどきの口を閉めて立ち上がった。
ぐうちゃんの様子から考えるに、多分びいちゃんは他の素体を抱えたままずっと待ってると思うので、早めに行ってあげないと可哀想だもんね。
「未だ向こうに素体が一杯あるらしいから、ちょっと行って来るよ。ロベールさんは後片付けしといてね。ぐうちゃん、行くよっ」
「ぐぎゅっ!」
未だ腕を組んで考え込むロベールさんに後を託して声を掛けると、嬉しそうな声を上げて走り出したぐうちゃんの後を追って走り出す。
ううーむ。
何だかとっても御機嫌な感じだけど、ぐうちゃんってば、まだ魔物狩りを続ける気なのかなぁ。
機嫌良さそうにぴょんぴょんと走るぐうちゃんにゲンナリしながらも、仕方無くこっちも走りながら探知魔法もどきに意識を寄せ、周囲の確認に入った。
真昼間とは言え、大魔山脈の森を走るなんて無謀な事をするのだから、魔物の影に気を配るのは当然だ。
「やっぱ魔物の反応が少ないか……」
しかしやっぱりと言うか何と言うか、周囲に魔物の影はほとんど無い。
魔法力が増大しちゃった結果、今自分が探知できる範囲は半径六百ヤード(約550m)に達してるというのに、映る魔物の影が十体無いなんて異常過ぎる。
こりゃ二人(?)共、相当動き回っちゃった様ですな。
何しろこのコ達は自分同様に気配や魔法力を隠せるから、そうして森の中を歩いているだけで、そこらじゅうから魔物が襲い掛かって来てくれるからね。
後はただ、襲って来たヤツラを返り討ちにするだけで大漁旗が上がっちゃう。
まるでなんちゃらホイホイみたいなコ達だよ。
しょうがないなーと思いつつ付いて行くと、木々が途切れてちょっと開けた感じの場所に出た。
「うわぁ、何コレ!?」
木々の向こうにびいちゃんの姿を認めて前に出たら、同時に視界に入ったのが屍山血河と言った凄惨な地獄絵図でビックリ!
辺り一面血の海だし、様々な首無し素体があちこちに積み上げられてて、幾つか転がされてる素体は未だ首から盛大に血を流してる。
このコ達に血抜きの魔法陣が想写出来るのは知ってた(さっきのワーウルフも血抜き済みだ)けれど、この数を魔森の只中で処理するって凄すぎでしょうよ……。
「びいちゃん、ちょっとはりきり過ぎだよ。ありがとうとは言っておくけどさぁ」
こっちと目が合って「びっ!」と元気な声を上げたびいちゃんに声を掛け、仕方無しに血を踏まない様に近寄る。
「あーあー。これじゃこの辺り一帯の魔物はほとんど狩り尽くしちゃったっぽいねぇ」
パッと見ただけでも総数五十を軽く超える、それぞれ種類別にされてる素体の山を間近で見てゲッソリ。
主な獲物はワーウルフの様だけど、綺麗に積んであるとは言え、各素体はみんな血塗れ土塗れだ。
これを一体一体洗ってストレージもどきに仕舞う事を考えると頭痛が……。
「ハイハイ。じゃあ仕舞っちゃうから二人共手伝ってね」
さりとて頭を抱えて突っ立ってても埒が明かないので、ぐうちゃんに周辺警戒を任せたワタシはストレージもどきの穴を開け、びいちゃんに素体を一体ずつ持ち上げて貰いながら、汚れ払いの魔法(身体を綺麗にする魔法の一つだ)をかけて仕舞い始めた。
もう水洗いとかやってる数じゃないし、多少汚れが残るのは仕方が無い。
何時ぞやのオークの群れの時なんかそのまま突っ込んでたんだから、まだマシだろう。
「ふう」
年季を経たハイワーウルフ一体を筆頭にワーウルフが五十三体、オークが八体、オーガが三体と言う大量の素体を収納して一息。
でもまだ向こうにゴブリンが十体以上あるし、そのまた向こうにはワーウルフ達の遺物も積んである。
ワーウルフの遺物と言うのは連中が持ってた得物や鎧の事だ。
ヤツらは魔物の中でも一番人間の真似が巧い魔物とされてて、獣や魔物の毛皮を身体に巻き付けて服の様に使ってたり、人間から奪った剣や防具を見よう見真似で使ってたりするんだよね。
大抵は再利用なんて出来無いボロさだけど、ハイワーウルフとなれば立派な剣を下げてたりもするので、意外に馬鹿に出来なかったりもするのですよ。
「びびゅ!」
「ああ、ハイハイ。コレに魔石が入ってるワケね」
先にゴブリンと魔物の頭部焼却に手を付け、びいちゃんから渡してあったストレージ腕輪を受け取る。
全部で八十体超え、しかもそのほとんどがオークより強い大物の魔石と来れば、コレだけで結構なお金の元だ。
素体の方だけでもレティの商会へ納入すればかなりの金額になりそうなのに、何だかまたまたお金が溜まって行っちゃいますな。
「二人共、これが終わったらさっさとここを離れるよ」
最後の遺物から目ぼしいブツを抜き、残りをゴブ死体同様に焼却しながら声を掛けると、物見に立ってたぐうちゃんがハンドサインを出した。
むう。どうやら何か異常を発見したようですよ?
「あっちに何かあるの?」
焼却終了と共にぐうちゃんの側に移動して、再び探知魔法もどきに意識を寄せれば、恐らく魔狼に率いられてると思われる狼の群れが観えてウンザリ。
でもその狼共の動きは少しヘンだ。
此処の物凄い血臭に誘われたと言うなら判るけど、そんな素振りでも無く、十頭を超える群れが一箇所に留まって何か跳ね回ってる様に観える。
『木の上。人いる』
うーむと考えてる内にちょちょいとズボンの裾が引かれたので下を見ると、びいちゃんが地面に字を書いてた。
「びいちゃんも字が書けるようになったんだねっ」
「びゅびい!」
ちょっと喜んじゃったら「それどころじゃない」と言った感じで怒られちゃってガックリ。
むう、解せぬ。
どうせ人間とか言ったって、こんな魔山に単独でやって来るのはロクでもないヤツに決まってるのに、びいちゃんは何を怒ってるんですかね。
「ぐぐうっ」
「びゅびぃっ」
両手を広げて「ワケ判らん」と言う態度で答えたら、今度はぐうちゃんも入れて文句を言われちゃいましたよ。
なんだかなぁ。
しかし二人が揃ってワタシに文句を言うなんてのは滅多に無い事だ。
仕方が無い。
ちょっと行ってみますかね。
「んじゃ様子を見に行くから、二人は後を付いて来てね」
溜め息を吐きつつ、狼共が視界に入るところまで音も無く走ると、ヤツラは木の上に居る何かに吠え掛かってる様だった。
「やっぱりびいちゃんが言う様に人間みたいだね」
樹上に居るモノがボロボロになった人間である事を認めて、速攻で連発銃を抜く。
魔物の増殖を抑える強い野生動物には出来る限り手を出したく無いけれど、既に魔獣化してるヤツはヤっちゃうしかない。
ドンドンドン!
三頭いた魔獣の頭部を三連射で撃ち抜き、直後に走る。
こっちに気付いた狼共が凄い勢いで逃げて行くのを確認しながら現場に着くと、ぐうちゃんに倒した三頭の処理を頼み、びいちゃんには樹上の人間を下ろしてくれる様お願いした。
「うわっ」
狼にしては馬鹿デカい身体の喉を指で掻き切った(コレ、魔法技なんですよ)りして、やたらと丁寧な処理をするぐうちゃんの作業に感心してたら、樹上から飛び降りたびいちゃんに抱えてた人間を突きつけられてドッキリ。
いや、その人物に驚いたと言うより、その臭気に驚いたんですけどね。
「くっさーい。この人ってば一体何日お風呂に入ってないんだよ!?」
思わず後ずさって、汚れ払いの魔法を掛け捲りつつ、その人物の様子を伺う。
どうやらこの人、背こそ高そうだけど若い女の人の様だ。
大分衰弱してる感じで、気も失ってるみたいだけどさ。
「うっ……」
汚れ払いの魔法を連発で食らって、女の人が呻き声と共に覚醒した。
まあこの魔法って、ぶっちゃけて言えば一瞬で全身をくまなく叩かれる様な魔法だから、そりゃ誰でも気が付くわな。
「貴女はワタシが保護してあげるから、未だ寝ててイイよ」
臭気の薄れた女の人に近付きながら声を掛けると、彼女は安心した様にまた気を失った。
一応回復魔法を掛けてあげるけれど、恐らく食事がとれなくて衰弱したのだろうから、このテは気休めにしかならない。
魔法では無から有を生み出す事が出来無いからね。
一番イイのはとにかく食べさせて寝かせる事だ。
「でも何だかこの女性、事件の匂いがするね……」
処理の終わった魔狼をストレージもどきに収納して移動を開始したものの、びいちゃんに抱かれて気を失ってる彼女の服装に気が付いて考え込む。
皮鎧とかならともかく、騎士の平服を着た女がこんな魔山の只中に居るなんて、どう考えても只事じゃ無い。
会った時の臭気から考えれば、最低でも十日は魔山をさ迷ってる計算になるし、これってどう言う事なんでしょうね?
今宵もこの辺りで終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。