閑話(リーゼロッテ)3
やや遅れてしまいましたが、リーゼロッテ閑話の最終話をお送りします。
第二話を変則的な形で投稿してしまった為、ご迷惑を御掛けしてしまいました。申し訳ありません。
なお改訂版も20話まで進めましたが、内容的に変わらないので再読の必要は無いものと思われます。
エルマーの言う日取りに間に合わせる為、強行軍でランスに辿り着いて現地のG商会に入ると、入って直ぐのロビーでついこの前まで私の秘書役をやっていたベルタが待っていた。
「随分とお早い御着きですが、エルマー様の差し金ですか?」
「ええ、そうよ。秘密会談とやらに出席したいのよ」
「でしたら既に席は確保してありますので御安心下さい」
ちらりとエルマーを一瞥したもののそちらには目礼しただけで、相変わらずの鉄面皮でさらりと重要事を話すベルタの様子に呆れて笑う。
この娘は五年程前、とある孤児院で最初に会った時から変わらない。
当時十歳で、更に全くの無学分盲の孤児でありながら、自分の居る孤児院の経営を一手に担って黒字化させた手腕を褒めた時もこうだった。
即座に側近候補として引き抜いて、秘書の真似事をさせながら英才教育を仕込んだ彼女は将来の私の右腕になる予定だ。
今は一旦手元から離し、表向きは此処ランスで高等学院に通わせながらG商会の直系商会の一つを任せている。
(実情は南部連合運動で揺れるこの地のG商会の目付け役だ)
「相変わらずの手際ね。その歳でよく舐められないものだわ」
「今に始まった話ではありませんし、わたくしがリーゼロッテ様直結である事はG商会幹部は皆知っておりますので。それより、実は是非とも御報告したい御話があるのですが、此処では不味いので御車の中で御話しても構いませんか?」
「勿論よ」
マイペースな彼女には珍しく、忙しない事を言うなと思いながら一緒に商会建物を出て自走車に入る。
その時になって、ずっと付いて来ているアルバンとエルマーにやっと挨拶をしたベルタに苦笑しつつ、席を勧めた。
本来なら世にまともに相手にされる筈の無い存在であったベルタは何事も堅苦しく考えるところがある。
特に特別な人間に対してはその傾向が強く、小間使い身分の未成人が人前で直接口を利けば、地位も身分もある彼らを侮辱する物と考えてしまうらしい。
(当然ながら主である私は別である)
数年の付き合いでその事を知っている二人が苦笑しながら挨拶を返すと、彼らが座るのを待ってからベルタが口を開いた。
「単刀直入に申しますが、実を申しますとわたくし、レティ嬢が設立された素体商会と独占契約を結ぶ事になりました」
「レティと言うのは、マリーの従者だったあのレティの事?」
「そのレティ嬢です。ブロイ家から出奔して名を変え、現在は討伐騎士をやっている様なのですが、驚くべき事に主人たるマリー様も御一緒との事ですので、取り敢えず御報告にと思いまして」
「本当なの!? それは貴女、凄い巡り会わせよ。正直に言って今すぐ士爵位を出したい位の大殊勲だわ!」
「申し訳ないのですが、爵位を下さる位でしたら、わたくしがレティ嬢以外のマリー様の従者と組んだスタンドプレイに目を瞑って頂きたいです」
ランスに着いたばかりだと言うのに、早速マリーと渡りが付けられる僥倖に喜びの声を上げると、何故か伏目になったベルタの奇妙な返答に疑問が湧く。
「スタンドプレイ?」
「恐らく未だ御存知ないと思いますが、本日討伐士協会と魔法士協会が共同で西聖王国親衛清廉騎士団の秘密を暴露し、先程シルバニアと東聖王国と我が国が連名で西聖王国に国交断絶を宣言致しました。シルバニアに至っては銀光騎士団を根源地のランスに派遣するとアナウンスしています」
「なんですって!?」
「マリー様はその事件に非常に深く関わっておられます。そこでその従者の方に、対策としてある御方をリーゼロッテ様と内密で会わせてくれる様に頼まれました。どうかわたくしの拙速な行動をお許し下さい」
突然の非常事態宣言に一瞬目の前が暗くなった私が目を瞬かせている間に、ベルタが立ち上がって出入口の扉を開けた。
「大変お待たせ致しました、閣下」
何事かと気が動転する中、二重の扉を開けて外に出たベルタが頭を下げると、見た事のある人物が車内に入って来て驚愕に口が開く。
「本当に優秀な子ねぇ。頼んでいた事とは言え、私を呼ぶタイミング、護衛達を黙らせた手際、どれを取っても一級品だわ」
「まさか、ヘルミネン閣下……」
「リーゼロッテとは何時ぞやの式典以来ね。お元気かしら?」
アルマス・ヘルミネン侯爵は一応顔見知りではあっても、こんなに気安く声を掛けて貰える間柄では無い。
それは彼が城の外に出る事が出来無いベアトリス陛下の代理権を持っているからだ。
幾ら商伯家の当主次席である私でも、公務においては女王陛下と同じ様に対さなくてはならない人物に簡単には近寄れない。
「実は貴女と私の共通のお友達の件でお話があるのよ」
慌てて何とか挨拶を済ませると、中に入って扉を閉めたベルタを含めた全員に「この場に居ると言う事は皆リーゼロッテの側近でしょう?」とそのまま居る
様に言った彼は、一通の封書をひらひらと見せた。
そのまま渡されたので宛名と差出人を見れば、まさかの私の名とマリア・コーニスの名が書かれていて眩暈がした。
あのバカ、信じられない……。
これではマリア・コーニスが商伯家と繋がりがあると宣伝する様なものなのに、あの脳筋頭は一体何を考えているの?
「この差出人が共通の友人と言う認識で宜しいですか?」
最早ジタバタしても始まらない事態にマリー直伝の深呼吸で心を落ち着け、取り敢えずの疑問を口にした。
独特の切手が貼られている所から、これが討伐士協会内部で流通する郵便網から抜かれた物である事は明白だけれど、先ずは共通認識の確定が先だ。
「例の脳ナシ奴隷騎士の件はもう知っているわね? その件で動かぬ証拠を揃えてくれたのがそのお友達なのよ。色々と借りが有る上に、そこまで大きな借りまで出来ちゃうと、流石の私も彼女の為に走り回ってあげないと利子も返せないわ」
こちらの質問にウンウンと肯いたヘルミネン候が、もう驚くのは嫌だと訴え始めた私の脳に更なる打撃を与えてくれた。
全く持って信じられない。
動かぬ証拠を揃えたと言う事は、多分あの脳無し騎士の遺体を完全な形で、それも複数体渡したと言う事だ。
細かい事が不得手な我が国の白黒騎士団ならばともかく、あの外人部隊の精鋭部隊でも叶わなかった事をやってのけるなんて、一体アイツはどれ程の実力を隠し持っていたのだろう?
今の今まで、自分はマリーの事を誰よりも良く知っている筈だと自負していたのに、アイツがそこまで凄まじい強者だと実感した事は無かった。
起こした数々の事件も討伐士協会絡みで大量の尾鰭が付いている物と勝手に決め付けていたくらいだ。
しかし実際の当事者からそんな話をされれば信じざるを得ない。
「あら、具合でも悪いのかしら?」
少しの間、頭の中がくるくると回り出して思考を放棄した私をヘルミネン候が心配する様に覗き込んで来て、ハッと我に返る。
「い、いえ、大丈夫です。それよりこれは討伐士協会の中で流通する郵便ですね?」
顔色も相当悪くなっていたのか、見回せばベルタ達までが同じ様な雰囲気になっていたのを誤魔化す様に口を開いた。
「そうね。でも彼女の騎士紋を背負う密かな代理人が人目に触れる前に確保したそうだから安心して」
「そうだったのですか。それは助かりました」
「ええ。ただ彼はとても今の彼女の事を心配していているのよ。そこでコレを貴女に直接渡すのでは無く、ウチの王家よりちょっとだけ彼女を優先しようとして動き始めたこの私に渡して来たってワケ。そう、私と貴女が彼女の話をする機会を作る為にね」
何とか気持ちを立て直してヘルミネン候の話を聞くと、どうやら今のマリーの状況はかなり悪いらしい。
ベルタを動かした者と同一人物だろうその男(彼と言うのだから男性だろう)は、この私とヘルミネン侯に手を結ばせてその状況を凌ごうとしている様だけれど……。
「昨日未明、西聖王国の秘密要塞が落ちたわ。公式にはランスに駐在する協会第十七旅団の部隊がやった事になってるみたいだけど、実際の所、攻城戦の主戦力は未知の戦術級魔法を使うたった独りの魔法騎士だったそうよ。それが誰かは判るわね?」
「何て言う事を……」
少しばかり思考に沈んだ所にヘルミネン候が更なる爆弾発言をして目を見開く。
さっきベルタが口にした国際情勢激変の裏はそれだったのかと思いながら、秘密要塞とやらの事を思い出す。
ランス地方にある西聖王国の秘密要塞と言えば、知る者には有名な伏魔殿だったあそこだ。
数多くの脳無し騎士達に守られ、近寄る者は絶対に生きて帰れないと言われたあそこを、もしたった一人で落としたと言うのなら、正に今のマリーの実力は師であるあの変人と同レベルと言える。
とても信じられないけれど、そんな事よりもっとずっと重要な問題がある事に気が付いて、私は顔を上げた。
「それでは彼女は西聖王国王宮とそれに繋がる討伐士協会のデュバル一派を敵に回した事になりますね?」
脳無し騎士を使っている総本山は西聖王国王宮なのだから、その秘密を暴露された上に生産拠点まで潰されれば、幾ら良い顔をしようとして官位まで与えた彼らでも絶対に激怒する。
「ええ。だから先ず最低線、彼女には今とは別の名前が要るのよ。そこで相談なのだけれど、ヘドストレムを使えないかしら? 必要な裏工作はこちらでやっておくわ」
こちらの話にその通りと肯いたヘルミネン候の言葉に少し考え込む。
ヘドストレムとは商伯家が非常時対策として極秘で持っているシルバニア伯爵家に従属する男爵家の事で、事実上のペーパー貴族家だ。
かつては使い勝手が良くて色々と重宝したものの、他にずっと便利な家が出来てしまった此処十数年は全く使われておらず、確か今の管理はアルバンがやっている筈……。
と、そこまで考えて、それらの情報を事も無げに出してきたヘルミネン侯に慄然とした。
「良くご存知ですね」
「実は私も知らなかったのだけれど、彼女の代理人が教えてくれたのよ。だって私が直接動くと王宮にバレちゃうでしょ? そう言ったら、そんな話を聞かせてくれてね」
マリーの代理人とやらは一体どんな化け物なのだろう?
私が知る限り、マリーに付きそうなヤツでそんな情報に手を掛けられそうな男は一人しか居ない筈だけれど、その男は未だアイツとは接触していない筈だから、全くの新しい人物である可能性の方が強い。
ちょっと前まで引き篭もりも同然だったクセに、出奔して一ヶ月も経たない内にそんな強力なヤツを手下にするなんて、流石と言うか何と言うか……。
「一応言って置くけど、当然ながら私が貴女達に協力できる範囲には限度があるわ。だから貴女がボサボサしてると、本当にウチの国が彼女を攫っていく事になるわよ? 頭の痛い話だけど、未婚の王子が居るウチの王宮の連中は本気なの」
「随分と彼女に肩入れされるのですね」
「だって初めて会った時からとても気に入っちゃったのに、男爵が伯爵になるほどの功績を全部譲って貰ったのよ? 当然だわ」
「私達が組んだ場合、貴方は密かにマリーの居所が押さえられる上、更に将来彼女が生む子供にも直接アプローチが出来ますね」
「もうっ。そんな嫌味な言い方は止めてくれる?」
この期に及んで妙な物怖じなどしてられないと、直接的な物言いで攻めてみると、ヘルミネン候は「心外だ」と言わんばかりに両手を広げて見せた。
保護者の様な笑みまで浮かべた彼の態度は、貴族と言う存在に慣れていなければ誰でも即座に引っ掛かってしまう程、慈愛に満ちている。
しかし多分この話にはもっと深い裏がある筈だ。
忠誠に些細な傷すら許されない女王陛下の代理人が、例え少しであっても女王や王宮を裏切るには理由が軽すぎる。
「御国はランスに銀光騎士団を連隊規模で送り込む様ですし、弱い立場のこちらとしてはそうそう仰る事を信じる訳にも行かないのです」
「そうね。でもその件はきっと他と合同になるから、それ程の影響力は無いでしょう。それに……」
優しげな態度が見えないかの様に更に切り込めば、何時の間に出したのか、ヘルミネン候が手に書状箱を出して見せて来た。
成る程、それがこの話し合いの奥の手か。
例えそれが何であろうとも、貴族同士の話し合いで相手のパフォーマンスに呑まれるほど自分はヤワじゃない。
「コレ、貴女宛なのよ。無論、署名も印璽も本物だわ」
「ま、まさか……」
しかし今ヤワでは無いと気合を入れた筈なのに、私は開けられた箱の中身を見て絶句した。
「そう、女王陛下の免罪符よ。今生存してる人では貴女で五人目ね。ついでにあの娘の件についての委任状まで入ってるわ」
「そんな、馬鹿な……」
女王陛下の免罪符とは「女王の名に於いて行動に対する責任を持つ」と言う云わば特権状ではあるものの、今までそれを貰った者は魔法関連で特筆的な人物に限られている。
(様々な公式非公式の理由から、マリーだってそうなのだ)
何故ならこのお墨付きは、研究内容が様々な国や組織の既得権益に抵触して敵が多くなってしまう特異な魔法研究者を救う為にあるからだ。
なので勿論、未だかつて女王がこれによって誰かに何かの権限を委託したり委譲したりした事は無い。
それなのに、それを魔法世界では大した功績も無い私に渡すと言うのなら、これは初の女王権限委譲文書になってしまう。
しかも委任状付きともなれば、私は女王によって任命された公式なマリーの保護者ともなるのだから驚かない方がおかしい。
「では今までの件は貴方の独走では無くて、女王陛下の指示だったのですね」
「そうね。でもより正確に言うと、この件では私とあの方二人が組んでいると思って欲しいわ。さっき話した理由だって本当なのよ?」
「……それでは御二人は王宮の方々を出し抜いてマリーにチェックメイトを掛けた上で、更に放置すると仰るのですか?」
「そうよ。正直に言うと、あの方は世が言う程自由気ままに振舞えるわけじゃ無いの。後継者問題では特に、ね。それなのにあの娘を好きにさせてやろうと思ったら、取れる手段は限られて来るわ」
「一体ベアトリス陛下は彼女の何を御存知なのでしょう?」
「それは私も知らないの。ただあの娘って、どうやらとんでもない出自の様よ? その関係もあるみたいね」
「母親は存在してはならない姫ですよ。それだけで貴方になら判る筈です」
「……き、聞かなかった事にしておくわ」
ヘルミネン候の言葉に、もうどうにでもなれと奥の手を覗かせたら、漸く彼の表情が崩れて少し良い気分になる。
此処まで来たらもうこの話を受けないわけには行かないし、丁度良い気分転換だ。
それにポジティブに考え直せば、私とマリーの自由にシルバニアの女王陛下が密かに協力してくれるのは大きな武器と言える。
この文書を上手く使えば、同様の物を公王殿下からも貰う事が出来るだろうし、そうなればこれからの動きはずっと楽になるだろう。
最悪の場合、人外中の人外である「アレ」にマリーを絶対的魔物圏である北東の大魔森林に連れて行かせ、そこで何年か過ごさせてる内に最後の切り札を切ろうとまで考えていた事に比べれば、格段に状況は良くなった。
それにマリーが本当に凄まじい実力を持っている事が判ったのはショックだけれど、逆に考えれば、それは武力でアイツを脅かす事が難しいと言う事だ。
ましてや、あのレティや謎の男まで付いているのなら尚更なので、こちらは大きな政治事を押さえる事だけに専念出来る。
「カスパー・オストマークが彼女に本気で手を掛けようとしています。もし共闘して頂けるのなら、先ずはその対策を話し合いたいのですが?」
「漸くその気になったわね。カスパーはかなりの事情通だから、下手をするとあの娘の事情に詳しいかも知れないし、強敵だわ」
「出来ればこのまま会議の場まで移動しながら、お互いの情報を擦り合わせたいですね」
「いいわよ。こちらとしてもその積りだったのだし」
アルバンに目配せをして出発の準備をさせながら、御付の者達へ知らせる為に外へ出たヘルミネン候を見て溜め息を吐く。
女王陛下がマリーを自由にさせたい理由は判らないけれど、こちらに弱みを握らせてくる以上、本気である事は間違い無い。
そちらはゆっくりとエルマーに探らせるとして、今は正面にいる敵を破る事に全力を尽くそう。
「ベルタ、会議場に付いたら貴女は外れてレティと接触して、後で渡す書状が速やかにマリーに届く様にしてくれる?」
「畏まりました……が、独断で走ったわたくしに責めが無くては周囲に軽んじられましょう。それは如何致しましょうか」
「勿論、来月の誕生日になったら罰を与えるわ。私の陪臣爵位と新たな仕事をね。貴族らしく生きるのは貴女にとって結構な苦痛では無くて?」
「そ、それは……」
こちらの話に目を白黒させたベルタに微笑みつつ、私は激変した国際情勢への対応を考える為、今度はエルマーに向き直った。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。