閑話(リーゼロッテ)2
お待たせ致しました! と言いたい所ですが、更に長くなったしまったのでこの閑話は全部で三回にさせて頂き、三回目は明日投稿する予定です。
色々と申し訳ありませんです。
「リーゼロッテ様、お茶で御座います」
「ありがとうアルバン」
ギャレー(簡易調理設備)から室内に戻って来たアルバンに礼を言い、私は読んでいた新聞を傍らに置いてお茶に口を付けた。
公王殿下との会見を上首尾に終わらせ、翌日から仕切り直した西聖王国南部出張は既に七日目に入っている。
今は自走車で都市連合領域の山岳街道をジュヴェインに向かって移動中だ。
(強力な魔物が出る地域には線路など無いので列車はストガート止まりだ)
「フフッ」
上り下りが連続する山岳路を走っていると言うのに、テーブルに置いたカップが揺れもしないのを見て笑う。
一日分の余裕が出来たお陰で自分の車を列車に積めたのは僥倖だった。
討伐士協会の幹部専用車にも負けない仕様のこの車は防御力がとても高く、その上乗り心地が他とは比べ物にならない。
些細な事でもストレスになりやすい長旅では、こう言った所はとても助かる。
「リーゼロッテ様、宜しいでしょうか?」
「ええ。丁度良いからアルバンもそこに座って」
「ははっ」
運転席側から入って来た諜報担当のエルマーから二枚の書類を受け取り、両者に着座を勧める。
先行させていたエルマーとはジュヴェインで落ち合う予定だったものの、どうやら緊急の報告があるらしく、つい先程に街道上で合流したのだ。
「先ず例の御令嬢が西聖王国で貴族に列せられた件ですが、間違い無いと確認が取れました」
「ほう」
「頭の痛い話ね」
ソファーに座って開口一番、エルマーが口にしたのはマリーの城塞守護騎士就任の件だった。
判っていた事とは言え、大きな溜め息が出る。
この十日余りで、マリーの世における立ち位置は大きく変わった。
何しろあの脳筋馬鹿はアレの町で一等功を取ったそのすぐ後、リザードマンの群れに襲われた代官令嬢を単騎で救出して喝采を浴び、続いて私事で動いていたとされる対人傭兵団「双炎の剣」の襲撃を返り討ちにして殲滅した上、遂にはランス近郊で魔物ドラゴンまで単独撃破して連続一等功まで獲ってしまったのだ。
今の鬱屈した世情にあって、そんな人物を世間が放って置く訳が無い。
何処の新聞もマリア・コーニスの名が連日でヘッドラインを飾り、町場の噂話から各国宮廷雀達のさえずりまで、あらゆる所でその名が囁かれる事となった結果、今のアイツは誰もが知る人物となってしまった。
こうなってしまったら、暫くの間は迂闊に接触する事すら出来ない。
私達の関係は可能な限り秘匿しなければ、マリーがアンナ・マリアンヌである事など簡単にバレてしまうし、後に密かに匿う事も不可能になってしまう。
「恐らく西聖王国王宮はあの方を南部の番犬として取り込む腹でしょうが、それより問題なのはシルバニアの動きです」
「女王陛下の側近であられるヘルミネン侯爵閣下がランス入りした件なら別件では?」
「女王陛下の免罪符をあの方に渡したのはヘルミネン侯ですよ。物のついでとは思えません」
「頭痛が激痛になりそうな話だわ」
しかしエルマーによれば、マリーに五位を与えた西聖王国の動きよりもシルバニアの動きの方が重要らしい。
ランス入りしたヘルミネン侯の主目的は現地魔法士協会幹部の粛清と言う情報分析がなされていただけに、それが違うとなれば確かに重要な問題ではある。
二人の会話に合いの手を入れながら、早速エルマーに渡された紙に目を通すと、一枚目はシルバニア国内の動きについてだった。
「ねえ、このシルバニア国内の動きなのだけれど……」
「女王陛下はあの御方の魔法力を推定緑青以上と断定し、確保の為に宮廷や議会での多数派工作まで始められております。詳細はそこにありますが、かなりの本気度です」
「でも宮廷工作なら判るけれど、議会工作が必要なんておかしくない?」
「それがどうやら女王陛下、と言うよりシルバニア王宮は銀光騎士団を旅団規模でランスへ派遣したい意向の様でして……」
「銀光騎士団を旅団規模で国外派遣なんて前代未聞でしょう!? 大紛争の時ですら連隊規模の筈よっ」
読み始めた途端に疑問が湧いて口にすると、エルマーからとんでもない答えが返って来た。
銀光騎士団はシルバニアの王家親衛騎士団で、国外に彼らが大きな戦力として派遣された例はほとんど無い。
何故ならそれは、半大陸最強を誇る我が公国の白黒騎士団と同等と言われる唯一の騎士団だからだ。
そんな連中を旅団規模の戦力で国外に出せば、普通は間違い無く戦争になる。
「仰る通りですが、シルバニア王宮はランス防衛に合力する構えです。その上であの方を本国まで送る為の護衛も考えれば、最低でも二個連隊は必要になる計算になりましょう」
「南部連合に手を貸そうなんて、シルバニアは旧聖王国東側辺境を独立させただけでは足らないと言う訳?」
途端にキナ臭くなった話にウンザリして、私はお茶に手を伸ばした。
現時点では討伐士協会総裁殿下の音頭取りで動いてる寄り合い所帯でしかない南部連合運動に強国シルバニアが軍事的に関わるとなれば、オストマーク率いる都市連合は万々歳だろうけれど、曲者だらけのシルバニア王宮がタダでそんな事をしてくれる筈は無い。
「幾ら半大陸に拠点を築きたいシルバニアとは言えランスは遠すぎますな。言う事を聞かないメラニア辺境伯への当て付けでは?」
「前代未聞の大規模派兵の理由にしては弱いわね」
溜め息交じりのアルバンの言葉を言下に切り捨てて、こちらも溜め息を吐く。
半大陸に拠点を構えたいシルバニアが東聖王国に組しなかった旧聖王国東辺境のメラニア辺境伯家に接近し、彼らに手を貸している事は広く知られている。
しかし現状でシルバニアが手にしたのは、銀光騎士団が連隊規模で駐留するメラニアの東聖王国側国境にある要塞一つだけと言う体たらくだ。
それは現メラニア公王(そう名乗っている)が、シルバニア側の「王太子の娘婿への支援」と言う大義名分を盾にほとんどの要求を退けている事が原因と言われるけれど、元々シルバニアには現在たった三人しか確認されていない青級魔法力の持ち主であるこの公王に強くは出られない理由がある。
王家に青級魔法力を持つ者が皆無となって深刻な後継者難に陥っているシルバニアにとって、輿入れさせた王女の生む子供が最後の希望だからだ。
公王と王女の恋愛沙汰が持ち上がった際、これ幸いと押し捲って結婚させた女王陛下は、第二子以降に青級魔法力を持つ子が生まれたら優先的にシルバニア王家を継がせる約束までしていると聞く。
今二人いる彼らの子は残念ながら青級に届かないものの、未だ若い彼らには将来への期待が幾らでもある。
そんな事実上の「将来の王父」相手に強気に出られる訳が無い。
「一言で言ってしまえば軍部のガス抜き目的ですね。経費はある程度都市連合に押し付けられますし、東聖王国さえ抑えられるなら、台頭しているタカ派共の望みを叶える良いチャンスと言った所が本音の様です」
「成る程。これまでの女王陛下の御発言から、世ではあの御方はシルバニア王家の縁戚と見なされておりますからな。その様な方を御護りする為との大義名分があるのは外だけでなく内側にも大きいと言う訳ですか」
「そうですね。しかも国境の要塞で騎士連隊が常駐するメラニア方面での譲歩を得られれば、東聖王国王宮は黙って軍の通過を認める可能性が高いです」
「女王陛下とシルバニア王宮はマリーをネタにして国際情勢を大きく動かそうと言う訳ね」
軍事方面に行きつつある話を戻す為、簡単な結論を口に出しながら考える。
まさかシルバニア軍部でそこ迄タカ派が台頭しているとは思わなかったけれど、オストマークと言い、ベアトリス陛下と言い、腹の黒い人達には本当に困ってしまう。
多分、女王陛下の真の狙いはマリーの身柄だ。
マリーの実母であるコーネリアの友人だったあの方は真実を知っている可能性が高い。
そんな人が周囲の思惑にかこつけて大きく世を動かそうと言うのなら、狙いはその陰にあると考える方が自然だろう。
「恐らくですが、それはオストマークやマルシルのブロイ様も同様でしょう。特に今でも東聖王国王宮に影響力を持つブロイ様なら、シルバニアと東聖王国の間に入って話を進めてもおかしくありません」
「確かに。昨今の西聖王国王宮の不気味な動きを考えれば、マルシルは東側国境を固めておきたい所でしょうからな」
「密かにプロストス卿率いる外人部隊の旧主力部隊が西聖王国南部へ入ったと言う情報もあります。それに呼応した都市連合の霊峰騎士団の一部が西聖王国国境に近いゲルノーから南下中ですので、まず間違いありません」
「外人部隊の動きはマリーの捜索に決まってるわよ。そんな下らない事より、肝心のオストマークの方はどうなってるの?」
「それが……。とにかくその資料の二枚目を御覧下さい」
何故かまた軍事方面に逸れて行く会話を遮って話を元に戻すと、エルマーが困った顔になった。
何があったのかと二枚目の紙をちらりと見れば、どうやらこれは会話の内容を文章に起こしたものらしい。
「これ、もしかして山の妖怪の会話を盗み聞きしたの?」
「はい。実はリーゼロッテ様への緊急報告はそれが主題なのです」
山の妖怪とはジュヴェインのカスパー・オストマークの事だ。
流石エルマーは良い仕事をするなと思いながらも、取り敢えず内容を読む。
『デクス家との最終的な詰めは終わった。これでやっと我々は海に出られる』
『漸く目的が達成出来ましたね。元々デクスは我々と行動を共にする予定であったと聞きますが、随分と時間が掛かってしまいました』
『ふむ。お前はデクスが当初から我々と行動を共にしなかった理由を知らぬのか?』
『恐らくですが、王が居ないでせいでしょうね』
『ふふふ、流石だな。だがこれは知るまい。私が山を降りた本当の理由はさる御方をお迎えするに当たり、有象無象共とその為の前哨戦を戦う事なのだ』
『なんと! しかし東の者達は青の君は当然として、あの末端の若君ですら我々には渡さないのでは?』
『東の者共など関係無い。私が密かに追っているのは、今ランスに居られる筈のゲフィオン最後の残り香、四人目の青の君だ』
『父上、それは本当の事なのですか!?』
『無論である。既に鈴は付けてある故、今暫くは御本人との接触を控えるが、此処で遅れを取る事は許されぬと思え』
あまりと言うのもあんまりな内容に愕然としながら、無言のままアルバンにも渡して内容を読ませると、終わった紙片を魔法で燃やして私は頭を抱えた。
青級の魔法力を持つ人物達の中で、本当に緑級を脱している者はシルバニアの女王、東聖王国の姫、メラニア公王の三人だけだ。
だから四人目、それもわざわざ聖王国王家の末などと言う以上、それはマリーを指しているのに違いない。
しかも取り込む気満々じゃないの。
確かに彼らにとって王、それも聖王国王家の血筋で青の魔法力を持つ王を立てる事は隠れた悲願だと聞いた事はあったけれど、まさかオストマークが此処までアイツの真実に近付いているとは思わなかった。
「……どうやら想像以上に妖怪爺はマリーの正体に気が付いてるみたいね」
「その様です。しかもこちらの調べによりますと、カスパー・オストマークはあの方の母親であるコーネリア様とかなりの親交を持っていた様で、相当量の書簡のやり取りがあった事が判っています」
「不味いですな。オストマークの真の狙いは、南部連合騒ぎの混乱に紛れてアクス-マルスを併合する事だとばかり思っておりましたが……」
「大抵の人間はそう結論付けているでしょうね。でもこれが真実なら私達は対策を考えなければならないわ」
これで主敵は間違い無くオストマークになったと思いながら、どう言う策を練ろうかと思考を巡らせる。
マリーに間接的に接触して動きを抑えるのは当然としても、出来ればカスパーには直接別件で会っておきたい。
最悪、連中に担がれる事になった場合でも交渉窓口を作っておけば何かと便利だ。
それは勿論、マリーの身柄を強奪する様なケースも含めての事だけれど……。
「何かの理由をつけて早々にカスパーに会う事は出来る?」
「それでしたら、リーゼロッテ様もランスに於いて行われる秘密会談に出席されては如何でしょうか?」
「秘密会談?」
「南部連合運動の今後を話し合う関係者会議です。デクス、ロワトフェルド、デラージュの各当事者を筆頭に、討伐士協会総裁殿下やヘルミネン侯爵、先のブロイ様なども顔を揃える予定で、カスパー・オストマークも参加します」
「もし間に合うのなら出てみたいわ。そもそもの仕事である討伐士協会の収益業務委託問題もあるしね」
駄目元で思った事を口にしたら、エルマーから面白い話が出て来た。
そんな集まりがあるのなら、マリーの事が無くても出てみたい。
「恐らくギリギリで間に合います。リーゼロッテ様の御身分とお持ちの職権があれば、飛び入りでも間違い無く参加出来る筈ですし」
こちらの希望にエルマーが太鼓判を押すとアルバンも肯き、私は彼らと一先ずの策を練りながらランスへと急ぐ事にした。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。