181話
活動報告にも書きましたが、9話から12話までを改訂版に差し替えさせて頂きました。
大筋の内容は変わっておりませんので、再読して頂く必要は無いと思います。
「アレらは全部で三箇所、それで間違い無いな?」
憔悴しきったような顔で戻ってきた魔王様が新たに入れ直したお茶を飲んで口を開いた。
「正解です。さすが魔王様」
「本当にそうなのだろうな?」
「別にウソなどつきませんよ。しかし前々から思っていたのですが、単なる嫌がらせ程度のことに随分とご念のいった対応をなさるのですね」
「お前はアレがどう言うものなのか知らんからそんな事が言えるのだ。お前の母が残した本物中の本物の研究書なのだぞ? 一体何処であんなモノを手に入れたのか……」
「さようでございましたか」
額の汗を拭き拭き、冷茶を飲む父上から新事実が出てきてちょっとビックリ。
どうりで反省部屋の壁の中に塗り込めてあったと思ったわ、アレ。
いつぞやりふじんな理由でブチ込まれたときに壁を蹴り捲くってたら、崩れた壁の中からポロッと出てきたんだよね。
「いい加減に返そうとは思わんのか?」
「とっくの昔に細大漏らさず写本にしてありますので、オリジナルが欲しいと言われるならお返しいたしますけど?」
「それでは何の意味も無いだろう! ……まあ良い。どの道アレはお前が管理すべき物だからな。だが下らぬ事に使えば許さぬぞ?」
「魔王様への嫌がらせ以外に使う積りなどありませんからご心配なさらず」
イラッとした雰囲気の魔王様に涼しい顔で答えてお茶を飲む。
しかし実母サマって言う人もなんだかね。
単なる主婦だったクセに、そんなエグい趣味があったなんて初めて知ったわ。
中の書き込みもなんだかアレなものが多かったし、ストレスでも溜まってたのかな。
「その程度であるならば仕方があるまい。この話は終わりだ」
ほほう?
嫌ぁな顔ではあるものの、妙に物分りの良いことを言う魔王様に、肯きながらも疑問符が湧く。
自分がおまじないされちゃうことは「その程度」なのか。
だったら他にどう使うと思ってたんだろう?
「そんな事より先程までの話だ。良いか、畏れ多くも先王陛下におかれては、私を玉座に就けようと画策されていた時期があるのだ」
「へぇっ!?」
実母サマのことを考えてたワタシは魔王様が突然吐き出した仰天ゼリフにビックリして、目が点になった。
「ぎょ、ぎょくざって、王サマということでは?」
「その通りだ。お前が知らぬのも当然であるし、無茶な話だとも思うであろうが、これにはそれなりの理由がある」
あまりにビックリして一瞬頭の中が真っ白になったものの、何とか立て直して魔王様の話を聞けば、なんと父上の母上、つまりワタシのおばあさんは本当ならこの国の女王になる筈の人だったと言うのだ。
でも病弱だったので廃され、代わりに王位に立ったのがその弟君だった先の王へいかで、後に東の大国の王子様に嫁いだおばあさんが生んだのが魔王様なのだと言う。
いやー、今の今まで魔王様はでんかの称号を持っているダケの伯爵だと思ってたのに、本当に高貴なお方だったんだね。
そりゃ周囲も「でんかでんか」と持ち上げる筈だわ。
ただ、これはちょっと大変な話だ。
夜会参加の為に貴族や王族について随分と勉強したワタシには、ことの面倒臭さが良く判る。
だってマルシル王国は旧聖王国の大公家なので、直系の血筋な上に旧聖王国王家の血筋である東の大国王家の血まで引く魔王様は、先王へいかが臣下の娘と結婚して生まれた現王へいかより王位に相応しいと言うことになっちゃうからね。
そりゃまあ、王サマなんて周囲の人に担がれて成るモノだからそうそう簡単な話じゃないけれど、旧聖王国王家の血と言うのは本当に厄介なモノなのだ。
何しろ旧聖王国の王家と言えば神代の時代から続くと言われる血統で、それ以前にあった大帝国の始祖である伝説の魔導皇帝を筆頭に何人もの英雄や大魔導師を輩出して来てて、直系傍系に関わらず、大体百年に一人の割合でとんでもないヤツが現れて後の世を作ってきた経緯がある。
つまりはその血に連なりさえすれば、それらとってもエラいご先祖サマ達の物凄いご威光が輝いちゃうワケだから、大抵の王侯貴族はわずかでもその血を取り込める機会があればマジになるし、それが旧聖王国以外の周辺国ともなれば尚更って感じなのですよ。
「だったら王サマになれば良かったじゃないですか」
「馬鹿を言うな。私はその様な器の者では無い」
こっちの正直な感想に馬鹿馬鹿しいと片手を振った魔王様を睨む。
今まで経験してきた王城での微妙に嫌われ者っぽい扱いや、官僚共の腫れ物に触るような扱いの原因はソレだったってワケだ。
そりゃ何時王位を狙って立つかも判んないヒトの娘に王サマ派の人達が優しくなんてするはずないもんな。
しかも今の王サマはその政権きばんが弱い。
半大陸全域を巻き込んだ旧聖王国崩壊騒ぎのとき、この国を守り切って誰からも無条件の尊敬を集める先王へいかがバックについてるから王サマをやれていると言われるし、事実、今の宮廷は王サマとその体制に反発する魔王様の二大派閥が密かに睨み合う形だ。
表立った争いこそ無いものの、かなり深刻な感じなんだよね。
「バカだろうがナンだろうが、魔王様の一存でどうにかなる話でも無いでしょう?」
「世に廃嫡された者の子が王位に就いた例は無い。周囲の者達とてその位の分別はある」
「旧聖王国最後の王の例があるじゃ無いですか」
「アレは正式に廃嫡された訳では無いだろう! それに私は先王陛下の養子であるのだ……」
「いい加減、詳しい話をゲロっちゃえよ」って感じで、たった八歳の頃に父親に廃嫡宣言を受けたと言われるクズ野郎の代名詞まで出して押してみれば、魔王様はようやく経緯を話し始めた。
それに寄ると、かなり本気だった先王へいかは、成人して旧聖王都の魔法大学院に遊学してた魔王様に「お前、ちょっと俺の後で王サマやれや」と正式な使者まで立てて迫ったらしい。
ところがとっくの昔に母親が亡くなっちゃってて、マルシルとの縁は切れたと思っていた魔王様は「ああん? こちとら無職の公子サマって立場が気に入ってるんだよ。一昨日来やがれ!」とけんもほろろに断り、返す刀で「マルシル王が俺にこんな事言って来たぜ!」と自分の本国宮廷やマルシル宮廷にその話を面白可笑しくバラ撒いたんだそうだ。
正式な使者を立てたとは言え、実はそれが先王へいかの独断かつ密かな行為だったお陰で、話を聞いた両国(特にマルシル)宮廷はどエラい騒ぎになり、賛否両論が渦巻いた末、結果的に魔王様が先王へいかの養子(第二王子だとさ)になってお国入りするということで決着がついたらしい。
「そのようなお話だったのですか……」
自慢げにとうとうと語った魔王様の話にグッタリ。
先王へいかの使者からこの話は未だ密かな話だと言われただろうに、その対応ってちょっと酷くないですかね。
魔王様のあまりにも自己中なやりようにちょっと頭痛が……。
組織の一員(魔王様は生国の正式な公子サマだったから)なら、ヤバくなったときは盛大に周囲を巻き込むのが基本と聞くけれど、幾ら何でも巻き込み過ぎだろって言うんだよね!
先王へいかなんてその件でずいぶんと周囲から責められたんじゃないのかな。
ウチの馬鹿っ父がマジですいません、先王へいか!
今度お会いする機会があったら謝っておこう。イヤ、マジで。
「と言うことは、魔王様がでんかの称号を持っている理由は現王へいかの義理の王弟だからってことで宜しいですか?」
「随分と簡単に纏めた様だが、正にその通りだ」
しかし今はその経緯を話し合ってる場合じゃないと、取り敢えずパパッとまとめて必要な結論を出してやったら、まるで「ウチの犬が喋った!?」って感じの驚き顔になった魔王様にムッとする。
オヒ! これでも一応知能はあるんだから、この程度でそんなに驚かなくってもイイでしょ?
それとも魔王様におかれては、ワタシは本当に丸っきりのおバカ娘だとでも思ってたのかね。
「まあその様な背景がある故、先王陛下におかれてはお前を王太子妃にと望まれた訳だ。宮廷の主だった者達も概ね納得済みの話であるしな」
「良く判りました。が、まさかこのワタシが先王へいかのお声掛りで王家に嫁ぐとは思いませんでしたよ」
今さっきの表情を誤魔化したいのか、ちょっと強引に話をまとめてきた魔王様の言葉で最後のピースがハマった。
なるほどね。
その後から現在までの経緯は不明だけど、どうやら魔王様は先王へいかの養子になる事で周囲に「叛意はありませんよー」と宣言したも同然の効果を狙ったようだ。
何事においても常に自分は隠れてて、裏から糸を引いてことを成すって感じの魔王様の性格上、王サマなんてマジで勘弁だろうしさ。
さすがって感じだけど、それだけじゃ多分旧聖王国王家の血を担ぎたくて集まってきたんだろう魔王様の派閥の連中は黙ってないんだろうな。
だからこその「ワタシと王太子の結婚」ってワケだ。
そしてソレは同時に先王へいかのご意思にも適うので一石二鳥ってことになる。
コレ、どう考えても魔王様がワタシを売って身代わりにしやがったってことだよね?
「この話は元々お前が王太子妃に成る話が先だ。そもそもあ奴はな、お前を将来の王妃にすると先王陛下に約束したので王太子になれたのだぞ?」
「良くもまあ、それだけサラッと王太子サマの悪口を言えますね。それにそんなお話じゃ、魔王様がご自分の身代わりにワタシを売ったと言ったも同然ではありませんか!」
頭の中で考えをまとめてると、魔王様がフィル兄さまを貶してきたので即座に言い返す。
アンタみたいなお腹の細胞の一片に至るまで真っ黒黒のヤツから見ればフィル兄さまは頼りなく見えるかもしれないけれど、少なくとも王サマに必要なのは悪巧みや裏工作の能力じゃ無い筈だって言うんだよ!
自分が王位に就きたく無いからって、実の娘を身代わりに売るような男が何を言ってるのかね。
「ふ、ふむ。確かにその通りではあるな」
こっちの言葉に一瞬「あっ!?」と言う顔になった魔王様が慌ててシブ顔を整えるのを見てほくそ笑む。
ふんっ。さすがの魔王様も珍しく長く話したモンだから、色々と化けの皮が剥がれてきたっぽいね。
さて、どうやって責めてやろうかな?
「しかしあ奴が無能で人望が無いのも事実だぞ。お前はあ奴の近習でまともと言われる者を一人でも知っているか? 馬鹿が馬鹿を呼ぶとは正にあ奴の事だ」
「国政に関してまだ何の権限も無い王太子が、ご近習の方々に何か有能なお仕事をさせるワケにも行かないでしょう」
「中々言うようになったな。しかしまともな者が唯の一人でも付いていれば、今の様な馬鹿を晒さずとも済んだと思うがね」
ちちぃっ。
折角身代わり策を責めて何かブン取ってやろうかと思ったのに、魔王様のヤツ、即座にバンバンとフィル兄さまの悪口を連発して逃げに入りやがった。
ワタシがフィル兄さまの肩を持って反論にてっすることを計算に入れたイヤな攻撃だ。
汚いというか何というか、まるで子供の言い合いみたいですよ。
なんだかドッと疲れちゃうよな。
肩を竦めて冷茶を飲んだワタシはもうまともに魔王様の相手をせず、生返事をしながら整理した頭の中をはんすうすることにした。
この件、魔王様の言ってることは多分全部本当のことだとは思う。
しかし鵜呑みには出来無い。
何故なら、恐らく魔王様が王位から逃げる為の最大の策だっただろう実母サマとの結婚話が抜けてるからだ。
そっちの方こそ誰でも知ってるらぶろまんすな話なのに意図的に抜いたってことは、そこに何かがあるのに違いないもんね。
ただ勿論、今重要なのはその話じゃなくて、ソレがもたらした結果、つまり出自不明のご落胤が生んだ子供であるワタシが本当に魔王様の身代わりとして通用するのかと言うことだ。
「はぁ」
未だにドンドンとフィル兄さまの悪口を口にする魔王様を見て溜め息。
坊主(現王へいか)憎けりゃ袈裟(その子供のフィル兄さま)まで憎いとは良く言ったもんだと思うわ。
さすがに今ここで口には出せないけど、恐らくワタシを魔王様の身代わりとすることに納得したのは派閥の連中だけで、先王へいかにおかれては別のお考えがある筈だ。
何しろ一国の王から見れば、幾ら高貴なお血筋の魔王様の子とは言え、出自不明の女が産んだ娘じゃ血筋的な価値なんて薄いからね。
真の狙いは多分、このクッソ仲が悪い魔王様と現王へいかの間を取り持つ為だろう。
お互いが共に宮廷を二分するとまで言われる国内二大派閥の長同士、このまま行ったら先が暗いと思って、将来を案じた先王へいかが二人の息子と娘を結婚させて手打ちをさせようって考えたんじゃないのかな?
「ところで、魔王様のお父上であられる方って何番目の王子サマなんですか?」
事の背景に一応の結論が出たワタシは、もはや聞くに堪えない若者へのひがみと化してきた魔王様の話を止める為、ホイッと全く別の話を投げてみた。
でもコレはコレでまた頭の痛い話なんだよな。
「うむ? 確か三番目の筈だが、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃありませんっ。ご自分の胸によーく聞いて反省して下さい!」
いやー、三番目かぁ。王弟サマじゃなくて良かったよ!
例の酷い目に会わせた上に縁切りまでしちゃったお爺さまが東の大国の王弟でんかで、従兄弟君が将来の公爵サマだったりしたらシャレにならないもんね。
魔王様の時代はともかく、ワタシが跡を継いだ後になってヘンに嫌がらせとかされたりしてもイヤだしさ。
「お前は一体何の事を言ってるんだ?」
こっちの時代にツケを回しておきながら、呆けた顔で「判らん」と呟く魔王様にゲンナリ。
三番目でもヘタすると息子(従兄弟君の父親)は地封公爵をやってるかも知れないってのに、未だ知らん振りを続けてきやがるってどんだけなんだよ!
「あくまでもここはご自分の胸に尋ねてみることが肝要と思われます」
面倒臭いので返事を避け、片手を振りながら立ち上がったワタシは恐らく初めて、自分から魔王様とのえっけんの席を立った。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難うございました。