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討伐騎士マリーちゃん  作者: 緒丹治矩
はげ山の要塞
178/221

177話

大変申し訳ありませんが、とても長いです。(実に二話分の長さです)

また以前に書きました通り、此処でこの章が終わるので、それを区切りに暫くお休みさせて頂く積りです。

もしかしたらその間に何か別の小品を投稿するかも知れませんが、その際はどうか宜しくお願いします。



 部屋を出ると、中庭に面した広い外廊下には既に動く人影が無かった。

 ワンちゃん達も各所に散っているようで、声はすれども姿は見えずと言った感じだ。


「さて、先ずはお手並み拝見と行くかな」


 せめて近い所に居るワンちゃん達の動静だけでも確認しとこうかと探知魔法もどきに意識を寄せると、それを邪魔するかの様に背後から声がした。振り向けば、やる気満々のボーリー氏はもう剣を抜き放ってて、独特のポーズまでつけて半身に構えてやがった。


 死にたがりのクセに気が早いなと思いつつ、どうやら左利きらしい彼が構える刃渡り三フィート(約90cm)超えの剣を見る。

 馬上剣って言うのは文字通り馬上で振るう剣だから、片手剣の癖にバカ長い。その上に構造上、剣身がしなるので結構やり難い相手ではあるんだよね。


 とは言え、踏ん張りの利かない片手剣なんて押し込めば勝てるラクな相手だ。

 右手のガントレットはそんな超接近戦に持ち込まれた時の対抗策だろうし、如何に高名な剣の使い手と言っても所詮は知れてる。

 でも……。


「けっ。下らない儀式を済まさないと剣も振れないおっさんのクセに、態度だけはデッカいね」


 ワタシは鉄棒君を抜きながら、先ずは憎まれ口を叩いて様子見から入った。


 軽い斬撃しか出せず、突き刺す事でしか相手を仕留める以外やり様の無い片手剣は普通、対魔物用に使われる事は無い。

 であるならば、コイツの攻撃主体はこの剣では無く、もっと全然別の何かの筈だ。

 ソレが見えて勝算が立つまでは、基本受身で行った方が良いと思うのですよ。


「強制隷属が掛かってるから仕方が無いだろう。むしろ色々と知らない話を教えてやったんだから感謝して欲しい位だ」

「デュバルさんとやらの話以外は全部ヨタ話でしょうに良く言うわ」

「そうか? どう思ってるかは知らんが、世の中がお前を中心に動き始めた事は事実だぞ」

「ハァ。自分中心に世が回ってるとか、どんだけ学院病なんだよ」


 未だにデカい事を言い続けるボーリー氏にムカッと来て、それに気付いたワタシは慌てて頭を振った。

 危ない危ない。これじゃまたヤツの術中にハマっちゃう。


「こっちはもうイイから、さっさと来れば?」


 気持ちを落ち着けて呼吸を整え、ついでに挑発を入れて更に様子見。

 何よりも気をつけないとマズいのは、今みたいな物言いと会った直後のあの仕掛けだ。アレは言葉や動作で仕掛ける一種の催眠術とか幻術の様なモノと考えた方がイイ。

 大体このワタシが初対面の知らない中年男にドギマギしちゃうなんて、普通なら絶対に有り得ないもんな。

 多分あのふぇろもんっぽい雰囲気が一つのキーで、ソレに飲まれなければ大丈夫だろうとは思うんだけど、そっちはまだちょっと自信が無いから要注意だわ。


「オイオイ、ヒトを舐めんのも大概にしろ。そんな棒っきれじゃ無くてアレを出せ。白昼夢だっ」

「はくちゅーむ?」

「本当に何も知らないんだな。お前が師匠から貰った剣の銘は『真昼の夢』と言うんだぞ」

「へぇー」


 構えたままで動かないボーリー氏を睨みつけたら、何故か豆知識と共にリクエストまで貰っちゃいましたよ。

 うーん。白剣にそんな詩的な銘が付けられてたなんて知らなかったわ。

 打ち合いに脆いカタナ剣は此処では使わない積りだったけど、折角のリクエストでもあるし、御礼に使ってあげるとしますかね。


「では行くぞ!」

「おわっ!?」


 鉄棒君を仕舞って白剣に持ち替えると、ボーリー氏が掛け声と共に突っ込んで来た。

 初撃はかわしたものの、一気に劣勢に追い込まれちゃってアセる。

 にゅうん。ちょっと不味いかも知んない。

 ソレが身上とあって、異様に鋭い突きが意表を突いた角度から次々に飛んで来るし、まともに行ったら対処もままならないわ。


「どうしたどうしたっ?」


 得意げな声と共にボーリー氏が連弾突きをカマして来るのを何とか防ぐ。

 普通の連続突きですら危うかったのに、目がチカチカしちゃう程の素早い連弾突きなんてかわせるレベルじゃ無い。ドンドンと後退しながら、正眼に構えた白剣で向こうの剣先を弾き続けるのが精一杯だ。

 つ、突きが二重三重にダブって見えるってどうなの!?


「ハッハハハ、そんなモノか、お前の剣は?」


 笑うボーリー氏の言葉に歯軋りしながら防御に専念する。

 向こうが未だ剣技のみで来てる以上、此処は未だ我慢ガマガマで耐える所だ。

 もっともその剣技、それも突きワザだけで此処まで追い込まれるなんて思わなかったけどさ。


「ま、序盤なんてこんなモンでしょ」


 緩急をつけながらもどんどん早くなって行くボーリー氏の手数に圧倒されながら、辛うじて口先だけで反撃。


 この突きワザはちょっと普通じゃ無い。


 突きワザってヤツはそれがどれだけ速かろうとも、剣の引き際に幾らでも突っ込める筈だ。

 なのに剣先がダブって見える程の凄まじい速さで連弾突き、それも緩急を自在に操りながら加速度的に手数が増えるとなったら、とてもじゃないけど対応出来ない。

 しかもここまで見事な連撃を操る以上、もし「突っ込めそうな剣の引き際」があった場合、それは「誘い」に決まってるから迂闊に反撃も出来無いと来た。


 ああ、くっそぉ!


 完全にコイツの剣の実力を読み違えてたと後悔しつつ、微妙な足技を使って角度を変え、背後に迫って来た壁を回避する。

 ニヤリと笑ったボーリー氏がウザいです。余裕かよっ。


「ハハハッ、中々にやるみたいだなっ」


 ヘラヘラと笑いながら、今度は千変万化に緩急をつけた連撃で攻めて来たボーリー氏に何とか食らい付く。

 ぬう。こう次から次へと絶技を繰り出して来やがるなんて、コイツってば一体どんだけ手の内を隠し持ってやがるんだよ。


 でも前より何とかマシに防御し続けられる様にはなった。

 さっきボーリー氏がこっちの足技に対応した手際から、恐らくこれが単なる突きワザじゃ無く、足の爪先から手の指先に至るまで、身体全体を使って精緻に間合いをコントロールする技術がベースにある事が判ったからね。

 要はコイツのワザの根幹にあるのは剣術と言うより体術で、細かい間合いの削り合いがその身上って事何だと思う。

 それならこっちにも対応するすべもあるってモンだ。


「ふっ!」


 ぐえっ!


 しかし向こうの間合いを見切ったと思って舐めた瞬間、左肩に馬上剣が浅くブッ刺さった。

 直後から凄まじい連弾突きの猛攻!

 ちぃっ。やっぱ相手の動きにアタリを付けたのはこっちだけじゃ無かったってことか。

 なんて余裕カマしてるバヤイじゃないよ、ひぃー!


 カカカカカンッ! とカン高い音を響かせ、何とか猛攻を凌ぐも、地べたに寝転がってた死体に足を取られそうになってアセる。

 超大ピンチ!

 気合で死体は蹴っ飛ばしたものの、遂に剣先を弾き切れなくなってそれを払ったら、即座に剣筋が変化して今度は右脇腹が浅く切られた。

 ううっ。どうせ突きワザは切っ掛け作りで、本命はそこからの変化だとは思ってたけど、想像以上だよっ。


 ちくしょう! だったらこれならどうだ!?


「どりゃっ」


 剣先を相手にせず、向こうの踏み足だけを見て右手一本突きで剣を絡ませると、ワタシは足技を使って一気に突っ込んだ。

 リーチで負けてる突き合いなんて普通は悪手だけど、前に出ちゃえば逆にその分向こうの引きが怪しくなるからねっ。

 そっちの得意な間合い削りを丸ごと潰してやるよ!


「ほっ!」


 ところが剣が引けなくなった直後、ボーリー氏は体を中心にして剣をブン回して来た。

 おおう、そう来たかっ。

 そこでちょっとでも剣を払おうとして来たら、即座に腕をブッた斬るところだったけど、こんな体勢になったらまたもや向こうのターンだ。

 ワタシは剣と剣を滑らせる様にして更に踏み込み、向こうの突きワザを抑えながら足技で何とか向こうの回転に付き合う。


「ちっ」


 でも回ってる最中に引き気味になった向こうの剣に引き込まれ、間合いが短くなった瞬間、死角から例のガントレットにお腹を襲われて冷や汗。

 辛うじてかわすものの、危うく食らっちゃう所だったわ!

 やっぱそっちも攻防一体なんだな。シャレにならんっ。

 にゅううう。何だか全然何時もの調子が出ない気がするんだけど、コレってやっぱボーリー氏の剣技がこっちより上手うわてなせいなのかなぁ。


「ふん。未だ気が付かないのか。酒でも飲んでればマシかと思ったが残念だな」


 何とか一旦仕切り直しって感じの間合いと体勢に持ち込むと、こっちの身体は既に浅い切り傷だらけになってた。

 結構な血塗れって感じになっちゃってゲッソリ。

 剣身がしなるあの剣はホントに難物だわ。

 しかも一発一発の突きや斬撃が軽い片手剣術はこっちの両手剣術と違って、体重の移動から攻守の切り替えまで、あらゆる意味でポイントが早いからついて行くだけでも一苦労だ。そりゃ剣先の見切りなんて追い付かないか。


「何に気が付くって?」

「この期に及んで、まだそんな事を言ってるようじゃ話にもならんな」


 適当な事を言いながら、カカカンッっと突きこまれて来た連弾突きに付き合わず、前を向いたまま後ろ向きにダッシュ。

 更に距離を取って様子見。

 此処までの距離を取れば、今までのボーリー氏の間合いから一旦は離れられる筈だ。


「仕方ないな。サービスだ」


 すると距離を取られたボーリー氏が、何だかまた得体の知れない事を言って来た。

 へっ? と思ったのも束の間、彼がピンッと右手ガントレットの指を弾いた直後、突然こっちの右肩が切り裂かれた。


「げっ!」


 やられたって言うか、なんだコレ? 魔法っぽく無いぞっ。

 しかも傷は浅そうなのに目茶目茶痛い!


「これでお目覚め頂ければ嬉しいんだがね?」

「お目覚めって、もしかして……」


 ジンジンと痛む肩を無視して追撃を警戒したのに、何故か不動のままで攻撃を仕掛けて来ないボーリー氏が肩を竦めた。


 ぬうっ。もしかしてワタシってば、今の今までヤツの術中だったって事か?

 何時の間にって思うけど、世の中には振り子を目の前で振って見せるだけで、あっと言う間に人を虜にするヤツもいるって聞く。

 もしそうだと言うんなら、これ以上眼に頼ってたら危うい。


 そう思ったワタシは即座に目を瞑って視覚情報を観想に切り替え、体勢を整えた。

 観想って言うのは目に頼らずに相手を観る方法で、主に闇夜で戦う為の技術だ。

 コレもししょーに酷い目に会わされて覚えたワザであるものの、自分には探知魔法もどきもあるから、今ではその融合ワザとして使えるんだよね。


「そのまま汚いやり方で押し切っとけば良かったのに、一々教えるって何なの?」


 舐めずに初めからコレをやっとけば良かったと思いながら、取り敢えずの疑問を言ってみるテスト。

 コイツのこの余裕って、一体何処から来るんですかね?


「悪いがコレは生まれ付きでな。俺を見たヤツが勝手にそうなるんだ。自分でもコントロール出来ないからどうにもならん」

「何その超絶チート設定……」


 ボーリー氏の呟きの如き返事を聞いてグッタリ。

 何だよその歩く状態異常振り撒き野郎は! って感じだ。

 見るだけでヤバイって、どんだけチートなんだよ……。


「ソレで今まで勝ち続けて来たってワケ?」

「少数相手は多分な。女もそうだ。自力で打ち破った女はコーネリアだけで、しかも俺はアイツにそうだと教えられたんだからな。アイツは面白かったよ。動きを見るとヤラレると言って、俺の顔しか見ないんだ」

「ヒント乙って感じだけど、ソレ言っちゃってイイの?」


 更に疑問を言ってみるテストを敢行しながら溜め息。

 そんなにしてまで一緒に居たなんて、少女コーネリアさんってば、本当にコイツの事を好きだったんだろうなぁ。

 初恋は実らないって言うけど、色々と切ないわ。


「そう言うのって持って生まれた才能だと思うし、ワタシは別段卑怯だとも思わないけどね」


 少女コーネリアさんの初恋に想いを馳せながらも、思った事を追撃で口にする。

 大体、生まれ持った力なんだからそんなの実力と考えるのが普通だ。

 それにそのチートに溺れず、三倍加速状態であんな高度な剣技を振るえる程に鍛え上げたからこそ、剣豪として有名になったんだと思うしね。


「俺も今まではそう思って来た。だが最後かも知れないなら、チート無しでヤってみたいだろ?」


 うっ……。

 ヘラヘラと笑うボーリー氏の口から、意外に真面目な言葉が出て来ちゃってココロに刺さる。

 す、すいません。こっちはアンタ級のチートを複数持ってるんですけど……。

 バカみたいな量の魔法力と精霊魔法もどきだけでも、誰が聞いても「それズルい!」って叫ぶ位のチートだもんな。

 これってやっぱこっちも告白した方がイイのかね。


「ふっ!」


 なーんてまた妙な事を考えてると、仕切り直してきたボーリー氏が突っ込んで来て再度防戦に追われる。

 突きワザを剣を絡めるようにして防ぎながら、左手小指のスラッシュで牽制。

 更に足技とのコンビで連弾突きをいなしつつ、スラッシュを消したガントレットの攻撃をホホイとかわす。


 あれえ?

 ボーリー氏が言った通り、確かに思った様に身体が動くと言うか真っ当に動くって感じで、防戦ながらも全然余裕の範囲内ですよ。

 何だか妖精に化かされてた感じだ。


「さっきとはまるで別人だな、嬉しいぜ」


 まあね。悔しいけどアンタの言う通りだよ。

 でも相変わらず、攻め込む隙は見えない。

 さっきまでと違って向こうの技術が良く見える様になったら、逆にその深さに気付いて迂闊な手を出し難くなったって感じだ。

 何時ぞやのハイマン様もどき同様、掛け声っぽいのも「誘い」で間違い無いみたいだしね。

 仕方が無い。こうなったら無理矢理にでも埒を開けてやるか。


「ホイッ」


 打ち合いの切れ目に片手の五連高速スラッシュで隙を突き、ドカンと間合いを開けると、ワタシはインベントリから二連銃を出した。

 事前通告も兼ねたゆっくりした動きで、それをボーリー氏に向ける。


「銃なんて効かんと言わなかったか?」

「そう言わないでちょっと遊んでみてよ」


 言われなくてもアンタに通じないのは判ってるよ。

 それでもコレなら手の内の一枚くらいは剥がせると思うんだよね。

 特にさっきこっちの右肩をヤった「アレ」はもう一度見てみたい。


 食らえ、騎士卿殺し!


 バンッ!


 デカい音と共に魔法分身体の尾を引いて、明後日の方向に放たれた騎士卿殺しの弾丸を瞬間的に誘導する。

 しかしひゅんとカーブを描いてボーリー氏の側頭部をブチ抜くかと思われた弾は、その手前であっけなく弾け飛んだ。

 やっぱそうなったかと思いつつ、弾を弾いた術がさっきこっちの肩を切った術と同じ物である事はカンで掴めた。

 成る程ね。攻防一体のワザってワケか。


「とんでも無いワザだな。今、思いっきり銃弾が曲がって来たぞ!?」


 むうっと考え込みながら、余裕の笑顔でおどけるボーリー氏を残り一発入った二連銃で牽制する。

 まだ情報は全然足りないし、お楽しみはこれからですよ?


「それは楽しそうだね。良かったらもっと一杯御馳走してあげるよ」

「ソレがお前の鬼札かっ。やってみろ!」


 ボーリー氏が吼えた瞬間、その隙にインベントリに両手を突っ込み、一気に二挺の銃身三本纏め小銃を取り出したワタシはそのまま間髪を入れずに撃った。


 ドドドン!


 六発の騎士卿殺しを同時に操り、微妙な時間差でそれぞれ突っ込ませる。

 でもそれらはまたしてもボーリー氏の手前で全部が一瞬にして虚空に砕け散っちゃった。

 ちょっとガックリ。


「まあこんなものかな。来ると判ってれば対処のやり様はある」


 胸を張ったボーリー氏に感心して溜め息。

 うんみゅ。これは本当に凄いワザだわ。

 コイツのこの余裕はこれが原因なんだろうな。


 勿論、こっちにも色々と「観えた」から収穫はあったけどね。

 魔法力の気配は極端に薄いものの、やっぱアレは物理技じゃ無くて魔法技の一種で間違い無い。

 だとすれば、現象化前の魔法を無効化出来るワタシには致命傷を与えられない可能性があるんだけど、どうなのかな?


「凄いワザだね。攻防一体ってワケだ」

「呪詛と精霊魔法のコンビワザさ」

「せ、精霊魔法ぉ!?」


 取り敢えず口先の突っ込みを入れてみるテストで、さっきのカンから得た答え合わせを振ってみると、それ所じゃ無い答えが返って来て超ビックリ!

 どんな魔法かと思ったら、選りにも選って精霊魔法かよっ。

 道理で最初に精霊がどうのこうの言ってたと思ったわ。


「俺は自前の魔法力が少ないからな。精霊の子分を連れてたコーネリアを見て『これだ』と思ったんだ」

「コーネリアさんに教えて貰ったん?」

「いや。アイツは『これは生まれ付きだから教えられない』と言ってたしな」

「何ソレ……」


 今さっきまでのガチな斬り合いも何処へやら、次々と質問に答えるボーリー氏に開いた口が塞がらない。


 何か簡単に言ってくれちゃってるけど、そんなのどんだけムチャな修行を積んだら出来る様になるって言うんだよ。

 恐らく最初は精霊を視る事すら叶わなかっただろうに、唯サンプルの一人を知ってるだけで、後は師も教本も無い所からそこまで辿り着くなんて、苦労とか努力とか言うレベルを遥かに超越しちゃってる世界じゃないの。

 何しろこのワタシだって、クーちゃんピーちゃん以外の精霊には逃げられ捲くってるんだから、ソレがどんだけ凄い事かは肌で判るもんな。

(白剣のお陰で雷精にはちょっとだけ縁が出来たっぽいけどさ)


「アンタってもしかして天才なんじゃないの?」

「そうかもな。良く言われる」


 にへらっと笑ってガントレットで頭を掻いたボーリー氏に溜め息。

 突っ込みたいけど事実だけに突っ込めないから、何とも言えない気分になるわ。


「でも地精や風精を連れて長年経つけど、切断の精霊なんてのが居たとは知らなかったよ」


 しょうが無いから聞きたい事を口にして誤魔化し、ついでにこっちのチートの一つも何気でバラしておく。

 これでさっきのチートバラしの借りが返せて、ちょっとだけホッとした感じだ。

 しかしこっちの気持ちなんてガン無視って態度のボーリー氏は「そんなのは居ないさ」と即答して急に真面目な顔になった。


「イイか。全ての物は引き合って寄り添い、形はその結果作られるんだ。なら別れて貰えば切ったのと同じ事になるだろう? 本来物を切ると言うのはそう言う事なんだよ」

「えっ、何ソレ?」


 言ってる事は判るけど、そんな魔法技術なんて見た事も聞いた事も無い。

 多分、と言うか間違い無く、今のはあのワザの根幹部分の話だから、超ド級の大ヒントって感じなのに、全く想像が付かないよ。


 って待てよ。呪詛って言う事は呪術絡みって事だよね?

 それってもしかしたら、コイツは精霊魔法が使えると言うより、結果論的に使えてるって事なんじゃないの?

 つまり生まれ持った術で人を騙す様に、騙した精霊を操ってるって事で、それはお願いする形で精霊魔法を使ってるワタシと違い、精霊が「逆らえない」って事なんじゃないのかな。

 もしそうだとすれば、さっきの肩の痛みは別れたく無い物(つまり土系)精霊が精一杯の抵抗をしたせいって気がするんだけど……。


「さてっと。じゃあ仕切り直して行くぜ?」


 考え込んでたら、声と共にボーリー氏の雰囲気が変わった。

 ああ、これは不味い。本気の構えだ。

 まだまだ手の内を剥いて行きたい所だったけど、迷ってる場合じゃ無いか。


「オオオオオ!」


 ワタシは先制で大声を上げながら、左手五本の指から五発同時のスラッシュを連続で放ち捲くり、後ろに飛んで距離を開けた。


「ハハハッ。この程度がどうした?」


 そして目を開けて、五発X四連の高速スラッシュを笑いながら打ち落とすボーリー氏の顔を食い入る様に見る。


 良し、見えた!

 悟られない様に目玉しか動かしてないけれど、ボーリー氏はスラッシュを「見て」斬ってた。

 それはつまり見た物が斬れると言う事だし、同時に見えなければ斬れないって事にも繋がる。


 これで漸く勝算が立った。


 彼我の間合いは約十五ヤード(約13.5m)。

 ワタシが考える通りなら、距離が開くのは向こうに絶対有利って感じだけど、最早この距離はこっちの間合いと言ってイイ。


「離れれば離れるほど、お前には不利になるぞ? ついでに俺にとってはどれだけの数があろうとも同じだ。一緒にお前を斬れるからな」

「いやいや、次の一発で決めて見せるよ。アンタのその得意ワザを真正面から打ち破って、ね」


 こっちの様子に気が付く風も無く、気の毒そうに言うボーリー氏に憎まれ口と共に挑戦的な笑いを叩き返す。


 本当はアレが対魔法無敵の自分に何処まで通用するのか、ある程度確かめてからやりたかったんだけどね。

 でも重要な事は判ったんだから、後はもう運を天に任せて剣を振るうだけだ。


「一発勝負か、そいつは面白いな。ならこっちも次の一手に全力を出そう」


 こっちの笑いに応える様に、ボーリー氏から凄い剣気と殺気が襲って来た。

 うんみゅ。死にたがりかどうかはさておき、コイツってばこう言う時の作法が良く判ってるわ。

 こっちも遠慮会釈無しの気配をぶつけて向こうの気を相殺し、ニヤリと嗤う。


 時間が止まった様にお互いが動きを止めた刹那、緩い風がフワッと吹き抜けた。


 外野の音が急速に消えて行く様に感じる中、まるで何処かの騎士物語の決闘場面みたいな状況にブルッと震えが来て更に嗤う。

 自分がこんな場面に立つなんて、ちょっと前なら全く考えて無かったけれど……思えば遠くに来ちゃったもんだよな。

 ついこの間までお姫様をやってたなんてウソみたいだ。


「じゃあな、さよならだ」


 そう宣言して指を弾いた直後、ボーリー氏は鳩尾の辺りで真っ二つにブッた斬られて血が吹き出た。

 ヤったのは勿論こっちの白剣だ。

「彼の背後」でそれを確認したワタシは残身を崩さないまま、くるりと振り返って息を吐いた。

 当然、こっちは掠り傷一つ貰って無い。


「なんだ、これ……」

「動いたら即死するよ?」


 こっちの気配に振り向こうとしたボーリー氏の身体がズレたので、取り敢えず警告を入れて様子見。


 何だもクソも無く、こんなのはタダの力ワザだ。

 一瞬で極限まで体勢を落としたところから、足にムチャ振りワザをかけて縮地二連発でくの字に突っ込み、そのままブッた斬っただけだからね。

 ほんの一瞬しか使えないムチャ振りワザだって、その上で縮地まで使った二連続なら計二十ヤード(約18m)くらいは行ける。


「いきなり消えた直後、目の前に現れたと思ったら、その瞬間に反対側から斬られた……」

「アンタのワザって目で見えてないと駄目でしょ。だから体術の究極ワザで分身を見せてやったんだよ」

「体術ね……伝説の転移魔法でも、使ったのかと、思ったぜ」


 ボタボタと血を吐きながら、ボーリー氏が笑った。

 ムチャ振りの縮地ワザを刻んでくの字に曲がったのは、何時ぞやの軽鎧野郎がやってた残影突撃ゴーストアタックの真似事だ。

 例えワタシと同じ様に観想が出来たとしても、まず観えなかったと思う。


「最初にコレを、やられてたら、一発で負けてたな」

「それはこっちのセリフだよ。それに騎士の一騎打ちってそう言うモノじゃ無いでしょ」

「様式美か……案外、古臭いんだな」


 身体と共に斬り折ったサーブル剣の剣身が未だ宙を舞う中、束の間の会話をして笑い合う。


「雷公剣……か、最後の最後に、トンデモ無え、モノが見れた、ぜっ」


 しかし折れた剣身がカランッと音を立てて落下すると、同時にボーリー氏の上半身も崩れ落ちた。

 魔法力が霧散して行くのを確認して、感情を殺した機械的な動作で残身を解き、白剣を水洗いして丁寧に拭く。


「はぁ。なんか疲れた……」


 白剣を綺麗にする儀式で心を落ち着けると、それをインベントリに仕舞って呟く。

 結局、ボーリー氏は終始手抜きだった。

 死にたがりなんだからそう言うモンだと言えばそうだけど、どう考えても自分のワザをワタシに教えようとしただけにしか見えなかったし、気持ち的には本当にやってられないよ。


「でもまあ、殺したくなかったとか、そんなの余計なお節介なんだろうな」


 何が原因かは知らんけど、結局はそう言う事なんだろうと思う。

 それが最後だと言うのなら、コイツの事はコイツが決めて然るべきだ。

 全く面倒なおじさんだよな。


「さよなら。アンタは紛れも無い天才で、そして強かったよ」


 そう挨拶を返して後ろを振り返らず、ワタシはその場を歩き去った。


 何しろこっちはやる事満載だから、何時までも終わった事に構ってるヒマは無い。

 血を流し過ぎたとも思えないのに頭がフラつくのは、多分魔法症のせいだから、さっさとストレージもどきに木々を戻さないといけないしね。

 それが終わったら、今度こそ信号弾を上げてマルコさん達を呼んで要塞の実効制圧だ。

 そんな作業に没頭して行けば、きっとこのダウナーな気分も薄れてくれるだろう。


 ワタシはヒマになったらしいワンちゃん達が寄って来るのを見つけると、先ずは彼らをナデナデして迎える事を最優先の「作業」に決定して、そちらに向かって歩き出した。


今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。

読んで頂いた方、有難う御座いました。


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