176話
新しい感想が入っていたのを見掛けましたので、お返事を入れようと思ったのですが、消してしまわれたようで残念です。今回の話を読んで頂ければ、それなりに答えになっているとは思うのですが……。
飲んでみれば五十年物のボローロの赤は、色が抜けて薄っすらとした感じなのに、得も言われぬ素晴しい味と香りで目の前がクラクラとしちゃう程に素晴しいブツだった。
元はかなりカッチリとしたお味の筈なのに、流石はオールドヴィンテージって感じだ。
思わずストレージから出したチーズ類や例のシュペックもそれなりに合って、正に至福の一時!
「ところで、此処の死神騎士って自爆しないね。予想はしてたけどさ」
「まあな。施設内で自爆なんかされたら目も当てられん。しかし……」
黙りこくってるのもヘンだからと、どうでも良い話を振ってみれば、溜め息混じりの返答が聞こえた。
思考加速魔法の解除と共に鎧も脱ぎ、ソファーで寛ぎつつワインを愉しむワタシにボーリー氏は呆れ顔だ。
ぬう。こんな敵地のド真中で、馬鹿みたいにリラックスしてる様にでも見えるのかな。
素早い突きワザが信条の片手剣使い相手に鎧なんか着てれば、向こうにハンディくれてやる様なモノなんだけどね。
「そのふてぶてしいまでに肝の太いところもソックリだ。まさかこんな所でアイツのそっくりさんに会えるとは思わなかった」
ワザとらしい溜めまで作ってから、一息に台詞を言ったボーリー氏にちょっと疲れる。
でもまあ、もしやとは思ったけど、彼があんな顔で固まった理由はどうも実母サマのせいらしい。
「それがコーネリアさんの事なら確かにそうだね、実の娘だし」
肯きながら答えれば、やっぱりなと言う顔のボーリー氏に話の続きを催促する。
アイツとか言っちゃうって事は、それなり以上に親しい間柄だったみたいだし、此処は一つ色々と突っ込んでみたいところだ。
「大昔の話さ。最初はアイツが十三で俺が十五だったよ。おてて繋いで良く魔物討伐に行ったものだ」
「ふうーん……それはまた結構な御話で御座いますねぇ?」
ちょっと期待したのに、出て来た話が惚気気味な話でガックリ。
研究仲間の次は何だろうと思ったら、単なる元カレで御座いますか。
懐かしげな表情で話を続けるボーリー氏を尻目に、毒気を抜かれたワタシは肩を竦めてワインをグイッと飲んだ。
しっかしこのヒトと言い、腹黒大将と言い、どうやらコーネリアさんはかなりのメンクイだったようですな。
世の裏側で暗躍してたっぽいヒトだから世間体もクソも無いワケだし、そっちの方も色々と御発展が凄かったんじゃないだろうね?
半大陸の津々浦々に父親違いの兄や姉がホイホイ居たりしたら笑えるんですけど。
「そんな目で見るなよ。言っとくがエッチな事は何も無かったんだぜ?」
「アンタみたいな女ホイホイがそんな事言っても説得力が無いよ。巷じゃ十三でヤり捲くりのバカ女なんて掃いて捨てるほどいるんだよ?」
「アイツはそう言う女じゃなかった。それに今のお前さんと大して代わり映えのしない体形だったしな」
ああそうですか。
空になったグラスを突きつけてお代わりを催促しながら、ボーリー氏の表情を盗み見る。
コーネリアさんがコーネリアさんなら、コイツもコイツだ。
女ホイホイって台詞を否定しないって事はそう言う事だもんね。
どうせ当時からモテ捲くりで女を騙し捲くってたんでしょうよ。
やっぱりイケメンなんて敵だよな。
「そんなセリフを言うって事は『そう言う事になりそうだった』のにヘタレて逃げたって告白する様なモンでしょ?」
そこはかとなくムッと来たので、ハハハっと乾いた笑いで牽制しながらドカンと突っ込む。
今までの態度から、どうやらコーネリアさんがコイツの弱みらしい事は判ってるので、此処は容赦しない所だ。
「……何処からやって来るのか、偶に独りでフラッと魔物の森に現れるんだ。放っておけなかったのさ」
「ほうほう」
「弁当と称して何時も大量の料理をストレージに入れてるんだが、稀に他よりずっとお粗末なモノが混じってたりしてな。俺がソレを食うのをジッと見てたりするものだから、つい笑っちまってエラく怒られたりしてたよ」
「それは酷い」
「オイオイ、一応ちゃんと食えるモノだったから、それなりに褒めてはおいたんだぞ?」
「ああ、ハイハイ。エラいですねー」
突っ込んだ時は味のある表情になったので「ヤッタ!」と思ったのに、妙に惚気めいた話に繋げられちゃってゲンナリとする。
何ソレ、自慢ですかー? って感じだ。
例えソレが大昔の事だろうとも、リア充野郎の話なんか聞きたく無いよ。
「アンタが手を離さなきゃ、今でも続いてたかもねぇ」
オラオラ、結構な御話のお礼に痛い所をグリグリしてやるよ。
面倒臭くなって来たので、後悔してるっぽい雰囲気のボーリー氏にはキツい一言を入れて様子見。
「どうかな。それに俺は平民上がりだから、あんな何処から見ても高貴なお姫様が付いて来るワケないだろ」
「それこそどうかなぁ。手も引けなかったヤツにそんな事を言われてもね」
「考え無しの女は大抵そのせいで人生を棒に振るんだ。お前も気を付けな」
「オトコに縋って生きようなんて考えなら、こんな事やって無いってーの!」
ぬう、おかしい。
何時の間にか立場が逆転してこっちがからかわれてますよ。
ボーリー氏はゲラゲラ笑ってるし、何だか妖精にでも化かされた気分だ。
「それにしても『こんな事』か。そろそろ聞かせて貰いたいんだが、ぶっちゃけた話、お前のバックは誰だ?」
しかし笑い顔だったのも束の間、グラスに残ったワインを口にすると、ボーリー氏がちょっと真面目な顔でそれっぽい話を切り出した。
おお。漸く本題ですね。
やっぱ仕事としてこの件を片付ける話なのかな。
「別に居ないよ。此処に突っ込んだのも成り行きだしさ」
「それを信じろとでも?」
「はぁ。信じる信じないはアンタの勝手だよ」
どんな話が出てくるのかと乗り出してみれば、あまりのアホ臭さに呆れる。
誰でも必ず何処かの誰かの手下って発想は大人っぽいとも思うけど、同時に小役人の物の考え方だって気が付かないのかね。
「あのなぁ。此処に喧嘩が売れるのは総本部かオストマーク位だぞ? お前がどっちの指示で此処に来たのか、それだけでも知りたいんだ。俺は色々あって八年前から第一軍に呈の良い虜囚として此処に放り込まれてるんだが、デラージュにランスの拠点が潰されて以来、此処の連中はその俺を盾に戦々恐々で引き篭もっててな……」
「虜囚ね。ソレが原因ならワタシが何とか出来るかもよ?」
此処の連中がゲロ弱だったのはそのせいかと思いつつ、こっちの態度に業を煮やしたらしいボーリー氏の喋りを遮って首の後ろを指す。
気になっては居たんだよね、その隷属紋。
どーせ厄介なプレート絡みだろうけど、例のブツじゃ無いのは明白だし、助けてくれって言われればやぶさかじゃ無い。
「コイツか。まあ原因っちゃ原因だが、色々とあってな。もうそんな事はどうでもいいんだ。それより、此処を潰せばお前さんは二度と西聖王国の土を踏めなくなるどころか、次期討伐士協会総裁も敵に回すぞ。判ってやってるんだろうな?」
「次期総裁って公国の王様じゃなかったっけ」
「表向きはな。だがそうはならん。今の協会を実質的に動かしてるのは第一軍指令で副総裁のデュバルだ。西聖王国王宮と結託して、何時の間にやら協会全体を手中に入れ始めてる」
喋りに熱が入って来たボーリー氏を軽くいなして溜め息。
どうやら「中の人」らしい彼から、やっと聞きたいレベルの話が出て来た。
今までの事で、フェリクスおっさんや総裁殿下がそこはかとなく組織内で風下に立ってるらしい事は判ってたけど、聞ける相手が居なかったから確信が持てなかったんだよね。
そもそもワタシが見る限り、組織として見た今の討伐士協会はおかし過ぎる。
例えばロリペド野郎が支局でお墨付きを渡さなかった件を挙げれば、それは向こうのバックの方が強いから出来たって考えるのが自然だ。
ああ言う如何にも小役人的な風見鶏が風の吹く方向を間違える事は無い。
マチアスおじ様が言ってたワタシの譲歩云々って言う妙な話も、要はその場さえ誤魔化せれば、後でどうとでも成る様な裏があるなら納得だもんな。
「何だかイヤな話だね。具体的な原因って何なの?」
しかしこの話で漸く総裁殿下がリプロンにお出ましになった理由がハッキリしたわ。
気紛れでも情勢視察でも無く、マジで現場の指揮を取る為だね。
おっさんめ、なーにが九割の支持を集める主流派だよっ。
「金だよ。討伐士協会はその運営に莫大な金が掛かるが、主な資金源は各国の拠出金だ。それが年々怪しくなって来た所をヤツラが徐々に埋めて行ったってワケさ。今や協会資金の六割がヤツらの金だ。誰も逆らえん」
「うへぇ」
ボーリー氏のやたらと即物的なお答えに、思わずお手上げポーズをとってゲンナリ。
リプロンに第二軍が投入された本当の理由はソレかよ。
南部連合に肩入れする事で西聖王国の協会に対する影響力を抑え、ついでに新たな資金源を得るって話か。
デュバル氏とやらと協会のイニシアチブを争う総裁殿下としては、正に乾坤一擲の賭けに出たって所なんだろうな。
「でも南部連合は成りそうだし、そのデュバル氏とやらも防戦一方なんじゃない?」
「逆だよ。今まで文官共にやられっ放しだった主流派を名乗る脳筋共がやっと一矢報いたって所だろう」
「だからその一矢が致命の一撃になりそうだって話でしょ」
「致命ね。連中がそこまでアマいと思うか? そもそも魔物は出るわ人間は言う事聞かないわの南部なんて、王宮は何時捨ててもイイとさえ思っているさ。考えても見ろ、南部にどれだけの都市がある? どれだけの人口がある? 単に農業生産を比べるだけでも南部全体で北部の三割にも満たないんだぞ」
確かにボーリー氏の言う通り、魔物が出ないと言うだけで国家の力は数倍になる。
農業を含めた全ての生産力、人口、それらが実現する経済力、どれを取っても段違いだからね。
極端に言えば、魔物が出る地域は終わらない戦争を戦ってる様なモノなんだから、その差は歴然だ。
西聖王国が南部のほとんどの地域をほぼ未開発のまま捨てている理由もそこにある。
「要は不採算地域の切捨てって事か。でも国家のスケールってヤツを考えたら、単にジリ貧になるだけだと思うけどね」
ただ、不採算だからって安易に切り離すのも愚策だ。
国家のスケールメリットと言うのはライバル国が居る限り、そうそう手放して良い物じゃない。
「普通に考えたらそうだな。だが、もし今まで西聖王国が管理していた南部中央を誰か強力なヤツに肩代わりさせるとしたらどうだ? 少ないかも知れんが、王宮は労せずして果実のみを手にする事が出来るだろう」
「ソレってデラージュ閣下が野に下った時の言い訳でしょ。こっちは直に聞いてるんだけど」
「デラージュ程度に誰もそんな事は期待してないさ。そもそもヤツとギャロワで南部が治められるくらいなら、もうとっくに他の誰かがやってる。しかし……」
ペラペラと喋っている様でいて、その実中身の薄い話を続けるボーリー氏がまた溜めに入った。
コレってどうもこのヒトのクセっぽいな。
「お前なら出来るだろう。王宮の三公とデュバルはお前さんを取り込む腹だ」
「ワタシ!?」
どうでも良い事を考えてたら、突然ストレートを顔面に貰っちゃった感じでビックリ!
えっと、一体何処をどうしたらそんな話が出てくるんですかね?
「現状、どう考えてもお前さんは協会武闘派が操るトカゲの尻尾ならぬスズメバチの針役だ」
「酷い言い方だね! せめて替えの効く鉄砲玉とか、使い捨ての投げナイフとか、もっと色々あるでしょう?」
「いや、そっちの方が酷いだろう……」
何となく向こうのペースになってる気がして話にチャチャを入れると、ボーリー氏はガントレットの右手で顔を覆った。
うむ。これで少し余裕が出来たかな。
「そんな事より王宮やデュバルはな、協会武闘派の脳筋共に操られてるお前を誘っている積りなんだ。イイ様に使われてるくらいなら自分たちの方に付かないかって事だな。見返りとしては、ランス地方を丸々くれてやって伯爵に叙爵する程度は序の口で、デラージュを上手く丸め込めば、ヴィヨン周辺も込みで侯爵にする案もあるらしい」
「それってまるっきりシルバニアの四侯みたいな扱いにするって事?」
何だか急に直接的、かつ現実的な話になって来たなと思いながらも考える。
大軍の移動には金も掛かれば時間も掛かる。かと言って、何時何処で始まるか判らないスタンピードの為に随所に大軍を貼り付けるのもナンセンスだ。
そこで強力な暴力の持ち主を一代で叙爵し、移動に時間の掛かり難い少数精鋭の即応部隊の大将にして、五分割した国内各地域を守らせる形にしたのがシルバニアの侯爵位なのですよ。(残る一地域は王都)
西聖王国王宮は南部をそれと同じ様なやり方でワタシを使おうとしてるんじゃないのかな……。
「それでドンピシャだな。魔龍を単独討伐したお前なら、一人でも南部全域に睨みを効かせられる。頭が一つに成れば開発も進んで南部も今よりずっとマシな地域になるだろう。しかも、今まで縁の薄かったシルバニアとの窓口までやってくれそうと来れば連中が見逃す手は無い」
「それが城塞守護騎士と五位の話の裏って事?」
「そうだ。何処よりも早くお前に官位を出して誘いを掛けてる。脳筋共がどんなエサをぶら下げてるかは判らんが、王宮に来てこっちの話も聞いてみろって事さ」
おお、遂に「こっち」なんて言葉が出て来ましたよ。
王宮に掛かる言葉ではあるけれど、発音の仕方や今までの話を考えれば、それはそういう事なんだろうからね。
これでボーリー氏がワタシの引き抜き役なのはハッキリしたな。
ワタシはボーリー氏の話を考え込む振りをして腕を組み、眼を反らした。
ただ単に面倒臭いから関わりたく無いと思ってたのに、伯爵どころか侯爵と来ちゃいましたか。
甚大な被害を蒙ってる三馬鹿公爵にはワタシの実力が良く判ってるから、引き抜くならイイ値段を付けて来るとは思ってたけれど、思ったよりずっと格上のオファーだ。
もし自分が猟官活動に余念の無い御落胤だったら、それだけで飲まれちゃうんじゃないかな。
勿論、上から下まで腐り切ってるせいで、貴族や役人共が好き勝手絶頂して国を潰しかかってる西聖王国の侯爵なんてこっちから願い下げではある。
でも一介の城塞守護騎士にこんな話が出る背景には興味がそそられちゃうよね。
「連中の最終的な狙いはな、討伐士協会を手に入れて、その武力を背景にかつての聖王位に再び手を掛ける事なんだ」
「そりゃまった、随分と大きく出ちゃったねぇ! 聖王国の復活なんて、どう贔屓目に見てもその程度じゃ有り得ないでしょうに」
こっちが黙りこくったのを好機と見たのか、ボーリー氏がトンデモ無い話を振って来たので、大げさに驚いて様子見。
でも内心はドッとお疲れぇって感じだ。
討伐士協会が聖王国を復興出来るくらいなら、総裁殿下と公国がとっくにやってるよ。
世の中はそんなに簡単じゃないって、誰かバカ公爵達に教えてあげてくれませんかね。
「同感だが連中は本気さ。それに悪くても討伐士協会を牛耳れれば西聖王国の延命は確実だろう。死神騎士団と討伐士協会の二枚看板で押せば、それこそ武力のみでも聖王都守護騎士団を潰せるしな」
「ああー、うーん……要するに王宮と三公は一旦自分達をコンパクトに纏めて脂肪を切り捨てる事で、西聖王国の再編を狙ってるって話でOK?」
色々と話が進んで来た割りに、奥歯に物が挟まった様に具体性の薄い事を言い続けるボーリー氏に疲れたので、一つこっちの結論を言ってみるテスト。
暴力装置をフルに活用するって話なら、現状は外を攻めるより内を攻める方が延命には効果的だからね。
デラージュ閣下がヴィヨンやランスでやった様に、各地で下らない馬鹿共をお掃除して心機一転すれば国のあり様なんて幾らでも変えられる。
でもそんな話は普通は机上の空論だ。
もし実際にやれば、それこそ大昔の恐怖政治が可愛いモノに見える騒ぎになって、国内は大混乱に陥る。
例えそれらがある程度コントロール出来たとしても、一都市と国家じゃケタが違うから数年掛りになるし、死者数も数万じゃきかないだろう。
こっちの言葉に黙ったボーリー氏の表情をチラッと見れば、何だかニヤニヤ笑ってる感じで気持ちが悪い顔になってた。
アレ、これってまさかアタリなの!?
「まさか本当にやる積り? 今の傀儡王サマに全責任を擦り付けて大粛清の嵐とか……」
「お前って、もしかして頭がイイのか? まあ確かに本当の所を言えばそんな所だ」
うわぁ。
それって下手すれば西聖王国は崩壊どころか大爆発じゃんか。
と、思ったところで嫌な事に気が付いたワタシは一気に捲くし立てた。
「ああそうか。だから死神騎士団なんだ。脳ナシの彼らなら単に命令に従うだけだから最短かつ効率的にイケるもんね。各地で一斉に始めて粛々と国内で貴族や役人共を潰し捲くれば民衆は拍手喝采だしさ。更に後の行政まで任せて正に理想の国の誕生って所?」
ヘラヘラと笑うボーリー氏に思い付いた事を投げ付けて、ついでに両手も放り投げる。
これが本当なら正しく末法の世って感じだ。
例え自分達がどれ程腐っていても、何も考えずに言う事だけを聞く生き人形が手下の絶対中央集権国家でも作れば、そりゃ国の運営も楽になるよな。
「単純バカな屑共が考えそうな事だろう? 世の中そんな簡単に行きっこ無いと思うんだが、もしお前が連中に手を貸せば満更でも無くなるんだよ」
嫌な思い付きがどうやら本当だった事を思い知らされ、一気にダウナーな気分になって溜め息。
今の話が本当なら、対魔物も含めて一旦自分に南部を押さえさせようとする意図は明白だ。
ペリエルとアクス-マルスを捨てる積りなら、再編の動乱にあっても真ん中辺のランスから睨みを利かせるだけで南部は押さえられるからね。
何しろワタシには千人の傭兵部隊を葬り去った実績(?)があるので、そうなった場合はちょっとやそっとの武装勢力じゃ相手にならない。
(地封伯爵サマには自前の軍隊を持つ権利があるからね)
協会を牛耳るデュバル氏とやらがおっさん達十七旅団を事実上の配下に付けてくれれば、更に楽勝になるだろう。
でもこんな話を聞かされたら、意地でもウンとは言えないわ。
「だからなんでそこでワタシが出て来るんだよ。南部の押さえならマルシルと都市連合にナシを付ければどうとでもなるでしょ?」
「なあ、コーネリアもユーリもお前には何も教えて無いのか? 幾ら何でもその物言いはおかし過ぎると思うんだが」
「高貴な王子サマの口は石みたいに固いんだよ! それにとっくに死んじゃった謎の御落胤が何を知ってたって言うわけ?」
ストレス発散も兼ねてぶっちゃけた物言いで追求すると、どうやらボーリー氏は腹黒大将とも旧知の間柄らしい事が判明した。
色々と剥がれて来た感じだけど、もう今更感が強くって笑うに笑えないよ。
とにかく死神騎士とやらの本筋の件が精神的にキツ過ぎて、もう何か考えようとするだけでツラいわ。
「お前は母親のコーネリアを何だと思ってるんだ? 黒髪に薄青の瞳なんてのは、間違い無く聖王国王家直系の印だぞ。親爺なんかよりずっと高貴な御血筋ってヤツだ。同じ特徴を引いたお前さんを奉じれば、どんなデッチ上げだって通るに決まってる」
「はぁっ!? ちょ、ちょっといきなり何を……」
ダウナー状態でグッタリとしてたら、そこにいきなり密かな弱みを突かれちゃって、脳味噌大混乱だ。
他人の空似なんて良くあるからと、今の今まで流して来たけれど、それは確かにボーリー氏の言う通りなんだよね。
腹黒大将が大昔に「誤解を産むから隠しておけ」とコーネリアさんと同じワタシの眼の色を隠す様に言ったのも事実だしさ。
ううっ。今まで考えない様にしてたのに、こんな時に指摘されるとは思わなかったよ。
何しろ大きな魔法力を持つヒトで薄青の瞳を持つヒトは超限られるから、どんな言い掛かりを付けられても簡単には否定出来ない。
黒髪に青眼の人なんて世にはそれなりに居るから、出奔後は気にしてなかったのは失敗だったわ。
やっぱ隠したままにしとけば良かった。
「本当に何も知らないのか。その様子じゃそうなんだろうが、三公やデュバルが大博打を打つ気になったのはお前が世に出て来たからだ。恐らくオストマークや他の連中もそうだ。アレのスタンピードを潰した時、目の色を隠してなかっただろう? その後も今の様に何度か素顔を晒してるよな? 見るやつが見たら腰を抜かした筈だぞ。伝説の女王以来、百年以上出なかった本当の魔法使いの王が遂に世に出て来たんだからな」
「ちょ、マ、マジでちょっと待って」
うひぃ!
突然出て来たトンデモ話にオロオロしてると、ボーリー氏が立て続けにヤバい話を振って来て、こっちはもう脳内がパンク寸前だ。
こ、このままではマズいっ。
何もかもかなぐり捨ててズバッと立ち上がり、腰に手をやると、ワタシはダッシュで最終奥義の体勢に入った。
スーハースーハー深呼吸!
「……」
何事かと釣られて立ち上がった感じのボーリー氏が絶句する中、遠くワンちゃん達の鳴き声が聞こえる室内で、静かな呼吸音だけが響く。
うむっ。ちょっと落ち着いたわ。
さてボーリーさんとやら、御話の続きを始めましょうか?
「俺も色々言われたが、お前ほど空気を読まない自己中女も初めて見たぞ……」
「そっちが急にワケ判んない事を捲くし立てるから、ちょっと落ち着こうとしただけでしょ」
力が抜けた様に椅子に崩れ座ったボーリーの憎まれ口を笑いながら自分も再度座り直す。
何が魔法使いの王だ。学院病かよっ。
得体の知れないヨタ話は穴でも掘って独りでやってくれって言うんだよね!
「大体さぁ、黒髪に薄青の眼の人なんて世には一杯居るでしょう? せいぜいちょっと珍しい程度の事をそこ迄強烈に言われてもねぇ」
「確かに魔法力が無いヤツには色々居るがね、逆は無いよ。魔法力を持つヤツの瞳は必ず濃い色になる所を、一定線を越える膨大な魔法力がそれを捻じ曲げて逆行した結果の薄青なんだからな」
ぬう、未だ言うか。
ボーリー氏が突然大それた事を言うのは、恐らくそれが彼のテだからだ。
例の術中にハメて妙な言質を取ろうとでもしてるんだろうけれど、ネタの割れたテに引っ掛かる程こっちだって馬鹿じゃないっての。
「確かにそう言う事はあるかもねぇ。でもソレだけでヒトをそんな超絶高貴な御血筋呼ばわりするのはムリがあるんじゃない?」
「公の席で魔法判定でもやれば真偽はそこで判る。ついでにお前の血筋も証明されるから一石二鳥だ。伝説の女王が王位を襲った時の親衛騎士団を気取りたい三公とデュバルなら必ず大々的にそれをやるさ。それで過去の醜聞から今の悪行まで一挙に帳消しになる上に、新聖王国での指導的役割を総ナメに出来るんだからな」
「ハイハイ。大風呂敷も結構だけど、旧聖王国王家の血を引く阿呆なんて他に幾らでもいるし、東聖王国には同じ目の色と青級の魔法力を持つ本物サンまで居るでしょ。もっと言えばシルバニアの女王だってゲフィオンの血筋じゃないの。世間知らずの学院生じゃあるまいし、馬鹿にしてるワケ?」
しつこく大げさな話を振って来るボーリー氏をホホホと乾いた笑いと共に正面から叩き潰す。
おじさんおじさん、侯爵の話が何時の間にか王位の話にスッ飛んじゃってますよ?
中身の無い話なんて所詮そんなモンだと思いつつ、自分の話が既に無茶苦茶な域に入ってる事を暗喩してあげると、さしもの厚顔無恥なボーリー氏も両手を上げて降参の意思表示をした。
「ノリの悪いヤツだなぁ。若いんだからもっとバカになれよ」
なにゅうん! とってもムカっ腹が立っちゃうけど、コレがコイツのやり方なんだから怒りに飲まれたらアウトだ。
それにイイ歳ブッこいても「魔法使いの王」とか言っちゃう年寄り学院病患者の物言いを真に受けるのは本物の阿呆だけだもんねっ。
「まあノッて来ないなら地味な話をしてやるか。お前に南部全域を抑えて貰って、ついでに将来の討伐士協会総裁に成る確約でも貰えれば、連中にとっては大きな一歩って事さ。大した強者でも無いデュバルが総裁を張るのは苦しいが、お前が成るまでの代理だとすれば話は通り易いからな」
「やっとまともな話が出て来たか。で、その報酬がランス地方と伯爵位って事?」
「一応侯爵までは考えて貰いたいんだがな。勿論、お前がその気になれば正妃でも公爵でも選り取り見取りだが」
「寝言は寝て言ってろ」って態度も露に盛大な溜め息まで吐いてやったら、やっと具体的な話が出て来た。
って、まだ何か余計な尻尾が付いてる感じだけど、ここまでヨタ話を引っ張るとなると、ボーリー氏の思惑ってヤツも透けて見えてきた感じがするね。
「で、具体的なそっちの要求って何?」
「このまま外の兵隊達を連れて退いて欲しい。一月もすれば此処を明け渡す事を約束してもイイ」
流れのままに「もう下らないヨタ話は聞かないぞっ」て雰囲気を出しながら問い質せば、遂にボーリー氏の口から交渉人らしい言葉が出て来てニッコリ。
「まさか此処の連中が撤退するのを護衛しろとか言わないよね?」
「そこまで厚顔無恥な要求はしないさ。自前で何とかなるからな、だが……」
でも具体的な交渉に入ったと思ったら、ボーリー氏がまた溜めに入りやがった。
仕方が無いから聞くけど、また余計な話だったら、今度こそ怒るぞ?
「ランスが押さえられた以上、元から此処は放っておいても撤退する手筈だったんだよ。プロジェクトはナンヌの宮廷が引き継ぐしな。だが協会総本部は此処の存在を公表して死神騎士の存在そのモノを潰す気だ。そうなれば、幾ら何でもお前は王宮三公とデュバルを敵に回す事に成る。連中は暗殺部隊なんて通用し無い事が判ってる無駄は踏まないから、ただ粛々とお前が世に出る道を塞いで行くだろうよ。利用出来無いなら潰してしまえと言うヤツだ」
「物理で殺すのが難しければ、社会的に殺すって事だね。成る程、三馬鹿公爵達の考えそうなコトだわ」
ふむ。ここはセオリー通りに脅しで来ましたか。
内容からすれば、流石貴族の中の貴族はやる事が洗練されていらっしゃると言う感じだ。
そう言うやり方なら、何時でも何度でも降伏勧告をして取り込む余地を残せるからね。
「悪い事は言わん。此処は取り敢えず退いて、連中の話ってヤツを聞いてみないか? なあに、協会の部隊がダダを捏ねたら俺に任せればイイ。綺麗に全員地獄に送ってやるさ」
「ばっかじゃないの? 心にも思って無い事を良くもまあベラベラと喋るよねっ」
「おい、それは本気で言ってるのか?」
ぬう。恐らく言って欲しいと思ってる筈の言葉を言ってやったのに、睨み付けて来るボーリー氏がウザいです。
「王宮の意思をヨタ話紛れに話して、こっちがノッて来なかったら次は脅しで、更に具体的な交渉でもわざわざこっちを怒らせる様な事を付け足しておきながら良く言うわ」
今までの奇怪な交渉(?)を一から思い起こせば、ボーリー氏が何を考えてるかなんて一目瞭然だ。
どう考えても、多分上から押し付けられただろうこの話を初めからブッ壊す積りにしか思えないもんな。
キッツイ隷属紋を背負わされてる身としては、ああ言うやり方で破談に持って行くしか無かったのかも知れん。
そしてその理由は恐らく……。
「多分アンタはもう長くないか、似た様な理由を持つ単なる死にたがりでしょ。此処で毎日無聊を慰めながら、誰か強者が自分の首を取りに来てくれないかと一日千秋の思いで待ってたんじゃないの?」
唖然とした顔でこっちを見るボーリー氏に決定的な事を言って様子見。
隷属の仕掛けを「もうどうでもいい」と言い切った時にピンと来たんだよ。
そしてそれが理由なら、ワタシとの交渉役を引き受けた事も、此処まで要塞が制圧されるまで待った事も、全て納得が行く。
だって交渉が破れれば即殺し合いになるからね。
一騎打ちがしたいなら、誰の邪魔も入らない今の状況は正しく好機だ。
「……俺は昔っから意気地が無いんだ。魔物にヤられるのは真っ平御免だし、出来れば強者との一騎打ちでと思ってたからな」
こっちの言葉に俯いて黙ってたボーリー氏が凄絶な笑みと共に顔を上げた。
うんみゅ。やっぱりビンゴかね?
しち面倒臭い御託を並べる儀式はもう終わりだ。
ウェルカム・トゥ・脳筋側!
可愛がってあげちゃいますよ?
「だがな、死にたがりには死にたがりの意地がある。全力でぶつかって負けないと納得は出来んな」
「望む所と言ってあげるよ」
グラスに残った最後のボローロを飲み干し、ワタシは三倍加速魔法を励起した。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。