174話
「ヨシヨシ。こっちに来いこっちに来い。こっちのみーずはあーまいぞっ」
エイヤッと大木を押し込み、見張り台から下に通じる出入口を潰したワタシは更に挑発を続けた。
銃を撃ってくる馬鹿にはフェリクスおっさんから貰った連発銃で応戦して黙らせ、しばしの時を稼ぐ。
先ずはこっちに注意を向けさせて奴等の攻撃陣を誘う狙いがあるから、此処は一番目立ってやる所だ。
要塞なら魔物の侵入に備えて幾つかの隔壁がある筈なので、それを閉めさせない為の工夫ですな。
そもそもこっちは独りだし、隔壁の場所や数だって判らない。
ならば弱い振りをしてこちらを攻めさせ、その体制が整って向こうが余裕状態になった所を一気に逆激するのが吉だ。
人数が多く、確りとした命令系統がある組織は一度出た命令を反故にし難いから、そこを突くって感じ。
「さて、そろそろかな?」
自力で塔の外側を駆け上がって来た鎖頭巾野郎に銃弾をくれて冥土に送ってやると、ワタシは独りごちた。
今のは間違い無く鎖頭巾を被った死神騎士だった。
だとしたら、連中は当初の騒乱状態から大分立ち直って、こっちを本格的に攻めて来た事になる。
「じゃ、前座は終わりね」
ワタシはインベントリ内にある「非常時以外起動禁止」の封印を解いて、未だ研究中のある魔法を励起した。
コイツは別にヤバい魔法じゃ無いんだけど、前は計算上の魔法力総量が足りなくて研究が滞ってたブツだ。
幼女化後の今なら楽勝だと思うので使ってみる事にしたのですよ。
ぶっちゃけて言えば、自分なら出来るかもと超難易度魔法である並列思考魔法にチャレンジしたものの、結局出来なかったせいで編み出した技なんだよね。
精霊のやり様を手本に魔法分身体を幾つかに別けることで、自分を幾つかの分体にして物理的に並列を実現しちゃう文字通りのチカラ技で御座います。
名付けて分身魔法!
ていっと励起された魔法を発動すると、むにゅうっとした独特の感覚と共に自分が別れていく感じと共に視界がブレた。
「ヨシ、上手く行った」
こうなったら愚図愚図はしてられない。
四つに分かれた自分を何時までも完全にコントロールする自信は無いので、速攻で目的を達成しないとマズいからね。
即座にインベントリ内にある別の魔法を励起。
ここから見える三つの各尖塔の要塞内側に向く壁と、目の前の床面に魔法陣を同時に想写して、一気に魔法を発動する。
瞬き幾つかの間を置いて、シュポンっと音と共に眼前にニャンコが現れると、同時に現れた四つの黒穴から水道の蛇口を捻ったかの様にワンちゃん達が勢い良く流れ出て来た。
ハッハハハ、大成功ですよっ。
召喚穴は大きく出来無いので、一度に大量にワンちゃん達を出せない事から、それなら四隅に一辺に作っちゃえと言うコンセプトはバッチリだった様だ。
これで素早く要塞内全域にワンちゃん達を浸透させられる。
例え隔壁が閉められても、その先に一匹でも行ってれば探知魔法もどきとの合わせ技でそこに穴を移動出来るからね。
これこそが千人の兵に対抗する為に考えた、二千匹ワンちゃん大突撃作戦だ!
ちょっと興奮しながら下を見れば、大量のワンちゃん達が洪水の様に雪崩落ちる要塞内は一気に大パニックだ。
まあ、あれだけデカくて凶悪なお顔の黒い犬がいきなり大量に湧いて出たんだから、襲われる方は溜まったモンじゃないわな。
とは言え、思ったより組織的な抵抗が薄い気がする。
探知魔法もどきで観ても、要塞の兵員達はあっと言う間に浸透したワンちゃん達に翻弄されてる様で、何処でもガンガンに押され捲くってるじゃありませんか。
「ハァーッハッハッハッ! 圧倒的ではないか、我が軍わ!」
穴さえ一旦出来ちゃえば維持は楽勝なので、ささっと分身魔法を解除して元に戻ったワタシは思わずお約束的なセリフを大声で吐いた。
一度は言ってみたい台詞がまた言えちゃった!
何だかとっても嬉しい。
って、何時までもこんなバカやってる場合じゃ無いか。
「エルロワ要塞にいるみなさーん、死にたく無い人はパンツ一丁で両手を挙げて、無手で壁に向かって張り付いて下さーい!」
ワタシは風系魔法で要塞内全域に繋がる空気を掴むと、考えてた文句を大声でその空気に響き渡らせた。
これをやったヤツはワンちゃん達に無視する様に言ってある。
こんな規模の要塞なら料理人から娼婦まで、非戦闘員も色々居るんじゃないかと思って、そう言う人は生き残れる様に考えたんだよね。
「じゃ、そろそろ行きますかな」
随所で阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる只中、ワタシはニャンコと共に飛び降りた。
右手に連発銃、左手に鉄棒君を握り締め、さっきの降伏勧告を何度も喚きながら中庭に面した外廊下を突っ走る。
先ずは中庭に建つ建物群の制圧確認が最初だ。
「うわぁぁぁ!」
建物の窓から絶叫を上げて輪胴式小銃を乱射してくる屑共を冷静な連発小銃の一点射撃で黙らせながら走り回る。
でも直に襲い掛かって来るヤツはほぼ皆無に近い。
コレ、もうこっちはワタシが云々する様な状況じゃ無いんじゃないの?
銃声が聞こえる箇所を粗方回ると、後はもう絶叫と吼え声しか聞こえなくなっちゃってガックリ。
「コイツら、何でこんなに弱いんだ?」
思ったより遥かに速いスピードで進む制圧状況に拍子抜けしながら要塞本体の通路に突入。
目指すは本命の奴隷達が居る場所と指揮官部屋だ。
屋内での射撃は跳弾がやっかいだけど、こちらの周囲はニャンコを筆頭に大量のワンちゃん達が居るから楽でイイ。
彼らにとっては銃弾なんか屁みたいなモノだからね。
例えそれで肉体的に行動不能となったとしても、また再生すればイイだけだもんな。
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
「助け、ぐぼっ、ブッ」
「あばばば!」
しかし、色々と気合を入れて通路に入ってみたってのに、今度はまともな攻撃すら来なくなった。
大量のワンちゃん達が吼え捲くり、逃げ惑う人間の悲鳴が交錯する凄まじい喧騒の中、ワタシなんて全く無視状態だ。
試しに幾つかの扉を蹴破ってみる(通路の扉は内開き)ものの、中は泣きながらパンツ一丁で壁に張り付いてる人だらけだし、今ぶち開けた小部屋の中なんて念には念をってコトなのかスッ裸ですよっ。
と、良く見たら一匹のワンちゃんがお座りして睨み付ける中、全裸で張り付いてるのは妙齢の男女だった。
成る程。真っ最中だったんですね。それは失礼しましたっ。
苦笑しつつも扉を閉め、見なかった事にしてまた走り出すと、閉所のせいで爆音状態な銃声が響いて前を行くワンちゃん達数匹が寝転んだ。
やっと抵抗が来たかと思い、悪いとは思いつつワンちゃん達を盾にして吶喊!
しかし曲がり角に隠れて撃って来たヤツを確認すれば、ソイツはもう血塗れの虫の息で、さっきのが最後の抵抗だったみたい。
ソイツが出て来たらしい部屋もあっと言う間にワンちゃん達にぶち破られ、中に居たらしい奴等の絶叫が聞こえるだけだ。
「あー、なんかワタシっていらない子になってる気がするわ」
ポリポリと頭を掻いて溜め息。
そりゃワンちゃん達は三倍加速状態のワタシに付いて来るくらい素早い上に、強くて数まで居るんだからこうなるよな。
ポンッと肩を叩いて慰めてくれるニャンコだって、ほとんど出番が無いくらいだ。
ただ目的の場所が近くなって来た以上、そろそろ頭巾野郎共が出て来ると思うんだよね。
飛び降りてから此処までヤツラを見て無いし、恐らくは逆撃の為に要所に固まってるんじゃないのかな。
「ガウガウガウッ!」
子供達が居るだろう階下に向かう為に階段を下りたら、開きっぱなしの階段扉の向こうでは案の定、ワンちゃん達と頭巾野郎達が死闘を繰り広げてる真っ最中だった。
探知魔法もどきで観るヤツラの数は三名。
ここは一つ、鎧袖一触と行きましょうかっ。
「ホイホイホイッ」
鉄棒君をデ剣に持ち替え、一瞬の間を読んでフッとその場に突入したワタシは軽い掛け声と共に頭巾野郎共を一動作で殲滅した。
ネタの割れた生き人形なんてぜーんぜん怖くない。
こっちはもう奴等が身体を動かす魔法的なカラクリまで判ってるんだから楽勝だ。
「にゃにゃん!」
と思ったら、何時の間にかニャンコが離れた所で吶喊してて、頭巾野郎共を潰し捲くってた。
ああ、ワタシの役目が取られて行くぅー。
ってかニャンコは強すぎだよ。頭巾野郎共がバンバンと手も無く捻られちゃってるしさ。
精霊獣ってマジになるとあんなに強いんだな。
ちょっとコワいわ。
ニャンコの強さにビビりながら歩いてると、あっと言う間に第一目標の子供部屋らしき扉の前に着いた。
この間、またもや全く抵抗らしい抵抗が無い。
ニャンコの援護に連発銃で二、三匹の頭巾野郎をヤったくらいで、後は無しの礫だ。
まあ廊下が頭巾野郎で死屍累々って感じになってるし、ヤツラの数にも限りがあるだろうから仕方が無いのかね。
暴れ足りないせいか、段々と言い知れぬストレスの様なモノが溜まって来た気がする中、ドカンと扉を蹴り開ける。
勿論、探知魔法もどきで扉の向こうは確認済みだから攻撃の類は一切無い。
中に入って見回せば、広々とした室内には五十人近い子供達が居た。
全員が全員、ヤバい首輪を付けられちゃってるせいでボケラーっとしてて笑える。
実情はかなり悲惨な話なんだから笑っちゃイケナイと思いつつも、プププッと噴き出しそうになったのは内緒だ。
うん。取り敢えずコイツらはこのままで良いか。
ストレスっぽいのが薄らいだワタシは此処の守りをニャンコに頼んでそっと扉を閉めると、今度は上に向かって走り出した。
頭巾野郎共が消えた通路はワンちゃん達が大量に流入して来て凄い状態だけど、この程度なら走るのにそれ程支障は無い。
あっと言う間に上に向かう階段に出て、バババッと駆け上がりながら探知魔法もどきに映る影を見れば、おエラいさん達は最上階の一室に溜まってるみたいだ。
馬鹿とナントカは高い所がお好きって聞くし、お定まりって感じなのかな?
子供達が居た階と同様、ワンちゃん達と頭巾野郎共が死闘を繰り広げる最上階に上がると、勢いのままにスライディングして突っ込む。
超絶低い体勢で回転しながら滑り、その場の頭巾野郎共をパパッと片付けた。
「ふうっ。どうやら此処では思いっきりストレス解消が出来そうだねっ」
ワンちゃん達が喜び勇んで奥へと殺到して行こうとするのを止めながら立ち上がり、憎まれ口の様な独り言を呟く。
流石におエラいさん達が居る階のせいか、此処は魚影ならぬ頭巾影が濃い。
にゅっふふふ。お前らみんな、溜まったストレスの餌食になって貰うぜよ!
一息吐いて体勢を確かめると、目的の部屋を目指して通路を上下左右に走り抜けながら、頭巾野郎共をスッパスパと斬り捨てて行く。
「はぁっ」
豪華な両開きの鉄扉に辿り着くと、ワタシは大きく息を吐いた。
頭巾野郎共の弱さに溜め息って感じ。
あれだけ一杯居たクセに、何だかあっと言う間にヤれちゃったせいで、逆にまたストレスが溜まって来ちゃったよ。
しかも探知魔法もどきで見る限り、この部屋の中に居る討伐騎士級のヤツはもうほんの五、六人しか居ないのに未だ徹底抗戦の御様子だ。
銃を構えてこっちを待ち構えてる雰囲気だし、余計に疲れるわ。
面倒臭いよなぁ。
背後の廊下に死屍累々な頭巾野郎共の数を数えるまでも無く、どうやら此処のおエラいさん達はワンちゃん達が怖くて階下に出る事すら無かった様で、防御力の高い部屋に集まり、周囲を頭巾野郎共や討伐騎士で固めて震えてたみたいだけど、今になって徹底抗戦なんて何考えてやがるんだろう?
「バカ丸出しだな」
ワタシはデ剣がこなれて来て、ちょっとだけ紫電を纏わり付かせて来たのを確認すると、意を決して一気に扉の間を斬った。
キンッ!
綺麗な音を響かせて扉の一部ごと内側の閂が斬り飛び、重々しい鉄扉が自重でゆっくりと開いて行く。
雷光剣にとっては鉄扉なんて何の障害にもならないので当たり前だ。
しかし三倍加速状態だと、こう言うのって物凄くスローに感じるんだけど、中のヤツラにはどうなのかな?
妙な事を考えながら待つ事しばし、三分の一くらい扉が開いたところで中から激しい銃撃が始まった。
バンバンバンバンバンバンッ!
ワンちゃん達を盾にして、その隙間から銃を持ってる奴らを六連射で片付ける。
鉛弾を食らったワンちゃん達の血と肉を盛大に被って酷い有様になっちゃっても、彼らが消えればそれらも消えるから気にしない。
「お、お前は一体なんなんだっ!」
ススッと部屋内に入り込み、一番にデカい声で罵倒して来たエラそうな馬鹿の鼻に水平チョップ!
首の骨がイッちゃわない様に手加減したのに、縦回転する勢いで後頭部から床に突撃した馬鹿に呆れながら、まだ息のある騎士達にトドメの鉛弾をぶち込む。
ま、三倍加速状態のこっちに声が聞こえるんだから、この馬鹿はこれくらいじゃ死なないだろう。
思いっきり血を吹いてるソイツを放って、残りのギャアギャア騒ぐおエラいさん達を軽く小突いて大人しくさせ、奴隷部屋から拾ってきた首輪を嵌めて行く。
うむっ。後は首輪の術が効くのを待って、本作戦は終了って感じだね!
最初の馬鹿をちょっと治療して、丁寧に首輪を嵌めた上でグルグル巻きにしてやれば、その間に他の連中はもう夢の中に旅立っちゃったようで、結構無残な醜態を晒してた。
一際騒いでた三重苦(チ○・デ○・ハ○)のおっさんなんか、術が効いた途端にとろーんとした目で口開けちゃって、ヨダレまで垂らしてますよっ。
バッチイなぁ、もうっ。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。