166話
先週末に更新が出来ませんでしたので、なんとか本日やってみました。当然ながら、明日か明後日にもまた投稿させて頂く積りです。
「みぃやぁん」
枕元で鳴く子ねこの声で目をさましたわたしは、応えるようにそぉっと手をのばした。
「みゃっ」
しかしその手がふれる前に、子ねこは短く鳴いて寝台からいなくなっちゃった。
もふもふ出来るかもと思ったのに、やっぱりダメか。
ガッカリ。
でもホントはちょっとうれしい。
だってずっと昔から色んな動物にきらわれて来たわたしにとって、こんな風にせっしてくれるコは初めてだ。
しかも、そのきょり感は少しずつだけどかくじつに縮まってきてるんだよね。
城の庭でひろった五日前なんて、近寄っただけでしろめを剥いちゃったのに、今日はここまで来てくれたんだもん!
だからこうやって毎日いっしょにいれば、少しくらい撫でても逃げないでくれる日がきっと来ると思う。
「んんっ」
からだを起こして寝ぼけ頭をブンブンと振り、いしきをはっきりさせる。
寝台のしゅういを見回すと、ちょっと離れたところにまっ黒い小さな猫がおぎょうぎ良く座ってた。
「待っててね。今、ちゅうぼうからミルクをもらってきてあげるから」
「みゃん」
うーっ、可愛いへんじにうれしくなっちゃう!
わたしはふとんをガバッと捲ると、子ねことは反対のほうに寝台からいきおい良く飛びおりた。
「ギャッ」
「えっ?」
床に着地したしゅんかん、ヤなかんしょくが走って、みぎ足がなま暖かくなった。
だっしゅでとび退いて、恐る恐るソコを見ると、そこには赤黒いえきたいにまみれて潰れた黒い何かが……。
「うわぁぁぁ!」
「はっ!」
現実に叫び出しそうになったところで夢から覚めた。
思わず両隣を見ると、可愛い兄妹はまだスヤスヤと寝息を立ててる。
起こさなくて良かった!
ホッとしながら懐中時計を出して見れば、時刻はまだ朝の五時前だ。
正直言って寝直したいけど……あんな夢を見た後で、すぐに寝直せるほどタフな精神は持って無い。
ワタシは溜め息を吐くと、そうっと寝台を抜け出し、音を出さない様に着替えて部屋を出た。
「最悪……」
人気の無い洗面所に出ると、どっぷりと欝が襲ってきてグッタリ。
最近は見なくなってたのに、なんで今更あんな夢を見たんだろう?
さっき夢で見た「子猫踏み潰し殺傷事件」は、数多ある最悪な記憶の中でもトラウマ級のヤツだ。
今でこそ大分心の整理がついたものの、学園を出る頃までは思い出す度に酷く落ち込んでた記憶がある。
そもそも事件の直後なんて、あまりのショックに呆然としたまま寝台に倒れ込んで意識を失い、気が付いたら夕方だったもんな。
気が付いた時には誰か(多分レティ)が片付けてくれた様で、何もかもが綺麗になってたんだけど、その件だって未だに誰にも聞けず終いだ。
「ん?」
どんよりとしてる中で気配に振り返ると、何時の間に付いて来たのか、背後に猫さんがいた。
「猫さんって、まさか『ニャンコ』じゃないよね?」
「にゃにゃん!」
「へ!?」
欝っぽい感覚から逃れようと何気無く訊いたのに、猫さんが意外にも肯いてくれちゃってビックリ!
ちなみに「ニャンコ」と言うのは、当然ながらあの子猫の名前で、猫一般を言う言葉とは違う。
ネーミングセンスもクソも無い名付けだけど、七歳児の感覚なんてそんなもんだ。
「えっと……ニャンコって名前かどうか訊いてるんだけど?」
「にゃにゃにゃん!」
「ウソッ!」
試しにもう一度訊いてみると、今度はもっと大きな反応が返って来た。
なんだコレ?
改めて見直すまでも無く、ブンブンと頭を上下に振りながら答える猫さんの答えは、どう訊いても「イエス」だ。
思わずムッとして猫さんの頭を掴み、顔と顔を付き合わせて目を合わせる。
「ふざけないでね、猫さん。こっちが訊いてるのは、九年前にワタシが踏み潰しちゃったコかどうかって事なんだよ!?」
「にゃんっ」
しかしこっちの剣幕も何処へやら、猫さんが「これ見て」って感じで突き付けて来た左前足を見て、ワタシは驚愕に顎が外れそうになった。
猫さんのぶっとい左前足には、そのモフ毛に埋もれて見え難いものの、見覚えのある革製の紐が巻き付いてたからだ。
それは拙い字で「にゃんこ」と彫られた真鍮のプレートを見るまでも無く、当時自分があのコの為に自作した出来の悪い首輪もどきで間違い無かった。
「えっ…まさか、本当、なの?」
「にぃやんっ」
頭が真っ白になって、思わず猫さんの頭に抱き付く。
信じられない!
あのコが、ニャンコが生きててくれたなんて!
「にゃんこぉぉぉっ!」
思わずニャンコの頭に抱き付いて号泣!
エグエグと声にならない声を出しながら、ギュウっと抱き締めた。
「んぐぐっ……」
「あっ、ああ、ゴメン……」
どのくらい時間が経ったのか、苦しそうに震え出しちゃったニャンコの様子に気が付き、ハッとして身体を離す。
そりゃガッチリと顔に抱き付かれて、ギュウギュウと締め付けられたら、呼吸どころの騒ぎじゃ無いよ。
何やってんだ、ワタシ。
「ううっ」
離れると、泣いたせいで凄い事になっちゃってるんだろうワタシの顔を、ニャンコがザリザリとした触感の舌でペロペロと舐めてくれた。
ああ、何か幸せ……。
って、イカンイカン!
とにかく此処は落ち着いて頭の中を整理する事が大事だ。
腰に手を当てて、スーハースーハー深呼吸!
「……はぁ。何だかゴメンね」
「にゃっ」
最終奥義のお陰で漸く落ち着きを取り戻し、ニャンコを撫でながら考える。
ニャンコが精霊獣の子供だったのなら、生きている事自体には納得だ。
彼らは踏み潰された程度じゃ肉体が維持出来なくなる程度で、死んだりはしない筈だからね。
あの後綺麗になってたのも、誰かが掃除したんじゃなくて、血の一滴までも肉体が散ったせいだと考えれば辻褄は合う。
「でも、今になって出て来た理由はなんだろう?」
何となく疑問を口に出して更に考える。
そもそもワタシは精霊獣の召喚魔法陣なんて小難しいモノは知らない。
百歩譲ってそれを「既に召喚済み」と考えて無視したとしても、ワンちゃんの召喚陣から出て来た理由は不明だ。
しかもワンちゃんを召喚した回数だって過去二桁に登るのに、今の今までこんな事は無かったもんね。
「まあイイか」
色々と思うところはあるけれど、此処は猫さんがあのニャンコだって判っただけで良しとしておこう。
どうせ原因は幼女化絡みに決まってるし、こんな所で考え込むよりも、後で詳細なイエス・ノーチャートでも作ってニャンコ本人に訊いてみちゃった方が早い。
ワタシは首を捻りながらも問題を棚上げして、ちゃっちゃと顔を洗って階下に降りた。
そのままニャンコを連れて外に出ると、一夜の警備を終えたワンちゃん達がわらわらと寄って来たので、ワシワシとモフってお礼を言いながら、魔法陣に収容して行く。
大欠伸をしながらそれを座って見てるニャンコは、どうやらまだ戻る積りは無いらしい。
「おはよう御座います」
「おはようっ。そう言えばレティって不寝番とかしてたの?」
様子見に出て来たらしいレティの挨拶に返事をして、ついでにロベールさんが言ってた「夜間体制」に付いて訊いてみると、ヤツは「ナイナイ」って感じで片手を振った。
「わたくしもロベール殿も時間差は付けましたがちゃんと寝ております。御心配の無き様に」
おいおい、ソレって結局交代で見張りをやってるって事なんじゃ……。
まあ不寝番じゃなくて、ちゃんと寝てるって言うならイイんだけどさぁ。
レティの相手をしながらワンちゃん達を収容し終わった魔法陣を消し、スリスリと甘えて来たニャンコをヨシヨシと撫でる。
どうやら作業が終わるまで、ちゃんと待っててくれたらしい。
九年前と変わらずお利口なコで、お姉さんは嬉しいよっ。
「ところで昨日の説明では判然としなかったのですが、その精霊獣は結局何者なので御座いますか?」
「レティが覚えてるかどうか判らないけど、九年前にワタシが拾った猫のニャンコだよ」
おっと、顎の下をワシャワシャしてあげたら、ゴロゴロ言い出したニャンコがビローンと寝転がっちゃいましたよ。
デッカイ図体してるクセに、丸っきりそこらの普通猫みたい!
思わずどりゃーっとお腹をモフってあげちゃう。
「ニャンコ、で御座いますか……ああ、随分昔に一時ひぃ様が子猫を飼われておられましたね」
「ぶっちゃけ行方不明だったんだよね。最近になって再会したって感じかな」
「そう言う事にしておきますか。ひぃ様の魔法絡みは何もかもが怪し過ぎますから、一々詮索するのも馬鹿馬鹿しいお話で御座いますし」
オヒッ!
ムッとして顔を上げると、降参ポーズをしながら妙な笑い声を上げるレティが、ダッシュで玄関内へ消えて行った。
なんだかなー。
折角本当の事を言ってやったのに、その態度ってちょっとヒドくない?
今宵もこの辺までにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。