161話
色々と謝りたいところなのですが、余計な事をここで書くよりも、まずは更新する事が大事だと思いますので、さっさと本文に行く事にさせて頂きます。すみません。
「えっ、何コレ!?」
ホールに戻って開口一番、そのあまりの変わり様にビックリ。
あれほど堆積してた埃や各種遺物が綺麗さっぱり消え失せ、更に床から天井までお掃除されてピカピカになってるんだから、これで驚かない方がおかしいわ。
レティのヤツ、これは幾ら何でもやり過ぎでしょうよ。
こんなのどうやって誤魔化せって言うんだっての。
「はぁぁぁ」
ガランとしたホール内に入り、それだけ残されてたデカい机の周りにある椅子の一つに座ると、ワタシは懐中時計で未だ昼食後から二刻(約二時間)程しか経ってない事を確認して、盛大な溜め息を吐いた。
ホント、アイツってば一体何を考えてるんだろう?
こんな凄ワザが出来るヤツなんて、半大陸広しと言えどもかなり限られるんだから、もし世慣れしたヤツに知られたら即座に身バレに繋がりかねない。
「ラウロ君も座ったら?」
頭痛の幻痛を感じながらも、ポケッとした顔で突っ立ってるラウロ君にも椅子を勧めて、インベントリから水筒とコップを出す。
「あ、ハイ。有難うございます」
二人分のコップにレモン水を注いであげると、我に返った感じのラウロ君が向かい側に座ってお礼を言った。
うむ。この様子だと、貴族とは言えまだお子様なラウロ君には、レティの正体にアタリが付いて無いみたいだね。
助かったと思いながら、先ずは事実関係の確認をしようと、ワタシはラウロ君に向き直った。
「コレ凄いよね。ラウロ君とレティの二人でやったの?」
「いいえっ。ボクは地下に物を運ぶお手伝いをした程度で、その時は未だ床も元のままでした」
エラいねーって褒める様に言うと、目をパチクリさせながらもラウロ君は速攻で否定してくれた。
ふむふむ成る程。つまりラウロ君は現場を見てないワケですね。
流石にレティもそこまでは馬鹿じゃなかったかと思いつつ、更に事実の確認に勤しむ。
「って言う事は、コレはラウロ君が表にいる間に、レティが独りでやったって事になるねぇ」
「ハ、ハイ。さっきも簡単にお話ししましたが……」
一つ終わったら又次ねって感じで次々と訊いて行くと、二人は当初、雑多な物は一旦ホールの地下部分に幾つかある牢屋(多分駐屯部隊の懲罰房だ)に突っ込もうと言う事で荷運びに勤しんでいたらしく、ラウロ君もそこまでは手伝ってたらしい。
で、凄い音と熱気に驚いてラウロ君が外に出たら……って所から、さっきの話に繋がるみたいだね。
「まあ他人の事を言えた義理じゃ無いけど、アイツもかなりアレなヤツだからさぁ」
一通りラウロ君の話を聞き終わると、レティが未だやってるらしいドスンバタンと言う音がする奥の方を指して、ワタシは呆れた顔をして見せた。
「いえ、凄い事だと思いますっ。レティさんって一体何者なんですか!?」
しかし余程このテのワザに慣れていないのか、こっちの呆れ顔にも関わらず、ラウロ君はちょっと興奮気味だ。
ワクワクした様な表情がとっても可愛い。
思わず立ち上がって頭をナデナデしちゃいそう!
「アイツは二つ名持ちの立派な討伐騎士なんだけど、元は高位貴族家のメイドだから色々と妙なワザを持ってるみたいなんだよね。謎なヤツだよ」
でも今はそんな事してる場合じゃ無いので、泣く泣く抑揚を落とした声で嘘八百を言って、レモン水に口をつけた。
「高位貴族家でメイドをやっておられた方なら納得です! ボクは噂でしか知りませんが、そう言う方は貴族籍にある方だから、特別な魔法を駆使して一人で数人分の仕事をこなされると聞いた事がありますっ」
ううっ。ワタシの嘘八百なセリフで無邪気にはしゃぐラウロ君に罪悪感が……。
ちなみに通称「貴族メイド」って言われるそのテのメイド達は、王族や高位貴族家の使用人の事だ。
そんな所で使用人をやれるのは貴族籍にある者に限られちゃう(つまり魔法力を持ってる)ので、専用に特化した魔法や魔導具を駆使して実に一般人十人並みの働きをするって言われてるんだよね。
どうやら貴族メイドなんて見た事も無いらしいラウロ君なら、一発でハマってくれるだろうと思ったものの、こうも見事に決まっちゃうと心が痛むわ。
ああ、可愛い子を騙すのって、ホントに気分が悪いっ。
「そうだねぇ。何か妙な魔導具とか色々持ってるし、その手の技術を使ったんだと思うよ」
本当の事を言いたい所をググッと我慢して、適当な言葉で更にお茶を濁すと、キラキラした目でウンウンと肯いてくれるラウロ君の姿が倍増しで心を抉って来る。
ゴメンねラウロ君。幾ら貴族メイドの連中が凄くっても、こんな馬鹿げたワザは逆立ちしたって出来無いのよ。
こんな事が出来るヤツなんて、貴族メイドの能力を軽く凌駕する高位貴族家の侍女(侍女はメイドが居ない状況では代わりをやるので上位互換な能力を持ってる)でも筆頭級の実力を持つヤツで、かつ思考加速魔法が使えるヤツだけだ。
でもソレを口に出せば、レティが「討伐騎士金ピカ級の戦闘力を持つ元高位貴族の侍女」って言う超レアな存在だって事がバレちゃうので、言えるわけが無い。幾ら物騒な世の中でも、そんなヤツは世に数人しか存在しないんだからね。
「はぁ」
そっと溜め息を吐いてまたレモン水を飲む。
はしゃいだ雰囲気のラウロ君には悪いけど、例え彼が気が付かなくても、後に色々な所でこの話をすれば、そこからレティの正体にアタリを付けるバカが絶対出て来るんで、此処は手が抜けない。
「だけど貴族メイドの話なんてよく知ってるね。ラウロ君は何処の貴族家の子だったの?」
ワタシは心を鬼にすると、次手に繋げる為に言いたく無いセリフを吐いた。
何かを誤魔化したいなら、より精神的に衝撃の強い話をするのが基本だ。
でもそれって、必然的に「ラウロ君兄妹の身の上話」が一番キくって事になっちゃうから泣けて来ちゃう。
早々に聞いておかないといけない話とは思ってたけど、こんな形で聞く事になるとは思わなかったよ。
ああ、自己嫌悪。
「もうとっくにお気づきだと思いますが、僕もエレナも少し前までは貴族籍にあった者で、父は本家の知行の一つである小さな町を治めていました……」
訊いた瞬間から一気に悲しげな顔になっちゃったラウロ君が、それでもボツボツと話してくれるので、罪悪感からウンウンと肯きながら聞いてあげる。
するとやっぱり、彼ら兄妹の身の上は酷い話だった。
何でもラウロ君とエレナちゃんの御両親は、本家に所用で出かけた際に事故で揃って亡くなっちゃったそうで、二人はその後に後任で町にやって来た伯父夫婦に速攻で叩き売られちゃったんだそうだ。
「無条件で信頼してた僕も悪かったんでしょうが、本当にあっと言う間に囚われてしまったので、全く抵抗出来なくて……」
ううっ、辛そうに話すラウロ君の顔が正視出来無いっ。
くっそー、こんな可愛い甥や姪をヤバい組織に売り飛ばすなんて、何処の鬼畜生だってのよ!
「こんな事を言うのもナンだけど、ヘタレのカス貴族が良くやる手だね。殺されなかっただけでも良かったと思うしか無いよ」
でも此処で吼えても意味が無いので、関係者全員を地獄に叩き落したい気持ちを何とか抑え、努めて抑揚の薄い声で嫌な事を言って耐える。
こっちまで釣られて泣いちゃったり怒っちゃったりすれば、もう収拾がつかなくなっちゃうので、此処は我慢のしどころだもんね。
密かにスーハーして心を落ち着け、客観的な姿勢を保つと、ワタシは力無く「ハイ」と答えて俯いたラウロ君を改めて見据えてしばし黙考してみた。
そもそもこの話、叔父夫婦が兄妹をヤバい人身売買組織(合法的なのもあるんだよ)に売ったって話が妙だ。
勿論、ヘタレが自分で殺す事を避ける為だとか、攫われた事にして後は知らぬ存ぜぬで証拠を残さない為ってのはあるけど、こんなのは必ず殺してくれるアテも無ければ、後で脅されたりするリスクだって無視出来ない。
たかが子供二人を亡き者にするだけなのに、そんな危ない橋を渡る貴族がいるのかね?
ううーむ。
この件て、多分貴族家で良くある「潰し」と考えるのが最も近いんじゃないのかな。
だって「当主に呼ばれた」とか「両親揃って亡くなった」なんて、そもそもの事故の話からして本家とやらが怪し過ぎるしさ。
おそらく何らかの理由で邪魔になったラウロ君の一家を、本家の当主が丸ごと潰して叔父の一家と入れ替えたんだと思う。
貴族家一門の当主なら当然爵位も持ってるだろうから、西聖王国の闇に直結する様な組織と接点があってもおかしくないし、何よりも「速攻で売られた」と言う事は、御両親が亡くなる前から兄妹を売る手筈になってたのが明白なので、これら一連の出来事は全てセットと考えるべきだからね。
あー、ヤダヤダ! ふんとに世に悪徳は極まれりって感じだよ。
「色々とあったんだろうけれど、少なくともこれ以降はもう大丈夫だと思っててイイよ!」
結論を出したワタシはそれまでの話し方を一気に変えて、努めて明るい口調で言い放った。
もし本当の誘拐だったら家族に返そうと思ってたけど、こう言う事なら遠慮は要らない。全力で擁護しちゃうもんねっ。
「へぇっ!?」
ワタシのいきなりの豹変で驚くラウロ君にニッコリと微笑みながら、更に続ける。
「このマリーお姉さんが味方に付いた以上、きちんとした人物に預けるから生活の心配なんて要らないからねっ。勿論高等学院だろうが魔法大学院だろうが責任を持って行かせてあげるんで、将来だって気にしなくてイイよ!」
「で、でも、会ったばかりなのに、そんな……」
「信用出来ないのは解るけど、ワタシの世話になった方が、孤児院とかの施設に入るよりよっぽどマシだと思うよ?」
しどろもどろな感じでアセりだしたラウロ君を人差し指で制して、まず言いたい事を言ったワタシは彼が落ち着くのを待った。
まあ現実的な話、三人組はともかくとして、貴族である(魔法力の強い)ラウロ君とエレナちゃんはマチアスおじ様に預ける積りだ。
総裁殿下に直接辞意を表明すると言っても、協会幹部である以上はそんなに簡単に辞められる筈が無いので、恐らくおじ様は一年はランスを離れられないと思うし、打ってつけだと思うんだよね。
教育だのなんだのに掛かるお金なら、精製魔石がストレージに唸ってる。
ワタシ個人じゃ難しい話でも、おじ様なら簡単に換金出来るだろう。
「マリーさん、それは本気で仰ってるんですか?」
「もっちろん本気だよ。こう見えてもワタシってば結構お金持ちだしね」
暫く待ってると、漸く落ち着いて来たのかラウロ君が恐る恐るな感じで口を開いたものの、当然ながら良い返事は出て来ない。
うんうん。考えれば考えるほど怪しい話だし、こっちの素性も判んなければ、本気で言ってるのかどうかも判らないんで、エレナちゃんを守らなくちゃいけないラウロ君の立場からしたら、そうそう簡単に「ウン」とは言えないよね。
「まあ、先ずはこれを見てよ」
遂には唸り出しそうなくらいに考え込み始めたラウロ君の目の前で、ワタシは右手に六つの金製な印章指輪を嵌めて見せてあげた。
目に入った途端、即座に「あっ!」って感じで驚愕に口が開いちゃったラウロ君が可愛い。
「す、凄い。貴族家でも当主かその代理人以外は持てない印章指輪を、六つも持ってるなんて……」
デラージュ閣下から貰った分まで増えちゃったから、今ワタシが持ってる金製印章指輪は六個もある。
まあこんなの見せられたら、普通はビックリして仰け反っちゃうわな。
幾ら子供でも長男のラウロ君なら、亡くなっちゃったお父さんから代理人の証である本家の指輪を見せて貰った事があるだろうし、ある程度の真贋の目安だって付く筈なので尚更だ。
「詳しい事は言えないけど、ワタシにこれだけの貴族の知己がある事は判ったでしょ?」
「ハ、ハイ。もう今の指輪の数だけで、マリーさんがその辺の貴族では到底相手にならない様な方だと言う事は判りました」
うんみゅ。良い反応ですな。
何時ぞや魔法士協会で会ったヤツみたいに、ヘンにビビらなくて良かった!
「でもね、もし本当にワタシが二人を預かる事になったら、本来の出自は捨てて貰って、何処ぞの貴族家の養子か庶子と言う形になっちゃうんで、その辺は勘弁してね」
ラウロ君の反応に気を良くして、更に具体的な話を振って押し捲ってみる。
出自不明な貴族の子供を預かるならそう言う形がもっとも手っ取り早いし、出身のロンダリングにもなるから、ここはちょっと外せない所なんだよね。
「そんなの当然です! で、ですが……」
おや即答ですか。
って、貴族や士族の世界じゃ家名が変わる事なんて当たり前だもんな。
傍流とは言え、元貴族家長男なラウロ君ならその辺は判ってて当たり前か。
「あと国籍も多分変わるし、住むのもランス城内になると思うよ。ランスなら責任者級を何人も直接知ってるから便利なんだよね」
もうドンドン行っちゃうよって感じで、次々と勝手に話を進めて行くと、まだちょっとプルプルしながらも、ラウロ君の目が据わって来た。
うんみゅ。コレはイイ感じですよ。
「父と母は多分本家に謀殺されたのだと思いますので、国にも家名にも憎しみ以外ありません。変えて貰えるならば、是非にとお願いしたい位ですっ」
と思ったら毒吐きで御座いましたか。
小さな町でも代官を勤める家で育ったんなら、やっぱその程度は理解しちゃってるよね。
ううっ。こんな可愛い子がそんな悲しい現実に立ち向かおうとしてるなんて、考えただけでもツラくなっちゃう。
「本音を言えばさ、ワタシは将来の協力者が欲しいんだよね。だからこっちにとってこれは単なる投資案件みたいなモノなんだよ」
そろそろ本音を言ってキメに入ろうと思ったら、心のツラさを紛らわせようとしたせいで、なんだかツンデレっぽい物言いになっちゃった。
ラウロ君の表情も少し苦笑っぽくなってますよ。
ちょっと反省。
でも本音と言えば正しく本音だから、訂正はしない。
だってこの話はワタシが一方的にラウロ君達を救う「施し」なんかじゃ無くて、ある種の取引きなんだから、彼らにもそう受け取って欲しいんだよ。
「ボクは騎士には向いてないと言われてますが、それでも良いのですか?」
おっと。遂にラウロ君の口から前向きなご発言がっ。
見ればラウロ君は何時の間にかキリッとした表情になってて、何かの決意をした様な雰囲気だ。
ああ、可愛い。
可愛い子がこんな表情をすると余計に可愛く見えて、ナデナデしたい衝動を我慢出来なくなって来るんですけど!
「ああ、ウンウン。そんなの見た目で判るし、アンジェ達と違って、ラウロ君とエレナちゃんには初めからそっち方面は期待してないから、気にしなくてもイイよ」
ナデナデ衝動を堪えてると、またもや返答がツンデレな物言いになっちゃってガックリ。
くっそぉ、なんかワタシってホントにバカっぽいよなぁ。
「で、でしたら、エレナ共々、どうか宜しくお願いします!」
大事な所でコレかよと、己のバカっぽさに心の中で涙してると、ガバッと突然机の上で上体ごと頭を下げたラウロ君がイイ返事をくれてビックリ。
「あ、ああウンッ。こっちの方こそ宜しくね!」
ちょっとどもりながらも、速攻で返事を返してニンマリ。
ヨッシ、これで将来の家人候補二人をゲットだぜ!
経過はともかく、終わり良ければ全て良しっ。
レティの事もバッチリ誤魔化せたみたいだし、良い事尽くめだよね。
ニコニコしながら早速立ち上がったワタシは、テーブルの反対側に行ってラウロ君を後ろからスパっとホールドして、頭をナデナデ撫で回した。
「マ、マリーさん!?」
身内になった以上、もう遠慮は要らないよねって感じで更にギュッと抱き付き、今までの我慢を全て捨てて撫で繰り回すと、目を白黒させて慌てるラウロ君が可愛い。
何だか顔が真っ赤になってるし、もう可愛いったらないよ!
「うわっ、なんだよコレ!」
しかしお楽しみの時間も束の間、周辺案内から帰って来たらしいアンジェの声がホールに響いてガックリ。
見れば肝心のロベールさんが居ないので、どうやら三人組だけが先に帰って来たみたい。
あーあ。これってまたレティのフォローから入らないといけないのかよ。
ホールの綺麗さに驚いてギャアギャアと騒ぐ三人組に溜め息を吐きつつ、ワタシは仕方無くラウロ君から離れた。
本日もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。