158話
何だか予想外にウケたらしい木蹴りパフォーマンスの興奮覚めやらぬ子供達と歩く事数分、木々に溢れる森の中から不意に視界が開けて、約半マイル(約800m)くらいぽっかりと穴が開いた様な場所に出た。
ド真ん中辺りに三階建て位の堂々とした建築物が見えるので、どうやらあれが噂の古砦らしい。
近付いて行けば、空堀に周囲を囲われ、更にその内側を12フィート(約3.8m)位のコンクリ塀に囲まれた建物は小さくとも正しく砦って感じの威容で、こんな如何にもヤバそうな森の中にあってはとっても安心感のある感じだ。
「中に妹のエレナが居ますので、跳ね橋を下ろさせます。少し待って下さい」
出入り口らしき所まで来ると、ラウロ君の言葉で待つ事しばし。
それが合図なのか、妙な踊りめいた仕草をする彼を微笑ましく見てる内に、幅が15フィート(約4.5m)位ある空堀にバシーンッと跳ね橋が下りて砦の門が現れた。
ほほう、これはまた随分と本格的な感じですな。
橋が降りた所で改めて砦の建物を見れば、色々あるだろう機能が十全かはともかく、少なくとも見た目だけなら全く現役って感じな建物の具合にちょっとビックリ。
「古砦と聞いてたのに、随分とちゃんとした状態なんだね」
「デボラさんがメンテをやってるらしいですから、少なくとも魔物相手に立て篭もって戦う事は出来るそうです。石組みやコンクリもきちんと整備されてますし」
思わず出た疑問に答えてくれたラウロ君の声を聞いて見回せば、確かに塀などの石組みやコンクリに極端な劣化や欠損は見られないし、円柱型の建物自体も確りとした感じで、多分百年は優に経ってるだろう筈なのにそんな経年を感じさせない雰囲気だ。
コンクリの継ぎ目から漂う微妙な魔法力の残り香から推察するに、どうやらデボラさんとやらは土系の魔法がお得意らしい。
成る程ね。要するにデボラさんとやらは、何時もそのお得意な魔法で、独りでせっせと補修に勤しんでるって事なんだろうな。
「嬢サン、アッシは取り敢えず周りを見て来やす」
それなりの期間逗留する事が決まってるだけに、砦がここまで使えそうな状態ってのは嬉しい誤算だと思って、跳ね橋を渡りながらも周囲をキョロキョロしてると、ロベールさんが周辺警戒を買って出てくれた。
「あ、じゃあお願いねぇ」と答えてお任せするものの、何故か年少三人組までが丸っきり兵隊の如くに「ご案内します!」とか言い出して付いて行ったので笑う。
ふむん。周辺環境の案内役って所なんだろうけど、何時の間にやら随分と仲良くなった様子ですな。
「ロベール殿は元々が軍の下士官ですから面倒見が良いのでしょう。子供達にとっても、軍人は最も解り易い人種で御座いますし」
ああ、そう言う事か。ワタシは背後のレティの言葉に納得して肯きを返した。
アレのしぶちょーも言ってた通り、何だかんだ言ってもワタシやレティは貴族っぽい雰囲気が出ちゃうらしいから、一般人っぽい彼らが如何にも軍人って感じの雰囲気を持つロベールさんに懐き易いのは道理だもんね。ついでに約一名は脳筋臭いしさぁ。
「お兄ちゃん……」
成る程なーと思いつつ、弱々しい声がしたので前を向けば、出入り口の扉の影で小さな女の子が隠れるようにしてこっちを見てた。
おおっ、あの娘が妹さんのエレナちゃんですかっ。
「この人達は敵じゃ無いよ。こっちが勝手に攻撃しちゃったせいでおしおきされて、みんな少し怪我してるけど大丈夫」
「お兄ちゃん、ホント?」
ラウロ君の返事にぴょこっと顔を出した女の子は5、6歳で、ラウロ君に似ててやっぱり可愛い!
タタッと走り寄って来た所を途中でゲットして、グリグリと頭を撫で回してあげると、エレナちゃんは一瞬目を白黒とさせたものの、エヘヘって感じではにかんだ笑顔で笑ってくれた。
か、可愛いぃぃぃ!
「ワタシはマリーだよ。宜しくねっ」
「あ、あの、ラウロのいもうとのエレナともうします」
しかし無言で撫で回すのもキモいかと思って名乗ったら、幼児でも流石貴族って感じの物言いで返されちゃってガックリ。
あー何かコレ、幼児だと思ってエレナちゃんを舐めてるみたいでヤだなぁ。
「そっちはレティ、外に行ったのはロベールさんで、三人とも討伐騎士で強いからもう心配はいらないよ。魔物だろうが悪者だろうがやっつけてあげるからっ」
結果論的に態度Lって感じになっちゃった所を、速攻のグリグリ撫で回し&安心させ攻撃で誤魔化す。
「本当に三人とも凄く強い人達なんだ。マリーさんはそんな風には見えないけど、実際にはもの凄いヒトだしね」
撫で捲くられながらもワタシ達を次々と見回したエレナちゃんにレティが会釈で応える中、ラウロ君が同調してくれてホッとする。
ただワタシに対しての人って発音が「ヒト」って聞こえたのは、きっと聞き間違いじゃないんだろな。
やっぱ蹴りで立ち木をへし折ったのはマズかったわ。何事もやり過ぎには気を付けなきゃイカンとマジで思いました、ハイ。
「そろそろ昼も近いし、レティには食事の用意を頼んでもイイ?」
砦建物の中に入ると、そんな台詞を吐いて昼食の支度をレティに押し付け、厨房への案内と手伝いを言い出した兄妹の世話も頼んで、ワタシは一人で砦内部の探索に入る事にした。
本当なら可愛い兄妹と仲良くお手伝いでもしたかったんだけど、この砦建物の中が余りにも酷くって、それどころの騒ぎじゃ無くなっちゃったんだよね。
何しろ今ワタシが居る入り口からすぐのホールにしたって、掃除どころかまともな片付けすらもされてないと来たもんだ。
何時も使ってるらしいデカいテーブル一つと幾つかの丸椅子が置いてある付近以外は、全域が年期の入った雑多な物が散乱して埃が積もってる状態だし、高い天井なんかも蜘蛛の巣だらけで、これじゃまるで何処かの遺跡だよ。
そもそもこの手の小砦において、ホールってのは食事から戦闘準備まで行う多目的空間で、最も日常的に使われる筈なのに、この状態ってどうなの?
戦闘で使う部分は立派にメンテ済みなのに、生活空間な部分はこんな有様って、デボラさんとやらの戦闘民族っぷりに眩暈がしそうですわ。
まあ女だてらに百戦錬磨の討伐騎士だって言うし、何時もは御一人様な生活だとも聞いてるから、命の掛からない所には色々とルーズになっちゃうのは解るけれども、入ってすぐの場所ですらこんな状態じゃ、他が思いやられるってモンだよね。
「しかしそうなると、何よりも先に確認しなきゃいけない事があるよね」
独り言を呟いて再度砦建物の外へ出ると、ワタシは円柱型の建物に沿って探索を始めた。
探す物第一はズバリ井戸小屋だ。
規模の大小に関わらず、この手の施設の水の供給源は井戸と相場が決まってる。そして井戸と言う物はメンテの都合上、大抵は屋外にあるものなのですよ。
先ずはそれが真っ当に動いてる事を確認しないと、長逗留どころか今日明日の逗留だって危ぶまれちゃうし、本気で滞在する積りなら、出来れば排水関係まで確認しておきたいのが正直なところだもんな。
もっとも、外に出て数秒で目指す物は簡単に見つかった。
ササッと近付けば、円柱状の砦建物にくっ付く様に併設された石造りのソレは、井戸小屋にしては随分と大きく、煙突っぽいモノまで突き出てる。
これはアタリかと思って木戸を開ければ、バリバリの現役って風体のデカめな蒸気ボイラーが鎮座なさってて、それが視界に入った瞬間、ワタシは思わずガッツポーズを決めた。
「いやー、助かったわ」
ついでに独り言まで呟いてニッコリ。
見れば配管や周辺機器もさほど古びた感じはしないから、デボラさんとやらがこのシステムを新設して維持管理している事は明白だし、ボイラーがあるって事はお風呂まで大丈夫だって事だからね。
デボラさんとやらも妙齢とは言え女子なんだから、身嗜みに気を使うのは当たり前かとも思うけど、討伐騎士なんて脳筋揃いだし、ホールがああだった以上此処までの期待はしてなかったんで、嬉しさもひとしおだよ。
更に確認の為、小屋の中に入ってシステムを細かくチェックしてみれば、どうやらこれは蒸気機関の動力で井戸から水を汲み上げ、建物屋上にあるタンクに水を揚水する仕掛けの様だ。
ボイラーとしては一旦揚水した水を下して沸かす形(その際の蒸気で新しい水を井戸から揚水する)だからタンク容量が気になるものの、どうせタンクなんて元からある物を使ってるんだろうし、この砦の規模だと常駐人数十名は固いので、今の人数なら超余裕だと思う。
うむ! デボラさんとやら、疑って悪かったよ。妙齢だろうが、戦闘民族だろうが、やっぱりちゃんとした女子だったんだねっ。
心の中で妙齢の女性騎士に謝り、次はトイレを含む排水関係を探す旅に出ようとニコニコしながら小屋を出たワタシは、しかし小屋からすぐ近くの砦建物の壁に、腰くらいの高さでボロボロになった木窓が何個かあるのを発見して嫌な予感に襲われた。
即座に近寄って見れば、どうやらこの砦建物には半地下にちょっとした施設があるらしく、三つ連なるこの木窓はそこの明り取りか何からしい。
ぬうっ。何だかとってもヤバげな予感がするのは気のせいなんでしょうか。
「しかしこんなボロボロになるまで放置って、どう言う事なんでしょね」
嫌な予感を打ち消す様にブツブツ言いながら、窓扉どころか窓枠の木材までボロボロに腐食して、ほとんど開けっ放し状態になってる窓穴から中を覗いてみると、なんとその結構広めな地下室は、在りし日には風呂場と呼ばれたであろう廃墟だった。
マージーかーよー!
いや、もうホント廃墟もビックリって感じで、中は一応室内なのに苔どころか草まで生えてるわ、虫はブンブン飛び回ってるわ、ほとんど自然に帰っちゃってる雰囲気だ。
って、なんかニョロニョロしちゃってるのは蛇ですか? そうですか。雰囲気だけじゃなくてマジで自然にお帰りに成っちゃってる御様子ですな。
衝撃的な光景に精神的ダメージを食らって、ワタシはヨロヨロと立ち上がった。
あーあ。なんかさっきまでの喜びが根こそぎフッ飛んじゃったわ。
とは言え、ボイラーは普通に稼動してる感じだったから、御一人様であるデボラさんとやらが此処を見捨てて、何処か他に小さな風呂を作った可能性は高い。まだまだ砦内探索も始めたばかりだし、早急な判断は禁物だよね。
そう思い直して取り敢えず辺りを見回すと、ボイラー小屋の脇から水道の蛇口見たいなのが突き出てて、その横に妙に大きな洗濯盥が立て掛けてあるのが目に入った。
あれ? あの位置ってまさか……。
速攻でボイラー小屋に戻り、ボイラーから出てる配管を調べ、特大に嫌な予感がする中、ワタシは外の蛇口の所に戻った。
「はぁ」
ボイラーからお湯が出る管は一本だけだったのに、その一本がこの蛇口までしか繋がっていない事に気付いて溜め息が出ちゃう。
デボラさんとやら、ワタシの感動を返せ!
ドッと疲れて、座り込んだ上に地面に両手まで付きながら、ワタシはボーっと盥を見た。
おそらくデボラさんとやらは、この蛇口からお湯を出して、盥で身体を洗ってるに違いない。
きっと洗濯とかもその時一緒くたにやっちゃうんだろう。
それも一年中、寒かろうが暑かろうがこんな屋外で……。
全くとんだ脳筋女だと思うものの、同時にこんな事が日常である程に身体に染み付いてるって事であれば、デボラさんとやらの出自にはおおよそのアタリがつく。
何せ一見女子としては信じられ無い位に、不精と言うかズボラと言うかって感じに見えるこのやり方は、実は戦地においては女性軍人(特に騎士)に対する良くある特別待遇ってヤツになるからだ。
野郎サマなんて、酷いヤツになると何週間も身体を拭く程度で済ませるのがザラな討伐戦場にあって、女性の場合は(大抵は温情によって)身体を洗う特別な機会が与えられる事が多い。
で、その機会に下着だのナンだのをついでに洗っとくのは、それこそ戦地における女性騎士の嗜みといってイイのですよ。
勿論、軍人じゃ無い私人の討伐士とかは、命令で何週間も人里離れた場所で戦い続けたりなんてしないから別なので、この推測が当たった場合、デボラさんとやらは討伐士協会を含めた何処かの軍隊で騎士を長くやってたって事になると思う。
誰だって十年二十年と戦場を軍人として渡り歩けば、ソレが当たり前になっちゃうし、ましてや日頃は誰に会う事も無い山中での御一人様暮らしじゃ一々気にするのもバカバカしいんで、時間や労力のコストが段違いな慣れ親しんだソレに流れるのも無理は無いもんな。
うんみゅ。コレはワタシも色々と考えた方が良いのかも知れないわ。
何時の間にか普通の人から見たら「ゲッ!」って思う様な非常識が身に付いたりしないよう、気を配らないとこうなるって事だもんね。
もし山奥に一人で篭る様になっても、そのテはマジで気を付ける様にしよう!
じゃないと、多分本気で嫁の貰い手が居なくなりそう……。
どうやら食事の用意が出来たみたいで、呼びに来たらしいラウロ君の姿を認めたワタシは、新たな誓いを胸によっこらしょっと立ち上がった。
今宵(昼だけど)もこの辺までにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとうございました。