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閑話


今までやって来ませんでしたが、前に書きました通り、閑話と言う形で別視点を入れてみました。


「ふう」


 執務机の上にあった大量の書類の決裁を終え、俺は漸く一息吐いて立ち上がると、部屋の反対側にある応接セットのソファーに座り、壁の棚からグラスを出して卓の上に置いた。

 インベントリから出した赤ワインをグラスに注ぎながら、更に追加の溜め息を吐く。


 昨日は散々だった。ガラにも無くはしゃいじまったせいで、そのケツ拭きに追われて、気が付けばもう朝の開門時刻だ。正直に言って眠い。


「ふあーあ」


 デカい欠伸をしながらチビチビと舐める様にワインをやる。

 どっちにしろ、今日はもう仕事にならない。

 後はこのまま酒でも飲んで寝ちまうしか無いが、副官のネイルが帰って来るまでは此処に居なきゃならん。


 ドンドン!


 しかし日頃の行いが良いのか、この執務室のドアがノックされるまでそれほど時間は掛からなかった。


「お姫サマ達は出たか?」

「ええ。さっき開門と共に他の討伐士連中と一緒に出て行きました」

「そうか、やっと肩の荷が降りたぜ。見送りご苦労さんだったな」


 ノックの音と共に執務室に入って来た副官のネイルに開口一番で訊けば、ヤツは当然ですと言った顔で答えて、当たり前の様に俺が座ってる応接セットの向かい側のソファーに座った。

 ワインの入ったグラスを見る視線が痛い。

 俺は仕方無しに壁の棚からもう一つグラスを出してワインを注いでやった。


「そんなに気になるんだったら、支部長が自分で見送れば良かったじゃないですか」

「そこの机の上を見ろ! ヤツの注文を捌くだけでこのザマだっ。やっと決済が終わった所なんだぞ」


 机の上をチラっと見た後、注いでやったワインを一息で飲み干して「御代わりは?」と催促の目線をくれたネイルに肩を竦めて更に注いでやる。

 まあ実際にあの書類の半分はヤツが片付けたんだから、仕方の無いところか。


「サプライズだか何だか知りませんが、余計なマネをするからですよ。むしろ向こうに討伐騎士バッツ同士の落とし前の付け方が入ってて助かったじゃないですか」

「まーな。あのツラ、威圧感、どれをとってもヤツは生半な生まれじゃねえ。そんなヤツに色々と仕込んでくれた放浪の剣鬼に感謝だな」

「引退して魔法師やってる筈のオマリー卿が、密かにドエラい騎士を育ててるって噂は前からありましたからねぇ」

「そのドエラいってのが、強さだけだったら良かったんだがな。まさか高貴なって意味まで入ってるとは思わなかったぜ」


 馬鹿話に両手を上げて降参の仕草をしながら、どうしたものかと考える。


 ネイルだって馬鹿じゃ無いどころか、海千山千の討伐騎士バッツ野郎だ。

 それに何より、事実上の独立要塞であるこのデントを仕切る俺の右腕をやってるんだから、こんな時勢じゃ様々な情報を集めて独自の見解くらいは持ってて当たり前だが、それが俺と似た様な結論に至っているかどうか判らん以上、今回俺が手入れた「証拠」を軽々しく見せる訳にはいかない。

 何しろこんなモノを持ってるだけで、ここ西聖王国じゃ下らない言い掛かりを付けられて討伐の対象になりかねない位のブツだ。

 もっとも、こっちにすればヤバいのは西聖王国と言うより、事実上その王宮に飼われている俺達討伐士協会第一軍のおエラいさん達なんだが。


「しかし凄い量の注文でしたよね。ランスのスタンピード討伐戦対策で物資の在庫を積んどいて良かったですよ」

「確かに個人としたらバカバカしい程の量だったな。武器弾薬もそうだが、素材製品の量がハンパじゃ無かった」

「どっかで戦争でもおっ始める積りなんですかねぇ。双炎の剣の噂もありますし……」


 こっちが話の切り出しに悩んでるってのに、気楽なお喋りが高じてポロッと禁句が出やがったネイルの顔をむんずと掴む。


「恐ろしい事を言うな。それにその件は緘口令が出てる事は知ってるだろ?」

「此処でなきゃ口になんてしやしませんよ」

「口の軽いバカは早死にするぞ。気を付けろ」


 軽く両手を上げて恭順の意を示しながらも、ちっとも悪くないと思ってるネイルの表情に更なる溜め息を吐きながら、しょうがないかと思い直した俺は居住まいを正して紙巻煙草に火を点けた。


「お前にとっときの話がある。聞いておいて損の無い話だ」

「またヤバい話じゃ無いんでしょうね? 何時ぞやみたいに墓の下まで持って行く様な話はゴメンですよ」

「そのヤバい話ってのは例の死神騎士団の実態の話か? ありゃあ確かにヤバい話だが、此処で指揮官やってる以上は知らずに居てイイって話でも無えぞ」


 寝る間を削ってまで確度の高い情報をくれてやろうってのに、嫌な顔で先手を打って来たネイルを軽く睨む。

 まあ死神騎士団の話はシャレにならない闇の話だからそう言う反応なのは判るが、此処を仕切ろうってヤツが、たかが情報程度の事にビビってても話に成らない。

 後でこの件についても念を押さないとマズいかも知れん。

 だが、今する話は今する話だ。さっさとやっつけないと日が暮れる。


「シルバニアと言う国にとって半大陸に拠点を持つ事は長年の夢の一つだ」

「藪から棒に何です? シルバニアにはこっち側に拠点が無かったから、大紛争の時に大きな介入が出来なかった話はそこらの屑でも知ってますよ」


 ふうっと煙を吐きながら、先ずは大げさな語り口から始めれば、身構えてたネイルが力抜けして持ってたグラスを落としそうになった。

 おいおい、そこまで緊張しないとヤバい話の一つも聞けないってのは一寸マズいぞ?


「イイから話を聞け。千体斬りは現シルバニアの女王であらせられるベアトリス陛下が公の場で『姫』と呼ぶ、事実上の王族だよな?」

「ああ、そう繋がるんですか。確かにそうですが、そもそもソレが今回支部長がヘマった理由じゃないですか」

「終わっちまった事は忘れろ。そんな事より、ここデント村が所属するランス地方は王領だったから、今まではお飾りの代官が居ただけだったが、南部連合に巻き込まれてる現在、実質はデラージュがヴィヨンと一緒に治める事実上の自治領だ」

「ええ、確かに。それがどうかしたんですか?」

「デラージュが千体斬りをランス守護騎士に据えた本当の理由は、仮成人後に千体斬りをランス地方の領主にする為だ、と言ったらどうする?」

「それは有り得る話だと思いますが、それが……あっ!」


 しかし連続して会話を進めると、流石にこっちの意図が解った様でヤツは大きく肯いた。

 こう言う頭の回転が速い所は、脳筋揃いの討伐騎士バッツ共の中にあって、本当に得がたいヤツだ。


「流石に気付いたかよ。そうだ、もし千体斬りのマリーが『自治領ランス』の領主となった場合、その政治的拠り所として血の繋がりがあるシルバニア王家に庇護を求める可能性は高い。勿論、本人の意向なんざ関係無く、周囲がそうさせるって話だけどな」

「例え落胤でも、王家の血を引いてて城塞都市を主軸にした地方一帯を治める領主なら、伯爵に叙爵される可能性はありますね。流石にランス地方がシルバニアに編入される事は無いでしょうが……そうなると軍事介入ですか?」

「そうだな。銀鼠(シルバニア騎士団)どもが大挙して押し寄せて来る大きな理由にはなるだろう」


 薄笑いでイイ答えを出したネイルに満足して、俺はグラスのワインを飲み干した。

 全くコイツとこのテの話をしていると、ほとんど説明らしい説明をしなくとも、ポンポンと話が進んで行くから気持ちがイイ。これが馬鹿相手だととてもじゃないがこうは行かないから本当に楽だ。


「もしそうなれば、大義名分のあるシルバニアは遠慮無く大軍を送り込んで来ますよ。もうランスには誰も手出し出来無くなるんじゃないですか?」

「ああ。しかも地政学的に域内のど真ん中に当たるランスがそうなれば、自動的に南部連合も成った事になる」

「その話、偶然じゃ無いですよね。オストマークのヒヒ爺辺りの策略ですかね?」

「当然だろう。ヤツの奥の手はコレだったと言う事だ。未だ貴族あほう共の噂の段階だが、俺は限りなく真実に近い噂だと思う」


 大体、わざわざ本国からヘルミネンなんて大物が会いに来るってダケで、千体斬りの本物度が判ると言うモノだ。

 まあ話は千体斬りのデビュー前から決まってたとは思うが、恐らくは何がしかの証拠品でも確認しに来たか、女王との個人的な密約でも結びに来たかのどちらかだろう。

 次代が男王になる事が決定的なシルバニアにとって、青級にかなり近いと推定される魔法力を持つ千体斬りは、喉から手が出る程欲しい「同じ一族の女子」でもあるしな。


「しかしですね、シルバニアの大軍が此処まで来るには聖公国や東聖王国を通って来なきゃいけないんですよ? 連中が簡単に通しますかね」


 俺の言葉の後、少し考える様な顔で黙ったネイルが卓に身を乗り出す様にして、こっちの欲しい質問を投げて来た。

 ヨシヨシ、流石にお前は色々と判ってるな。

 そこらの一寸目端の利く程度の馬鹿にこんな話をすれば、やれ紛争になるとか戦争になるとかバカな事を言い出して疲れちまうのがオチだが、こう言う反応をされると、こっちも気分良くお喋りが出来るってモンだ。


「オイオイ、千体斬りのバックに居るって噂されてるのは何処だった?」

「シルバニア以外では、確かオストマークと……そうか、ロスコー伯ブロイ様ですかっ」

「そうだっ。ブロイの殿様って言やぁ、そもそも東聖王国で生まれ育った王族公爵の一人息子だ。今でも絶大な影響力を持ってやがるし、調停役にはピッタリだろう。最近のペリエルの噂を聞いたか? 王家の代官がブロイの殿様に尻尾振り撒くって凄いらしい。多分南部連合が成った時、あそこは無血でマルシルに譲られて、ブロイの殿様はマルシル初の地封公爵に御就任って筋書きじゃねえのかな」

「代官の件は私も知ってましたが、ペリエルは南部の外れでマルシル国境に近い城塞都市ですから、南部連合騒ぎで大変なんだとばかり思ってましたよ」


 質問に質問で答えた所にドンピシャの解答を突き付けられ、思わず余計な事までベラベラと喋っちまって我ながら苦笑する。

 しかしコイツ、遠く離れたペリエルの情勢まできっちり掴んでやがったぞ。

 全く油断のならないヤツだ。

 俺は意を決すると紙巻を灰皿に揉み消し、未だに卓の上に乗り出す様な姿勢のネイルの目を睨む様にして口を開いた。


「俺はな、この絵図は初めから女王とオストマークとブロイが組んで描いたんだと思ってる。シルバニアの大軍を駐留させる事によって南部を平定し、西聖王国王宮のクソどもの支配に止めを刺すって絵図だな。先ずは剣鬼の手引きで千体斬りをデビューさせ、どんな手段を使ってでもデカい成果を獲らせた後、女王が王族だと認め、それを受けた周囲が一気にランス領主に担ぎ上げるって寸法だ。偶々ヴィヨンで起こったスタンピードの魔将をわざわざランスまで引っ張って来たのはランスの掃除もあったろうが、基本的にはその為だな。七千からの討伐軍を背景に、ヘルミネンにバルリエにギャロワなんて超豪華メンバーの援護がありゃ、成り立てのドラゴンもどきなんか猿でも討てる。いや、誰が討ったとしても千体斬りが討った事にしちまえばイイ」


 一息に言いたい事を言って、俺は息を繋いでワインで喉を湿らせた。

 呆気にとられた顔で聞いてるネイルは口を開けたままダンマリだ。


「まあ実際、ヤツに会って考えは変わったがな。ありゃ本物のバケモンだ。多分、ソイツに気付いた剣鬼が計画を変更して、バルリエに誘導させて暴れさせ、名を上げてやる方向に流れたんだと思うが、絵図自体は変わって無いだろう。王族の血を引くものの認めて貰えない可哀想なお姫サマが実力で伸し上がるサクセスストーリーを背景に、一切の紛争無く南部を平定するって仕掛け自体はな」


 何せこの話、西聖王国王宮のクソども以外の誰にとっても得しか無い。

 シルバニアと都市連合、そしてマルシルは当然だが、聖公国や東聖王国にとっても西聖王国の崩壊危機がコントロール出来るなら大歓迎だろう。

 オストマークとブロイはそう言う絵図を見せて各国を説得してるだろう筈だ。

 強いて問題があるとすれば討伐士協会第一軍ウチのエラいさん達くらいだが、腐り切った本部のヤツらがどうなろうと知った事じゃない。


「はぁ……千体斬り騒動の裏にそんな壮大な話があるとは思いませんでしたよ」


 ソファーから腰まで浮かせて身を乗り出してたネイルが、そう呟く様に言ってボスンとまたソファーに座り込んだ。

 オイオイ、話はまだこれからだぞ?


「まあ今の話はあくまでも噂の段階だが、近々ブロイの殿様がランス入りして、デラージュやオストマーク、ついでに総裁殿下と会談するって話は本当だ」

「ちょっ、何でそんなヤバいネタを後から喋るんですか!?」

「落ち着け。ヤバいついでにもっとヤバい物を見せてやるよ」


 こっちの話に一気にムッとした顔のネイルを見て、やはりこのネタは知らなかったかと思いながら、俺はインベントリから卓の上にあるモノを出した。


「イイか、よく見ておけ。俺が今の話を信じる事になった理由は、本人を見た事とコイツのせいだ」

「何ですコレ? 香箱分の大金貨ですか?」

「そうだ。コイツは昨日、俺が千体斬りから受け取った注文品の代金だな。しかし……」


 問題の封緘紙に包まれた二十五枚の大金貨の固まりを見せてやったと言うのに、首を捻るばかりのネイルに少々落胆するが、良く考えて見れば俺の様な貴族の妾腹出と違って、コイツは士族の出だ。最初から持ってる情報量が違うのは仕方が無いか。


「物を知らないお前に教えてやろう! コイツは言わずと知れた旧聖王国大金貨だが、末期のアレじゃねえ。伝説の女王陛下時代のモノだっ」


 しかし芝居がかった物言いでこいつが「何か」って事を教えてやると、さしものネイルも馬鹿みたいな顔になって大口を開けた。


「百年前のエリザベート大金貨ですか! そんなモノ、普通なら諸国の大金庫から表に出る事なんて絶対無いでしょう!?」

「それだけじゃねえ。封緘には女王の名による封印まで入ってる。つまり未使用だ。今時こんなモノはどこの国の財務卿だって見た事は無いだろうよ。流石の俺も話に聞いた事しかなかったくらいだぜ」


 更に説明を続けてやると、馬鹿みたいなツラが更に酷くなった顔でネイルが固まった。

 ハハハッ、やっと理解したか。


 たかだか大金貨二十五枚だが、女王の名で封印されたコイツは、それを知ってるヤツにとっては結構な価値が有る。

 イザ此処がヤバくなって逃げなきゃならん時も、コイツを上手く使って公国とでも取引き出来れば、中年男の一人くらいは笑ってウエルカムしてくれるだろう。

 千体斬りの歓迎には失敗したが、お陰でこんなモノが手に出来たんだから、世の中ってのは判らないもんだ。


「全く信じられません……そんなモノを持ってて、それも簡単に使おうとするなんて正気の沙汰じゃ無い」


 さっさとブツをインベントリに仕舞いこんで新たな紙巻に火を点けると、漸く復帰したらしいネイルが疲れた様な声を出した。


「ああ、全く正気の沙汰じゃねえ。だが、だからこそヤツが本物だって言う証明になる。何しろこんなお宝を『コレで揃えて欲しい物があるんですけど?』なんて、簡単に俺に渡しちまうんだからな。正しく本物のお姫サマってヤツで間違い無え」


 ヘラヘラと笑いながら答えて、俺は上機嫌でグラスにワインを注いだ。

 これからはちょいと忙しくなるかも知れん。

 今日はバッチリ寝ておかないとな。



今宵もこの辺で終わりにさせて頂きたく思います。

読んで頂いた方、ありがとう御座いました。


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