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討伐騎士マリーちゃん  作者: 緒丹治矩
要塞の町
152/221

152話


「ウナギの白焼き(ホワイトグリル)で御座います」


 どうでもイイ話をしながら可愛らしい料理達に舌鼓を打ってると、来ました来ました、待望のウナギちゃんが来ましたよっ。

 しかし速攻で残ってた料理を食べ終え、給仕のお姉さん達がテーブルの真ん中に置いた大きなお皿に注目すれば、そこにあったモノは平たく下ろされて何本もの木製の串が刺さった単なる魚の焼き物でしかなかった。


 んん、なんじゃコレは。例の美味しそうな匂いも全くしないし、コレがメインの料理じゃないのかな?


「ねえ、コレって……」

「お嬢様っ!」


 思わず店員のお姉さんに向かって声を上げると、キツい声でそれを遮ったレティが目を見開いて睨んで来やがった。

 うっ。そう言えばワタシってまた貴族に戻っちゃったんだっけか。

 ちょっと反省。

 立派な貴族サマともなれば店の人と直接話すなんて事は無く、全ての意思疎通は従者を通して行うのが普通で、理由は勿論「身分が違うから」ってヤツだ。 見れば声を掛けたお姉さんは時間が止まったみたいに固まっちゃってるし、これは久々に「ヤッちまった」って感じかも知れない。


「別にワタシはエラい人じゃないし、爵位を持ってるワケでもないから、安心して下さいね」


 取り敢えずフォローを入れると「えっ、ホントですか?」って感じでお姉さんが目を合わせてくれた。

 良かった、イイ雰囲気だ。一般の人達からすれば貴族サマなんて目を合わせるのもヤバいって感じだから、こう言う反応を返してくれると救われるよね。


「お嬢様、五位をお持ちの御方がその様に御声をお掛けしても、店員の方が困惑されるだけなので、止めて頂きたいのですが」


 と思ったのも束の間、折角イイ雰囲気になりかけてたってのに、レティのヤツが因縁をフッ掛けて来て全てがパーになる。

 折角溶けかけてたお姉さんも、再び固まった上に「ゲッ、やっぱ超エラい人じゃん」って感じでプルプルと震え始めちゃって、見るからに辛そうな感じになっちゃった。

 勘弁してくれよな、もうっ。


「閣下はもう少し、御自分の御立場と言う物をお考えになられた方が宜しいと思いますよ」


 フォローと言うより御叱りって言葉を吐いたマルコさんが「気にすんな」って感じに手を上げると、一瞬で固まりが溶けたお姉さんが素晴しいスピードで入口の彼方に消え(逃げ)ちゃってガックリ。


 ああ、面倒臭い……。


 そりゃね、モロに侍女ですって恰好をしたレティが居るんだから、そっちに訊かないで店員のお姉さんに声を掛けたら侍女レティの面目丸潰れって感じなのは判ってるよ?

 でもでも、五位とかいきなりバラさなくってもイイじゃんか!


 ゆらーりと首を回してレティとマルコさんを睨む。


 ちなみに五位って言う官位は「自分から自由に王サマに謁見を申し込む事が出来る官位」だ。

 だから普通は六位どまりで、許可を得なければ謁見が叶わない騎士爵とか魔法爵の爵位を持ってる人らよりずっとエラい。

 そんな官位を持ってる人なんて、一般人からすれば「面と向かって顔を見るダケでもヤバい人」になっちゃうし、見るからに年少者なワタシの場合は更に親とかが途轍もなくエラいんじゃないかって邪推までアリだから、もうシャレにならないんだよね。

 貴族慣れしてる様なこう言うお店側だって、そのクラスのヤツに対しては腫れ物に触る様な扱いになっちゃうだろうしさ。


 と、そうこうしている内に、先の焼かれたウナギから串を抜かれたものが小皿と共に目の前に供されちゃって、他のお姉さん達もみんな居なくなっちゃった。


 二度ガックリ。

 だから貴族なんてモノはさっさと見限ったってのに、何の因果かまた逆戻りしちゃったんだから、笑えない話だよなぁ。

 仕方無く白焼きとやらをスティックで摘むと、一緒にサーブされたソースを付けて口に入れる。


 おんや。


 これは又何と言うか、素朴なお味ですな。

 意外に好みな味がするブツに、今のダウナーな気分がスッと薄れた感じだわ。

 さっきのゼリー寄せを食べたせいか、生臭さもほとんど気にならないし、生姜と思しき香辛料の香りや辛味が効いたショーユベースのソースがウナギの焼き物にとっても合って、本当にナイスって感じだ。

 ウナギってもっと脂っこくて下品な味がする魚だと思ったけど、こういうのを食べると考え方が変わるよなぁ。


「ちょっとそこのお姉さんっ」


 あっと言う間に皿の白焼きをお腹に収めると、それを見計らったかの様に、今度はオワンと呼ばれる蓋の付いた小さなスープボウルを運ぶお姉さん達がやって来たので、今度こそはと言う意気込みで、ビシィッと指差し攻撃までしてお姉さんに訊いてみる。

 即座に頭を抱えたマルコさんとロベールさんはともかく、レティのヤツが嫌ぁな目付きでこっちを見た。

 ちょっとそこ! その残念なコを見る様な目はなんだね?


「お嬢様はとても変わった御方で御座いますので、あまりお気になさらない様に」

「ハ、ハイ」


 またもや完全に固まっちゃったお姉さんに、レティがホホホと笑いながらフォローを入れやがった。

 ちっ、保護者かってーのっ。

 でも今度ばかりは譲れないんだからねっ。


「そんなどうでも良い事より、今の料理の話だよ! ホワイトグリルって言ったよね。って事は、あれはカバーソテーとは別の料理って事?」


 勝手に五位とかバラされちゃった以上、こっちだってもう退く積りは無い。

 かつて「脳筋姫」なんて有り難くも無い渾名を付けられた頃の様に、我儘で自分勝手な貴族のお嬢様を演じてでも聞くべき話は聞く積りだ。


「ハイ。別の料理と申しますか……」

「お嬢様、ウナギのカバーソテーと申しますのは俗称で、本来はグリル料理なので御座います。簡易的な料理法にこのホワイトグリルをソテーで仕上げる方法がありますので、そのやり方が出回った事がその俗称の発端かと思われます」


 ちょっとオロオロしながらも、お姉さんが不承不承答え始めた所でレティのヤツがホイッとそれを手で遮り、立て板に水の様な喋りで答えて来た。

 呆気に取られてる内に「助かった」って顔になったお姉さんがレティに会釈してササッと逃げて行く。

 なんだかなぁ。ワタシってば悪の親玉か何かかよ。


「アンタってさぁ、何もかも知ってて今まで笑って見てたんじゃないでしょうね?」


 もう「あーあ」って感じだけど、お返しにレティのヤツをググッと睨みつけてやる。

 ま、どうせヤツには相変わらず全くと言って効かないんだろうけどさ。


「その様に言われましても、わたくしは知識として知っておりますだけで、実物を見るのはこれが初めてで御座いますから」


 あっそ。


 ホホホ笑いで睨みをかわしたレティにムッとしながら、こっちもホホホと笑って返す。

 十八歳の成人以降、礼儀作法の教育役だったババアと同じこの嫌味な感じに話し方を変えやがったせいで、以来どうもコイツには言葉では逆らい難い雰囲気がある。

 再会した時は子供の頃の話し言葉に戻ってたから良かったと思ったのに、何時の間にかまた戻ってやがるし、一体どう言う積りなのかとことん訊いてみたい位だわ。


「って言う事は、カバーソテーってソテーしないワケ?」


 でも今はそんなどうでもイイ事より、説明役を追い返しちゃったレティには、カバーソテーに関する質問に全部きちんと答える義務があるよね!


「左様で御座いますね。そもそもウナギのカバーソテーと言う料理には、ソテーする過程は一切御座いません」

「じゃあなに? 一回グリルして焼いたウナギをまた焼くって事?」

「焼くのでは無く、蒸すので御座いますよ。先の白焼きの様な形で下焼きをしたウナギを蒸した後、独特の調味液に浸して浸け焼きにするのです」 

「それって凄い手間だねぇ。何だってそんな事をするワケ?」

「わたくしも聞いた話しか判りませんが、何でもその工程で余分な油が落ちたり味が染みたりするとか」


 矢継ぎ早に続ける質問にスラスラと答えるレティに心の中で舌打ちをしつつも、その調理過程の内容にちょっと驚いちゃって、ワタシは遂に「へぇ」としか答えられなくなった。


 リプロンの料理屋の件以来、このテの美食系の料理ってトンデモ無い手間と技術で作られる事を実感しちゃったけれど、今回のブツもやっぱり相当な手の入れられ様らしい。

 こう言うところを見ると、料理人ってのも凄い執念って言うか、根気と気合が必要な仕事なんじゃないのかなと思う。

 何せ今の世にあっては、そこまで手の込んだ料理なんてそんなに需要があるモノでも無いから、相対的に料理人の社会的ステータスだって高くないってのに、そんな事に人生を賭けちゃってるんだもんね。

 他人ひとの事を言えた義理じゃないとは思うものの、ある種の尊敬すら感じちゃうよ。


「ウナギのジューで御座います」


 ちょっと考え込んじゃったせいで、給仕のお姉さんの声で気が付くと、何時の間にやら目の前に、例の物凄く良い匂いを纏った箱型の陶器が蓋付きでサーブされてた。


 おお、遂に本命の御目見えか!


 料理の詳細な説明のお陰か、はたまた考え込んじゃったせいか、レティへの怒気が完全に抜けちゃったワタシが恐る恐る蓋を開けると、フワッと湯気が上がるのと同時に、滅多に嗅ぐ事の無いエキゾチックで刺激的な香辛料の香りがして驚く。


 こ、これは山椒の香りか?

 だとしたら、この一皿(?)に一体幾らのお金が掛かってるんだよ!?


 片手に蓋を持ったままで固まっちゃったワタシは再度考え込んだ。

 山椒というのは特殊な木の実から作られる胡椒と似たようなブツで、ワタシが知る限り、その木は半大陸にほとんど存在しない筈だ。

 それこそ遥か東の大砂漠の向こう側にでも行けば別らしいけれど、普通にはまず知られていないレアなブツだし、その値段は同じ重さの金と同じ位って聞く。

 マルシルの件の店で使われている料理を食した時も、随分とフッ掛けられた記憶があるしねぇ。


「連合王国産で御座いますよ」

「へっ!? 山椒って連合王国で生産されてるの?」

「遥か昔、途轍も無い彼方からもたらされたと聞き及んでおります」


 マジかよ。

 固まったままのワタシが可笑しかったのか、レティが憐れむ様な声で説明してくれてビックリ。

 って言うか、もしそれが本当ならワタシってば今の今まで騙されてたってコト?


「店の者の言葉を信用する位でしたら、もっと従者の言う事を信用して頂きたい物です。もっとも、山椒はそれなりに高価な香辛料である事は間違いありませんが」


 以心伝心って感じの会話をシレッとした顔で続けるレティにグッタリ。


「あーもうっ、ワタシが悪かったよ。今度からはアンタの言う事を先に聞く事にするわ」


 もう諸手を挙げて全面降伏だ。

 思えば、そもそもこっちが場を誤魔化す為にフッ掛けたケンカなんだから、レティに非は無いんだしね。


「そうして頂けますと助かります。ところで、お嬢様が手をお付けになりませんと誰も料理に手を出せませんので、出来ましたら冷めない内にお願いしたいのですが……」

「ああ、ウンウン。早速食べさせて貰う事にするよ」


 レティの指摘に思い出して器に目を向けると、ワタシはちょっと微妙な空気になった場を誤魔化す様にウナギと思しき茶色い物体をスティックで摘んだ。


 うわっ。


 するととっても軽く摘んだだけなのに、ウナギがホロッと崩れちゃった感触にビビる。


 なんだこれ?


 いや、これがウナギだって言うのは判るけれど、こんなに柔らかいってどう言うコトなんだろう。

 蒸したからかな?

 しかし考えてても始まらないしって事で、そのまま崩れたウナギを口に入れたワタシは思わず声を上げた。


「何コレ、美味しい!」


 山椒の香りがフワッと鼻を抜けるせいで、白焼きに比べても魚特有の生臭さが更に消えてるウナギがとっても上品な匂いになっちゃってるっ。

 しかもこの何とも言えないショーユベースの浸けダレの味がウナギと凄まじいまでにマッチしてて、最早言う事無しって感じだ。


「ホ、ホントでやすか? って、すげー美味え!」


 即座に続いたロベールさんが感嘆の声を上げるのを聞きつつ、今度は下に敷かれたライスと共に口に運ぶ。


 ああ、ダメだ。これは合い過ぎる。

 ただ炊いただけの白米に浸けダレが染みて、もうコレだけでもウマいって位なのに、ウナギの柔らかい身が加わると素晴しいハーモニーで、文字通り頬が落ちそうになっちゃうよっ。

 これはタレか、タレが凄いのか!?


 こんなん、もうお上品になんか食べてらんないよ!


 我慢出来ずにウナギを下のライスごとドバッと一気にスティックで掬い上げ、大口を開けて放り込む。

 頬一杯に突っ込まれたソレをモムモムと咀嚼すると、もう幸せ一杯だ。

 しかも、見れば更にそのライスの下から、別のウナギさんがこんにちわって感じで覗いていらっしゃった。


 げげぇ、二層構造かよっ。これはヤバい。もう止まらんわ。


 こうなったら止められない止まらないって感じで、お腹が減ってたせいもあってグイグイ行き捲くっちゃう。

 ちょっと不思議なブツが入ったスープも合うし、似た様な色の癖に全然味が違うしょっぱいピクルスもイケるよっ。


 ああ、幸せ! 美食って本当に素晴しいですねっ。



今宵(と言うか今朝?)もこの辺までに致しとう御座います。

読んで頂いた方、有難う御座いました。


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