151話
「あれって多分、この村流の歓迎セレモニーみたいなもんだったとは思うんだよね。ホリガーさんはあの騒ぎの原因をこっちが知らないと思ってなかったみたいだしさ」
「その可能性は高いですね。部下達も騒ぎの理由について、こちらが当然知っている物と思っていた様ですから、知らぬはわたくし達だけだった様です」
「村に付いてから一刻(約一時間)は過ぎてるからねぇ。自走車に閉じ篭ってたこっちが悪いんだし、誰も責められないよ」
軽い深呼吸のお陰で落ち着き、マルコさんとさっきの反省会めいた会話をしてると、馬車はちょっとした貴族屋敷っぽい敷地に入って車寄せの所で止まった。
いそいそと馬車から降りて見上げてみれば、建物はちょっとした貴族の邸宅風で、他を寄せ付けない様な雰囲気を醸し出してて威圧感が凄い。
此処って本当に料理屋なんでしょうか。
「うーん、これが料理屋ってどう言う事なんだろね」
「一見さんお断りの高級店ですから、場所柄こう言った雰囲気も仕方が無いのでしょう」
成る程ねぇ、下級討伐士対策ってワケか。
マルコさんの答えに門前広場の光景を思い出して肯いていると、ドアボーイにしてはやたらと強面風の人が慇懃に扉を開けてくれたので、そのまま中に入る。
店内に入って来たワタシ達を見て、それっぽいお姉さんがササッとやって来ましたよ。
「マルゴワール様で御座いますね。ご案内致します」
アレ、ワタシの方は無視ですか? と思ったものの、予約を入れたのはマルコさんなんだから、そりゃそうかと思い直してスルー。
うむと肯いてお姉さんに案内されるマルコさんを追って黙って後に続く。
しっかし凄い内装だわ、この店。
見回せば店内は、やたらと高品質かつ上品な雰囲気で溢れ返ってるし、前を行くお姉さんも何処ぞの御屋敷のメイドさんと言った服装&所作で、独特の匂いが漂っていなければ、ここが料理屋だなんてきっと誰も思わないだろうと思う。
そう。馬車を降りてから漂い続ける、何とも言えない暴力的な迄にお腹にクるこの匂いはヤバい。
ちょっとシャレにならない位に美味しそうな匂いなんだよね。
「何だかとってもイイ匂いがするんだけど、これがカバーソテーの匂いなの?」
「そうですっ。うなぎのカバーソテーと言えばこの匂いと言われる程に有名でありますね」
おおう、やぱしこれがそうなのかぁ。
多分経験者であろうマルコさんが嬉しそうに答えたのを見て、こっちも思わずニンマリしちゃう。
今のマルコさんの顔から察するに、カバーソテーと言うヤツは相当ウマいに違いない。
にゅっふふふ。これはマジで期待度大って感じですよっ。
期待を秘めつつお姉さんに付いて行く事しばし、案内された部屋に入ると、そこは奥に向かってコの字型に作り付けられた木製のベンチがあるだけの、まるで待合室の様な極小の部屋だった。
知らない人なら「なんじゃこれは?」って驚く所だけど、実はここは単なる靴を脱くスペースに過ぎない。
ベンチの様に見えるのは一段高くなってる床の端で、本当の部屋はこの床を上がった正面、一見壁に見える引き戸の向こう側にあるんだよね。
このテのお店に慣れてて良かった!
「で、ロベールさんはこんな所で何してるの?」
部屋に入ってみれば、隅っこで床の端に腰掛け、お茶なんか飲んでるロベールさんを発見。
ちょっとクラッと来たけど、取り敢えず問い質してみる。
「イヤー、こう言う所こそ下男の居場所ってヤツでやすよ。お気になさらず、奥に行ってくだせえ」
「従騎士の指輪を持ってる下男なんて聞いた事が無いよっ。邪魔だからさっさと上がってくれる?」
思った通りの答えが返って来たので、シッシッて感じの手振りでロベールさんを突きながら、靴を脱いでストレージもどきに突っ込んだ。
「ハイハイ、後がつかえてるんだからさっさと行って行って」
愚図愚図してるロベールさんを追い散らして溜め息。
見ればマルコさんも苦笑してるし、案内のお姉さんなんか可哀想に、従騎士って言葉に驚いてゲッと言う顔になってますよ。
そりゃお店側だって下男と聞いたからこんなとこに座らせてたんだろうけど、今更になってソイツが従騎士サマだなんて聞けばビビッちゃうよな。
もう協会軍の下っ端じゃ無いんだから、ロベールさんも自分の身分ってヤツを考えて行動して欲しいわ。
「へぇ」
しかし引き戸を開けて本命の部屋に入ると、そこはシンプルながらも異国感満載って感じの結構な空間が広がってて、さっきとは別な意味で溜め息が出た。
ある種の草で編まれた特殊なマットが敷き詰められた広い室内は右手の壁面には特殊な意匠が凝らしてあり、木組みの棚や花台と共に独特な一枚の絵が掛けてある。
正面の木組みに白い紙が張られた引き戸は開け放たれ、大きなガラス扉を隔てて「如何にも」と言った風情のお庭まで丸見えって感じだ。
この種のお店に特有な様式ではあるものの、とっても本格的な雰囲気にちょっとビックリしちゃう。
うーむ。ここの食事代って一体幾らくらいするのかなぁ。
食事代に慄きつつも、後ろから来たマルコさんに勧められるまま、ワタシは既にレティが座ってお茶なんか飲んでる長方形で黒色のテーブルの奥側に向かった。
絵を背後にした長方形のテーブルの端、所謂カミザと言われる上位者の席だ。
「閣下はこの様な店に随分と慣れていらっしゃる様に御見受けいたしますが」
慣れた調子でテーブル前に置かれた足の無い椅子に座り、テーブルとほぼ同じ大きさで設えられた下の穴に足を放り投げると、マルコさんが不思議そうな顔で訊いて来たので笑って返す。
「まーね。この手のお店は初めてってワケじゃないからさ」
確かにこんな様式の内装なんて奇妙としか言い様が無いし、普通なら知らなくて当然だけど、ワタシはこのテの店の愛好者だ。
田舎と言われるマルシルにだって、王都なら似た様な形式の店は幾つか存在するのですよ。
「流石に高貴な御方は違いますね」
オヒオヒ。
マルコさんってば、ワタシの出自を知ってる筈なのに妙な因縁つけないで欲しいわ。
「高貴な御方とやらが、こんなホイホイと出歩いてるワケないじゃん」
やってらんないポーズで応えて溜め息。
マルコさんってイイ人だと思うんだけど、本当にとっても固いヒトなんだよね。
さっきから妙にワタシを立てようとしてるし、最初に「辞めてね」って言った閣下呼びまで未だに辞めないんだから、ちょっと困っちゃいますよ。
そもそも、閣下と言う敬称は一定線以上の権威とか権力を持っている人に使う敬称で、ワタシの様な子供(設定だけど)に使う言葉じゃ無い。
子爵位を持ってた頃だってワタシをそう呼んだ人は皆無なんだから、その可笑しさは言わずもがなって所だと思う。
でも今のワタシの立場を考えた場合、実はこのマルコさんの閣下呼びはとっても正しいモノでもあるんだよね。
と言うのも、マルコさんの様な討伐士協会高位の軍人は彼らが駐留する城塞都市において、領主とか王家の代官とかって言う「王権の代理人」の形式上の部下として動く事が多いからで、領主や代官に次ぐ軍権を持つ守護騎士にされちゃってるワタシはモロにそれに当て嵌まっちゃうってのが原因だ。
幾ら討伐士協会が凄いって言っても、領主や代官にお伺いを立てなければ、基本的に王の持ち物である城門の開け閉めすら勝手に出来無いし、例えスタンピードが起こったとしても、討伐軍の編成や指揮はおろか、住民の動員だって許可無しでは出来無いんだから、しょうがない話なのですよ。
たださぁ、こんな見た目お子様のワタシなんて、言われなければ誰もそんなエラい人だって判らない筈なんだから、一々そんな御大層な敬称で呼ばなくてもイイと思う。
ホント、頭の固いヒトってのはそういう所扱いが難しいって言うか、面倒臭い。
むう。何か余計な事を色々と考えてたら、ちょっとダウナーな気持ちになって来ちゃった。
お茶でも飲んで気分転換と行くかな。
しかし何気無く目の前にあった冷たいお茶を飲んだワタシは、そんな些細な事がスパッと吹き飛んじゃう様な衝撃を受けた。
これって緑茶じゃないの!
こんなレアモノを飲むなんて、実にマルシルの上屋敷以来だよっ。
やっぱ本格的なお店は違うわぁ。
「随分とお話が弾んでおられた様ですが」(今まで何してたんですか?)
「所謂『女の子同士の話』ってヤツだからしょうがないよ」(アンタにも後で教えてあげるわよ)
「はあ、女性同士のお話で御座いますか」(何ソレ? 意味判んないんだけど)
マルコさんとの会話が切れたと見た途端に突っかかって来たレティを裏側バリバリって感じの言葉であしらいながら緑茶を味わう。
うんむ。この独特な味ってクセになるね。
この店に茶葉が売ってれば、是非とも仕入れておかなくちゃだわ。
一般にお茶と言えば、南の魔大陸にある幾つかの人類拠点産が有名で、大規模農場で生産されてガルーノ王国を経由して入って来るソレらは量もケタ違いだから、普通はお茶と言えば紅茶を指すし、マルシル辺りじゃお茶は南方で作られてるモノと思ってる人も多い。
でも本当は、お茶には「東産」と呼ばれる旧聖王国東側辺境地域の、そのまた向こう側で生産されているブツもあるんだよね。
紅茶は質が落ちると言われるけれど、そっちには南方モノと違ってこの緑茶があるから、ワタシ的にはどっちもどっちって感じなのですよ。
もっとも緑茶は生産量が少ないから、買える時に買わないといけないのが玉に傷だ。
「まさかとは思いますが、本当にその様なお話であったとするならば問題で御座いますね」
「ほ、本当は全く違うお話の筈だったのですっ。それなのに閣下が……」
「だから後で話すって言ってるでしょっ。ロベールさんも入れてちゃんと話してあげるから、今は料理の方に集中してよねっ」
緑茶に感動して茶葉の事を考えてる内に、何やら話してたレティとマルコさんがこっちを訝しげな目で睨んで来たので、お返しにこっちも睨みを入れ返してやった。
全く。こっちに絡んで来たと思ったら、次はマルコさんに絡むとか、レティのヤツってば何か機嫌でも悪いのかね。
下らない事でカバーソテー体験にチャチャを入れないで欲しいんだけどねぇ。
「前菜で御座います」
馬鹿なやり取りをしてる内に何時の間にやら、案内のお姉さんとは別のお姉さん達がわらわらと入って来て、テーブルに着いてる皆の前に可愛らしい陶器のボウルが幾つも乗った重厚な木製のトレイをサーブし始めた。
目の前に置かれたトレイの上を見れば、その上の可愛らしい料理達はどれも美味しそうで、目移りがしそうだ。
山菜っぽいブツの煮浸しに炒り卵の和え物らしき物、小さな川魚の煮物もあれば、サラダっぽい物と、幾つも載ってる極小ボウルの料理達は見るだけでも楽しい。
って、ゼ、ゼリー寄せだと!
ニマニマしながら可愛らしい料理達を見ていると、その中に一見からしてヤバそうな物体を発見してアセる。
これはマズい。非常事態発令ぃーって感じですよっ。
ワタシは即座にインベントリからマイスティックを出して、問題の物体を恐る恐るそっと摘むと、ジィッとその物体を観察した。
プルプルとした震え方から、魚の皮のゼラチン質で固まっていると思しき茶色い物体の中には、やはり魚っぽい何かの身が入ってる様だ。
むう、コレはどう見てもゼリー寄せだわ。
真剣にヤバいカモ。
「ねえコレって、もしかして、噂に名高いウナギのゼリー寄せなんじゃない?」
「お嬢様、これはかの有名なアングレアのアレとは違いますので、そこまで警戒されなくても大丈夫だと思われます」
「ホントだね? 絶対だね?」
やっぱりウナギのゼリー寄せかよっ。
スティックで摘んだものの、やり場に困って思わず匂いを嗅ぎながら、何度もレティに訊き直す。
アングレアと言うのは連合王国がある島々を指す名前で、かの地でウナギのゼリー寄せと言えば、半大陸でも有名なバッド名物筆頭格だ。
シャレにならない程の不味さから「夢に出る」と言われる程のブツで、同じ連合王国北部のサメの塩漬けやシルバニアのアレな壜詰なんかと並んで知られてる程のヤバいブツなのですよ。
しかし此処まで来て退く訳にも行かないし、ここは度胸一発、イッてみるしかないか。
ワタシは更にマルコさんにも確認してから、意を決してエイヤッと口に入れてみた。
「グウッ……って、アレ?」
口の中に入れたゼリー寄せは、舌の上でテロンと溶けて一気にその味が広がったものの、それは思ったよりもずっと真っ当な味で、若干生臭い事を除けば正しく美味しいと言って良いモノだった。
ああ、何かとっても助かっちゃった気分。
「おおう。案ずるより産むが易しって言うけどホントだね。結構イケるよ、コレ」
「ですからアングレアのアレとは似て非なる物だと言ったではないですか」
「イヤー、そう言われてもアッシもコイツを口に入れるのには、ちょっと勇気が要りやしたぜ」
ロベールさんの賛意に「そうだよねぇ」と返しつつ、気を良くして他の料理もホイホイと頂く。
当然ながらと言うか、お店に入る前から漂ってる何とも言えない美味しそうな匂いのブツは無いものの、他の料理も中々にンマい。
ライスを醸造して作られる、サケと言うワインもどきにもバッチリ合うわ。
「閣下はスティックの扱いがお上手ですねぇ」
「まーね。この手の店は馴染みだから言うけど、この種の料理をフォークとナイフで食べるなんて無粋の極みだよ」
ゼリー寄せを摘み続けてたせいか、二本のスティックを器用に使いながらも感心した様に言うマルコさんに笑いながら大上段な物言いで返す。
レティどころかロベールさんまでもが普通にスティックを使ってるってのに、そこでワタシだけ持ち上げられても困るよな。
「まあこんなもんを使える貴族サマなんて、かなり限られちまうのが普通でやすからねぇ。正直言ってアッシも驚いた位で」
ああ、そう言えばそうかぁ。
ロベールさんの言葉に気が付いて、ワタシは肩を竦めた。
スティックと言えばライス料理ってのもあるけど、そもそも貴族の食卓でこんなモノが使われる事はまず無いんで、ワタシがブロイ家の跡取り娘だった事を知ってるマルコさんなら、むしろ驚かない方がおかしいって事なんだね。
でもさ、ワタシの「常識」からすればそれは逆なんだよなぁ。
「貴族どころか王族にだって使える人は結構居るよ。ただ普通は人前でそんな特技を披露しないってだけだね」
レティはともかく、どうやら貴族や王族と付き合いがほとんど無いらしいロベールさんやマルコさんに、にこやかに答える。
だってスティックを使うにはそれなりの訓練が必要だってのに、ワタシはサラを筆頭に多くのスティック使いな貴族&王族を知ってるんだもんね。
所謂同好の士ってヤツだけど、実は大貴族に限ればその比率はとても高いのですよ。
何故なら、王侯貴族に代表される富裕な連中には食道楽なヤツが多いからだ。
スティックを使って食べる料理ってとっても多くの種類があって、その数はフォークとナイフで食べる料理なんかよりずっと多いから、そりゃ食道楽なヤツらがソレらを見逃す筈が無いって事だね。
マルシルの店で偶然会った某王子なんて、様々な種類のマイ・スティックを従者に常に持たせてるって豪語してた位だ。
もっとも、美食にそれほど興味が無かったかつてのワタシの場合は、単にこのテの料理が好きなのと、簡単かつ便利だからって理由で使い方を覚えただけなので、ちょっと恥ずかしいんだけどさっ。
今宵もこの辺までにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。