149話
自走指揮車を出ると、辺りは煩い程の喧騒の真っ只中だった。
入る前から思ってたけど、この村はちょっと尋常じゃ無い。
「退いた退いたぁ!」
チェインメイルをジャラつかせて走ってきたおっさんをホイッと避け、改めて周囲を見回せば、結構な広さで古い石畳が広がる門前広場は沢山の人でごった返し、売る人、買う人、笑う人、怒る人、もう様々って感じで、マトモに歩ける場所が限られてる有様だ。
しかも数だけでなく、目の前に居るほとんどのヤツが武装してる。
長剣を腰に差した着流し風のヤツ、重装の鎧にデカいバトルアックスを背負ったヤツ、片方だけお揃いのショルダープロテクターを着けた私設討伐団らしき連中も居れば、串焼き売りのお兄さんまでもが腰のベルトに手銃を挟み込んでた。
やたらとガラの悪そうなのが多いし、手足に刺青が入ってる率がバカ高い所を見ても、デント村って相当にヤバい所なんじゃ無いのかな。
「お待たせいたしまして、申し訳ありません」
ボーッと喧騒を眺めてると自走指揮車からマルコさんが出て来たので、同時に動きだした兵卒の人を案内に、ワタシ達は連立って歩き出した。
広場から大通りへ向かわず、古ぼけた石造りの建物の間に入った兵卒の人に続けば、さすがに人ごみからは離れられるようで、細い路地は人もまばらにしかいない。
とは言え、建物の壁に寄り掛かったり、しゃがみ込んだりしてる連中はやたらと陽気な雰囲気だ。
誰もが木製ジョッキでお酒を飲んでるし、皆様随分とご機嫌な感じですよ。
コレって何時ぞやのリプロンじゃないけど、何かの祭りなんじゃないの?
「凄い賑わいだよね、この村。造りも要塞染みてるし、何処が村なんだよって感じがするよ」
グチャグチャだった顔も綺麗さっぱり、さっきまでの事が嘘だったかの様なマルコさんに、物は試しと声を掛ける。
あの後、椅子に座ってボーっと虚空を見つめたまま、何かブツブツと呟いてるこのヒトを放って、ワタシはサラとマチアスおじ様への手紙を書き上げたんだけど、その間ずっとそのままだったし、ちょっと心配でもあるんだよね。
外からノックの音が聞こえた時にさっさと表に出ちゃったから、こっちは復活する所も見てないしさ。
「この村は放棄された元対魔物要塞で、今は周辺地域で活動する討伐士達の拠点なのです。本格的な討伐士協会の支部もあるせいか討伐士だらけなのですよ」
しかしさっきまでの醜態(?)も何処へやら、キリッとした感じに戻ったマルコさんがサラッと答えてくれたので一安心。
「いやぁ、一時は変な感じになってたから心配したんだけど、大丈夫そうで良かったよ」
思わず本音を口にすると、一瞬ズッこけそうになったマルコさんに笑う。
「も、申し訳ありません。まさかあの様なお話になるとは思いませんでしたので……」
「まあ約束は守ってもらうけどね。あの二通の手紙は必ず届けてよ?」
「無論です。お預かりした以上は必ず届けます。それに、や、約束の方も果します、ハイ」
ちょっと頬を染めながらも、マルコさんがキリッとした顔でドンッと自分の胸を叩いてみせたので、ホッと一息。
うんむ。どうやら本当に大丈夫そうですな。
元に戻ってくれて良かった!
「ところでさ、さっきの話だと此処って、協会が仕切ってる私設の討伐兵団とかの溜まり場ってコトでしょ。それって武器商人なんかも揃ってるって事?」
「そうですね。討伐士のギルド(組合)が幾つか存在するほどの場所ですから、交易商人達を筆頭に武器関連の商人や職人は多いですし、大抵の武器弾薬は揃えられる筈です」
「だったら此処に詳しい人とか紹介してくれない? 消耗品とか色々と補充したいんだよね」
マルコさんの復活を確認した所で、早速こっちの重要案件を訊いてみる。
何せ色々忙しかったせいか、出奔からこっち、ワタシってば消耗する武器関連の調達は全く出来てないに等しい。
これから大魔山脈に乗り込むに当たって、予備の剣や槍、各種素材製品から火薬に至るまで、必要と思われるブツは山ほどあるのに放ったらかしだ。
魔法関係のブツはアルマスのオネエに色々と都合して貰ったから良かったけど、どうせなら銃弾用の火薬類も頼むんだったと後から後悔したくらいなのですよ。
(火薬類の卸元は魔法士協会だからね)
「例の連発銃の実包でしたら、千発入りの箱を二つ程用意してありますので、後で御渡し出来ますよ」
「あ、ホントッ? それって助かるわぁ」
するとマルコさんから思ってもみなかった嬉しい話が出てきてニンマリ。
フェリクスおっさんに貰った連発銃は弾がもう残り少なくなってたので、火薬と弾頭をどっかで都合して、クーちゃんが拾ってくれた空薬莢に詰め直そうと考えてた位だから、この話はマジで嬉しい。
「この先の山岳地帯は山賊の脅威も大きいので連発銃は必須です。連中は待ち伏せして一気に襲い掛かってきますから」
少し嫌な顔をしながら山賊の脅威について話すマルコさんにウンウンと肯く。
上手く当てないとオークにすら通用しない普通の銃でも、人間相手なら話は別、と言うより連発ならその制圧効果はとても大きい。
銃弾を避けられる様なヤツは限られてるし、対抗手段だって限られてる以上、数で押して来る人間の賊相手では超頼りになるもんな。
「この先の事を考えたら本当に嬉しい支援だよ、有難う」
きちんとお礼を言うと「威力偵察部隊への支援ですから当然です」と言って肩を竦めたマルコさんが話を続けた。
「案内のお話はロベール殿がこの村に詳しい筈ですので、彼に聞かれた方が宜しいでしょう。ただ、支部で揃えられる物はそちらの方が安価ですから、わたくしの方から支部に連絡を入れておきます」
ほう、ロベールさんがねぇ。
如何にも軍人らしい物言いで、てきぱきと答えてくれるマルコさんに肯きながら考える。
そう言えばロベールさんってランス周辺には詳しいんだったっけか。
さっきのオークの素体処理の件もあるし、後で色々と話す必要があるな。
「だっけどこの村ってさ、今日は何のお祭りなの?」
路地に面した木戸の窓を開けて、外のヤツと大盛り上がりでお酒を飲んでるお姉さんに声を掛けられ、軽く手を振って応えながらマルコさんに振り向く。
何だかこの路地に居る人達ってやたらと御機嫌で、さっきから声を掛けて来るヤツも多いんだよね。
協会の佐官制服を来てるマルコさんが一緒だから、ちょっかいを掛けて来る様な馬鹿はいないけど、ホントに随分な賑わいだと思う。
「今日はこの村の祭日では無い筈です。が、この妙な騒ぎっぷりは確かにおかしいですね」
全く見当も付きません、と続けたマルコさんが少し考える様に腕を組んだ。
ふんむ。流石のマルコさんにも判らないのか。
自走車での一件のせいでヘタレ乙女な印象が付いちゃったものの、マルコさんは西聖王国じゅうを駆け回る討伐旅団の参謀長だ。
そんなヒトでも知らない祭り(?)ってのも面白いね。
「討伐士なんて基本おバカな連中なんだから、誰かが何かヤバい魔物の討伐でも成功して、村中ではしゃいでるんじゃないの?」
「確かに、そう言う事はあり得ますが……」
基本的にどうでも良い話なんで、適当な意見を言ってお手上げポーズまで決めたってのに、判らなかった事が悔しかったのか、マルコさんはまだ納得の行かない顔をして腕を組み直した。
うーん。深く考える位ならその辺のヤツにでも聞けばイイのに、参謀長のプライドが刺激されちゃったのかな。
そんな事を考えつつ歩いて行くと、メインストリートと思しき道に出て、視界が開けた。
両側に古ぼけた石造りの建物が壁の様に連なる街路は大きく曲りくねってて、此処が元対魔物要塞だった頃から変わってないみたいだ。
(城門を突破されても、その後の魔物の突進を阻む仕掛けだね)
歩道にわらわらと居る人間達を掻き分ける様に車道近くに出ると、マッチョな協会部隊の兵達が周囲を囲んだそれなりに高級そうな馬車が目に入って、兵卒の人がその前で止まった。
何だか知らないけど、ちょっとエラそうな首無し系筋肉ダルマのおっさんが、手を振りながらこっちへやって来ますよ。
「従者共なら先に行かせたぜ。猛禽レオンティーヌに百足のロベールなんざ、一体どうやって雇ったのか聞きたい位だがなっ」
へっ?
近付くと、ホイホイと寄って来た首無し親爺の口から衝撃的な単語が出て来てビックリ。
レティって「猛禽」なんてクールな二つ名が付いてやがったのかよ!
ちょっと微妙な気もするけれど、ロベールさんの方だってワタシの「アレ」よりはずっとマシだし、本当ならクラクラしちゃうんですけどっ。
一旦此処で切らせて頂きます。
読んで頂いた方、有難う御座いました。