146話
「この地に於けるうなぎ料理は注文されてから捌き始めると申します」
ちょっとしたミニ前線司令部ってな感じの室内に入ると、彼女は開口一番、そんな事を言った。
「ソレって、出て来るまでに物凄い時間が掛かるってコトだよね?」
勧められるままに椅子に座ると、目の前に飲み物が入ったグラスを置かれたので、お礼と共に適当な返事をして心の中で溜め息。
不味い雰囲気だ。
どうみてもこの女性は怒っている感じだし、こんな部屋で二人っきりになる事を承諾したのは失敗だったのかも知れない。
「概ね、一刻(約一時間)は掛かるモノかと。店には先程部下を走らせましたが、その間わたくしにお付き合いを願えればと思いまして」
はぁ。うなぎ料理はまだ遠い。ガックリ。
ついリアルに溜め息を吐きそうになっちゃったワタシは、目の前に出されていた冷たいお茶と一緒にそれを飲み込んだ。
ワタシは今、結構な大きさの自走車の中で「如何にも切れ者」って感じの協会女性佐官と二人っきりで向かい合ってお話中だ。
何でこんな事になってるかと言えば、それは偏に、目の前に座って腕を組んでらっしゃるマルコさんこと、ラシェル・マルゴワールさんのせいなんだよね。
話は約四半刻(約15分)前に遡る。
森を抜けた後、細い街道に出てしばらく行くと、見えて来た村と言うより要塞って感じのデント村の威容に驚いてたら、道の端から「コーニス閣下!」なんてヤバげな呼び名で声を掛けられたので、ビビりながらも振り向いちゃったのがその発端だ。
訝しげな目付きで睨み付ければ、そこに居たのが討伐士協会の佐官制服を着た知らないお姉さんだったので、誰かと思ってキョドってると、ロベールさんが「姫サン、あれが噂のマルコ殿ですぜ」って耳打ちして来たから、もうホントに驚いちゃってねぇ。
だってマルコさんってば目の覚める様な美人さんだし、とってもしっかりしてそうだし、こんなヒトがあのフェリクスおっさんの腹心だなんて言われても、簡単には信じられないもんなぁ。
でも、そのマルコさんが次に口にした言葉を聞いて「ほほぉ」とニンマリしちゃったワケですよ。
何しろ「バルリエ閣下のおられない所で、二人きりでお話したい事があるのです」と来たもんだっ。
おっさんの居ない所で「お話」と来れば、それはもう何をか言わんやって感じだもんね。
それで即OKして連れられるまま村の中に入り、彼女が使っているらしいこのデカい自走車の中に一緒に入ったって事ですな。
「……ですから、料理店の席を押さえてあの様にお待ち申し上げておりました次第です。しかし、まさか途中であの様な事件を起こされるとはっ」
ぬうマズいっ。
組んでいた腕を離し、ゆらりとその頭を上げたマルコさんが、ギロッとおっかない目付きで睨んで来た。
やっぱこのヒトが怒ってる理由って、ワタシが総裁殿下一行とヤり合っちゃった件なんだろうなぁ。
「ぐ、偶然だよ、偶然。こっちだってビックリした位なんだからさぁ」
もうブンブンと首を左右に振って、アレは偶発的なアクシデントであった事を主張して反論。
ワタシは無実だっ。
そもそもアレが総裁殿下の一行だって判ってたら、相手にしないでとっとと即逃げしてたっての。
「偶然でなければ困りますっ。あろう事か、総裁殿下と道端で事を構えた上に、あのハイマン閣下に勝ってしまわれるなんて!」
うひー、やっぱそうなのかぁ。
ダンッと拳で机を叩くマルコさんの剣幕に、ちょっとと言うか、かなりビビッて仰け反る。
考えて見れば総裁殿下っておっさんやマルコさん達の総大将なワケだから、喧嘩を売って謝らせたなんて事になれば、怒られるのも当たり前なんだよな。
「いやー、ハハハ。テレるなぁ」
もうしょうがないやって感じで、乾いた笑いで誤魔化す。
ま、怒られるのは慣れてるし、やっちゃったモノはもう仕方が無いもんね。
矢でも鉄砲でも持って来いってなもんだ。
「……一切褒めておりませんからね」
しかし乾いた笑いが効いたのか、はたまた呆れ返ったのか、覚悟を決めたワタシを他所に、何だか急激にその勢いを無くしたマルコさんが机に突っ伏しちゃった。
うむ。勝ったな。
って、別に勝ち負けとかって話じゃないか。
「お陰で貴女様を討伐士協会から引き離す計画がご破算になってしまいました」
ああ、そう言う事か。
机に突っ伏したまま顔だけを動かして、恨めしげな目付きで睨んで来るマルコさんの言葉を聞いて納得。
ワタシが総裁殿下一行とヤり合った事を怒ってるのかと思ったら、お陰で自分の策が駄目になった事を怒ってるってワケだね。
だったら話は簡単だ。
だってそんな妙な計画とか実行しなくっても、本来なら一言で済む様な話なんだもんな。
「だーいじょうぶだって!」
立ち上がってマルコさんの肩をポンポンと叩き、ワタシは安心させる様に少し大きな声を出した。
「そもそもワタシとおっさんはそんな関係じゃないし、マルコさんとの仲を邪魔したりなんてしないよっ」
こうなったらドヤ顔で堂々と宣言をしてあげましょう!
大体さぁ、マルコさんも色々とあるのは判るけど、妙な策を練ったり、わざわざこんな所にワタシを連れ込んだりしなくってもイイと思うんだよね。
ただ一言「わたくしのフェリクスを取らないで!」とでも言ってくれれば、ソレでイイんだよ。
「なっ、なな、なんのお話ですかっ。わ、わたくしはっ」
うむっ! やっぱりビンゴだわ。
真っ赤な顔でスパッと起き上がったものの、やたらとキョドった感じのマルコさんが可笑しい。
こんな美人のお姉さんでも、こう言う風になったりするんだねぇ。
「でもアレだねぇ、蓼食う虫も好き好きとは言うけれど、あのおっさんにこんな女性が居たなんて知らなかったよっ」
うんうんと肯きながら、ワタシはお手上げポーズで、まだあたふたし続けるマルコさんに賛意を表した。
少なくとも、ワタシはそう言う意味では敵に回る事は無いよーって言う意思表示だね。
でもちょっとばかり驚き過ぎなんじゃないのかな、このヒト。
「そ、そんな畏れ多い事を、どうして……」
「ま、畏れ多いっちゃ、畏れ多い話だよねぇ。フェリクスおっさん風情がこんな美人で若い女性とそんな関係だったなんてさ」
少し落ち着いてきたものの、未だに動揺を隠せない感じのマルコさんに決定的なド真ん中を口にして様子見。
だって幾ら何でも動揺し過ぎだろうって思うんだよね。
部下に手を出す上司なんて、それこそありふれ過ぎてて笑っちゃう様な話だし、多少は外聞は憚られても、こんな密室ならそれも関係ない話だ。
「ち、違います! それに幾ら何でも御身分が違い過ぎますっ! バルリエ閣下は聖公国から準男爵位を与えられる程の御方なのですよ!?」
はれ?
何だか言ってる事が噛み合ってない気がして、ワタシはちょっと首を捻った。
このマルコさんの様子だと、おっさんとマルコさんの間はどうやら「まだ」って事みたい。
マルコさんがおっさんラブなのは間違い無い様だから、このヒトってばその手は結構奥手なヒトなのかもね。
しかしこんな美人さんが終始側に居るのに手を出してないって事は、おっさんってば意外に身の下関係はちゃんとしてるのかも知れない。
騎士爵だって貴族の端くれには違いないんだから、そんなヒトに迫られれば騎士階級の人なんて断るだけで大変だ。
何より当のマルコさんがこんな感じなんだから、ちょっとでもおっさんがその気になれば、速攻で既成事実完了! だもんな。
っと、妙な事で感心してる場合じゃ無いか。
「だってソレ、マルコさんだって同じでしょ。騎士爵くらいは貰っちゃうんじゃないの?」
おっさんが男爵閣下に成る理由は例の紅蓮の翼とやらをやっつけたからだし、その恩恵は確かおっさんの部隊のヒト達全員に向かってる筈だ。
そう思って口に出した言葉だったのに、何故かマルコさんはその一言でシュンとした感じになっちゃった。
むう、解せぬ。
「わたくしは……」
しゅんとしたせいで真顔に戻ったマルコさんが言うには、彼女は一切その恩恵には与れないとの事だった。
何故かと言えば、おっさんの処遇を決めるのは討伐士協会本部であるのに対して、部下の処遇を決めるのは第一軍本部だからって事らしい。
何ソレ? さっぱり判らないんですけど。
今夜もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。