144話
前からワタシ、ロベールさん、レティって順番で一列に森の中を進む。
前方警戒と主戦力はワタシで後方警戒はレティが受け持つから、ロベールさんは真ん中で存分にお話してねって感じの布陣だ。
ただ、そうやって話し始めて貰ったまでは良かったけれど、ロベールさんの話は想像以上に酷い話で、聞いてるこっちがドンドンとダウナーな気持ちになっちゃって困った。
何しろ、ロベールさんが最初に覚えた魔法技術は思考加速魔法だったと言うんだから、もう酷さ爆発って感じなんだよね。
乱破共の所に居る時に下働きの小僧として潜り込まされたある騎士学校で、思考加速にチャレンジする騎士候補生達を見てる内に覚えたって話だけど、そんな自分から生き地獄に突っ込む様なマネをするなんて、余程の事が無いと有り得ない話だと思う。
「そんな事やって、良く生き残れたねえ……凄いとしか言い様が無いんだけど」
バラバラとやって来るゴブ連中をホイホイと斬り飛ばしながら溜め息を吐く。
振り返って見れば、大人しく聞いてる感じだったレティのヤツも降参って手振りをしてるし、誰だってそんな反応だよね。
思考加速魔法なんて、基本と呼ばれる魔法技術を全て完璧に押さえたヤツでも乗るか反るかの、それこそ命が掛かるレベルの魔法技術習得なのに、ソレが最初だなんて無理ゲーも極まれりだ。
「いやー、こっちはハナっから命賭けてやしたからねぇ。逃げ出す為に強く成ろうと必死でやしたし、当時のアッシらみたいなのに魔法を教えてくれるバカなんていやしませんから」
「ああ、そう言えばそうだけどさぁ」
考えて見れば、魔法力持ちの使い捨て小僧に魔法を教える馬鹿なんていない。
その時々で用途別に魔法陣を持たせて魔法を使わせても、魔法の技術その物は絶対に教えない筈だ。
一々魔法技術なんて教え込んじゃってたら、その内ソイツは結構な魔法使いに成っちゃって、絶対に主人に牙を向けて来るもんな。
「身体強化とか、もっと普通のヤツは無かったの?」
「そう言うお約束のブツは、皆様それぞれの御家で既に習得済みって感じでやすから、中々最初の部分から触れる機会が無かったんでさぁ。でも思考加速の魔法は誰でも一から挑戦って感じでやすからね。基本概念から速度調整なんかの応用まで、微に入り細に入り、この目で見る事が出来たってワケで」
成る程ねぇ。
言われて納得しながらも、左斜め前から地響きと共に突っ込んで来たデカいハイオークをホイっと避ける。
避けながら体を入れ替え、ワタシは刹那の瞬間に渾身の抜き打ち技でその首を斬り飛ばした。
素晴しく綺麗に決まって、ちょっとスッキリ!
しかし、これは少しマズい事態だ。
どうやら暫くの間、ロベールさんの話を聞いてる余裕は無くなった感じだね。
残身を解いて振り返り、勢い余って立ち木に激突した胴体へ血抜きの魔法陣を想写しながら、ワタシは二人に大規模襲撃警戒の合図を出した。
探知魔法もどきの圏内にオークらしい影が大量に入って来たし、おそらくは突進スピードの違いによる時間差で、遅れて突っ込んで来るだろうこのハイオークが率いる群れを迎え撃つ為だ。
何だか地響きも轟いて来やがったし、結構な数がいるみたいですよ。
「取り敢えず、連中を抑えきるまで話は中止ね」
オークは大した事の無い魔物ながらガタイがあって重量も凄いから、多数に突進されればそれだけで中途半端な討伐団なんか壊滅しちゃうほどの破壊力がある。
しかも猪突猛進と言う様に、一旦火が点いたら止まらないから、少人数だと色々と大変だ。
勿論、どれ程の数が居たとしても、ワタシや他の二人のレベルなら「面倒臭い」で済む話だけど、だからって舐め舐めで行ってイイ相手じゃ無い。
見ればレティとロベールさんは、とっくに思い思いの装備を出して臨戦態勢に入ってて、頼もしげな様子になってた。
レティはともかくとして、ロベールさんの魔物討伐のウデを見るには良い機会だし、ここは一つ大量オーク狩りと行きますか。
「ブフォォォ!」
何て思ってる内に、結構な数のオークが木々の間をすり抜ける様にして突っ込んで来てアセる。
「ハイッ、ホイッ」
しょうがないので、ワタシは暫くの間、スルスルと突撃を躱しながら珍妙な掛け声を上げて、バンバンとオーク共の首を落として行く作業に徹する事にした。
勿論オーク風情を相手にするのに思考加速なんて使わないよ?
そんなズルしてたら修行になんないもんな。
それに試したい事もある。
「いやっ、流石はっ、姫サンッ、だっ」
感心した様な声を上げるロベールさんの方を見ると、彼もレティも結構苦戦してるようだった。
二人共動きにキレが無く、次々と襲い掛かって来るオークを避けるのが精一杯で、そのせいか攻撃も今一つって感じになってる。
「こんな連中相手に梃子摺ってるなんて、レティもロベールさんも怠慢なんじゃないの?」
ちょっとハッパを掛けて様子見。
確かにセヴンの山岳大森林地帯で出た奴等よりこっちの方が強いと思うけど、これからオーガの群れと一戦交える事が確定なんだから、オーク程度に苦戦してたら流石に厳しい。
「そんな体たらくじゃ、二人が最初のハイオークと当たってたら、マジで死闘って感じになってただろうね」
ハッパをかけたってのに、イマイチ動きが伸びない二人を揶揄して笑う。
嫌われ者の役もやれるのがイイ師匠だ。
二人は事実上ワタシの弟子みたいなモノなんだから、ここはちょっとココロを鬼にしないといけない。
「マジ、ですかいっ。こりゃ、姫サンに、付いて行く、にゃ、修行、あるのみ、って感じで、やすねっ」
ああ、どうやらロベールさんはこっちの意図にちょっと気が付いたっぽい。
「その、様に、言われますと、確か、に、何も、言い返せ、ませんがっ」
と思ったら、レティの方はまだ気が付かないみたいですよ。
なんだかなぁと思いながら、襲い来るオーク共をバンバン倒して行く。
二人の攻撃が中途半端だから、手負いが増えちゃってちょっと疲れるけれど、ここは仕方の無いところだ。
実はこんな事になってるのは、二人の思考加速魔法を封じているのが原因なんだよね。
思考加速魔法を使えば、使ってないヤツとは声による意思の疎通が難しくなるから、声を出し続ける事でこっちがずっと通常状態だってアピールして、思考加速魔法を使わせない様にしてるのですよ。
何でそんな事をしてるかって言えば、思考加速魔法ってヤツは便利であるものの、そこで止まってちゃダメだって気が付いて欲しいからだ。
そもそも討伐騎士ってのは、ししょーの言う通り人間を魔法仕掛けで超人化させた存在なので、戦う為には身体強化魔法を筆頭とする各種の魔法を常に同時にコントロールする必要がある。
だから思考が加速して頭の中に余裕が生まれると、それまでの魔法のコントロールが容易くなるどころか、更に多くの魔法を使う事が出来るので、バカ強くなれるのだ。
でも、その状態での魔法制御に慣れちゃったら、もう普通状態で戦うのがバカらしくなって、結果論的に身体のキレが落ちちゃう(反射神経とか色々問題が出るからね)。
しかもあんなヤバい万能感まであるし、加速すればキレも戻るんだから尚更なんだよね。
未だに苦戦を続ける二人を見て溜め息。
思考加速魔法初心者のレティと、熟練ながらも師が居ないせいで応用の利かないロベールさん。
この二人が思考加速魔法にとっても依存している事は、もう考える必要も無いほど明白になった。
あとはそこから抜け出して貰うだけだ。
と言うのに、何か全然気が付く様子が無いし、こんなんじゃ先が暗いよ。どうしよう?
「幾ら何でもししょーのマネは出来無いしなぁ」
そっと呟きつつ、オークの首狩り作業に勤しむ。
何しろししょーの「教え方」はトンデモ級のスパルタだから、命が幾つあっても足りない。
ワタシなんて、ししょーに「思考加速魔法が使える様になったら、普通状態でも同じ事が出来る様に修行しろ」って言われた後、ナイフ一本でオーガに特攻させられたくらいだもんな。
普通なら絶対に死んじゃってますよ、エエ。
しかもその後、自力で気が付くまで似た様な事を散々やらされたんだから、シャレにならない。
ちなみに何に気が付けばイイかって言えば、先ずは思考加速魔法依存による弊害の件だけど、それだけでは無くて、非加速状態で加速状態と同じ事が出来る様になれば、その後の加速状態では更に出来る事が増えるようになるって事だ。
コレ、ある意味で究極の修行で、これを繰り返して行くだけで正しく別次元の戦闘力を手に入れる事が出来る。
金ぴか級の連中がバケモノ化する本当の理由もコレだって、後からししょーが教えてくれたから本当なんだろう。
まあ自分自身、アリーを助けたトカゲ戦になるまで全く実感が無かったから、エラそうな事は言えない話なんだけどさ。
「こりゃ二人共鍛え直さないとダメだね」
考え込んでる内に、気が付いたら大量に居たオークの群れも倒し切っちゃったようでガックリ。
仕方が無いので、ワタシは大玉を召喚&一体化して辺り一帯の魔物を散らし、目の前の惨状のお片付け体制に入った。
所々に転がるオークの胴体に次々と血抜きの魔法陣を想写しながら、ストレージもどきの穴を開け、あちこちに散らばる五十はあるだろうオークの首をホイホイと拾って突っ込んで行く。
タッタカターッて感じで忙しく動き回ってくれるクーちゃんズが手伝ってくれるから、結構な数の死骸があっても気楽なモンだ。
何しろ魔石は抜いてくれるわ、血抜き終了の胴体はドンドン運んで来てくれるわって感じだから、こっちのやる事が半分以下になっちゃうもんね。
幾つもの魔石を渡してくれた一匹のクーちゃんにお礼を言って可愛い頭をナデナデすれば、嬉しそうにモジモジしちゃったりして、もうどうしてくれようかって感じですよっ。
って、ニマニマしてる場合じゃ無いか。
「二人共、討伐現場での思考加速魔法使用は暫く禁止ね!」
とっても疲れた感じで息を吐いてる二人に大声を飛ばす。
何だかボロボロな様子なのに追撃を入れちゃうのは心が痛むけどしょうがない。
「はぁ。まー姫サンの言わんとする所は判りやすが、やっぱりそう来やしたか」
しかし降参ポーズで溜め息を吐くロベールさんには言いたい事が伝わってるらしいのに、肝心のレティのヤツは何だかちょっとムッとした顔でこっちを睨んできやがってガックリ。
「ロベール殿、それはどう言う事ですか?」
えー、そこでロベールさんに訊いちゃうって、どうなのよ?
って言うか、レティがここに至ってもまだ気が付かない事にちょっとビックリしちゃうわ。
「速いオツムでの動きに慣れちまうと、遅いオツムでの動きがおざなりになるって事なんじゃないですかね?」
ぼそっとしたロベールさんの返事に「あっ!」って感じで口を開けたレティの顔を見て二度ガックリ。
うーん。コイツってば、何だかマジで弛んでないですかね。
でもロベールさんの説明でも真実にはまだ遠い。
本当は自力で気が付いて欲しかったけど、ここは仕方が無いので説明してあげるとするか。
「そう言う事なので御座いましたか……気が付きませんでした」
こっちの狙いをきちんと話してあげると、成る程と肯くロベールさんはともかく、レティはちょっと申し訳無さそうな顔になった。
「先のひぃ様の言葉は単なるイヤミだとばかり思っておりましたので、全く予想外で御座いました」
オヒ!
レティのセリフに一気に気が抜けてそのまま地べたに座り込む。
思わず傍らに居たクーちゃんに抱き付いちゃうよ。
ホント、ドッとお疲れだわ。
不意に笑い出したロベールさんの笑い声にちょっと救われた感じはするけど、こりゃ前途多難だよなぁ。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。