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142話


「ええっ! まさか姫サンは負けたっておっしゃりたいワケでやすか!?」


 にゅっ?


 こっちの棒読み声に即座に反応して大声を上げたロベールさんに驚く。

 改めて見ればレティのヤツも、何か唖然とした顔でこっちを見てやがった。


 ちっ、やっぱ二人共褒め殺し体制だったんだな。

 あんなのどう見たってこっちの負けなのに、変な因縁付けて勝手に持ち上げるのは止めて欲しいよね。


「二人が気付いたかどうか判らないけど、ワタシのアレな魔法が一瞬でカウンターされちゃったんだから、それだけで事実上ハデなのを一発貰ったのと同じだよ。完敗だね」


 そもそもワタシは総裁殿下には一発も入れてないのに、向こうはこっちの精霊魔法もどきを破ってるんだから、どう考えたってこっちの負けだ。

 しかもこっちは、クーちゃんピーちゃんに言われて勝負から逃げてるんだしね。


「いやー、どう見たって完勝でやしょう。あの総裁殿下から剣まで毟り取っちまいやしたし、シュペングラー様なんか、真っ黒焦げで良く生きてるなってぇ位だったじゃないですか」

「えっ、あの魔導師って『雌狐』のドロテア・シュペングラー閣下だったの!?」

「間違い無いと思いやすが、それがどうかされたんで?」

「うはぁ」


 妙な声と共に、もう超ガックリしちゃったワタシはその場でしゃがみ込んで頭を抱えた。

 ドロテア・シュペングラーってヒトは三位の魔導師で超有名なヒトだ。

 但し有名な理由は魔法絡みでは無く、各国王侯貴族の間で「雌狐」って陰口を叩かれる程の策士で陰謀家だってところにある。

 何せ敵に回った貴族は例外無く酷い目に会わされちゃって、酷いケースだと一族郎党のほとんどが処刑されたって話まである位だからシャレにならない。

 特に聖王国に仕えて宰相補をやってた頃の逸話は物凄くって、主に攻撃対象となってた西聖王国王宮からは今でも蛇蝎の如くに嫌われてるって聞く。


『覚えておけ、公国では最も敵に回してはならぬ女だ』


 あの腹黒大将な父上がワタシにそう言って聞かせるくらいだから、相当な腹黒サンなんだよね。

 お生まれは確か旧聖王国の直系公爵家(しかも現当主)で、正しく高貴な御血筋のヒトなのになんだかなーって感じだ。

 アレ? でも高貴な御血筋のヒトって言えば腹黒大将ちちうえもそうだよな。

 もしかしてそう言うヒト達って腹黒サンが多いのかな。


 ともあれ、そんなヒトを半分消し炭状態にしちゃったなんて、ヤバいどころの騒ぎじゃ無い。


「全く持ってロベール殿の言われる通りです! どう見てもひぃ様の圧勝で御座いましたっ。わたくしなどはひぃ様が新たな英雄として、遂に世に名乗りを上げたのだと感涙に咽びそうになった位ですっ」


 ひぃー、勘弁してよぉ、もうっ。

 真剣に頭を抱えてウンウン唸ってる真横で、レティのヤツが暢気に何時もの大風呂敷を広げて来て眩暈がする。


「やっぱりレティのアネさんもそう思いやすかい? そもそも姫サンは、全てを投げ捨てて一介の従騎士に成られたってのに、あっと言う間に実力でまた貴族に列せられちまった程のおヒトだぁ。成る程高貴な御血筋ってヤツは凄えモンだと感心してたんでやすが、そこに今回の件でやすからねぇ、アッシなんかもう有頂天になっちまって!」


 うへぇ。

 頭を抱えて黙ってる内に、ロベールさんまでもがレティの大言壮語に追従して来ちゃったよ。

 か、勘弁してロベールさん、もうワタシの精神的なライフはゼロに近いです。


「だからワタシは高貴な人間なんかじゃ無いって言ってるでしょっ! それにレティ! シュペングラー閣下に喧嘩売って、今まで無事だったヤツなんか皆無だって知っててそんな暢気なコト言ってるワケェ!?」


 ワタシは気合と共にズバッと立ち上がり、クワッと目を見開いて二人を睨みつけた。

 全く冗談じゃ無いってんだよ。

 これからどんな報復があるかも判んないのに、何でそんな暢気に構えていられるのかね。


「はぁ? 総裁殿下が手打ちを宣言された以上、その直臣であるドロテア様がひぃ様の敵に回る事など有り得ないと思いますが」


 あっ、そうか。言われてみればそうかも知んない。


 こっちの睨みも何のその、涼しい顔で言い放ったレティの言葉にちょっと納得して考え直す。

 確かに閣下は元々総裁殿下の直臣で、何年か前に公国の公爵位を棚上げにしてまでその下に走った(ぶっちゃけ愛人の一人って言われてる)位なんだから、隷属紋が入って無い方がおかしいし、そうだとしたらあるじの政治的な決定を無視する事は出来無い筈だ。

 でも意趣返しの方法なんて星の数程あるし、そもそもワタシの騎士紋背負ってる筈のコイツだって、あるじに逆らい捲くりじゃんか。


「そんなの判んないでしょ? 閣下ってばモロに根に持つタイプって聞くし、個人的に密かに色々カマして来ないとも限らないじゃない」


「アンタだってそうじゃん」と言う意味を込めて、更にググッと睨み直すと、レティのヤツは何か可哀想な人を見る様な目付きになりやがった。


「そんな事をすればあるじに対する事実上の反逆ですよ? それに戻られて以降の閣下は、総裁殿下に対してまるでひぃ様の代弁をされているかの様でしたから、返って好感を持たれたのでは無いでしょうか」


 可哀想どころか「この女阿呆か?」ってな顔にまで変貌して答えるレティにグッタリ。

 オヒオヒ。自分を半消し炭状態にしたヤツに好感を持つなんて、一体何処の激M女だってのよ。

 馬鹿も休み休み言って欲しいわ。


「じゃあシュペングラー閣下の件は考えなくてもイイってワケ?」


 しかしM女疑惑はともかく、総裁殿下の決定に逆らえないって言う点はレティの言う通りだ。

 もし何かあれば、フェリクスおっさん経由で総裁殿下に言い付けちゃう手も有るし、ここはもうスパッと流しちゃおうかと再度の確認を入れると、ポンポンと後ろからロベールさんに肩を叩かれた。


「姫サァン、もういい加減に妙な御謙遜は辞めにしましょうや。そりゃ姫サンの言う通り、アッシだって総裁殿下に勝ったなんて言い過ぎだと思いやすが、姫サンはあのハイマン閣下を対一でボロクズにしちまったんですから、例えアッシらが黙ってても、何処でもあっと言う間に特級の話題になっちまう事請け合いですぜ?」


 え、はいまんん?

 もしかして、ソレって黒鎧野郎の事?


 ロベールさんからトンデモ無い単語が出て来ちゃって、思わず絶句。

 呆然として無言のまま、くるーりと首だけ回して後ろを見れば、ロベールさんは「何を今更」って感じで肯いた。


 う、嘘だよね?


「ちょっとレティ! ハイマン閣下って『あの』ハイマン様で間違い無いのっ!?」


 掴み掛かる様にしてレティの方に向き直ると、ヤツはご丁寧にもお手上げポーズまで決めた上に、ニヤニヤと笑ってやがった。


「何を指して『あの』と申されておられるのか判りませんが、かつてひぃ様が『痺れる憧れるぅ~』とか申されていたハイマン閣下でありますれば、正しくひぃ様が黒コゲにされたあの方で間違い有りません」


 マジかよ……。

 愕然として身体中から力が抜けちゃったワタシは、またもやその場でヘナヘナと崩れ落ちた。


 ランベルト・ノート・ハイマン様って言えば、それこそ嫁どころか愛人枠でもイイと思ったくらいに、ワタシが憧れた騎士サマだ。

 何たって彼こそが、例の東聖王国に出た完全体の魔物ドラゴンを一騎打ちの末に倒した、本物のドラゴンスレイヤー様なんだもんね。

 住民の避難や討伐軍勢の集結が遅れていた所を、たった独りで何日も牽制役を引き受けて時間を稼ぎ、全てが完了して城塞都市ごと罠にする作戦になった時は「このままでは住民が哀れだ。一度だけチャンスをくれ」と軍司令に掛け合って許可を貰い、城内に引き込んだ魔物ドラゴンに独りで突撃して、激戦の末に仕留めたって言われる。

 おかげで潰される筈だったその城塞都市も何とか使える状態で残って、再建が進んだ今では別名で存在してるそうだ。


 もうカッコ良すぎでしょ!


 ワタシがこの話を聞いたのは当然ながら何年も後になってからの事なんだけど、その時なんて「うおおおっ、カッコイィィィッ!」とか叫びながら、ゴロゴロと自室で転げ回ちゃったくらいだ。

 独身だと聞いて嫁候補に手を上げようとしたら、父上に地下牢に閉じ込められてエラい目に会ったんで、泣く泣く諦めたけどさ。

 仕方が無いから、新聞からハイマン様のお姿の絵(王侯貴族を写真に撮るのは不敬罪)を切り抜いて、一時は額に入れて毎日拝んでたんだよねぇ。


「いやぁ、明日の新聞が楽しみで堪らねえ。アネさん、どうでやす?」

「勿論、出来得る限り全ての新聞を集めますとも! ついでに明日はマンゼールで何処かを借り切って祝宴を張りましょうっ」

「イイっすねぇっ。ゼニならアッシ持ちで構いやせんから、ドンと派手に行きましょうや!」


 気が付けば、頭を抱えて座り込んだワタシの周りを妙な踊りを踊りながら二人がグルグル回ってやがった。

 何なの、この珍妙な二人組……。

 ドッと精神的な疲れが襲って来て、色々とどうでも良くなっちゃったワタシは、盛大な溜め息を吐きながらもヨロヨロと立ち上がった。

 とにかく、精神とか心とかの健康の為、アレがハイマン様だったなんて事は思考の枠内から追い出しておこう。

 今はもうそれしか無いわ。


「二人共、しばらくこの話題は超禁止だから。勿論、祝宴なんて以ての外だよっ、良いね!」


 ワタシは目的地への道順を森を抜ける最短コースに変えると、まだグルグル回ってる二人に禁止令を出して、クーちゃんを呼んだ。


 こう言う時は身体を動かすに限る!


「ひぃ様、横暴です!」「そんな殺生なぁっ」


 二人が何か言ってくるけど、そんなの聞こえないっての。


 少し離れた森の端に可愛らしい半透明の姿を見つけて、ワタシは二人を無視する様に走り出した。



今宵もこの辺までにさせて頂きとう御座います。

読んで頂いた方、有難う御座いました


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