138話
「ええい、笑うな! これは今は亡き我が娘が、魔法力が余り気味のワシの為を思うて作ってくれた物なのじゃっ」
お腹を抱えて爆笑しちゃったのはさすがにマズかったのか、御前が縫いぐるみの可愛らしいお手々を振り上げて怒り出した。
「ああ。ぶふっ、ウンウン、ゴメ・・・ブフッ」
ううみゅ、困った。
ワタシだって亡くなった娘さん(しかも多分王女サマ)を笑うのは酷いと思うんだけど、一度ツボに入っちゃった笑いは、収めようとしても簡単に収まる様なモンじゃ無い。
しかもプンスカって感じの御前の仕草が更なる笑いを誘って来て、とてもじゃないけど止まらないよ。
しょうがないので、ワタシは白剣をインベントリに仕舞いこむと、笑い続けながらも掌を広げた右手を御前に向けて、ペコペコと頭を下げ捲くった。
馬鹿にしてるワケでも、嘲笑ってるワケでも無く、ただツボに入っちゃって笑いが止まらないダケなんだよーってな感じのアピールだ。
届けこの思い!
「ぬうっ」
するとどうやらこっちの思いは通じた様で、憤然とした様子ながらも御前が短く唸って腕を組んだ。
ああ良かった。
これから落とし所を探ろうってな所なのに、ハナっから喧嘩腰じゃ話にもならないもんね。
「クリス、何をやっておる! 千体斬りの姫殿が戦闘態勢を解いたのじゃ、直ぐに事態の収拾に入らぬかっ」
でもホッとしたのも束の間、御前の怒りは明後日の方へ向かったみたいで、じい様達が怒鳴られちゃった。
「ははっ、仰せのままに」
あーあ。完全なとばっちりだよな、アレ。
怒りの矛先を向けられちゃったじい様達5人が、短い返事と共にパパッと走り散って行くのを視界の端で見ながら心の中で謝る。
ホントにゴメンって感じだけど、肝心のこっちの笑いは未だに収まる気配が無いもんなー。
ついさっきまで緊張してた所にこの笑いだから、止まり難いのは判るけど、これじゃまるでザリガニ討伐の時のドニさんだよ。
我がコトながら呆れるわ。
そんなこんなでこっちが笑い捲くってる中、じい様達が呼んできたのか、御前の従者の人らがドドッとやって来て、辺りは一旦騒然とした状況になった。
それらの人達に御前が次々と指示を出して行く。
おお凄い。御前の従者達ってば、大穴が開いちゃった大街道の即席工事までやってるみたいですよ。
黒鎧野郎や魔法士女が速攻で運び出されて行ったのも流石だと思ったのに、離れた所からは集団による土系魔法行使の気配まで流れて来たので驚く。
魔法士達のチームによる集団魔法ってヤツは、複雑な事は出来無い代わりに力ワザっぽい事は得意だから、大規模戦闘や土木工事に向いてるんだけど、こんな即興でホイホイとあの惨状を修復出来るなんて凄い事だ。
何処のかは知らないけれど、流石は直系王族の従者達だわぁ。
そんじょそこらの高位貴族共とは、連れている従者たちの数も質も段違いだよな。
ちょっと感心しちゃう。
ってまあ、その間お腹を抱えて笑い捲くってるタワケ女が思う事じゃないかも知んないけどさ。
「して、そっちはまだ笑いが止まらぬのか」
黒鎧野郎達が運び出されて再び周囲が静かになると、未だに笑い続けるワタシに、御前が呆れた様に声を掛けて来た。
うんみゅ。悪いとは思うんだけど、なんか全然止まんないんだよね。
笑いながらも再度頭を前後に振って答える。
「ふうむ。そう言う所は歳相応の娘御らしい反応なのじゃなぁ。ワシとて陰で笑われておる事は知っておったが、此処まで正直な反応を返さたのは初めてじゃわい」
こっちの答えに、御前が呆れ半分、寂しさ半分って感じの声を返して来て、ちょっと反省。
こんな魔法人形なんて誰だって笑うとは思うんだけど、最初は怒ってた位なんだし、御前からすれば、亡くなった娘さんの形見を笑われるのはツラいんだろうね。
縫いぐるみの魔法人形が形見だって事は、きっと成人前に亡くなったんだろうし、寂しい感じの声になるも良く判る。
ワタシはちょっとダウナーな気持ちになって、反省の気持ちだけでも示そうと、御前の方に笑いながらも何とか顔を向けた。
「ブホォッ!!」
しかし直後に目に入った光景に、再度噴出して転げ回りそうになる。
なんとこの御前、可愛らしい縫いぐるみ姿でやってられないポーズまで決めてやがった!
直視しちゃったこっちはもう頭の中が真っ白だよっ。
やーめーてー!
同情してソンしたわっ。
人を笑い死にさせる積りかよっ、この御前は!
即座に目を瞑り、魔物ドラゴンと戦った時もビックリな程の気合で笑いを吹き飛ばすと、ワタシは無理矢理に腰に両手を当てた。
直後に最終奥義(深呼吸)発動!
スーハー、スーハー、スーハー・・・。
「ぷふうぅぅぅ」
最終奥義(深呼吸)に頼ることしばし、漸く笑いから開放されたワタシは大きく息を吐いた。
いやー、危ない所だった。一瞬、お腹の皮が破れちゃうかと思ったよっ。
「ふうっ」
更に息を吐きながら、インベントリから出したタオルで笑い涙でグチャグチャになってる顔を拭く。
うむ、何とか成った様だ。
ホッと一息。
やー、これで一安心ですよ。
しかしそう思って体勢を立て直し、改めて目の前の御前を見直したワタシは、その異様な佇まいに目が点になった。
何コレ?
この人形、ちょっと有り得ないブツじゃないですか。
どう見ても熊の縫いぐるみでしか無い筈なのに、動きが変に滑らかだし、妙な質感まである。
コレ、もしかしたら熊の縫いぐるみを使ってるんじゃ無くて、やたらと高度なブツをわざわざ熊の縫いぐるみ風に仕立ててるんじゃないのかね。
さすがは直系王族サマだよ、並みのセンスじゃ無いわーと思いつつ、この人形の仕組みはちょっと、いや、かなり気になる。
今の今まで笑い捲くってた事実も忘れて、ワタシの目は人形に釘付けになった。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。