133話
ブン回しワザ次手の上段斬りに入りながら、ワタシは自分より鉄棒君の先が前に出た瞬間、グッと地面を踏み込んで足の動きを止めた。
同時に斬り付ける動きをキャンセル。
そして足技で重心をコントロールしながら、上半身と下半身の連携を纏め、握りから左手を外して右手一本で鉄棒君を突き込んだ。
「!!」
黒鎧野郎の驚愕が空気を通して伝わって来て、ニヤッと笑う。
斬撃が来ると思ったでしょ? 違うんだなー、コレがっ。
この至近距離からの連段突き、躱せるモンなら躱してみろよっ。
「雷花!? バカなっ!」
しかし片手で突き込んだお陰で間合いがググッと伸びたワタシの突きを、躱すのを諦めた黒鎧野郎が大剣を引き付ける様に持ち上げて横に弾いた。
ガンッて音と共に、渾身の突きが逸れる。
おおうっ。
こんな意表を突いた高速突きを凌ぐなんて、流石はワタシが見込んだ人外だよっ。
普通なら此処から連弾突きに入る所だけど、この調子じゃ突きは全て弾かれるに違いないわ。
黒鎧野郎のニヤッとした顔が見える様だ。
でも、こっちの狙いは「弾いて貰う事」なんだから、正に術中って感じなんだよねー。
黒鎧野郎の側頭部を約1フィート(約30cm)右側まで外れた、鉄棒君の切っ先が空しく虚空を突いた瞬間、ワタシは本当の攻勢に出た。
「ふんっ!!」
刹那の瞬間で、身体中のあらゆる動きをキャンセルして魔法力でコントロールを奪い、強引に全身の動きを一筋に纏める。
コレがワタシ個人の剣技の奥義、名付けて「ムチャ振り」ってヤツだ。
大抵の人は斬撃に威力が乗るのに何フィートも必要とするけれど、この状態のワタシには1フィートもあれば十分なのよ。
「ぅらぁっ!!」
裂帛の気合と共に踏み込んだ足を真逆に回すと、ワタシは人体では有り得ない膂力と速度で、黒鎧野郎の頭に側面1フィートから渾身の一撃を叩き込んだ。
「ブッ!!」
ズゴッって手応えがして、黒鎧野郎の兜右側面がブッ潰れ、デカい身体が大剣のガードごと真横に吹っ飛ぶ。
鉄棒君の側面打ちをモロに食らった黒鎧野郎が、それでも横に跳ぶ事でダメージを減らそうとしたらしい。
おーおー、こっちの剣筋なんて全く見えなかったと思うのに、良くヤるわ。
「らい、めい・・・」
例え金ぴか(金章討伐卿)でも、即死間違い無しの一撃を頭部に食らった黒鎧野郎が、吹っ飛びながらもグシャグシャに変形した兜ごしに何か呟く声が聞こえた。
うわぁ。多分死なないだろうなとは思ったけど、このオッサン、あのヤられ様なのに意識まで保ってますよ。
黒鎧野郎ってば、本当に何者なのかなぁ?
思わず溜め息を吐きながらも鉄棒君を振り抜くと、鉄棒君が何時の間にか花火の様に紫電を撒き散らしちゃってる事に気が付いて、更に溜め息。
はぁ。こんな花火が出ちゃったら、もう身バレは確実だよね。
こりゃ後は御前とやらの出方を伺うって感じで、暫くは待ちの姿勢に徹するしかないのかなぁ。
「し、信じられぬ・・・」
しょうがないなーと思いつつ、10フィート(約3m)は吹っ飛んだ黒鎧野郎が倒れこんだのを見届けてると、さっきのじい様が身体を震わせながら何か呟いた。
おっと。そう言えばこの一騎打ちって、間近に5人もギャラリーがいたんだっけか。忘れてたよ。
ワタシは残身を解いて鉄棒君を地面にブッ刺すと、「どうよ?」って感じでじい様達の方へ向き直った。
「ま、このマリーちゃんにとっちゃ、黒ゴキ野郎なんてこんなモンよ!」
そして、どうせもう身バレは確実だしってコトで、呆気に取られた様なギャラリー5人衆にちょっと胸を張って応えてあげる。
にゅふふふ。驚いたかぁ。
このワザはワタシの持ちワザの中では数少ない、ししょーにだって負けないワザなんだから、そこらの金ぴか程度は一撃なんだよっ
「その麗しい外見からは、全く想像も出来無い凄まじい剣技! このクリストフ、感服仕りましたっ」
すると未だにフルフル身体を震わせてるじい様が、それでもワタシの言葉に応えて最大級のお世辞を口にしてくれたので、とっても気分が良くなったワタシは更に胸を張った。
いいよいいよー、ドンドン褒めてちょうだいな。
大体こんなマネは、身体強化魔法なんか使ってる騎士連中じゃ、絶対に出来っこ無い。
身体制御魔法で身体を動かす人外のヤツだけが使える、人体の動きを完全に無視した必殺ワザなんだからさ。
例えば今のヤツを平たく言えば、ワタシの身体の中では突きは完全に無かった事になってて、それどころか大きなモーションから黒鎧野郎の頭側面に斬撃をブチ込んだ事になってるんですよ。
だから一息で剣に凄まじいスピードと威力が乗っちゃうの。
あのししょーですら、まるで剣が消えた様に見えるって言ってた位なんだから、折り紙付きなんだよん。
「雷鳴など、この目にするのは一体何十年振りになる事か・・・」
なにゅう?
でもイイ気分で胸を逸らしてると、じい様から妙な言葉が出て来て真剣に驚く。
そう言えば黒鎧野郎のヤツも「らいか」だの「らいめい」だのって言ってたし、もしかしてワタシの必殺技、もう既に誰かが使ってたりするワケ!?
「ちょ、ちょっと、そこのじい様! そのらいめいとかって言うワザ、今ワタシがやったヤツにそんなに似てるのっ?」
驚きついでに即座に聞き返す。
何だか言葉が地に戻っちゃってるけど、そんなの気にしてる場合じゃないよっ。
「似てるどころか、そのものでありましょうなっ。人体を完全に魔法で動かす者のみが使える、雷公剣の代表的な技と見知っておりますれば」
すると、どうやら震えが止まったらしいじい様からやたらと断定的な口調が返って来て、ワタシは唖然とした。
なんだソレ。
公と光じゃ意味が全然違うけど、そんな事より、身体制御魔法を使う事が前提にある剣の流儀がこの世にあるって方が驚きだ。
「ムチャ振りワザ」はワタシだけのオリジナルだと思ってたよっ。
いやー、世界って広いわ。
ホントにワタシってば、何も知らない世間知らずの小娘なんだってのを痛感しちゃうよなぁ。
「貴女様の御師匠、雷光剣の騎士であるオマリー様ですら、完全には習得出来なかったと言われる地上最強の流儀で御座いますよ、討伐姫様」
訝しげな目で睨むと、何故か今度は自慢げに胸を逸らし出したじい様から、色々と疲れちゃう返事が返って来てガックリ。
あーあ。やっぱこっちの素性は速攻でバレちゃったみたい。
しかもししょーの件まで一気ですよ。
ま、ブーツォ辺境流なんて名乗った時点で身バレは覚悟してたけど、一発でここまでバレるとは思わなかったよなぁ。
「そりゃまった御大層な話だなぁ、じい様よお」
なんだかなーと思いながら、取り敢えず口調を元の「生意気小僧モード」にしてじい様を牽制する。
勿論、雷公剣とやらの事は心のメモ帳にメモっておくけど、流石にここでこれ以上の話は聞けないもんな。
どうせ後でレティかマチアスおじ様にでも訊けば色々と教えてくれそうな話だし、御前とやらの今後の反応によっては、このじい様達だって瞬時に敵になるんで、ここで警戒を解くのはマズい。
しかも魔法師女だって黒鎧野郎だって、多分重症ではあるものの、死んだってワケじゃ無いから、まだまだ戦いは続いてるんだよね。
と、そんな事を考えてると、いきなりもの凄い悪寒と共に、密かに地面に想写してた灼熱地獄の魔法陣が一気にレジストされて、ワタシはグラッとよろめいた。
ヤッバい! じい様と話してる内に大本命が出てきちゃったよ!!
「勝負あった、と言った所じゃな。これ程の凄まじい使い手とは久しく会わなんだ」
人の背丈ほどもある群生する葦の中から声が聞こえて更にビックリ。
だってそんな所に魔法の気配なんてほとんど無いんだよ。
ワタシの感覚では、御前とやらはまだ300ヤード(約290m)先に居る筈なのに、コレって一体何の手品だってのっ。
今宵もこの辺までに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。