131話
「ハハハッ」
思わず乾いた笑いが出ると、黒鎧野郎が鎧越しにニヤッと笑う気配がして、連続技の速度が更に上がった。
「ふむっ、まだまだ余裕アリと言う所かっ」
ちょっ、余裕の笑いとかじゃないってば!
ウヒーって感じで躱し捲くりながらも、ワタシは黒鎧野郎の剣の精度に反撃の手が出せない。
このワザは、主に大剣を使うヤツがやる練習用の型が基本になってる「ブン回しワザ」だ。
力のベクトルを流れる様にコントロールして、身体全部を使って上下に剣を振り回して来るワザで、ヘタに受けに回れば押し負ける事が確実なんだよね。
それどころか多分、黒鎧野郎クラスなら、不用意に少しでも剣を合わせるだけで、剣が持っていかれちゃう事請け合いだもんな。
だから対処法としては、基本的に避けるか躱すしか無い。
でも黒鎧野郎ってば蛇みたいに絡みつく様な剣筋で、軽鎧野郎みたいな単純な剣筋じゃないから、躱すだけでも一苦労だよっ。
「どうした、どうしたぁっ。避けるだけでは私には勝てんぞ!」
なんかとってもノリノリって感じになった黒鎧野郎が、獰猛な気配を全開にして挑発してくる。
にゅうん。そんなコト言われてもなぁ。
こんなスピード、かつ精緻なコントロールでブン回し技をカマして来るヤツなんて、ししょー以外では初めて見たし、そうそう反撃なんて出来無いよ。
って、アレ?
良く考えたら、このワザってししょーの得意技の一つだったよな。
ソレっておかしくないですか?
「ハッ、ハハハハッ! どうしたどうしたぁ!?」
嗤いながらも黒鎧野郎が連続して打ち込んで来る剣には、付け入る隙が一切無い、様に見える。
でもコレ、もしかしたら・・・。
ワタシは試しに、下から斬り上がって来た大剣の切っ先に「何時もの要領」で、ちょんっと鉄棒君の先を当てた。
「なんとっ!」
すると一発で大剣の刃筋をズラされた黒鎧野郎が物凄い勢いでバックステップして、一瞬でワタシと距離を取った。
うん。なんか返せちゃったよ。
タイミングって言うか呼吸って言うか、そんなのがししょーの打ち込みに似てたんでやってみたんだけど、まさかこんなウラ技が通用するなんて・・・。
「これが返せるかぁっ!」
直後、物凄い気合と共に横殴りに降って来た大剣を「何時もの呼吸」でホホイと躱し、お返しに小手返しをカマす。
流石にそんな小ワザは大剣の鍔元で弾かれちゃったけど、黒鎧野郎は随分と驚いた様子で、また距離を取って動きを止めた。
あーあ、なんかもうコレでイヤって言う程に判っちゃったよ。
黒鎧野郎ってば、数少ないってマチアスおじ様が言ってた同門か、それに近い筋で間違い無い。
だってししょーのブン回し技に対した時と、ほぼ同じやり方、同じ呼吸で対処するコトが出来るなんて、同門以外の何者でもないもんなぁ。
「はぁ」
なんかねぇ、溜め息が出ちゃいますわ。
「マリア殿、貴殿は一体何者だ? 只者ではあるまい!」
距離を取って動きを止めた黒鎧野郎が大声を上げた。
ああ、まーねえ。
数少ない筈の同門同士がこんな所で激突ーなんて、何の冗談かと思うよな。
「そーれがぁ、タダ者なんだなぁー、コレがっ」
「嘘をつくなっ!」
片手でお手上げポーズまで決めてヘラヘラと笑いながら答えると、黒鎧野郎は遂にキレたらしく、神速のスピードで突っ込んで来た。
直後から凄まじい猛攻!
しかもさっきまでと違って、様々な剣技を流れる様に繋いで来やがって、もう多種多様な掛かりワザのオンパレードだ。
これは強いわっ。
剣技だけなら多分、フェリクスおっさんでも敵わないんじゃないかなぁってレベル。
流石のワタシも、防戦一方って感じで追い込まれそうですよっ。
でもこっちは「あの」ししょー相手に、何年もバカみたいにヤられ捲くってるからさ。
この程度ならまだまだ何とか凌げるし、まだまだ追い込まれるって程じゃ無いんだよなっ。
「ヨッ、ホッ、トッ!」
聞いてる人が居たら笑っちゃう様な掛け声と共に、大剣の猛攻を凌ぎ続けながら考える。
最初の時こそアセッたけれど、ここまで来ると、もう黒鎧野郎の剣技も手に取る様に見えて来た。
だから黒鎧野郎の剣技の「違和感」みたいなヤツに気が付いちゃったんだよね。
だってさ、そもそも「叩き切る」事が前提の直刀両刃の剣を使う聖王正統流に、こんな精緻な剣技なんて無い筈なんだよ。
精緻な剣技ってのは、スパッと「斬る」事を狙うワザが基本だから、そんな剣と合う訳が無いもんな。
「ええぃ、ちょこまかと躱しおって!」
黒鎧野郎がイラついた様に吼える。
気持ちは判るけど、こっちは弱点が見えて来ちゃった剣筋に、簡単に食われてやる程マヌケじゃ無い。
言っちゃえば黒鎧野郎の剣技って、微かに刃を返す様なプロセスが入ってるから、物凄く僅かだけどそこに隙があるんだよね。
つまり、やっぱり黒鎧野郎の剣技って、元々は片刃の剣を使う剣技が叩き台で間違い無いってコトだ。
そんでもって技の内容がモロにワタシが身体で知ってるししょーの流儀に近いと来たら、それはもう何をか言わんやって感じ。
どうも一つ一つのワザも「浅い」なーとは思ってたんだけど、そんな突撃剣でししょーと同じワザが使えるワケないよなぁ。
「この剣技を一体何処で知ったっ?」
多分全開で来てるんだろう猛攻をホイホイと凌がれて、黒鎧野郎も気が付いたのか、アセった声を出した。
「さーってね。何処だったかなぁ?」
「フザけるなっ! 剣公派は聖王正統流とは似て非なる流儀っ、一般どころか数少ない同門以外は基本すら知らぬお留め技だ!」
「へぇっ、そんなの初めて知ったよっ」
アセってる様子の黒鎧野郎にヘラヘラと笑いながら答える。
お留め技ってのは、一言で言えば外部流出厳禁な秘匿剣術ってヤツの事だ。
成る程ねぇ。お陰で察しがついたよ。
要するに剣公派とやらは、ししょーの流儀である「雷光剣」に近い流儀なんだろうと思う。
ワタシは慣れてるけど、カタナ剣ってホントに使うのが難しい剣だし、人によって向き不向きが激しすぎるんだよね。
だから剣公派ってヤツは多分、カタナ剣を使う事が大前提の雷光剣を、ムリムリに聖王正統流に落とし込んだ流派って感じなんじゃないのかな。
「それ程の技量を見せておきながら、まだ言うかっ!」
ちょっと距離を取った所から、裂帛の気合と共に一瞬で突っ込んで来た黒鎧野郎の大剣を何とか躱す。
「すっげ!」
黒鎧野郎ってば、一瞬で6ヤード(約5.5m)近くを縮めやがったよっ。
所謂縮地ワザってヤツじゃんか。
ししょーが多用するからワタシは慣れてるけど、こんなの使えるヤツ、ししょー以外で初めて見たわ。
「くっ。コレでもまだ軽口が叩けるとは!」
黒鎧野郎が歯軋りをして悔しがる。
ま、気持ちは判るよ、兄妹弟子!
縮地ワザからの連撃なんて、ほとんど奥義に近いワザをホイッと躱されたら、立つ瀬もクソもないもんな。
今宵もこの辺でに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。