127話
あーあ、やっぱ火はダメかぁ。更に難しくなるけど、熱に換える様にしときゃ良かった。
ちょっと反省。
魔法ってヤツは、別に奇跡を起こす方法論なんかじゃ無いからねぇ。
空気が無けりゃ火は燃えないし、そもそも燃焼物が全く無いタダの空間に、いきなり火が出たりなんてしないのが現実だ。
だからあの女が火達磨になったのは、多分自分の身体が燃えない様に、インベントリの内容物を身代わりにしてたからだと思う。
これって詰る所、要するにあの女が墜落して見せたのは死んだ振りの可能性が高いって事なんだけど、どうしようかな。
「メンド臭いよなー」
ワタシは一つ溜め息を吐くと、様子見の為に女が墜落した小川の方へ跳んだ。
小川と言っても、それはロダーヌの大河から見ればと言う話で、単体で見れば川幅も30ヤード(約28m)を超える結構な川だ。
落ちた辺りを見れば思った通り、女は一旦水中に沈んだ様で、川面には影も形も無い。
「ドロテアァッ!」
何か大きな声が聞こえたんで空中で振り返ると、さっき足を潰した軽鎧野郎が、ヨロヨロと群生する葦の間から這い出して来てた。
ふうん。あの女の名前はドロテアって言うのか。
うーん。魔法師でドロテアって、どっかで聞いた事がある気がするんだけど、どうだったっけ?
「ドドンッ!」
しかし名前を思い出そうと首を捻ったその直後、幾つかの銃声が重なって聞こえ、目の前で突然大量に実体化したピーちゃん達の二羽が砕け散った。
へっ!?
二羽が消えても、まだその総数10羽は下らないピーちゃん達は、ゆっくりと降下するワタシを護る様に、手が届く様な至近距離で周囲を旋回する。
「ピ、ピーちゃん・・・」
突然の出来事に呆然としながらも撃ったヤツを探せば、ソイツはすぐに見つかった。
50ヤード(約46m)位離れた川べりの砂地の上だ。
黒い重甲冑で全身を固めた大柄な騎士が、まだこっちに向けて銃をポイントしてやがる。
こんなヤツ、何時の間に出て来たんだ?
多分今の今まで気配を消して隠れてたんだろうけど、全然気が付かなかったよっ。
速攻で空中を蹴って軌道を変え、ガッと音を立てて着地すると、即座に天高く舞い上がったピーちゃんズにお礼を言って、ワタシは一気に黒鎧野郎との距離を詰めた。
「そこで止まれぃっ、小娘!」
こっちも砂地の上に出ると、黒鎧野郎が静止を掛けて来たので、笑いながら止まってやる。
ああ。多分今のワタシって、何時ぞやのエルンストさんもビックリの獰猛な笑い顔なんだろうな。
でもしょうがないよね。だってコイツってば、如何にも生粋の高位貴族って雰囲気ながらも、シャレにならない気配の持ち主なんだもん。
フェリクスおっさんとイイ勝負なんじゃないのかな。
魔法師相手の魔法戦なんてメンド臭くてイヤだけど、こんなヤツが相手なら何時でもウェルカムだよ!
ワタシが足を止めて対峙すると、黒鎧野郎は銃を仕舞い、両刃の大剣に持ち替えた。
王宮騎士なんかが使う突撃用の大剣だ。
「ひゅうっ」
思わず口笛を吹いちゃう。あんなのを対一の実戦で使う騎士なんて初めて見たよ。
彼我の距離は約10ヤード(9m)。
正しく騎士の間合いってヤツだし、ワタシを此処で止めたって事は、コイツってば絶対に「デキるコ」で間違い無いっ。
「既にこの辺り一帯は手の者らによって押さえられている。大人しく縛につけぃ」
でもこっちが超盛り上がってるって言うのに、黒鎧野郎が明後日な方向の事を言い出してきてガックリ。
オヒオヒ、ココまで来てソレは無いでしょ!
でもまあ仕方が無いんで探知魔法もどきで見てみれば、確かにこの周囲半径約200ヤード(約182m)くらいで、騎士と思しき連中が囲んでるのが見えた。
ふむふむ、おエラいさんの手下共ってワケですね。
でもここまで来たらもう止まれないよ。
向かって来るヤツは一人残らず斬り捨てるのみだ。
「騎士の作法のサの字も知らねえ、卑怯者もビックリのクソ虫みたいな臆病者のクセに、何をカッコ付けてるんだ?」
しょうが無いから大声で挑発をカマして様子見ー。
どうせこの件は身分も千差万別な大勢の連中が見てるから、後で完全な火消しなんか出来っこない。
ついでに言えば、まだ城門に近いこんな所で戦闘行為なんて衛士達が見逃さないんで、もうとっくにこの場は遠くから観察されてる筈なんだよな。
だからおエラいさんに傷が付く事は決定事項な上に、こっちは独りで身分も持ってるから、ヘタすると御咎め無しで、コイツらのヤられ損になる可能性が高いのよ。
つまりコイツらにはもう、ワタシを狼藉者として斬り捨てて、後は強硬に言い逃れる様な道しか残されていないってコトだ。
それなのに、なんでそんな誰も誤魔化されない様な子供染みたコトを言うのかねぇ。
「一騎打ちの最中に! 隠れて横から! しかも銃で! 狙い撃ちしてくる様なウジ虫なんて、騎士どころか人間未満だろ、クズ野郎がっ!」
こっちのセリフで黙った黒鎧野郎に大声で更なる挑発を入れてみる。
うーん。なんだか良く判んないけど、どうもこの黒鎧野郎って、銃でこっちを狙い撃って来た割りには、殺気と言うかヤる気と言うか、そんな気配が薄いんだよな。
もっと覇気を持って欲しいよね。男のコでしょっ。
「き、貴様・・・」
「オイオイ。卑怯なクソ虫の癖に人間サマの言葉とか喋ってんじゃねえ。コワいんなら黙ってまたその辺に隠れてたらどうだ?」
黙ってた黒鎧野郎がやっと口を開いたので、間髪を入れずに再再度の挑発をカマす。
フェイスガードに隠れて具体的な表情は見えないけど、こっちの度重なる挑発で黒鎧野郎はキレ掛かって来たらしく、歯軋りの音が聞こえそうな位、獰猛な気配が漂って来た。
にゅふふふ。キいてるキいてる。
「グッ、くくっ・・・」
おっと、遂に歯軋りする音まで聞こえて来ましたよ。
良く見ると黒鎧野郎は、大剣を持った両手がブルブルと細かく震え出してて、イイ感じだ。
うんうん。もう一息かな?
「大体さぁ、そこで這い回ってるクソ野郎がいきなりこっちに剣を抜いて来たのが原因だろ? しかも直後にまたいきなり魔法女が出て来て、その次は隠れて銃で狙い撃ちと来たもんだっ。どう考えても山賊とか馬賊の犯罪者共じゃねえか。周囲に居た連中やこっちの手下だって見てるんだ。世に法がある限り、そっちこそ言い逃れなんか出来無いぜ?」
ダメ押しとばかりに、ドドーンって感じに胸を張って、エラそうな態度で長台詞を大声で言い放つ。
さあどうだ! これで掛かって来なかったら男の子じゃないよっ。
「ぞっ、ぞれわぁぁぁ! わ、悪かっ、だと、思う・・・」
歯を食い縛ってるせいか、妙な音で声を上げながら、黒鎧野郎が凄い殺気で離れた所に居る軽鎧野郎を睨み付けた。
睨まれた軽鎧野郎ってば、ビクンと跳ねて痙攣を起こしてますよ。
アレはキくわー。普通の人だったら、殺気だけであの世からお迎えが来ちゃうレベルだねっ。
「わーるかったじゃねえよ、クソ虫っ」
でも殺気を向ける相手が違うよねって感じで、もう何度目かも判らなくなって来た挑発を入れる。
何か疲れて来ちゃいましたよ。(主に精神的に)
さっさと向かって来てくれないかなぁ。
今宵もこの辺りまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。