124話
米ってヤツは、単位面積当たりの収穫量が麦とは段違いで、更に粉にする事無くそのまま炊くだけで食べられるって理由から、庶民の主食用としてとっても普及した穀物だ。
栽培に沢山の水が不可欠な所から生産地は限られるものの、その効果は抜群で、もしライスが無かったら東聖王国や城塞都市連合は存在出来なかったろうと迄言われてる。
でもソレだけに「庶民御用達」のレッテルが貼られてて、貴族の間では「ライスイーター」って言う差別用語まである位なのですよ。
「いやぁ、貴族サマが食されてる様なライス料理とは完全に一線を画す世界ですよ。『ドン』ってご存知っすか? 町場で良く見る『ボウル』の原型っぽいヤツなんですが、ただ水で米を炊いたダケの物に適当な物をブッ掛けた食い物で、下層民御用達のブツでさあ。カバーソテーってのはソレに似た料理だって聞いてやすから、とてもじゃありやせんが、姫サンが口になさる様なモンじゃありません」
ちょっとプンスカしてるワタシの態度を和らげようと考えたのか、ロベールさんが弁解染みた長口上で説得を仕掛けて来た。
ボウルってのは町場の屋台なんかで良く見かける、サラダボウルみたいな器にスープで炊いたライスを敷き詰め、野菜や肉の別の料理を載せた庶民のファーストフードだ。
結構ウマいし、お腹も一杯になるからワタシはお気に入りなんだけど、スプ-ンとかで掻っ込んで食べるブツなので、貴族どころか士族だって眉を顰める「下賎の食べ物」ってヤツなんだよね。
「ふうーん」
ワタシは鼻を鳴らす様に相槌を入れると、更にこっちを説得する様に話を続けるロベールさんを改めて見た。
どうやらロベールさんはライス料理が相当お嫌いらしい。
嫌そうな顔で話す態度もそうなんだけど、何よりも話の内容がカバーソテーの話では無く、付随するライスの話に終始してる所を見てもソレが判る。
格調高い生まれ育ちどころか、壮絶な苦労の連続で生きて来た筈のロベールさんが、庶民の食べ物をそこまで嫌うってのも面白い話だよねぇ。
しかしまあ、何をどう言われようと、こっちは予定を変える積りなんてさらさら無い。
「言ってる事は判るけどさ、昔はライス料理にだって高級料理の分野があったんだよ。でもそんなの今じゃそこら辺には存在しないから、この機会に食べに行こうってワケ。嫌なら別に付いて来なくてもイイよ?」
喋り続けるロベールさんを片手で制して、態度を変えずに言い切る。
大体さぁ、後でマンゼールの支部で待ち合わせればイイんだから、一々こっちに付いて来る必要なんて無いんだよ。
もうランスの街は出ちゃったんだし、それぞれが好きな事をやりながらマンゼールに向かったってイイと思うんだけどね。
そんな感じの事を更に付け加えて言うと、ロベールさんは申し訳無さそうな顔で俯きながらも、それでも付いて来る事を口にした。
うーん。そんなにライスが嫌いなら、本当に付いて来なくてもイイのに。
実は密かに、店はデラージュ閣下に聞いて目星が付いてるんだよね。
と言うか、そもそもこのカバーソテーの話は閣下から聞いた話だ。
以前の呑み会の時、ワタシがこのテの料理の愛好者だと話したら、同じ様に愛好者らしい閣下と話が盛り上がってねぇ。
此処ランス地方の愛好者達が集う会員制高級レストランを一押しされて、紹介状まで貰っちゃったんだよな。
「高級なライス料理、ですかぁ。あっしはガキの頃から、何かって言やあ米のオートミールを食わされて育ちましたんで、どうにも米ってヤツが好きになれないんですよ。正直、クッソ不味いブツを流し込んだ思い出しか無いもんで・・・」
シラッとしちゃった場の雰囲気に苦しくなったのか、ロベールさんが遂にライス嫌いを白状したので、うんうんと肯いてあげる。
成る程ねぇ。まぁそんな事なんじゃないかと思ってはいたけどさ。
ライスてヤツは、高級品できちんと保存された物はともかく、大抵は周囲の臭気とかを吸い込んだりしたブツが普通だから、ボウルのライスをスープで炊くのはそれを誤魔化す為なんだもんな。
しかも古くなれば成る程、色々と酷くなって行くから、施設とやらでロベールさんが食べさせられてたブツがどんな物かなんて、イヤでも想像が付く。
そんなのをオートミール(それも多分塩と水だけだろう)で食わされ捲くったら、誰だって嫌いになるよ。
「ロベール殿の考えにわたくしも同感ですっ。お嬢様、下品な名物とやらにうつつを抜かして、危険な方向へ向かうのはおやめ下さい」
でもこれでどうやら一件落着って感じなので、ライス料理の真実ってヤツを話してあげようかとロベールさんに顔を向けると、今の今まで黙ってたレティのヤツが横槍を入れて来てガックリ。
ちっ。レティってば仲間外れになりそうだからって、絶妙のタイミングで突っ込んで来やがってぇ。
「ああ、もうっ。だから二人共付いて来なくてもイイって言ってるでしょ! マンゼールの支部で待ち合わせればイイじゃないっ」
何かもう面倒臭くなって来ちゃったので、ワタシは二人に最後通牒を突き付けると、独りでさっさと前に出る事にした。
まったく、なーにが危険な方向だってのよ。
父上はまだリプロンにだって着いて無い筈だし、例え総裁殿下と行き会ったとしても、こっちの素性なんか向こうには判んないんだから、単にすれ違うだけだ。
何処にも問題なんて無いってのにさ。
しかし「付いて来なくてもイイ」って言ったのに、何故か背後から二人の気配は消えない。
早足で歩き出したワタシってば、普通の人なら全力で走ってる様な速さで歩いてるってのに、二人共御苦労な事だよ。
「退け退けぇぃ! 高貴な御方の御一行であらせられるぞっ」
そのままムッとした感じで高速で歩いてると、大きな声と共に、向こう側から反対車線を軍馬の群れがやって来るのが見えた。
「うほお、デストリアだよっ。こりゃまった、結構なお貴族サマの御一行って感じだね」
まだちょっと距離はあるものの、えらく大型で特徴の有る黒い馬には見覚えがあったので、思わず声が出ちゃう。
良く見れば軍馬に乗った一団は、全身結構な金属の軽鎧姿で、いかにも「高貴な御方御一行の先駆け」って雰囲気だ。
いやあ、お金が掛かってそうな一団だわ。並みのおエラいさんじゃないね、この一行。
デストリアってのは数少ない魔物に怯え難い種類の大型馬で、ぶっちゃけゴブ程度なら一啼きして蹴り殺しちゃう程のタフさを誇る馬だけど、討伐戦ではやっぱり使い物にならないので、大抵はこう言った示威行為用途で使われる馬なのですよ。
要するに、とってもお高くて維持費も掛かるのに、見栄にしか使えない馬種って事だから、そんなのを先駆けに使ってるってだけで、そのお貴族サマの金満っぷりやエラさ加減が窺い知れるってコトですな。
「メンド臭いなー。エラいお貴族サマなんて、さっさと通り過ぎて欲しいよね」
思わず立ち止まって、そんな事を口にすると、何時の間にか両脇に居たレティとロベールさんが、両横からこっちの口を塞いで来たので笑う。
なんだかなー。
幾らワタシだって、相手がお貴族サマってだけで、そうそう簡単に喧嘩なんかフッ掛けないってのにさぁ。
でも笑ってられたのもそこまでだった。
「にゅう?」
その時こっち側の車線の、ワタシ達から見て大分前方に居た馬車の窓から大きなボールが転がり出て、直後に開いた扉から、小さな子供が反対車線に躍り出た。
上下の車線も、その中を三つに分ける方法と同じ様に、舗装路の石を魔法で染めた線が仕切ってるだけだから、横断しようと思えばカルガモだって何も考えずに出来ちゃうんで、こんな事件って割りと普通にあるんだけど、これは相手とタイミングが悪すぎる。
丁度擦れ違いざまのタイミングでボールが乱入して、馬が馬足を乱した所に、続いて子供までが乱入して来たんじゃ、幾ら歴戦の騎馬隊だって堪らないもんね。
バカラッ、バカバカッと大きな音と共に、幾頭もの軍馬が同時に地団太を踏み、馬の嘶きが耳を塞ぎたい様な音量で鳴り響く。
「皆、焦るでないぞ!」
しかしそこはおエラい方が抱える熟練(だと思うよ)の先駆け軍馬隊。
隊長らしき男の大声と共に全員が見事な馬術で立て直し、一気に子供とボールから距離を取ると、まるで何事も無かったかの様にワタシ達の横までやって来た。
おおー、流石って感じですなぁ。
相手が子供とボールじゃ仕方が無いし、ヘタに咎めておエラい貴族サマ御一行の動きを止めるのも悪手だもんね。
このテの連中は街道でのアクシデントってヤツに慣れてるのが当たり前だけど、こうも見事な対応を見せられちゃうと、拍手の一つも贈りたくなっちゃうわー。
見れば思った通り、騎馬隊の連中は無かった事にして通り過ぎる構えの様だ。
ただ、隊長らしき男が擦れ違いざまにこっちに会釈で仁義を切って来やがったので、ちょっとグッタリ。
普通人じゃ有り得ないスピードで歩いてたんだから、討伐騎士だって目星を付けられてたんだろうな。
しかしまー、しょうが無い。
こう言う時はホイッと出て子供を拾い、完全に無かった事にしてやるのが通り掛った騎士(従騎士だけど)の嗜みってヤツだ。
仕方が無いから肯いて「引き受けた」ってサインを送ると、ワタシは間の荷馬車達を飛び越して、子供を拾う為に街道の上下を分ける線上に出た。
「んん?」
するといきなり野生のカンが囁いたので、驚きながらも目を向けると、約100ヤード(約91m)程前方から、戻り車線の一番端にある歩道の更に先、葦が群生する小川の畔を物凄いスピードでこっちに向かって突っ込んで来る何かが目に入った。
「なんだろう。本隊から子供を拾いに出た騎士かね?」
って思ったのも束の間、トラブルを恐れて皆が逃げたせいか、街道上でポツンと独り立ち竦む形になった子供を間に置いて、対角線上に相対した途端、ソイツにかなりの殺気をぶつけられちゃって更に驚く。
しかもコイツ、このワタシを見て剣までスッパ抜きやがった!
マジか!?
考える間も無く身体が動いた。
一瞬で風の権化と化したワタシは子供と影の間に立つと、右手でインベントリから鉄棒君2号をスッパ抜いて迎撃体制に入る。
開いてる左手で、後ろの二人に子供を拾う様にサインを出しながらもちょっと苦笑い。
いやー、今の一瞬で思考加速魔法が三倍で起動しちゃってるわ。
このサイン、レティやロベールさんにちゃんと見えてるとイイんだけどねぇ。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難うございました。