123話
夜明けと共に殆どの門が開く城塞都市の朝は早い。
だから開門と同時に動き出す、街道の朝も早いんだよね。
時刻は朝の5時過ぎ。
出城の手続きに各門前に並ぶ人達を無視して、普段は開かない軍用の大門で書類を見せると、ワタシ達は衛士達の最敬礼を受けて最優先で出城の手続きに入った。
にゅふふふ。ちょっとした役得ってヤツですな。
ワタシとレティとロベールさんの三人は「討伐士協会支局長の指示で動いてる特別調査隊」だから、未だ対大規模スタンピード体制で開け閉めが行われてる馬鹿デカい軍用の門からだって出られるのですよ。
待ち列とか一切考えないでイイからラクでいいわぁ。
おエラいさんっぽい人に恐縮した様子でサインをねだられたりしたものの、手続き自体はささっと終わって、何処か街道周辺のパトロールから帰って来たんだろう衛士達の一隊と入れ違いに城外へ出ると、既に街道はランスから出て行く様々な馬車や牛車や荷車で一杯になってて驚く。
いやー、商人の人達って逞しいよなぁ。
それが例え整備された大街道とは言え、魔物の脅威から逃れる事は不可能である以上、彼らが動けるのは朝から夕方までで、目的地には夕方までに着かないとならない。
だから荷物を満載してノロノロとしたスピードでしか動けない商隊にとって、朝一で街を出るのが当然の事と聞いてはいたけれど、未だ対大規模スタンピード体制で、魔物狩りに余念が無い衛士隊や討伐士達の間を縫う様に出発して行く姿には、何か畏敬の念の様なモノを感じちゃいますよ。
ま、ソレが商売ってモンだと言われちゃうとそれまでだけどさ。
何となく苦笑しつつ、ワタシは目の前で大きく分かれた三叉路の一つを選択して、パラパラと同方向へ歩いてる人達と一緒に目的地へと向かって歩き出した。
このランス正門からはリプロン方面を筆頭に、城塞都市連合のゲルノー方面やデラージュ閣下の本拠地になってるヴィヨン方面と、大きく三方に大街道が分かれてる。
でもデカい案内板がそれぞれに設けられてるから迷う事は無いし、砕石舗装と呼ばれる舗装が施されてる大街道は、主に行く方と来る方に分かれてて、それぞれが更に車道二つと歩道に分かれてるから、徒歩者の少ない今は歩くのが楽チンなんだよね。
なお二つある車道の左側は一般用だ。
荷馬車二台が同時に通れるほど広いけど、今は色々な車でビッシリって感じ。見ただけで溜め息が出そう。
右側の貴族サマ優先道なんてそれより細いにも関わらず、スッカスカに空いてるんだから余計にそう感じるよなぁ。
「お嬢様、本当にこの方向で宜しいんですね?」
昨日の雨も何処へやら、もはや初夏と言うより夏真っ盛りな日差しに目を細めながら歩いてると、右後方を歩くレティのヤツが因縁を付けて来た。
「さっきも言ったけど、ちょっと寄り道して行く予定だから、これでイイんだよ」
シレッとした顔で片手を振りながら言うと、何かブツブツと言いながら引き下がるレティがウザいです。
今朝話したから判ってるとばっかり思ってたのに、コイツってば何で今頃になってケチを付けやがるのかな。
確かに今、ワタシ達が向かっている方向は北のリプロン方面で、目的地の方向である東方面とは間逆とは言わない迄も大分違う。
目的地はランス地方の東外れで、マンゼールって言う城塞都市連合に加わらなかった西聖王国の地封男爵が治める城塞町の近くだからね。
ワタシ達調査隊一行は、まずはそのマンゼールの支部で情報を収集する手筈になってるんだけど、ワタシは昨夜の宴会でおっさんに「寄る所があるからそっち優先でイイよね?」って言って了解を貰ってるんで、この寄り道は正当なモノだ。
そもそも宴会の時は寝コケてたレティが悪いんだし、今更文句を付けられる筋合いじゃないよなー。
「一応公式の調査隊でやすし、レティのアネさんは、それなりにカッコ付けとかないとマズいって言いたいんじゃないすかね?」
でも反対側からロベールさんまでもが似た様な事を言ってきてガックリ。
ロベールさん、アンタもか。
ええい、仕方が無い。今まで詳細は言って無かったけど、ここらでワタシの野望を開陳してやりますか。
「フッフッフッ。ロベールさんや、突然だけどロダーヌ河の名物と言えば何かね?」
ワタシは左後方を歩くロベールさんに手招きをすると、連立って歩く様にして話し掛けた。
「はぁ。名物ったって色々とありやすが、姫サンが言われるブツなんて、あっしにはさっぱり見当も付きませんや」
にゅうん。ロベールさんってツれないヒトだねぇ。
何やら「やってられん」って感じのポーズで答えるロベールさんにがっかりして、ワタシは天を仰ぐと、ググッと拳を握ってちょっと大きな声を上げた。
「ウナギだよウナギ! コレを食べずしてランスを出るべからずって感じでしょう?」
「・・・・・」
しかし、これでどうだって感じに握り拳した手を突き上げてまで断言したってのに、シレッとして無反応なレティどころか、ロベールさんからも困惑顔で黙るって態度が返って来て、更にガックリ。
ええー、ここは「そうでやすかっ、是非ともお供させて頂きやすっ」ってノって来る所なんじゃないの?
シラケた雰囲気の中、そっと突き上げた手を下ろして、思わずロベールさんをジト目で睨む。
「い、いやぁ、だってウナギなんてモンは、ランスの街中だって何処でも売ってたじゃありやせんか。今更言い出す様な話じゃ無いと思うんですがねえ」
「チッチッチッ、アマいなぁ。ワタシが求めてる物は、あんな棒切れみたいなモノとは格が違うんだよっ」
睨まれたせいでキョドった態度になったロベールさんに、ワタシは人差し指を突き付けて答えた。
確かにウナギってヤツは基本何処にでも売ってる庶民の味覚だ。
スモークして棒の様になったヤツが積まれて売られてる光景は、ランスに限らずそれこそ何処の街角でも見掛ける位だもんね。
まあアレだって細長いパンにでも挟んで食えば、たちまち野趣溢れる濃厚な味が広がって、中々に満足度の高いブツではある。
とってもB級なお味である事を除けば、簡単で安価、更に満腹感や満足感まで高い優れモノなのですよ。
しかーし! 今ココでワタシの求めているウナギはそんな下品なブツでは決して無いっ。
「ウナギの『カバーソテー』って聞いた事ある? 今じゃ寂れ放題に寂れてるって聞いてるけど、大昔はロダーヌの川向こうじゃ結構な名物で有名だったらしいんだよね」
この辺の生まれだって聞いてるし、もしかして知ってるカモと思って水を向けると、やはりと言うか何と言うか、ロベールさんはソレを知ってる感じだった。
「ああー、聞いた事はありやす。しかしそんなのは絶対に姫サンの口には合わないと思いますぜ? 何たってカバーソテーと言やあ、米ありきって聞きやすからねぇ」
「ライス上等だってのっ。そもそもワタシってばライス料理は好きだしさ」
なんだかなー。
ロベールさんの物言いに真っ向から立ち向かう姿勢を見せて、ワタシは少し嘆息した。
多分だけど、ロベールさんはカバーソテーとソレに纏わる料理自体は知らないんだろうと思う。
だからどんな物なのか「聞いた事がある」だけで、ソレを下卑た食べ物と一刀両断しちゃってるんだろうね。
なんたってライス料理と言えば、庶民から下層民にかけて親しまれる代表的な食べ物だ。
良いイメージが湧かないのも当たり前の話だからねぇ。
今宵もこの辺までに致しとう御座います。
読んで頂いた片、有難う御座いました。