122話
「要するに私と指揮下の部隊は本来の任務から外されて、フェリクス殿の指揮下に置かれて討伐戦場に赴かされる所だった訳ですから、姫様の登場にどれ程救われたと感じたか、お解かり頂けようと思います」
腕を組み、仏頂面で肯き始めたロベールさんはともかく、もはや疑問符を貼り付けた顔どころか、呆けた様な表情で話を聞いてるおっさんが羨ましいわー。
ワタシは仕方なしにやってられないポーズでおじ様に応えながら、手酌で注いだシャンパンを飲んだ。
こりゃぁ討伐士協会もかなりの腐敗っぷりで間違い無い。
そもそも、あの魔法士協会ですらランスの討伐士協会支局がランス腐敗の元凶だって掴んでたのに、当の討伐士協会本部はそんな事はお構い無しって感じで、対魔物専門であるおっさんの部隊を動かしてるんだしねぇ。
その件一つ取っても、最初から混乱を狙った仕掛けだったとしか考えられないもんな。
ちなみに稟議ってのは、平たく言えばエラいさん達を集めて会議を開くのは手間がかかるから、書類を回して各々の承認を得るってやり方で、ホントは「些細な事だから合議の場を開く必要が無い」んで使われる方法なんだけど、こう言うモノは「陰に隠れた誰か」ってのが表に出難いし、最悪の場合でも責任の所在が分散されるから、妙な画策をする奴らにとっては色々と都合がイイのですよ。
ぶっちゃけ、阿呆(クズ貴族)や虱野郎(カス役人)どもが良く使うテと言ってイイ。
呆け顔のおっさんが、遂に降参ポーズで天を仰いでるのを横目に、ワタシは盛大な溜め息を吐いた。
結局、人間の組織なんて基本はこんなモンなんだよ。
絶対者である総裁殿下が居るにも関わらず、そのちょっと下では幹部共が当たり前の様にこんな方法で好き勝手なコトをしてたりする。
幹部連の稟議で決まったとあれば、幾ら総裁殿下とは言え、余程の事で無い限り反対なんか出来ないから、追認するしか無い。
「それ、シャレになんないね。合議で云々ってコトは、下手すると稟議書に提案者の名前すら無いんじゃないの?」
真剣な疲れに襲われながらも口を開くと、おじ様はまだ可笑しそうな顔を改めないまま、シャンパンを口にした。
「その通りですな。本来ならば提案者の所にある、合議の席における出席者達の名前すら正確ではありませんでしたから、捏造や誰ぞの横車の可能性も否定出来ません」
「阿呆(貴族)共の考えそうなコトだわ。逃げた副支局長なんて、今頃は影も形も無いのかもね」
気が付けば自分でもゲッとなっちゃう様な嫌なセリフが口から出ちゃって、ちょっと自己嫌悪。
でも、多分そうに違いない。
後味の悪さを打ち消すようにシャンパンを煽ると、流石のおじ様からも笑い顔が消えた。
「最悪は『消された』のでしょう。ラヴランを押さえる事が出来たのは僥倖でしたが、アヤツめはどうやら肝心な事は何も知らされて無かったようで、あまり頼りにならぬ様ですからな」
「ブフォッ! ちょっ、おじ様ぁ!」
ワタシの言葉を更にイヤな方向で肯定しながらも、同時に真顔でリーズもビックリの「いやんなっちゃう」ポーズを決めたおじ様に思わず吹く。
「キャハハハッ」
やー、ダメだ。笑いが止まんないよ。
まさかこんな攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったわぁ。
ホントにおじ様って、こう言う所のケアがウマいって言うか何と言うか・・・。
お陰で、確かにイヤ気は大分消えたけどさぁ。
「ホントにイヤな話だねぇ。でもそう考えるとこの件って、傭兵団以外にも乱破とか、色々出て来てそうじゃない?」
「乱破や殺し屋共は大分掃除しましたよ。ブロイ家に誅された血盟兄弟ほどではありませんが、有名所が幾つか潰せました。連中も逃げに必死な様で、暗い所に銭金をバラ撒いてその手の連中を雇い捲くったのでしょうな」
「へっ、へー、そーなんだ。大変なんだね、おじ様も」
笑い涙を拭きながら、ちょっと気を取り直した所で警告っぽい事を口にしたら、おじ様に綺麗に返されちゃって、何かガックリ。
しかも「血盟兄弟」と言った直後に、高速ウィンクまでカマして来てくれちゃって、こっちが一瞬慌てて口篭ると言うオマケ付だ。
もうっ、おじ様ってばフザけ過ぎ!
かなりヤバ目の話をしてる筈なのに、これじゃまるで笑い話をしてるみたいだよ。
「お前達が何を言ってるのか、マジで判んなくなって来たぞっ」
ワタシがキョドった状態から立ち直ると、ちょっとイラ付き気味になってたおっさんが一声吼えた。
あーあ、おっさんも遂に我慢出来なくなっちゃったみたいだね。
放っておきたいけどしょうが無い。
役人だの貴族だののやり方なんて、一々おっさんに説明してたら日が暮れるけど、この件くらいは付き合ってやるか。
「おっさんってさ、実はランス支局の強制的な実行支配を命じられてたんじゃないの?」
ペド野郎と最初に会った時、おっさんが代官屋敷制圧を「やっちゃえ」と即座に指図出来た背景には、何かがある筈なんだよね。
ぶっちゃけて言えば、総裁殿下の御命令とかさ。
そうじゃ無かったら、仮にも西聖王国の施設である代官公邸を武力で抑えろなんて指図出来る筈が無い。
「お前なんでソレを知ってやがるんだよっ・・・って、聞くだけムダか。ああ、そうだっ。命令書には単にランス異動の話しかなかったが、グランツのじい様がラヴランの野郎を押さえて、取り敢えずアタマを取っとけって言っててな」
話を振られた事で機嫌を直したのか、おっさんが進んで裏話を開陳して来たのでウンウンと肯く。
でも話の内容のあまりの酷さにちょっとビックリ。
「流石の総裁殿下も『稟議書』には疑問を持ってたってコトだね。そりゃ重症だわ」
総裁殿下は協会内部からの「その手の情報」を遮断されてたから、ソレを知る為に直接手駒を動かすしか無かったってワケだもんな。
しかも脳筋のおっさんを動かすって事は、暴力ありきの手段に訴えるしか無い情況ってコトになる。
それってさぁ、組織として考えたらもう末期症状なんじゃないの?
「おいっ。だから稟議書だとかナンだとかってのは、結局ナンなんだ?」
ワタシの物言いのせいか、再度イラッとした表情になったおっさんがウザいです。
もう面倒臭くなって来たし、後は直球ド真ん中でイイかぁ。
「だからさー、今までの話って、要はワタシもおじ様もおっさんも、協会本部の誰かさんにハメられて、そいつらが大規模奴隷売買を仕切ってた事実を誤魔化す為の片棒を担がされてたって話なんだよ」
言う前から判ってたコトだけど、ワタシの言葉を聞いた途端、急速に熱量の上がったおっさんがいきなり立ち上がっちゃってグッタリ。
「ふっざけんな! クソ共が調子に乗りやがってぇっ」
あーあー。もう、ホントにこのヒトってば面倒臭いヒトだよなぁ。
「何もかもが遅きに失した頃になって怒り出しても意味無いから辞めたら? こっちだって御同様なんだしさ」
まともに相手をするのもかったるいので、ワタシはいきり立つおっさんを尻目に冷たく言い放って、ゆっくりとシャンパンに口を付けた。
別に腐敗隠しのフタ役にされたのはおっさんだけじゃない。
このワタシだって、散々っぱら利用されてるんだからさ。
「はぁっ・・・ったくよお、マルコのヤツにも同じ事を言われて無かったら、危うく爆発する所だったぜ」
あれ? なんかおっさんのヤツ、珍しく自分から大人しくなりやがりましたよ。
と思ったら、どうやら件のマルコ氏が先手を打ってくれてたようだ。
流石に「切れ者」と呼ばれるお方は違うわーと感心しつつ、再度ソファーに座り直したおっさんを横目で見ながら、ホッと一息。
「しかしこの件、流石にこのまま手を拱いて見ておるだけ、と言う訳にも行きますまい」
するとおっさんが大人しくなるタイミングを見計らってたのか、おじ様が片手を挙げて口を挟んで来た。
うんうん、確かにそうだけどさ。
でもワタシってば、もう速攻で此処から出るのは確定なんだから、別に変な対策とかいらないんですけど。
「まあそうだな。マルコが言うには、今最大限に利用され捲くってるマリーがこのまま南部連合や協会に近い所に居るのはマズいから、一旦切り離しておいた方がイイって事だ」
「ああ成る程ね、そう言う話かぁ。でも今のワタシを討伐士協会から切り離す手段なんてあるの?」
ランスから離れる話かと思ったら、南部連合や協会から離れる話だったよ。
言われてみれば、そっちの方が重要な話だよな。
「それなんだがな、今はお前を此処から逃がさなきゃならねえのも急務だが、マルコが言うには、誰もが納得する様な理由が無えと、グランツのじい様から逃げ回ってる様に見えちまって悪手なんだそうだ。そこで、コイツの出番だ」
そう言いながら、おっさんはインベントリから一枚の紙を出してローテーブルの上に置いた。
「ロダーヌの向こう側でガッシュの噂が出てるんだが、今のウチの状態じゃ調査部隊一つ出せる余裕は無え。だからお前に行って貰おうって話だよ」
ほほう。ロダーヌの向こう側ですか。
何だか自慢げに胸を逸らしたおっさんに苦笑しながら、ワタシはアリーに聞いたこの地方の事を改めて思い出した。
ランスの街って言うのは中心地であるだけで、当然ながらそれが全てってワケじゃ無く、王領ランス地方ってヤツはロダーヌ河の向こう側にだって広がってるのですよ。
ここ十数年で撤退しちゃったけど、本当は砦とか色々あって、河の向こう側だって前はそれなりに栄えてたらしいんだよね。
今じゃポツポツと村が点在してる程度で、かつての砦とかは荒廃して山賊の巣になったりしてるらしいけどさ。
「でもさぁ、協会の討伐依頼で出るんだったら、協会からは離れられないんじゃないの?」
「協会の依頼じゃねえ、支局長の直接依頼だ。これならお前は俺の個人的な依頼で動く事になるから、協会本部とは完全に切り離されるし、その後は都市連合にでも入っちまえば好き勝手出来るだろう」
ローテーブルの上に置かれた依頼書を見ながら懸念を口にすると、おっさんが切り返す様に答えて来たので、成る程ねえと感心しつつもちょっと笑う。
徹頭徹尾マルコ氏の提案なんだと思うのに、おっさんてば、どうしてこんなに自慢げなのかなぁ。
って、肝心な事を訊いておかないとマズいよね。
「ガッシュって、何が湧いたの?」
湧いた魔物によっては疲れる話になりそうだもんな。
魔物田螺の討伐とかだったら、マジで「お疲れ~」って感じだしさ。
まあ調査部隊云々って言う位だから、それなりに強い魔物が湧いたんだろうとは思うけども。
「オーガだ。5、6体の群れ単位で目撃されてやがるから、最悪は後ろに複数のハイオーガがいると考えてイイだろう。普通に考えたらかなりヤバい話だな」
すると何気にちょっとイヤそうな顔になったおっさんから、とっても素敵なお話が出て来てビックリ!
ハイオーガ! マジですか。
イイですねえ。大魔山脈のハイオーガなんて、さぞかし年季が入っててお強いんでしょうねぇ。ちょっと燃えて来ちゃったよ。
「デラージュ閣下から貰った剣の試し斬りにもって来いの話だねぇ」
「ちっ、そう言うと思ったぜ。全くよぉ、普通ならバッツ(討伐騎士)のチームだって逃げ出す様な話だってのに、お前らしいよなぁ」
やってられんってな感じのポーズになりながら、漸く本当の笑い顔になったおっさんにホッとして、こっちも釣られて笑う。
見ればおじ様もロベールさんも、今までのイヤな雰囲気から抜け出た感じで、和やかな雰囲気で一緒に笑ってくれてた。
良っし。今夜は盛大に飲んじゃおうかな。
で、明日からは旅の空だ。
ワタシは未だ見ぬハイオーガの群れに思いを馳せながら、ランス最後の夜を怒涛の宴会で締め括る事にした。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。