121話
ふと見ると、コの字型に置かれたデカいソファーの、さっきまでおっさん達が居た真ん中部分では、レティが横になってスースーと気持ち良さそうに寝てた。
なんだかなー。
おっさんは真面目モードになるわ、レティのヤツはこうなるわ、双方のキャラが逆転した感じだよ。
「そこで本題なんだが、お前はしばらく討伐士協会とは離れといた方がイイって、マルコのヤツが言うんだよな」
ふんむ。おっさんにしてはこれまた随分と、真っ当な御意見だねぇ。
って、意見を出してるのはマルコ氏か。
脳筋おっさんからこんな提案が出て来ると不思議な気分になるけど、切れ者と呼ばれるマルコ氏の言葉だと考えると納得だわ。
「なんかあったの?」
色々と情報を分析した結果なんだろうなぁと思いつつ、先ずは事情を聞こうと身を乗り出すと、おっさんはやってられないポーズを決めながらも即答で答えた。
「マルコが情報を色々掴んで来やがってな。どうも中央がキナ臭いみてえなんだよ。ぶっちゃけちまえば、西のバカ共とつるんでる阿呆共が何やら画策してるらしい」
「ほう、そう来ましたか。クズ公爵共が南部連合を黙って見てるとは思いませんでしたが、初手から協会内部を切り崩してくるとは、中々にヤって来ますな」
相槌を打つ様に口を挟んで来たおじ様の言葉に、やっぱりねと思いながらもゲンナリ。
思わずこっちもやってらんないポーズで応えて、天を仰いだ。
「おじ様も南部連合、ううん、討伐士協会の中枢に裏切り者が居ると思う?」
こんな直球話が出て来ちゃったら、もう余計な回り道をしても意味は薄いんで、話に追随してきたおじ様にド真ん中な話を振ってみる。
どうせおっさんはマルコ氏の話以外ではあまりアテにならないんだし、先ずは対阿呆(貴族)共では海千山千ってヒトの意見ってヤツを聞いてみたい所だよね。
「流石に気が付いておられましたか。しかし一体どの辺りでソレに気が付かれたのですかな?」
にゅう。おじ様の反応がおかしい。
質問に質問で返すなってのは常道だと思うんけど、どうやらおじ様はおっさん向けに、事態をワタシに解説して貰いたいみたいだね。
自慢じゃ無いけど「絶望的な交渉力に政治バカの二重苦」と言われたこのワタシに、そんな解説能力なんて無いよん。
あんまりヘンな期待はしないで欲しいんだけどなぁ。
「一言で言っちゃうと、ダレクの村を見た時かな。結構な宿場町を作ろうとしてた割りに、協会の支部が無かったからね」
全くの推測だけど、商伯は南部連合絡みの開発では総裁殿下、と言うか討伐士協会中央と組んでるんだと思う。
商伯側にとって、西聖王国南部なんて地縁の薄い地域に首を突っ込むには、討伐士協会ほどの絶好なコラボ相手は居ないもんな。
多分、アレの支部で聞いた「商会」ってのも、G商会の直系商会なんじゃないのかなぁ。
「そもそも例の陸路の話ってさぁ、G商会との仲立ち役が出来る総裁殿下肝いりの誰かが支部長としてアレの町に赴任して、前代官を取り込んで一気に最初の基点となるアレの町を開発した後、協会の武威を頼みに魔物を蹴散らしながら、裏街道の整備を進めて行くって話だったんじゃないの?」
「ああ、そんな話だったな。幾ら何でも、その位は俺だって知ってる」
「だからさぁ、その意図に気付いた西の王宮が、前代官を更迭して潰しに掛かって来たってコトでしょ」
肯きながらただ話を聞いてるおじ様を尻目に、何か胸を張って嘴を突っ込んできたおっさんをメッって感じに睨みつけて、ワタシは息を吐いた。
その後の展開から考えても、ワタシがヤッた現代官は西の王宮直結のヤツだった可能性が高い。
だとすれば、あのガマガエルは汚職をしてたんじゃ無くて、商伯と総裁殿下の計画を潰そうとして無茶な収奪をしてたってコトだ。
敵地の只中に赴任して嫌われ者をやる役なら、常道である「家臣を役人に任命して小銭を稼ぐ道」を捨てて、ピックアップした凄腕(笑)の家臣を寄騎なんて言う自由な身分で側に置いてた理由も納得が行くもんな。
「それでアレの町やダレク村の開発はストップしたと思うんだけど、これだけだと、ダレク村に支部が無い話は説明出来無いじゃない」
「あ? ああ、そう、なのか?」
諭す様に話してやったと言うのに、モノの見事に通じて無いおっさんの返事に思わずコケそうになる。
流石は脳筋一代中年様!
期待を裏切らないヒトだよなぁ、ホントに。
「アレの前支部長は前代官の討伐指令を受けて、事実上の護衛役として即座に着いて行きましたからな」
おっさんの脳筋っぷりに感心してると、おじ様から追加情報が出て来て更に納得。
やっぱアレのしぶちょーは、その役を急遽押し付けられた格好だったってワケか。
そりゃ「やってられん」ってポーズにも磨きが掛かるってモンだ。
「一言で言っちゃえばさぁ、ダレク村に支部が無かったワケは『協会中枢に近い誰かのサボタージュ』だったと思うんだよ。本来なら開発の初期段階で出来てなければマズい討伐士協会の支部が、村の開発が始まっても出来て無いなんてコトは、総裁殿下の意図を知る立場にある誰かが、意図的に遅滞工作をしたとしか考えられないしさ」
「ちょっと待てよ。幾ら協会の支部だって、代官や領主の許可ナシじゃそうホイホイと作れねえんだぞ?」
おじ様の話に納得して、一気に「ここがキモ!」って感じの話をしたってのに、おっさんが乳幼児並みなチャチャを入れてきてガックリ。
助けを求めておじ様を見れば、苦虫を噛み潰した様な表情で口をヘの字に結び、ダンマリを決め込んでてアテに成りそうも無い。
お、おじさま・・・。
もう二度ガックリって感じ。
会ったばかりの頃ならイザ知らず、今じゃおじ様がそんな顔をしてる時は、爆笑しそうなのを堪えてる時だって判っちゃってるからねぇ。
全く。笑ってないで助けて欲しいよな。
「まさかその程度の些細な事まで説明しろなんて言わないよね?」
しょうが無いからググッと目を向いて睨んでやると、おっさんが降参のポーズで応えた。
ふむ。どうやらワタシやおじ様の態度から、少なくとも自分が言った事が「おバカな事」だって事は判ったようですな。
宜しい。では続きと行こうじゃありませんか。
ワタシはおっさんの態度にウンウンと肯くと、ソファーに背を預けて座り直した。
まあ確かにおっさんの言う通り、ダレクの村は王領町村だから、討伐士協会が支部を作るには王(と言うより当地の代官)の許可が要るけど、そんなの前代官が出してる筈だから問題にも成らない。
何たって相手は無く子も黙る討伐士協会だ。
一度許可証を出した以上、代官が代わった程度の理由でそれを反故にする事は出来無いもんな。
「大体ねぇ、紅蓮の翼の件一つとっても、奴らに情報を流してたヤツの更に上に、指示を出してたヤツが『協会内に居る筈』なのに、ソイツは未だに不明なままでしょ?」
もう説明とか色々面倒臭くなって来たんで、ワタシは一気に核心部分を言い切って、未だシブ顔のままのおじ様の顔を見た。
あの件は相当深い裏側がある筈なんだよ。
逃げた副支局長なんて言う小物の絵図で(多分実績を作らせる為だろうけど)巨頭公爵家の次男坊は出張っては来ないからね。
疑問符を顔に張り付けてキョドってるおっさんを尻目に、ワタシが黙って顔を見続けると、シブ顔から立ち直ったおじ様が漸く口を開いた。
「サントール公ロダン家の直系次男が出て来ている以上、何らかの保険がある筈と考えるのは自然ですが、その様にお考えになりましたか・・・」
おじ様は一旦ワタシの視線を避ける様に目を逸らすと、もう一度目を合わせてから、ククッと笑った。
「確かに仰るとおり、協会本部は不自然な動きが目立ちますな。私がランス代官閣下を護衛する事になった一件にしても、命令自体は『中央での合議で決まった事が追認された書類』ですので、それだけでも怪しさ爆発と言った所でしょう」
ええっと、ソレって笑いながら話す様な事なんでしょうか。
ちょっと眩暈がして、ワタシはソレを打ち消す様にグラスのシャンパンを一気飲みした。
要はおじ様に「ランス代官一家の保護」を命じたのは総裁殿下では無く、一枚の稟議書類だったと言う話だけど、もしそれが本当なら、これってシャレにならない陰謀事案だ。
密かに総裁殿下のサイン入り逮捕状を持って、ランス支局大掃除を事実上の主任務とする筈だったおじ様の部隊に、代官護衛なんて任務を回して後手に回らせた張本人が稟議書類だったってコトだからねぇ。
いやー、こんなベッタベタな話って本当に聞くとは思わなかったよ。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂こうと思います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。