120話
「ロベールさんもそろそろ座ったら?」
レティから手が離れたんで、取り敢えずロベールさんにもまったりする事を勧めてみる。
いい加減、下男役もそろそろ終わりにして貰わないと、ずっとまったりお酒を飲んでるこっちが申し訳無くなっちゃうしさ。
「ああ、すいませんねぇ。コレでお終いなんで、後はあっしもお仲間に入れて貰う積りでさぁ」
ロベールさんはそう言うと、デカいローテーブルの向こう側に回ってチーズやら何やら色々乗ったお皿を二つ置いた後、残り一つを持ってこっちに戻ってきた。
ついでに空いたお皿を持って来て貰うと、ワタシはそれらを専用のストレージに放り込んだ。
皿と「それ以外」を綺麗に分離して、汚れやゴミは固めて捨てられるシステムを組んでるから、片付けいらずなんだよね。
ウチの厨房からコピって来た魔法陣が元だけど、大きな魔法力をもってるとこんなのも片手間に出来るからラクだ。
生活魔法(ホントは料理人魔法だけど)って便利!
「いやぁ、便利なモンですねえ。そんな凄いブツは王宮にでも行かないと見られないモンだと思ってやしたよ」
ロベールさんの手放しの称賛にちょっとイイ気分になりながら、ワタシは彼に新しいグラスを渡して、トトトッとシャンパンを注いであげる。
「ああ、なんかすいやせん。姫サンに注いで貰うなんて、下男にゃ有るまじき光栄で」
「ハイハイ、下男役はもう終わりだよん。それより、例の件って進んでる? 山に入ったら実戦で練習して貰うから、それまでにはある程度慣れておいて貰いたいんだけど」
ロベールさんにはワタシ謹製の「基礎の魔法&戦闘技講座・ロベールさん用」みたいなブツを渡して、練習する様に言ってある。
今は実戦でイマイチな感じかも知れないけど、本人の資質はかなりのモンだし、ちゃんと一からやり直せば相当な所まで行けると思うんだよね。
しかし当のロベールさんはソファーの隣に座ったのも束の間、ワタシの話を聞くと、申し訳無さそうな顔でまたスパッと立ち上がった。
「申し訳ありやせんっ。体術の方は何とか基礎練習には漕ぎ着けやしたが、魔法の方は、何か今まであっしが持ってた感覚の全否定って感じでやして、悪戦苦闘してる最中です・・・」
「ああ、もうっ。そんなにすぐに身に付く様なモノじゃ無いって言ったでしょっ」
いきなり90度の角度で腰を折って頭を下げたロベールさんを、即座の力ワザでまた座らせてホッと一息。
幾ら臣下って言っても、ワタシってばそんな態度を取られる程エラい人間じゃ無いんだから、勘弁してよねっ。
大体、魔法技術の習得を根底からやり直せって言ってるのも同然なのに、こんな短期間でどうにかしろとか、どんだけのムチャ振りだって言うんだよ。
って、ロベールさん、まさかトンデモ無いムチャをしてるんじゃないよね?
「あのね、例え基礎とは言え、こんな短期間でワタシ流の魔法技術が身に付いちゃったら、マジでトンデモ無い天才レベルだよ? ワタシだって此処まで来るのに10年位掛かってるんだからさぁ」
肩に手を置いて、念には念をって感じに言い聞かせると、やたらと恐縮気味なロベールさんが漸くと言った感じで口を開いた。
「あっしはまともな魔法の師匠も居なかったんで、姫サン手ずからの教本とか貰っちまって、なんかこう凄く嬉しかったんですよ。そんで『こいつは速攻で覚えないとイケねえ』とかって思いやして・・・」
げげぇ。
ロベールさんの言葉に一瞬唖然としちゃって、言葉が出ない。
魔法技術の基礎部分習得でそんな危ないコトを考えてたら、成る物も成らなくなるどころか、ヘタすりゃ廃人になっちゃう。
あんな生い立ちじゃ気持ちも判るんだけど、これはマジで辞めさせないとマズいわ。
ポツポツと無茶な修行内容を語るロベールさんに肯きながらも、ワタシはちょっと心を鬼にして言うべき事を言う事にした。
「そこまでしてくれるのは嬉しいけど、魔法修行に無理は絶対禁物だよ。徐々に慣らして行くって感じじゃないとマジでヤバいから、そこだけは約束して。お願い」
ちょっと怖い顔までして言い切る。
今此処で約束させないと、この後どんな無茶な事をやるか判んない感じだから、ここは絶対に譲れない。
すると、俯き加減だったロベールさんがググッと握り拳をして顔を上げてくれた。
良かった。こっちの考えを理解してくれたっぽい。
「へ、へえっ! 勿論っす。姫サンにそう言われちゃ、もう無理なんか絶対に致しやせんっ」
ぶへっ! それじゃ「お願い」じゃなくて「命令」だよ。
ロベールさんの宣誓めいた約束にちょっとグッタリしちゃったけれど、要は本人の為になればそれでイイかと思い直して、ワタシは胸を撫で下ろした。
いやー、結構危ないトコだったわぁ。
こっちは「余裕の範囲内でやってね」って積りだったし、せいぜい内容を把握してくれればイイ程度に思ってたのに、まさかそんな気合で突っ走られちゃうとは思わなかったもんねぇ。
これから魔法ネタを伝授する時は、ちゃんと注意事項を徹底しないとマズいわ。
ロベールさんでコレじゃ、思考加速魔法の教本を渡したレティのヤツだって、マジで確認しとかないとヤバいかも知れないよ。
ううみゅ。ちょっと冷や汗が出ちゃった。
「てめえロベールゥ、何時の間にかコイツに取り入りやがって、汚えぞっ」
ハハハと乾いた笑いで、冷や汗を誤魔化しながらシャンパンを煽ってると、何時の間にか反対側のソファーにやって来たおっさんが絡んで来てウンザリ。
「別に取り入ったりして無いでしょ。こっちがお願いした様なモンなんだからさぁ」
取り敢えずの牽制ゼリフを放って、まずは様子見。
おっさんのヤツ、マチアスおじ様をレティに取られちゃったせいか、話し相手(絡み相手)を探しに来やがったのかねぇ。
メンド臭いなーと思ってると、ワタシとロベールさんの向かいにドッカリと座ったおっさんは、何故かシレッとした素面の顔だった。
アレ? おっさんってば結構イイ感じで酔っ払ってなかったっけ?
ちょっとビックリ。
「まぁなんだ。あれから色々とマルコのヤツに説教されちまってな。腹も膨れた所でそろそろ本題と行きたいんだが」
にゅうん。おっさんのヤツ、素面どころか、真面目な表情になってやがってて気持ちが悪いわ。
確かにおっさんって、ワタシの中では「ししょー以外では最強の騎士」って位置付けだから、アルコールのコントロールなんて楽勝で出来る筈とは思うものの、日頃の行いがアレだし、こんな表情をされると不気味な感じしかしないよなぁ。
って言うか、さっきまでの話って本題じゃ無かったのかよ。
「ふうん。さっきまで結構酔っ払っておじ様に絡んでたヒトがどう言う風の吹き回し?」
思わず一睨み入れてから、横からロベールさんに注いで貰ったシャンパンを飲んで気を落ち着ける。
なーんか調子が狂うんだよね。
こんな顔付きのおっさんを相手にするのなんて、アレの町での一件以来なんじゃないのかな。
「あー、アレは何時もの挨拶みてえなモンだ。此処はともかく戦場じゃ何処で誰が聞いてるか判んねえから、ああ言う情報交換のやり方が身に付いちまってるんだよな」
イラン所を突っ込むなって感じに、片手を振りながら答えたおっさんに「へぇっ」と唸る。
確かにそう言うコトってありがちな話だと思うけど、このおっさんの口から出て来るとヘンにしか感じないよね。
なんか真っ当な騎士卿サマと話してるみたいで、ホント、調子が狂うわ。
「酒席では、まあ良くある形ってヤツで御座いますな」
でも何時の間にかおっさんの隣に座ってたおじ様が追従して来たんで、ワタシは仕方が無く現状を受け入れる事にした。
あーあ。なんだか良く判らないけど、おじ様までがフォローに回るってコトは、おっさんってばかなりマジな話をする積りみたいだね。
今宵もこの辺までに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。