119話
「マルコのヤツ、何か偉く機嫌が悪くてな。縁の薄い集まりに出ている暇は無いとか言って、着いて来やがらなかったんだ」
「ふむ。それはまたナンと言いますか・・・閣下も、もう少し色々とお考えを改められたほうが宜しいのでは?」
「なんでこっちのせいになってやがんだよ。今日だってアイツが色々と煩いのを見越して、ビシッと制服を着てやったってのに、逆に『自分が居ない間に随分と真面目になられた様で』とかって、嫌味タラタラだったんだぞっ」
何か猛ダッシュで出来上がっちゃったフェリクスおっさんが、早速マチアスおじ様に絡んでるのを横目に、魔物貝を肴に絶品のシャンパンを愉しむ。
もっとも魔物貝ってのは魔物化しちゃった貝の総称で、コレは魔物化した田螺のガーリックソテーなんだけどね。
ちなみに料理はこれが既に5皿目で、何故か妙に張り切ってるロベールさんが給仕役になって、こっちと厨房を行ったり来たりしてる。
いい加減、こっちでのんびりすればイイのに「あっしは下男枠なんで、こう言う時はバッチリ働かせて頂きやすぜっ」とか言って譲らないんですよ。
苦労性なヒトだよね、ホント。
しかしこの魔物田螺、中々に侮れないブツだわ。
穿り出した中身ダケとは言え、赤ちゃんの拳くらいあるソレの切り身を口に入れると、コリコリとした歯触りに、海の貝とは違った淡い旨みとガーリックのちょっと野卑なお味が絡まって、中々にンマい。
思わず「うむっ」って唸りたくなっちゃう。
田螺なんて、魔物貝だろうとナンだろうとモロに庶民の食べ物だから、今まで食べた事無かったけれど、何かソンした気分になっちゃうよ。
このシャンパンにも良く合うわー。
そう言えば、魔物貝って思いっきり討伐対象なんだよね。
魔物化すると元が何であれ、周囲の生き物をエサにし捲くって大迷惑だからなんだけど、
実力の薄い下級討伐士達にとってはモロに飯のタネになってると聞いた事がある。
水棲の下等生物は何故か魔物化しやすい。
似た様な生き物の蝸牛が魔物化したって話は聞いた事が無いのに対して、田螺やドブ貝(淡水に棲む二枚貝)が魔物化する話は良くある事で、協会支部に行くと討伐依頼が出てるのを結構見かけるくらいだ。
多分魔力の濃い場所は水自体も魔力を持ち易いから、海や川の様に流れが無い上に、限定された水量の場所では、そこに棲んでいる生き物も魔力が溜まり易いんだと思う。
魚とかになると魔物化する前に死んじゃうけど、貝とかだと死に難いからねぇ。
「ひぃ様は以前もそうでしたが、そのお身体になられてからはお酒好きっぷりに拍車が掛かった様ですねぇ」
うおっ!
魔物貝の事を考えてると、いきなり真横からレティの声が聞こえてビックリ。
本当にコイツのこう言う所って悪いクセだよなぁ。
「え? 別にワタシってば元々お酒好きって程では無かったよ。蒸留酒系とか好きじゃ無いしさ」
独りで淡々と飲んでいる所を邪魔された腹いせに、即座に否定形で切り返したものの、その内容は紛れも無く心の中の真実だ。
お酒好きって言うヒトらは、まず大抵が蒸留酒も好きだからね。
そう言う意味では、ワタシは別に酒好きって人らの中には入らないと思うんだよ。
「言われてみればその様ですが、ひぃ様の様に淡々としたペースが続く様なお酒の飲み方をする方は、大抵の場合、お酒好きで酒豪な方と世間では言われると思いますよ」
ゲッ、そうだったのか。
ちょっと顔の赤いレティの、シレッとした返答にちょっと驚く。
世間の見方なんてあんまり考えた事が無かったけど、そう言われればそうかなのも知れない。
良く考えればワタシだって、酒場でそんな飲み方をする人を見掛けたら、そんな風に思うもんな。
ぬう。これはちょっと考えを改めないとマズいかも。
魔法でアルコールがもたらす酩酊をコントロール出来る討伐騎士は、余程気を許していない限り、そもそもが酒に酔っぱらい難いモノだけれど、ワタシは昔からそのテの事が出来るから、アルコールに流されずに淡々とお酒の味を愉しむ様な所がある。
しかもこの身体になって以降、飲む量って言うか「飲める量」が飛躍的に増えてるし、酔いに流されてフニャフニャにならなければどんなに飲んでも平気っぽいから、つい量を飲んでしまいがちなんだよね。
あんまり気にしてなかったんだけど、この外見だし、そりゃ他人から見たら「酒好き女」のレッテルを貼られちゃっても不思議じゃ無いわ。
ちょっと反省。
「レティこそ元々お酒大好きじゃん。醸造酒だろうと蒸留酒だろうと何でもドンと来いって感じだしさぁ」
でもレティの言いをそのまま受け入れるのはシャクなんで、反省しながらも反撃を入れてやると、ヤツは何故か不敵な感じで笑った。
「そうですね。確かにわたくしはお酒が好きですが、一番好きなのはひぃ様ですから大丈夫です!」
うわぁ。
言葉の後でドンッと胸を叩きながらも、グイーっとグラスを干したレティにちょっと引く。
もう完全に酔っ払いのセリフじゃない、コレ。
良く良く見れば、レティのヤツは顔は赤いしフラついてやがるし、見た目にも立派な酔っ払いになってやがる。
なんだかなー。飲んでる量自体は同じ程度だと思うのに、どうしてなんだろか。
コイツがこんなに簡単に酔っ払うなんて珍しいんですよ。
レティがこうなる時は大抵、何か大きな事をやり遂げたとか、大きな懸案が何とかなったとか、そんな事が背景にある筈なんだけどねぇ。
やっぱさっきのおっさんとのやりとりなのかなぁ。
さっぱり判らんかったけど、コイツにとっては大きな事だったのかも知れない。
「うんうん、良かった良かった、良かったねー」
日頃迷惑を掛けてるってコトもあるんで、そのまま放り出したりせず、逆に成功を祝ってポンポンと肩を叩いて機嫌をとってやると、レティのヤツは「判って頂けるとは、正しく持って恐悦至極!」とか言いながら、立ち上がってお辞儀をした。
うーん、大丈夫なんかな、コイツ。
やたらと御丁寧なお辞儀をした後「ではわたくし、残敵の掃討に行って参りまっす!」と言って、おじ様達の方にフラフラと歩き出したレティをちょっと心配な気持ちで見ていると、今度はロベールさんがやって来た。
「いやいやー、流石のレティ姉さんも一仕事終ってお疲れって感じなんでしょう。マチアス様にお任せしとけば大丈夫でやすから、放っておいてイイんじゃないすかね」
器用にも大きなお皿を3つも持ってやって来たロベールさんの言葉に、それもそうかと思って、ワタシはレティの事はおじ様に任せる事にした。
見ればおじ様は、やって来たレティをホホイとソファーに座らせて、何やら優しげに構ってやってる感じだし、こんな適材適所なんて他に無いモンね。
レティだって、偶には人に介抱して貰う事があってもイイ筈だ。
ワタシは何かイイ気分になって、グラスのシャンパンをグイッと飲み干した。
今宵もこの辺りで終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。