118話
「バルリエ様」
未だ見ぬマルコ氏に思いを馳せてると、今の今まで俯き加減で黙りこくり、まるで一切の気配を消していたかの様だったレティが突然口を開いた。
「おうっ、みなまで言うな。お前の言いてえ事は判るが、こっちにも色々とあるから簡単に『そう』は行かねえんだよ」
おんや。レティのヤツは名前を口にしただけだってのに、フェリクスおっさんの反応がヘンだ。
と言うより、それだけでおっさんには何かが通じたっぽい。
「それは本心からのお言葉と受け止めても宜しいのでしょうか」
「まあな、そう言う事だ。だから今の席次は取っといてくれよ」
ワタシがホケッとしてる間に二人の間で話は進み、おっさんがレティに何かを渡すと、受け取ったレティとおっさんは肯き合って握手を交わした。
うん。何が何だかさっぱり判らんっ。
なんだかなぁ。この二人って何時の間に仲良くなったのかね。
もう完全にワタシの事なんてガン無視だよねって感じで、ガッチリと握手を交わしたまま、無言で肯き合う二人にお手上げ状態ですよ。
「姫様、取り敢えずこの二人は放っておきましょう」
やってられんポーズでもカマそうかと思った所で、横合いから入って来た突然の声に目をやれば、
何時の間にかワタシの真横に銀盆を抱えたマチアスおじ様が跪いてた。
にゅう、驚いた。何かホント、おじ様とレティって行動が似てるわ。
目が合うと、またもやシブいエプロンスタイルで、身体からほのかに料理のイイ匂いまで漂わせてるおじ様は、こっちの気分を察してくれたらしく、片手だけで器用に「やってられん」ポーズまで決めてくれた。
うんうん。やっぱおじ様はこう言う所、気配りが早いって言うか優しいって言うか、精神的に頼りになるよなぁ。
何か心が軽くなって、ワタシは「そうだねぇ」と相槌を打ちながらソファーに座り直し、一瞬で目の前に出て来た、おじ様が煎れてくれたらしい紅茶を一口飲んだ。
「ところで、取り敢えずお聞きしておきたいのですが、お父上が来られると言う事は、一先ず此処は撤収と言う事で宜しいでしょうか?」
「ああ、うん、そうだね。準備は整ってるし、明日にも出る積りだよ」
ワタシが紅茶を飲んで一息つくと、おじ様から実務的な話が出て来たので、即答で答える。
父上が来るってんなら、そりゃー猛ダッシュで逃げに入らないとマズいもんね。
あのヒトには「姿形が違う」程度のコトじゃ通用しないし、鼻で笑われて縄でグルグル巻きにされるのがオチだ。
例え「妄想乙!」って言われても「討伐姫=ワタシってアタリを付けて追って来た」位に考えとかないとマジでヤバい。
「はぁ」
父上の事が頭に蘇って来て、ワタシはおじ様から視線を逸らすと、条件反射的な溜め息を付きながら虚空を睨んだ。
王族の魔法位なんて大抵は飾りだけど、あのヒトの魔導師の位は本物だからねぇ。
その上でヤリ口のド汚さには定評があるから、見つかったら最後、得体の知れない小ワザの連発であっと言う間に捕まる姿が目に見えちゃう。
今回は捕まったら、どんな報復が待ってるか判らんし、逃げられる限りは逃げ通さないと絶対マズいに決まってるよっ。
「はぁぁぁ」
自分で思いながらも「報復」の二文字に真剣な憂鬱を感じて、ワタシは更なる大きな溜め息と共に、ドドッとソファーの背凭れに凭れ掛かった。
今でもトラウマの如く覚えてるんだけど、最初に山に修行(笑)に出た後で、帰って来た時の折檻は常識外れも甚だしいモノだったからなー。
薄暗い地下室で、こっちが何を言っても終始腕組みして黙って睨み付け、三刻(三時間)は楽勝の放置プレイですよ!
しかもソレ、一日に何度もヤられた挙句、三日三晩も続けやがって、危うく頭の中が洗われちゃうトコロでしたわ。
ホント、あのヒトの折檻は精神的にとってもクるモノが多いんだよっ。
天性のS野郎サマってハンパ無い!
「では今宵はランス最後の夜と言う事になりますな」
その時の事を思い出して思わず身震いしていると、おじ様が苦笑しながらもワタシの前にグラスを置いた。
え? と思ってローテーブルの上を見れば、何時の間にか一皿の料理と幾つかのグラス、そしてシャンパンが置かれてて、さっきまで置かれてたティーカップはもう跡形も無かった。
信じられない程の凄まじい素早さですよ!
さっきの紅茶の時も思ったけど、コレってもしかしたら、アルマスのオネエと同種のワザなんじゃないのかな?
こりゃ絶対に後で教えて貰わないといけないよねっ。
「明日出立と言う事ならば、今宵は道中の無事を祈って乾杯と行かせて頂こうと思い、色々と御用意させて頂きました。これはその一皿目でして」
「あ、うん。有難う、おじ様もね」
おじ様がグラスにシャンパンを注いでくれたので、切り返す様にお礼を言ったワタシは、おじ様にも着席を促しつつ、シャンパンを奪っておじ様のグラスにもそれを注いだ。
にゅふふふ。このシャンパンもかなりの上物っぽい雰囲気ですよ。
何か毎日宴会って感じだけど、こんなの次に何時出来るかなんて判んないんだから、出来る時にやるのが騎士ってもんだ。
決して若年のクセに飲兵衛ってワケじゃないよっ。
で、レティとおっさんは無視して、取り敢えずおじ様と二人で乾杯して、一杯目をグイッと行く。
如何にも上物と言った風味がさあっと口の中に弾けて、思わずニンマリ。
ぷはぁっ。
ううみゅ、こりゃ本当に上物だわぁ。
シャンパンの上物さ加減に目をパチクリさせながら、フォークをとって目の前に置かれた皿のシュペック(生のハムっぽいモノ)と思しきブツにも手を付ける。
「うっ、ウマイ!」
思わず声が出ちゃったよっ。
ちょっと乾燥が利き過ぎてるかなーって感じだと思ったのに、口に入れると滑らかな舌触りで、垂らされたオリーブオイルに粗引き胡椒、更に最後にパッと振り掛けられたっぽいレモンがそれぞれアクセントになってて、何とも絶妙なお味がお口の中一杯に広がってビックリしちゃう。
しかも何やらこの肉、生ハム系のブツとはとても思えない深いコクがあって、噛めば噛むほど味が出ると言うか、そんな感じで上質感がハンパ無いっ。
いやー、素晴しすぎるっ。
「お気に召して頂けましたようで何よりです」
お気に召したどころの騒ぎじゃ無いよ!
見ようによっては慇懃無礼って感じな態度のおじ様に苦笑しつつ、ワタシはググッと片手を握り締めてグッジョブサインを目の前に出した。
おじ様ってば、褒められたりしてテレると、こんな感じの表情&態度になっちゃうんだよね。
同じ様な時は「にょほほほ」とかって笑いながら、クルクル回ったりするレティとは正反対で、とっても面白いと思うんだけど、おじ様的にはどうもこのクセは嫌いらしいので、指摘するのは無粋だ。
一枚のシュペックを堪能して飲み込み、グラスのシャンパンに口を付けると、爽やかな香気が鼻を抜けて、思わず次のシュペックに手を付けてた自分を発見して再び苦笑い。
ぬうイカン。コレ、止まらないわ。
「オイ、てめえらズルいぞ! 何時の間に酒なんか飲んでやがるんだよっ」
ちっ、おっさんのヤツ気が付きやがったのか。
って、ほぼ真横で飲んでるんだから、今の今まで気が付かない方がおかしいよね。
「何時までも他人の侍女と怪しいヒソヒソ話なんかしてるからだよっ。おっさんの分は無いと思ってね」
「なんだとぉ、ふざけんな!」
ワタシが笑いながらからかうと、おっさんは鼻息も荒く、スパッとシャンパンボトルを奪い取って、手酌で自分のグラスに注いで一気飲みした。
「げっ! ちょっと、そんな飲み方しないでよっ。勿体無いでしょ!」
必死になって止めようとしたけど、哀れ残りのシャンパンは、一瞬でおっさんのお腹の中に納まってしまった。
し、信じられない。この飲んだくれ中年オヤジ!
「ひぃ様は色々とズルいと思いますよ」
見ればレティのヤツは、何時の間にやら自分の前に幾つものシャンパンボトルをズラッと出して、その内開けた一本をさっさと自分のグラスに注いでる最中だった。
「おおっ、気が利くじゃねえか。侍女サンよぉ」
おっさんが瞬く間も無い早業で、その内の一本を掠め取った。
レティのヤツは見て見ぬ振りで、先ずは一杯って感じで自分のシャンパンを堪能してやがる。
コイツ、火を点けやがったな。
「姫様、シャンパン如きはそれ、幾らでもまだまだありますればご心配無き様に」
頭を抱えそうになったワタシに、おじ様が五本の指の間に4本のシャンパン挟んで見せてくれた。
うわっ、おじ様までがそんな火に油を注ぐ様な事をっ。
「おうおうっ、ドバリーのおっさんも中々判ってるじゃねえか。ヨシ、今夜はマリーのヤツの追い出し会だなっ、飲むぜっ!」
あーあー、おっさんが調子に乗り出しちゃったよ。こりゃもう止まんないわ。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。