116話
嫌な結論に思わず溜め息を漏らすと、不貞腐れてたフェリクスおっさんが壁の時計を見ながら立ち上がった。
「ちっ、もうこんな時間か。悪いが俺はそろそろ支局に戻らなくちゃならねえが、マジな話、この話ってのはそんなに厄ネタなのか?」
見れば今の今まで盛大に不貞腐れてた筈なのに、立ち上がったおっさんは綺麗に元通りの「頼もしげな前線将官サマ」に戻ってた。
ぬう。おっさんにしては妙に変わり身が早いな。
こりゃホントに時間が無いみたいだね。
「ワタシにとって、と言うよりは南部連合にとってだけどね。ワタシはタダの客寄せの見世物扱いだから、良し悪しは半々って所かな」
まあしかし、そう言う事ならってんで変にボカしたりせず、結論のド真ん中を口に出してやる。
色々とキナ臭いとは思うものの、ワタシはこの件じゃ道化以外の何者でも無いから、実害は少ないと思うんだよね。
もっとも、このまま此処で南部連合のシンボル的扱いをされちゃうと色々とヤバいから、深入りする前にとっとと逃げ出す必要はあるけどさ。
「そうか・・・なら、もう一度話す必要があるな。別件で言っとか無きゃならねえ話もあるし、夜に支局の近くで会えないか?」
おんや? 何やら神妙な顔のおっさんの口から、らしくもない真っ当な物言いが出て来ましたよ。
要は「伝えたい情報があるけど、此処じゃ不味い」って感じだけど、おっさんの口からこんな言葉が出るとちょっと驚いちゃう。
どうやら「別件」ってヤツは相当ヤバいネタっぽいね。
「姫様、例の物件では如何でしょう? ロベールが色々と頑張りまして、上の方は既に使える様になっておると聞いております」
どうしようかと一瞬悩んだワタシの様子を見たのか、おじ様がタイミング良くそう言って、住所でも書いてある感じのメモをおっさんに渡してこっちを見た。
ああ、あそこかぁ。さすがはおじ様、気が利いてるわ。
おじ様にうんうんと肯くと、おっさんはメモを睨みながら歩き出して入り口の扉に手を掛けた。
「成る程な、判った。夜7時頃には行けると思うが、出来ればマルコも連れて行きたい」
「それは宜しいですな。姫様、マルコ殿は第一軍内でも切れ者で有名な人物ですが、閣下の腹心中の腹心で信頼出来る者です。宜しいのでは?」
まるこ、誰それ? って思ったのも束の間、おじ様が間髪を入れずに説明してくれて納得。
うむ。やっぱおっさんにはそう言う切れ者な副官サンが付いてるんだね。
「いいよー」と声に出して肯定すると、おっさんはそれを聞くが早いか「じゃ後でな」と言い残して部屋を出て行った。
いやー、新たなランス支局長サマは忙しそうだ、と思って見送ると、おじ様までもが「では後ほど」とか言って即座に消えちゃいましたよ。
ぬにゅう。もしかして、今ヒマなのはワタシだけって事ですか?
一人残されたワタシは、しょうが無いのでおじ様の入れてくれたお茶の残りを堪能する事にした。
ぽてぽてと宵闇のランスの街中を歩く。
この季節には珍しく朝からシトシトとした雨が降ってるせいか、喧騒の只中にあった街中も活気が大分削がれた感じで歩き易い。
大通りを抜けて例の広場に入ると、沢山あった露店もみんな休業状態で、人影もまばらな雰囲気だ。
でもそんなまばらな人影を縫って、前から小走りに走って来た女の人が擦れ違いざまにぶつかって来たので、思わず笑っちゃう。
こんな疲れちゃう様な古臭いテって今でも使われてるんだね。
こっちの懐に手を突っ込もうとするのを綺麗に躱し、お返しに軽い蹴りを背中にくれてやると、ブギャッとか言うヘンな声を残し、女の人は雨の中をスッ飛んでいった。
アホだなぁ。どう見てもワタシは素人になんて見えないだろうに、目でも悪いのかよ。
やってられないポーズを決めながら、何事も無かった様に歩き出すと、背後から大き目の傘を差しかけながら歩くレティの咳払いが聞こえた。
「レベルが違い過ぎるのですから仕方がありませんが、あの程度の者達から見れば、ひぃ様は良いカモの様に見えるのでしょうね」
オヒオヒ。
さも当然と言ったレティの声に、更に両手を広げて盛大なやってられないポーズで答える。
一体何時からワタシはそんな達人級の人外サンになったって言うんだよ。ホント、褒め殺しもいい加減にして欲しいわ。
「そんなどうでもイイ事より、もし今夜にランスを出るって言ったらレティはどうする?」
G商会のデカデカとした建物を視界に入れながら、話題逸らしって言うより、訊かなきゃいけない話を取り敢えず振ってみる。
レティのヤツが戻って来たのは、暇潰しにアリーとお茶して楽しんだ後の、午後4時過ぎだった。
なんかニマニマしてやがったんで、どうやら交渉とやらはウマく行ったみたいだったけど、おじ様達の居ない所でそのテの話をするのもナンだから、此処に来るまで敢えてその話題は避けてたんだよね。
「ほぼ全ての準備は整いましたので、今これからでも出発出来ますが」
シレッとしたレティの声が聞こえて、ちょっと笑う。
ホント、コイツってばこう言う時は頼りになるわ。
結構ヤバいらしいおっさんの話の内容によっては、本当にその場で出発しないとなんないから、こう言う反応を返されると安心するよね。
「相変わらず仕事早いねぇ」
目的の建物に着いて通用口に入ると、ワタシはそう呟いてから昇降機の前で立ち止まり、新規に仕掛けた警戒用魔法陣の確認に入った。
コレ、結構な建物だと割りと普通にある魔法的な仕掛けで、要は関係者以外が何かしても昇降機が反応しない様になってる仕組みなんだけど、それまであったブツを捨て去って、ワタシが1から仕掛け直したヤツだから、そんじょそこらのブツとはモノが違う。
無理にヘンな事をしようとすると、この昇降機前のスペースが野焼き魔法陣・改の只中に放り込まれるって言う物騒なブツなので、ちゃんと動いてるかどうか確認しておかないとマズいんだよね。
「わたくし一人では難しかったでしょうが、マチアス殿やロベール殿が居りますからラクなモノです」
確認と認証を終らせて振り向くと、一瞬で傘を畳んで仕舞ったらしい手ぶらなレティが肩を竦めて答えた。
当然ながら、レティは身体も服も、何処も濡れてなんかいない。
ワタシやレティなら、雨避け系の魔法を行使しながら歩く事なんて造作も無いけれど、様式美って言うか「大衆の中でソレは不自然だから」傘を差してたダケなんだもんね。
生活魔法って便利!
認証が終ったせいで扉が開いた昇降機に乗り込むと、レティが乗るのを待ってから扉を閉めた。
魔法力をくれてやった籠が動き出して、ホッと一息。
(この昇降機、乗ったヤツが自前の魔法力で動かす様にしてあるんだよね)
懐中時計を見れば、時刻は既に午後7時を半時近く過ぎてるんで、おっさん達は既に着いてる筈だ。
さてさて、一体全体、どんなヤバい系の話が待ってるんでしょうね。
今宵もこの辺までに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。