115話
「あの西聖王国王宮にしては随分と即決、かつ野心的な決断ですな。俄かには信じ難い所です」
ワタシがテーブルに突っ伏すと、傍らでマチアスおじ様の気の毒そうな声が聞こえた。
おじ様!
やっぱおじ様はレティと違って、こう言う時はこっちの側に立ってくれるんだねっ。
ぶふぉっ!
しかし嬉しくなって頭を上げたワタシは、目に入ったおじ様の姿に条件反射的に噴き出した。
ぶっ、くっ、イ、イカン、止まらんっ。
何時の間に着替えたのか、おじ様が着てるエプロンがレティのフリフリなブツになってるよ!
「キャッハハハ!」
もうお腹を抱えて爆笑しちゃう。
いやー、ビシッと決めた佐官制服の上にフリフリのエプロンってのは、直接脳にクるわ。
痛切に悪いとは思うものの、ちょっとツボに入っちゃって苦しむ。
「うっ、おじ様、御免、ね」
それでも何とか体勢を立て直して詫び言を口にすると、おじ様は涼しい顔で、例の悪意の無いフッって言う笑みを浮かべてくれた。
にゅうん。何だかとっても救われちゃった気がする。
おじ様って、こんなワザも持ってるんだね。
「ありがとう、おじ様っ」
一瞬でまた元の作業衣っぽいエプロン姿に戻ってたおじ様にお礼を言って、ワタシは気を取り直した。
こんな身体を張った助け舟まで出して貰ったってのに、何時までもグチグチ言ってちゃ女が廃るもんね。
「お気になされますな」と言う返事を返して、再びお茶を入れ直してくれたおじ様に感謝しつつも椅子に座り直し、まだ笑ってるおっさんに向き直る。
「それにしてもさ、西の王宮の反応が幾ら何でも速過ぎると思わない?」
ワタシの言葉に「へっ?」って顔で笑うのを辞めたおっさんが、とっくに真面目な雰囲気に戻ってるワタシ達を見てバツの悪い表情になった。
「ま、まあな。だが連絡じゃ西聖王国王都(サントル-レアン)で勅令発布の高札まで立ったと言ってるから、間違いは無え話なんだよ」
ありゃりゃ、王都に高札まで立ったのか。それじゃまず持って間違い様の無い話だわな、コレ。
未だにバツの悪い顔で肩を竦めるおっさんに「成る程ね」と言って肯くと、頭の中で大まかな地図を思い浮かべる。
此処からサントル-レアンなんて、考えるのも馬鹿馬鹿しい位の距離だ。
おそらくは城塞都市間の魔導通信を使ったんだと思うけど、それにしても速過ぎるよな。
「魔導伝信機を使用した事は間違い無いものと思われますが、最優先クラスの優先順位でもなければ、この即座の反応は有り得んでしょうな」
渋い顔のおじ様の言葉に再び肯いて溜め息を吐くと、しばし考え込む。
謎のテクノロジーで繋がる討伐士協会と違い、他にはそこまで迅速な情報網は無いけれど、短点と長点の組み合わせによる単純なコード信号を飛ばし合う魔導通信機は、ほぼ全ての城塞都市に存在する。
単純なコード信号を送り合う程度なら、それなりの規模さえあれば結構な距離を飛ばせるから、各城塞都市間は事実上これで繋がってるんだよね。
この繋がりを使って各都市を経由するリレー方式で連絡を送れば、ランスからサントル-レアン間のとんでもない距離だって、理屈上は数分もあれば情報を到達させられる筈だ。
でもね・・・。
「オイオイ、ドラゴンもどきの単独討伐だぞ? 優先順位は最高クラスに決まってるだろうよ」
ワタシとおじ様が渋い顔で肯き合うのを見たおっさんが、不思議そうな顔でチャチャを入れて来た。
ああ。おっさんは事態が全く判って無いみたいだね。
このヒトってば本当に脳筋だよなぁ。
そもそも「魔物ドラゴンが討たれた事」と「討った人物への処遇」じゃ、情報に対する優先度が段違いじゃんか。
結構な大魔力を消費する城塞都市間の魔導伝信なんて、普通は常に順番待ちの状態だってのに、こんな優先度の劣る情報を、しかも各城塞都市間をリレーさせる様な形で突っ込める事が問題なんだよ。
もしコレが本当なら、そんなのやらせてるヤツは生半な権力の持ち主じゃ無いし、その目的だって透けて見えてくる。
要するに、ソイツはランス情勢を逐一監視させ、常に最優先でその情報を送らせながら、対策を練っているってコトだ。
今回のワタシへの対応に限らず、向こうは「ランス絡みの話」を幾つものパターンで事前に推測して、何時でも反応出来る様な体勢を作ってるって感じだからね。
コレ、下手すると三バカ公爵が共闘してる可能性だって考えないとマズいんじゃないのかなぁ。
「それにどう考えたって目出度え話じゃねえか。これでお前も貴族の仲間入りってコトだし、この手の話は貴族の世界じゃ良くある話だろ?」
こっちの気も知らないおっさんが、更にトンチンカンな事を言い出してちょっとガックリ。
にゅうん。幾ら何でもこんな厄ネタが、どう考えればそんな目出度い話になるってんだよ。
呆れた顔でそっちを見れば、どうもおっさんは微妙に仲間外れっぽい雰囲気にムッとしている様で、何時の間にやらこっちに向かって指差し攻撃までカマして来ちゃってた。
はぁ。ドッとお疲れぇって感じだ。
しかしまぁ、別におっさんに喧嘩を売ってるってワケでも無いし、ここは折れておきますかね。
仕方無く「まーそうだけどねぇ」と賛意っぽい事を口に出し、お話伺いますよーって感じを態度で示すと、例の暑苦しい空気を纏い始めてたおっさんが鬱憤を晴らすが如く、一気に捲くし立てた。
「お前は三国から準称号を、討伐士協会と魔法士協会からは正称号を受けたれっきとした公人だ。確かに15の仮成人にならなきゃ使えねえ話かも知れねえが、そのテの『前借り』ってのは貴族の世界じゃ良くある事じゃねえかっ」
まあねぇ。確かにおっさんの言う通り、高位貴族の世界じゃこのテの話は良くある話だ。
なんたって高位貴族の子弟ってヤツは生まれながらに官位を持ってるのが普通だし、その後の活躍ってヤツを見越して名目だけの官職を授かったりするモンだしね。
大体このワタシ自身、15に成ったってダケで大層な官職持ちの子爵様に成っちゃって、正称号まで貰ってた位だもんな。
「確かにそうも思うけど、おっさんはもう少し幕僚の意見を聞いて、この件に関しては早急な判断で動かない事を勧めるよ」
おっさんの指差し攻撃を躱しながら、取り敢えずはおっさんに言わなきゃいけない事を言うと、ワタシはチラッとおじ様に目配せをした。
おじ様に聞いた通りなら、おっさんの部隊の主力は既にランスに到着し始めてて、支局を押さえてたおじ様の部隊と交代し始めてる筈だ。
幾ら何でも討伐旅団の幕僚達がおっさん並みの脳筋ってコトは無いだろう。
「全くですな。出来ますればこの件、閣下は距離を置いて静観される事をお勧めいたします」
目配せと共におじ様がワタシの意見に乗ってきて、仲間外れが決定的な感じになったおっさんが盛大なやってられんポーズで不貞腐れた。
あーあ。不貞腐れたいのはこっちだって言うんだよ。
要するにこのワタシの件は、所謂時間稼ぎってヤツで間違いが無い。
西聖王国王宮は、南部連合との対立要因の嚆矢になる筈だったワタシのランス守護騎士就任要請を、あっさりと認める事で躱してみせたってコトだからね。
名を捨てて実を取ったって所かな。
どう考えても西聖王国王宮には、南部連合運動に対しての何らかの対抗手段があって、時間を稼いでるって考えるのが普通だよなぁ。
全くトンデモ無い事に首を突っ込むハメになったモンだ。
今宵もこの辺りで終わりにしとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。