112話
「一等功、7級討伐従騎士、8位魔法士、討伐士協会勇者勲章、ならびに単独討伐一等功勲章叙勲者、マリア・コーニス殿!」
案内人に連れられ、豪勢な大扉の前で待たされる事しばし、名が呼ばれるとその大扉が両開きに開いた。
すぐ前に立ってた案内役の人がささっと横に退き、ワタシは一気に大勢の人間が蠢く広間の気配に飲み込まれて行く。
あーあ、始まっちゃったよ。
仕方が無いので昂然と頭を上げ、先ずは最初の一歩で広間に入る。
とっても盛大な拍手に迎えられて優雅に一礼すると、奥のひな壇を目指して、両脇に居並ぶ列席者達の間をゆっくりと前に進んだ。
こう言う場合、ゆっくりと愛想でも振り撒きながら歩くのは御約束だからねぇ。
ランス政庁の式典用大広間はダダッ広い上に、とても豪華だ。
天井には鮮烈な発色の絢爛かつ大きな絵画が描かれ、その周囲を様々な装飾と共に魔導具である幾つもの巨大なシャンデリアが照らしてるし、見事な装飾の高窓や、偏執的な程の壁面の装飾も素晴しい出来栄えで、一体幾らのお金が掛かったのか、考えるのも馬鹿馬鹿しい位ですよ。
しかも式に参列してる連中までが、揃いも揃ってこの広間の豪華さに負けない派手なカッコと来たもんだ。
ほとんどの連中は爵位を持つ持たないに限らず貴族なんだし、残りも高位士族なんだから当たり前とは言え、此処までハデだとは思わなかったよ。
ホント、西聖王国の裕福さを見せ付けられちゃった感じだね。
いやー、レティには文句を言っちゃったものの、ワタシのこのハデ系なドレスですら、このハデハデの渦の中にあっては埋もれちゃう勢いですわ。
50ヤード(約45m)位向こうに設えられた壇上に目をやれば、デラージュ閣下を中心にアルマスのオネエとフェリクスおっさんが居た。
閣下が居るのは当然として、後の二人はそれぞれ、魔法士協会と討伐士協会の代表と言った所だろうね。
もっとも、おっさん個人は色々と大変だったと思う。
ハッスルしちゃったせいで、その討伐数が単独二位の1400強に登ったから、第三位の成績になっちゃって、自分で自分を表彰するって言う笑える結果になっちゃった(代理でマチアスおじ様が表彰した)んですよ。
真面目腐った表情で突っ立ってる姿も笑いを誘うよなぁ。
プッククク。
おっとイカン。つい本気で笑いそうになってしまった。
ここは御上品に乗り切らねばならぬ所。笑っちゃったりしたら台無しなので、表情筋は引き締めておかなくては。
ちなみに総合討伐数一位はエルンストさんで、その数は2500超えと言う物凄さだけど、それはこの長く続いた討伐従軍中に挙げた成績だから、実質一日でそのほとんどの数字を叩き出したおっさんってホントに凄いと思う。
4位のヒトの討伐総数が、ずっと従軍してたにも関わらずせいぜい700程度って所なんだから、正しく人外のヒトの面目躍如って感じだ。
ってまあ、他ならぬこのワタシもその「人外」の範疇に入ってて、討伐総数が1200弱の第三位なんだけどね。
これでワタシも、遂に本物の千体斬りだよ。
何かガックリしちゃう。
おっと。
ガックリした拍子に、ドレスの裾を踏んづけそうになって苦笑い。
にゅう。本当にドレスって歩き難いわー。
ハイヒールな靴が余計に歩き難さを増幅してくれてるし、一体何の修行だって気がして来るよ。
こんなの、いつぞやのマルシル王への公式謁見以来だよな。
しかもその時と違って、お腹に巻いた剣帯で儀式剣まで吊ってるから、今のワタシの歩き難さは特筆モノだ。
(ドレスのせいで腹に巻くしか無かったんだよ)
「あんな子供が千体斬りとは信じられん」「替玉か何かでは無いのかね」「まず有り得ぬ話であるな」
周囲に意識を戻せば、通り過ぎる貴族共や高位士族連中が好き勝手な事を囁き合ってる声が聞こえて来て、また笑いそうになる。
にゅっふふふ。イイよイイよぉ、どんどん言いたい事言ってちょうだいな。
こっちは褒められると弱いけど、貶される事には強いんだもんね。
どっちかと言えば、こう言う反応の方が褒められてる感じがする位ですよっ。
フフッと余裕の笑みを浮かべてゆっくりと立ち止まり、今声が聞こえた方向に向けてニッコリと微笑んでやる。
はっはっはっ! 阿呆共め、もっともっと罵詈雑言を浴びせやがれぃ、ってなもんだ。
するとこっちが向いた方向の連中が一瞬、息を飲んだ様に静まり返ったかと思ったら、直後にザワザワとどよめいた。
「信じ難い程に可憐だ!」「御伽噺の妖精の様では無いかっ」「まずもって尋常なお生まれではあるまい!」
ゲェッホ、ゲホゲホ!
ばっかやろー。褒めるか貶すかのどっちかにしろってーの!
思わずよろめいちゃって、またドレスの裾を踏んづけそうになるのをググッと堪える。
「さる王家直系の御血筋と言う噂が」「某国女王陛下の実子とか」「あの美貌では信じざるを得ん」
しかしこっちの気持ちなどお構い無しにどよめきは大きくなり、何時の間にか反対側の阿呆共までが似た様な事を囁き始めて更にガックリ。
だから褒めるなってんだよなー、もうっ。
称賛に溢れるざわめきの中、地味にダメージを食らって落ち込みつつも、何とか再び歩き出して歩を進める。
必死の思いで大広間の奥に設えられたひな壇の前に到着すると、ワタシはドレスの裾を摘んで恭しく一礼してから跪き、ドレス姿で騎士の礼をとった。
はぁー。やっと着きましたよ。
何か此処に来るまでにとっても疲れた感じがするけど、ある意味自業自得なので仕方が無い。
この妖精フェイスの威力ってヤツを忘れてた自分が悪いんだもんなぁ。
「先ずは此度の魔物共の騒乱における貴殿の類稀なる活躍に、このランス地方に住まう全ての民を代表して感謝の意を捧げたく思う!」
ワタシの礼に肯いた閣下が大きな声で仰々しい決まり文句を口に出して、ワタシの表彰が始まった。
閣下の手振りに合わせて立ち上がると、さっきまでのどよめきが嘘の様に静まり返った大広間は、もう咳払いの音一つ聞こえない。
「西聖王国王陛下に成り代わり、ランスとヴィヨンの代官を拝命する私こと、アンベール・ウスターシュ・デラージュは貴殿に・・・」
にゅう。ちょっと助かっちゃったな。
閣下ってば、わざと大きな声を出してワタシに助け舟を出してくれたっぽい。
ワタシが立ってからの閣下の言葉はそれ程の大声ってワケじゃ無いし、さっきのは式典冒頭の露払いにしても声が大きすぎた気がするもんね。
しかし安堵の溜め息を吐いたのも束の間、朗々と書状を読み上げる閣下の言葉の内容に少し驚く。
なんと魔龍退治者称号は公国とシルバニアだけで無く、西聖王国からも出た様だ。しかも準称号ながらも「討伐姫」の銘付きと来た。
そりゃま、そもそもワタシの国籍は西聖王国(マルシル国境に近いペリエルが本籍地)だし、此処だって西聖王国なんだから、他国より上位となるのは当たり前かも知んないけど、南部連合騒ぎの中、その地理的範疇の只中での功績を西聖王国王宮が真正面から認めて来るとは思わなかったよ。
これでワタシは西聖王国王宮でも、事実上は直参騎士爵並みとなったワケで、まだ準男爵に叙爵されていない現在のおっさんと同等の宮廷序列になった事になる。
ぬう。これはいよいよ持って只ならぬ事態に発展して来ちゃったわ。
考え込んでる内に式典は進み、ワタシは閣下から色々と渡される各種のブツをその都度恭しく受け取って、一々騎士の礼をとる作業に追われた。
結局、西聖王国からだけでも勲章を三つも貰っちゃいましたよ。
魔龍討伐者称号(を示す勲章)に単独討伐一等功勲章、ついでに魔物千体破勲章って内容だ。
称号は当然として、後の二つの勲章にもそれなりの年金が出るから、ワタシってば更にお金持ちになっちゃった様ですな。
こんな事態の中で考える事にしてはセコいかも知れないけど、お金は大事だからね。
あんまり有り過ぎれば逆に困る物でもあるけれど、先立つ物って言うくらいだから、無い場合は困るどころの騒ぎじゃ済まない。
うむ。良く考えたら悪いコトばかりじゃ無いか。
とにかく今この場では、ポジティブシンキングに徹して乗り切る事にしよう。
本日もこの辺までに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。