107話
翌日昼過ぎ、ワタシはデラージュ閣下に呼ばれて、ランス政庁内の豪華な個室に居た。
理由は勿論、夕方から始まるスタンピード討伐の終了式典の為だ。
大規模スタンピードって魔物の数が数だけに、普通は魔将が討伐されてもすぐには終結宣言が出せない筈なのに、討伐軍が色々頑張っちゃったらしくて、残り討伐もあっと言う間に目処がついたんだそうですよ。
ま、ホントの所はさっさと終結宣言して住民達を戻し、周辺地域を含めた全体の復興を早めたいって所なんだろうけれど、さっさと西聖王国域内をズラかりたいワタシとしても大歓迎だから、その辺りは黙っておいた。
ちなみにやたらと早くに来させられたワケは「式典直前まで隠れてた方がイイよ」って言う、所謂閣下の御計らいってヤツだね。
うんうん。流石に閣下は気が利くわー。
何か新聞とかの扱いも凄いし、他の人達同様にワタシが表立って来庁したら、色々な人がわらわらと寄って来て大変な事になりそうだもんな。
「多分、両協会への気遣いの方が先だと思われます。討伐士協会も魔法士協会も、今のひぃ様に余計な虫が付く事を嫌うで御座いましょうから」
でも「閣下に感謝っ」って感じの事を言うと、レティのヤツが裏側っぽい話を返して来てちょっとガックリ。
「折角ポジティブ方向に考えてたのにチャチャを入れないでよ」
「本当にひぃ様は、暢気と言いますか、能天気と言いましょうか・・・」
昼食代わりの簡単な軽食を終えて、お茶の支度に入りながらも、如何にも頭が痛いって感じの仕草をするレティがウザいです。
言われなくても判ってるよ、そんな事は。
大体、閣下ってば元々やり手の政治屋だもんな。
南部連合騒ぎの只中で、ヴィヨンからランスまでを領有する立場を固めて見せた手腕を見ても、当代きっての政治屋と言って過言じゃ無い程ですよ。
一人の人間としては信用してるけど、ソレはソレ。どうせ色々と裏があるのは当たり前だ。
「話は変わりますが、アリーヌ様の件はあれで宜しかったのですか?」
なんかやたらと金が掛かってそうな豪華な椅子の上に踏ん反り返り、好きにすればぁ?ってな感じで両手を広げると、レティが苦笑しながら別の話に切り替えて来た。
「おじ様に裏取りは頼んであるけど、アリーの言う通りなら何の問題も無いでしょ」
アリーとはあの後、やたらと話が盛り上がっちゃって、そのまま夕食まで一緒した上に、最後は同じベッドで寝ちゃったんだよね。
「私、お姉さまと御一緒したいです。駄目ですか?」
なんて可愛いアリーに言われちゃったらイヤとは言えぬ。
と言うか、ぶっちゃけ何の御褒美ですかって感じだし、バッチ来ーいって感じだわ。
アリーってば、布団の中でワタシの手をキュッと握り締めて来ちゃったりして、もう可愛いったら無かったよっ。
「確かにひぃ様の言われる通りで御座いますし、わたくしとしましても才能有る若い人材が確保出来る事は喜ばしいのですが・・・」
ワタシがアリーの可愛さを思い出してニマニマとしていると、レティのヤツは何故か困惑顔で、アリーに何か裏でもあるかの様な物言いをして来た。
「全然問題無いじゃん。一体何があるってワケ?」
何でそんなイラッと来る様な言い方をするかね。
ムッとしてレティを睨むけど、ヤツはワタシの反応など御構い無しって雰囲気で困惑顔を崩さない。
「アリーヌ様は同姓好きと言う点では典型的とも言える御方です。ひぃ様にそのお積りがあるなら構いませんが、そうで無いならば、早い内に誤解は解いておかれるべきでしょう」
はぁ、ナニそれ?
あの可愛いアリーが真性のゆりりんだって言うのかね。
幾らスキンシップが好きっぽいとは言え、それはちょっと穿ち過ぎる話だよなぁ。
「まだ12歳の女の子に何言ってんのよ。一体どんな証拠が有るってワケ?」
「女のカンですっ」
思わず理由を訊けば、即座に聞くのも馬鹿馬鹿しい答えが返って来て真剣に仰け反る。
なんだかなー、もうっ。
見ればレティは握り拳までしてて、妙に自信有りげな感じだけど、どうせコイツの目から見れば女なら誰だってカップリングの対象なんだろうし、まともに取り合うのも疲れるだけだ。
「バカな事言ってるヒマがあったら、もっと建設的な話をしなさいよ。そう言えば、例のブツってどうなってるの?」
何かアホらしくなって来たので、さっさと別の話題を振ってアリーの話から離れる事にする。
「後々どうなっても知りませんよ?」などと、未練たらしい呟きが聞こえたけど気にしない。
ちなみに例のブツと言うのは件のアレ、今最もホットなブツである「ロベールさんの体内に埋まってたプレート」の事だ。
「昨夜ひぃ様に報告致しました通り、分析に時間が掛かると言うお話でしたから、未だ何も連絡等は御座いませんが・・・」
まーねぇ。
レティの返事に、ワタシはさもありなんと肯いた。
ワタシがレティに届けて貰った例のプレートは、やっぱりかなりヤバいブツの様で、魔法世界においてはトップクラスの実力と影響力を持つ筈のアルマスのオネエですら、預かってはくれたものの「分析に時間が掛かる」とコメントしたのみだったそうだ。
そんな厄ネタ、さっさと手放して良かった!
「後で話そうと思っておりましたが、実は今朝になってこの様な物が届けられまして・・・」
おんや、まだ話の続きがあるんですか。
レティが申し訳無さそうにテーブルの上に置いた物は、どう見ても大金貨の詰った大箱だ。
って事は、あの厄ネタなブツはオネエに買取られちゃったって事かな。
「申し訳有りません。どうやらあれは取上げられてしまった様です」
「べっつにイイよ。そもそも『渡してくれ』って頼んだ訳だし、お金に成るとも思ってなかったしね」
珍しく殊勝な感じのレティに慰める様な事を言って大箱を受け取る。
ん? なんだこりゃ。
即座に感じた微かな違和感にレティを見れば、ヤツは全く気が付いて無い様で、ワタシの反応に首を傾げた。
ぬう。相変わらず魔法オンチな所は変わんないなぁ、コイツってば。
しかしなんだろうねコレ。妙な魔法力の残り香を感じるんだけど。
早速中を開けて見ても、中身はみっちり詰ったシルバニア大金貨以外は領収書が入ってるのみで、特に問題がある様には感じない。
特にヤバい感じもしないので、取り敢えず領収書にさっさとサインしてレティに渡すと、ワタシは大箱をインベントリに放り込み、代わりに一本のカタナ剣を取り出した。
「どうせ手に入れるなら、あんな厄ネタっぽいブツよりもこう言う物の方が歓迎だよね」
そう言いながら鞘を払うと、カタナ剣ならではの刃紋も鮮やかな、業物としか呼べない様な刀身が現れる。
閣下が「命を救われた礼に」と置いて行ったモノだけど、こうして見るとコレ、かなりのブツである事が判るよなぁ。
「それはデラージュ閣下が置いて行かれたモノで御座いますね」
何時の間にやら、何時ものシレッとした顔に戻ったレティが覗き込むようにしてこっちを見てた。
「うん、そうなんだけどさ。コレってかなりの業物だよ。ぶっちゃけ、デラージュ家の家宝級なんじゃないのかな」
普通、カタナ剣と言うモノは繊細な造りが身上で、刃渡りが二フィート(約60cm)を大きく超える様なブツは滅多に無い。
理由はその製作が極端に難しくなるからだそうだから、白剣や黒剣の方が例外と言ってイイんだよね。
でもこれは白剣とは形がやや違うものの、大きさと言い重さと言い、かなり近いブツで、剣技が白剣を振る事に定着しつつあるワタシにとっては普段使いに絶好のブツだ。
「家宝級かと訊かれましても難しい所ですが、閣下は銘は無いと言っておられましたものの、その剣は白剣や黒剣を打った二代目モンラッシュの作で間違い無い筈です」
レティの言葉に「へぇ」と驚く。
コイツの目利きってハンパじゃ無いから、多分そうなんだろうと思うけど、だとしたらこの剣だって相当なブツですよ。
二代目モンラッシュって言うのは世に聞こえた凄まじい変人で、数十年前に突然現れ、その二百年以上前に死んだ初代モンラッシュの名を勝手に名乗って各地で幾つかのカタナ剣を製作し、その後行方不明になった怪人だ。
カタナ剣の製作を現代に蘇らせたと言われる初代モンラッシュにも奇人変人の伝説は多いけど、二代目はその遥か上を行く。
神出鬼没と言われる程に各地に突然現れて作刀に勤しみ、気に入ったヤツにタダ同然でその剣をくれてやったと言う話がその伝説の骨子で、その中には虚空から突然現れたとか、川底を歩いて渡ったとかって言うオカルトめいた話が数多い。
そもそも真っ当に生活した痕跡が全く無いので、何処の何者かも全然判っていないし、正しく「怪人」と呼ばれるに相応しい人物なんだよね。
ワタシは一つ溜め息を吐くと、左手に持った鞘を机の上に置いて、お茶を飲んだ。
レティの言葉を信じるならば、御伽話でも言う通り、白剣ってやっぱし二代目モンラッシュが作ったんだな。
ししょーってば、一体どうやってあの伝説の怪人に渡りを付けたのかねぇ。ホント、不思議だわ。
「一見、初代のモノに見えますから、初期の作品なのでは無いでしょうか。白剣に比べますと大分粗い造りですし、何らかの実験的性格の品なのかも知れませんが、所詮は数打ちモノと言った所でしょう」
ワタシが出したカタナ剣をしげしげと見てたレティがそんな事を言うと、興味を無くした様に目を逸らしてお茶に口を付けた。
「成る程ね。でも例え駄モノでも、コレはワタシにとっては大きいプレゼントだよ。これで合わない片手剣を普段使いにしないで済むしさ」
ホント、今使ってる片手剣だと軽すぎちゃってダメなんだよ。
その点、これは実験作だろうとナンだろうと、見ただけで「使える」のは判るブツだし、ワタシにとっては有り難い品だ。
世間の評価とか値打ちとか、ぶっちゃけどーでもイイしさ。
「値段を付けるとすれば、大箱4つ(約8千万円)は下らない品だと思いますが」
ぶふぉっ!
シレっとトンデモ無い事を言い放つレティが怖いわ。
危うく紅茶を吹く所だったよ。
「あ、やっぱり凄い値打ち物な事は確かなのね」
「ひぃ様、もし白剣に値段を付けるとすれば、国が傾きかねない額になると御存知なのですか? その剣とて白剣を目安にするならば駄物に過ぎませんが、世俗の者達では一生かかっても到底お目に掛かれない様な物で間違いはありません。わたくしが興味を持たないのは、既に白剣をこの目にしているからで、そうでなければ垂涎の眼で見ていたでしょう」
ワタシの言葉に、シレッとした顔のままで長いセリフを言い捨てたレティが、再度紅茶に口を付けた。
はぁ。なんだかなーって感じだよ。
コイツの趣味人っぷりが全開で出た様な話だったけど、ヤツの言葉が意味するところは一つだ。
「デラージュ閣下もトンデモ無いブツをくれたもんだね」
聞かなくても返事が判る様な言葉を口に出して、ワタシは剣を鞘に収めた。
「閣下は御自分が騎士である事に最後の見切りを付けたのだと思われます。ご子息達にも騎士卿級の方は居られませんし、持っていても百害あって一利無しと判断されたのでは」
レティの口から案の定な言葉が出てきて、条件反射的に肯く。
「見切り、か。ワタシが女伯爵に見切りを付けたのと同じってコトかな」
多分そう言う事なんだろうな、と思う。
デラージュ閣下はこれをワタシに渡した瞬間、騎士アンベールである事を辞めたんだ。
そして後をワタシに託しやがったんだろうな。
「近いモノはあるでしょう。少なくてもその点に於いては、ひぃ様もデラージュ閣下も貴種として立派な方と言えると思います」
また何時の間にか真顔になってお茶を啜るレティが、大層な事を言って来た。
そんな立派な話じゃないと思うよん。
要は一人の強者が引退したってダケの話だよ。
でも後を任されても困るよな。こっちは騎士と言うより魔法士なんだからさぁ。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。