102話
「別に犯罪奴隷ってワケじゃ無いんだから、奴隷紋とか言わないでよ」
思わずダウナーな気持ちになっちゃったワタシがそう言うと、笑って答えると思ったロベールさんまでもが、何故か微妙な表情になった。
「いやぁ、あっしの場合は、そのくらいのヤツをカマさないと駄目なんですよ」
にゅう? どう言う事なんでしょうかね。
疑問に思ってロベールさんに聞き返そうと思ったら、代わりにおじ様が手を上げた。
「実はこの男が第一軍内で浮いた理由もその絡みでしてな。どうしても魔法によるスクリーニングに引っ掛かってしまい、機密保持の為の将校任官用魔法陣が入れられない様なのです」
ふうーん。そりゃまった厄介なネタだねぇ。
見ればロベールさんは珍しく俯いちゃって、何処と無く諦め顔って感じになっちゃってる。
「原因は判んないんですか?」
「現場レベルのスクリーニングでは『全く不明』だとの事です。魔法医共もサジを投げましてな」
なんだかなー。
おじ様の答えを聞いて片手でやってらんないポーズをキメながら、ワタシは盛り上がって来た「イヤな予感」に顔を顰めた。
現場レベル云々って言っても、歴戦の協会部隊付き魔法医達がサジを投げるなんてのは只事じゃ無い。
ロベールさんってば、一体どんな厄介を背負わされちゃってるのかなぁ。
「あっしはガキの頃にやられた仕掛けがまだ生きてやがるっぽいんでさぁ。だから自分で言うのもナンですが、奴隷紋くらい無いと、自分でも自分を信用出来ないんで・・・」
何気なく視線を移せば、そのワタシの視線に応える様に、俯き加減のロベールさんが申し訳無さそうに言った。
ぬにゅうっ。何だかムカッと来る話ですな。
もうおじ様に騎士紋を刻んじゃった以上、ロベールさんだけ別ってワケにも行かないし、ここは一つ、本気を出させて貰いますかね。
「ひぃ様」
以心伝心で声を上げたレティのヤツに肯くと、ワタシは手近な椅子にロベールさんを座らせ、その背後に立った。
「まずはロベールさんに掛けられてる魔法絡みの特定から入るよ。レティはワタシの後ろで何時でも医療系術式が展開出来る様にしてて。おじ様は万が一の侵入者に備えて待機」
「はっ」「ハイッ」
二人の返事を聞きながら、ロベールさんに上半身の服を脱いで貰うと、多分誤魔化しで後入れしたんだろう刺青の中、首元に普通ではまず判らない様な微かな徴を発見してほくそ笑む。
にゅふふふ、ちょっと燃えるわ。
なんたって、このテの厄介事への対処はワタシの得意とする所だもんね。
普段は気が付き難いけれど、子供の頃の修行めいた日々のお陰で、その気になればワタシはどんな魔法力でも感知する事が出来るし、分析や解析だって、明文化は超ムズだけど、感覚的な世界でイイならお手の物だ。
奴隷売買組織だか西の孤児施設だか知らないけど、どんな魔法仕掛けだって、このマリーちゃんが暴いてやるってのよ!
「ロベールさん、もし意識が遠くなったり激痛がしたら、即座に手を上げてね。でも絶対に終わりまで口は開けない事。それを最優先にして」
「姫サン、あっしの事は構わないんで、自分大事に行ってやって下さい」
暗示系絡みで、施術中に舌でも噛まれたら堪らないから注意を入れると、ロベールさんが似合わない可愛い事を言って来てちょっと笑う。
「後で教えてあげるけど、ワタシってば魔法絡みの実力ダケなら魔導師級だから、自他共に余計な心配はしなくても大丈夫だよ」
ワタシの言葉に肯いたロベールさんがうな垂れた様に前屈みになると、ワタシはロベールさんの首に視線を移した。
さってと、まずは何処から手を付けるかな。
このテの隷属系魔法陣って言うモノは、刻まれた本人がある程度以上の魔法力を持つ場合、精神的に抵抗すれば時間経過と共に徐々にその効力を失う。
ソイツの持つ魔法力の大きさにもよるけど、ただイヤだと思ってるだけでも、大抵は三年と保たないのが普通だ。
お陰で犯罪奴隷の場合は、外側から首輪とか腕輪とかの魔導具を嵌めたりする事でそれを補完して、一定期間保たせたりするんですよ。
だから「紋」って呼ばれる、魔法力を使って浮かび上がらせないと見えない刺青みたいな模様も一緒に崩壊して、最後には消えちゃう筈なんだけど、改めて見れば、ロベールさんの背中側の首の付け根には何かの微妙な痕跡が残ってるのが判る。
そっとその部分に触れてみれば、ソレは本当に微かなモノで、多分その気になった時のワタシ級に魔法の匂いに敏感なヤツじゃないと、ソレが「紋」だとは気が付かないんじゃないと思う位だ。
コレ、ガチで相当ヤバい仕掛けだわ。
肉体に直接魔法陣を刻む方法論はインベントリの魔法陣を筆頭に色々とあるけど、酷いモノになると、隷属魔法陣を刻み込んだプレートを埋め込む悪質なモノまである。
そのテのプレートとかを埋め込まれたりしちゃえば、皮膚と違って魔法陣が綺麗な形で保存されちゃうから、悪質な高位魔法師(大抵は魔法医)を擁する連中はそう言う手を使うんだよな。
しかもそう言ったプレート系のブツには、大抵は爆散術式まで仕掛けてあるんで、普通の魔法医や魔法師じゃ中々手を出せないと言うオマケ付だ。
「絶対に口を開けちゃ駄目だよ」
ワタシは再度ロベールさんに警告を入れてから、スクリーニングの魔法に意識を集めて、ロベールさんの体内の魔法の流れを探りに掛かった。
情況から考えてもまずプレート系で間違い無いから、やる事は体内に有るだろうそのプレートを探す事だ。
スクリーニングを始めると、ロベールさんのある程度整合された魔法力の流れの中に、おかしな点が幾つかある事はすぐに判った。
でも本尊は見つからない。一体どう言う事なんだろう?
おかしな点は、今はそれが機能していないだけの何かの魔法陣だってのは明白に判ったけど、これはプレートに刻まれた魔法陣じゃ無くて、肉体に刻まれた物だ。
しかもそれは、どう見ても比較的新しい物で、まるでつい最近、ロベールさんに大規模な外科手術でもして書き込んだ様な感じなんだよね。
ぬにゅうん。こりゃまた難解な事になって来ましたよ。
ロベールさんやおじ様の言葉にウソが無いなら、これらの魔法陣はロベールさんが気が付かない様な方法で、ここ数年の間に体内に刻まれた事になる。
そんなの、幾ら何でもオカシイよねぇ。
一瞬お手上げになりそうになった所で、そうはイカンと気合を入れ直し、ワタシは考え方を変えた。
押して駄目なら引いてみなって感じに、幾つか有る休止魔法陣の一つに意識を集中して、超希薄な魔法力の流れを追ってみる事にしたんだけど、どうやらソレはビンゴだったみたいで、その魔法陣は本当に微かながらも、ロベールさんの首の上の方の「何か」に繋がってる事を掴んだ。
そこらの魔法師程度じゃ、追うのは絶対ムリな程の微かな繋がりではあるものの、ワタシなら間違い無く追従できる。
良し良し。後はこの流れを追うだけですよっ。
「冗談でしょ!?」
しかしロベールさんの体内にある異物を遂に発見したワタシは、思わず声に出して驚いた。
こりゃ悪質なんてモノじゃ無いよ。
首の後ろ、と言うより頭蓋骨の後ろ側下部に、普通じゃ判んない様な小さくて薄い何かが骨と同化した様に貼り付いてやがって、しかもご丁寧に隠蔽魔法まで掛かってる上に、良く知ってるイヤな流れも感じるから、爆散系術式もカマされてる感じだ。
下手に手を付けたが最後、仕掛けられた当人の魔法力を使って、当人を殺す様に出来てるとしか思えない。
こんなの普通の魔法医とかじゃ気が付く事も出来ないし、例え気が付いたとしても、手も足も出ないよ!
「コレ、ちょっとシャレにならないわ。レティ、こっちは除去作業に入るから、そっちは医療系隔離術式をお願い」
イザと言う時に備えて、開腹手術などで使う外界から隔離する魔法をレティに展開させてから、ワタシは更に意識を集中した。
こうなった以上は、こっちのマジな奥義を頼ってでもトコトンヤるしか無い。
ワタシは世に普通に言われる勘ってヤツ以外に、二つの「カン」を持ってる。
一つは「野生のカン」としか言い様の無い、一種予知能力めいたヤツで、コレの囁きに助けられた事は数知れないけれど、ここで必要になるのは、もう一つの方だ。
それは「魔法カン」とでも言うべきモノで、ワタシは幼少時から「カン」で魔法を使ってるから、その「カン」を使えば、それがどんなに微かな魔法でも、魔法力の流れやその性質が手に取る様に解る上に、短い間ならそれらに直接介入する事だって出来るんだよね。
正しくワタシの魔法術における奥義と言ってイイ技術(?)だと思う。
勿論、解るってのは感覚的に解るってダケだけど、誰だって手指を動かすのに一々考えたり、システムを明文化したりしないのと同じで、結果的に「出来る」のだから現場においては問題無い。
ワタシは魔法カンに集中すると、その囁きに従って、目的のブツをロベールさんの魔法力から少しづつ切り離す魔法結界の構築に入った。
一気にヤるのも手だけど、どんな仕掛けがあるかも判らないから、慎重になるしか無いよねっ。
でもまぁ、得意科目な事柄に時間はそう掛かりませんよって感じで、情況はスパスパと思い通りに運んだ。
「ふう。取り敢えずの危険域は脱したかな」
慎重に慎重を重ねて、遂にブツを魔法力から完全に切り離す事に成功してホッと一息。
魔法力供給の無い魔法陣なんて、もはやタダの絵に描いた餅だもんね。後は取り出すだけですよ。
医療系魔法は門外だけど、ほとんど手も足も出ない内科系と違って、外科系なら一部は得意分野だ。
伊達や酔狂で、普通なら死んじゃう様な重症とか何度も食らって無いしね。
自分の身体で何度も実証済みの術式なら、そりゃ得意にもなるよなぁ。
ぬう。我が事ながら、ちょっとヘコんだ。
苦笑しつつもワタシは、ロベールさんに治癒魔法を掛けて骨を修復させながら、三分の一インチ(約8.4mm)程度の薄いプレートを徐々に遊離させて行き、最後に一瞬の間で、肉や血管の隙間を切開してそれを取り出した。
「ほい、終了っと」
切開した傷口を一瞬で塞いでナイナイして、ワタシが施術の終了を口にすると、ロベールさんのみならず、レティやおじ様からもあからさまな安堵の溜め息が聞こえて、ちょっとイイ気分になる。
にゅっふふふ。このマリーちゃんの実力、思い知ったかーってな感じだ。
見ればロベールさんの首にあった痕跡も跡形も無く消えてるし、後は体内に刻まれた魔法陣を無効化すれば完全終了って感じですな。
まぁ色々とヤバかったけど、終わり良ければ全て良し!
しかし余裕の笑みで取り出したプレートを確認しようとしたワタシは、その異様な佇まいに、一気に背筋に悪寒が走って固まった。
何故ならその金属製っぽいのに紙の様に薄い円形のブツには、表裏共に、虫眼鏡を使っても判別不能な程の細かさで、ビッシリと魔法陣(?)が刻まれていたからだ。
「な、なにコレっ!?」
こんなモノは生まれて初めて見たよっ。
高度、なんて世界じゃ無い。全く見た事も聞いた事も無い超級レベルのブツだ。
金属らしいプレートの材質も良く判んないし、何より知らなければ唯の模様程度にしか見えない様な、こんな精緻を極めた魔法陣を見たのは初めてですよ。
ヤバイです。悪寒どころか、ホントに寒気がして来ちゃいましたわ。
今宵もこれまでにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。