101話
ワタシは元々、伯爵家総領の立場を捨ててたった独り、世の何処かに生きる場所を求めて流離おうとしてたワケなんで、立場が「流民上がり」から「謎の御落胤」に変わったり、肩書きが「一討伐士」から「勲章持ちの討伐従騎士」に変わっても、基本的な考え方は変わらない。
この混沌とした世の中の何処か片隅で、割りと好きな事をやって生きて行ければ、後は基本どーでもイイんですよ。
だから一緒にやろうって奇特な人が出て来た場合、その人個人の事は気にしても、背景とか立場とかは気にならない。
「ロベールさんだったら別にイイけどさ、協会部隊を抜けた今の肩書きってどうなってるの?」
でも一応、世間体も大事だよねってコトで訊けば、ワタシの答えにロベールさんを手招きして呼んだおじ様が、ニヤりと笑った。
「コヤツの社会的立場の件でありますれば、私の討伐従騎士に任じておりますので、問題はありません」
ふむふむ、成る程。
おじ様がロベールさんを協会部隊から足抜けさせたんなら、その位の設定は既にカマしてる筈だと思ったけど、やっぱしそうかぁ。
「それなら全く問題は無いよ。適当な所で、適当な貴族にでもロベールさんを推挙して貰えれば、とっとと討伐騎士に出来ちゃうしさ」
「独立騎士団認定の討伐騎士と言うのも御座います。その場合は所属する騎士三名以上の推挙と身分保障が必要で、団を抜けると騎士の位を失いますが、より簡単でしょう」
実力と実績さえ追い付くなら、討伐騎士推薦状なんてそこらの阿呆(貴族)から金で買えばイイと思ったのでそう言うと、レティのヤツが面白い話をして来た。
「へぇ。そんな制度があるんだ」
「確かに御座いますな。姫様の場合、称号持ちと成られるのですから、その様な方が所属しておられる独立騎士団ならば尚更簡単でしょう」
討伐士協会の制度って色々あるんだねぇ、と感心してると、おじ様が補足してきてちょっと笑う。
なーるほどね。どうやらおじ様やレティは、そう言った線でロベールさんを討伐騎士にする積りらしい。
ロベールさんは今現在だってかなりデキる人だけど、魔法力がかなり有る割りに色々な基本事が薄かったりして、本来の実力が全然出せてない感じだから、多分30近いだろう歳の割りにはまだまだ伸び代がある結構な逸材だ。
そう感じたからこそ、ワタシだって討伐騎士の位ぐらいは金で買ってあげてもイイと考えたんだけど、そもそもこの二人がそんな積りだって言うんなら、それに反意を唱える積りは無い。
そう思ってウンウンと肯いて見せると、しかしおじ様の隣に座ったロベールさんが、唐突に立ち上がってちょっと大きな声を上げた。
「いやいや! 皆様のお気持ちは有り難いんですが、あっしは何もエラくなりたいってワケじゃ無えんでっ。こっちはただ姫サンにお仕え出来ればソレで最高なんですよ!」
にゅう? 何かちょっとイヤな予感がして来ましたよっ。
握り拳で力説するロベールさんの剣幕に、ワタシはちょっと引き気味になってソファーに座り直した。
「あっしは姫サンの、あのトカゲ共に囲まれた時のご活躍にシビレちまって以来『こんなお人に付いて行けたら』って一心でお願いさせて頂いた次第なんですよっ」
げげっ、やっぱり! こんなところで褒め殺し攻撃かよっ!?
ぬう、マズい。今さっきの出だしの時に無理にでも止めれば良かったっ。
条件反射でグッタリとなったワタシを尻目に、ロベールさんのワタシ賛美は続く。
「どう見たって姫サンはそのお姿からしたって、タダ者じゃねえどころか、雲の上の御人って感じだぁ。ところが歴戦のツワモノが泣いて逃げる様な修羅場でも、何処吹く風って感じの強者っぷりで、そんダケでもシビレちまうってのに、ブレイブ取ろうが称号取ろうが、そんな事も御構い無しで、こんなあっしとも対等に口を利いて下さる。そんな御人は見た事も聞いた事もありやせんぜ!」
立ち上がって握り拳したままのロベールさんは、更なる自説の開陳にまで入っちゃった様で、話がどんどんとアレな方向へ行き始めた。
うひぃー、辞めてぇーって感じで後の二人に縋ろうと視線を送れば、何だか二人揃って腕を組んでウンウンと肯いてやがって、ちっともこっちの窮地に気が付く感じじゃ無い。
げげぇ。これがホントの四面楚歌(三人だけど)ってヤツかよ!
「確かにそうですな。流石に高貴な御生まれの御方は、我々凡俗とは全く違う物と感心する事が多う御座います」
しかも、ここで追い討ちですかって感じで、おじ様がロベールさんに賛意を表して来ちゃって、更にヘコむ。
いや、ちょっと、せめてその「高貴」とかってのダケでも、マジで辞めて欲しいんですけどっ。
「ああ、そのコトだけどさ! ワタシって別に『高貴な御生まれ』ってワケじゃ無いし、ホントは御落胤なんかじゃ無くて唯の貴族の元嫡子・・・」
気合と共にヘソで投げるってな感じで気合一発、顔が真っ赤になりながらも口を突っ込むと、しかし何故かおじ様までが急に立ち上がって、ワタシの言葉を遮った。
「お待ち下さい! それ以上は隷属紋を刻んだ後でお願い致しますっ」
にゅうっ!? おじ様ってばいきなり何を言い出してるんでしょうか。
まさか今すぐ此処で、ワタシに隷属紋を刻めって話なんですか?
「全くマチアス殿の言う通りで御座います。ひぃ様、わたくしはもうそろそろこの辺で、彼らもわたくし同様、正式な臣下の列に加えるよう進言させて頂きます!」
何か話がどんどんアレな方向に行き始めてオロオロし始めちゃったワタシに、レティのヤツがトドメを刺して来やがった。
「えっと、ホントにやるの? 今すぐこの場で?」
「元より私はその積りです。ただ、姫様が乗り気でないと仰るのであらば、それは仕方の無い話で御座いますが・・・」
レティの言葉に即座に切り返すと、妙な迫力を湛えたおじ様がレティの代わりとばかりに答えてきた。
マジですか・・・。
見ればレティを含めたワタシ以外の三人が、一様に似た表情でこっちを見つめてて、何かここで否定的な意見が言える様な雰囲気じゃ無い。
しかもコレ、おじ様の言い分の方に断然理がある話だ。
もうイイかと思って口にしようとした「御落胤設定の真実」だけど、もはやソレってワタシの最重要機密になっちゃってるんだもんな。
直臣でも無い人物に話してイイ話じゃ無いよなぁ。
「はぁぁぁ」
ワタシは遠慮もクソも無い大きな溜め息を吐くと立ち上がった。
「一緒に互助会騎士団をやって行こうぜ」って積りだったのに、世間体だけならイザ知らず、最初の構成員が全員マジな臣下に成っちゃうなんて、考えてもみなかったよ。
しかしもう退路は無い。此処まで来ちゃったら、今更グダグダ言っても始まらないか。
渋々ながらも意を決したワタシは、おじ様をソファーに座らせ、その背中にレティに入れたのと同じ隷属の魔法陣(騎士紋)を刻んだ。
右肩にある討伐士協会の隷属紋(おじ様ってば浪人だけど、討伐士協会の参与だから、右肩には協会の隷属紋があるんだよね)に干渉しない様、ちょっと注意が必要だったけど、そこさえ気を付ければ施術される本人が受入れる気マンマンな以上、書き込み自体は一瞬で終わる。
「おおっ! こ、これで私も遂に正真正銘、本当の騎士にっ!!」
出来ましたよーって言って手を離したら、晴れ晴れとした顔になったおじ様がいきなり立ち上がって快哉を上げた。
うっ、うーん。隷属系魔法って、施術時は精神的にだけじゃなくて、肉体的にも結構クるモノがあるって聞いてるんだけど、おじ様、なんでこんなに気持ち良さそうなんですかね。
「長かった・・・。養子に入ったお家が潰れて一介の浪人となって以来、主を求めて幾星霜。勿体無くもグランツェン殿下に誘って頂いたものの、何かが違うと御断りさせて頂いてからは半ば諦めておりましたが、まさかのまさか、この歳になって理想の主に巡り合う事が出来ようとは!」
ちょっとどころでは無く引いちゃったワタシの耳に、何か凄く感激した様なおじ様の独白が聞こえて真剣に驚く。
おじ様、グランツ殿下の誘いを蹴ったって、ホントなんですか!?
だとしたら暫定官位から考えても、おじ様は公王家の直臣爵位を蹴ったって事になる。
マジかよっ。
そっと盗み見る様に様子を伺えば、おじ様はまだ両手を握り締めて、小刻みに震えながら立ち尽くしてた。
うわぁ。ワタシってば、何かやっちゃイケナイ様な事をやっちまったのかも知れませんよっ。
最低でも公王家直参騎士爵に成った筈のヒトが、こんなトコロでポッと出のニセ御落胤に隷属魔法陣を入れられるなんて、何の罰ゲームなんだっての!
こんなのがバレたら、ワタシってば本当に総裁殿下を敵に回しちゃいそうでコワいわっ。
何かちょっとイヤな汗が出てきちゃったかも知んない。
「有難う御座います、姫様! 何時かは必ず報われる日が来ると信じて、今日まで生きて来て良かったっ」
でもそんなワタシの思いも裏腹に、当の御本人は何故か感動に打ち震えておられる様で、感謝の言葉まで言われちゃった。
いや、ホントにっ、ワタシなんてそんな大したヤツじゃ無いんだよぉ!!
思わす頭を抱えそうになりながらも、心の叫びを心の中だけで絶叫していると、満面の笑みを湛えたレティのヤツがおじ様の前に出てきて、その手を取った。
「これでわたくし達は本当の同志と成りましたね」
ええっ!? ここでそんなセリフかよっ。
ブッチ切りで主人ラブなレティの言葉に、真剣に眩暈がしつつもおじ様を見れば、おじ様は小刻みな震えも止まって、ちょっとテレ臭そうな顔でレティの手をグッと握り返した。
「いやいや、姫様に正式な従者にして頂いたとは言え、私が新参者である事に違いはありますまい。同じ主を持つ先輩として、どうか宜しくお願いたしますぞっ」
ぐはぁ。いや、ちょっと、ホントにこのヒト、一体全体どんな価値基準で今まで生きてきたんでしょうね。
レティ同様、謎の主人愛を表明するおじ様に本当に頭痛が始まった気がして、ワタシは何となく片手で頭を押さえた。
レティのある種強烈な主人愛には慣れてるけど、それは今の今まで子供の頃からの刷り込みのせいだと結論付けてたから、ヤツ以外からも似た様な態度を向けられる日が来るなんて、考えた事も無かったよ!
一体全体ワタシの何処が、そこ迄おじ様の琴線に触れたって言うのかなぁ。
世界の七不思議並みの謎だわ。
「フフッ。従者である期間の長さなど、その忠義の心に関係は無いでしょう」
「はっはっはっ! その様に言われると、何だか面ばゆいですなっ」
にゅう。この二人、何だか物語に出て来る騎士同士の誓いでもやってる感じで、近寄り難い雰囲気になっちゃってるんですけど、取り残されたわたしゃどうすればイイんでしょうか。
まぁ考えて見れば、レティだって爵位や立身出世を捨ててやって来たんだから、おじ様と似た様な境遇だし、キワモノはキワモノを知るって感じで、合い通じる所があるのかも知れん。
でもさ、そこまでの主人愛を向けられる方の身にもなって欲しいよなぁ。
清々しい笑顔でガッチリと握手をする二人が本気で怖いわ。
辟易として視線を逸らすと、今度はしばらく沈黙を保っていたロベールさんが、勢い良く手を上げた。
「んじゃ一発、次はあっしに奴隷紋でも刻んで貰いやすかっ!」
ちょっ、奴隷紋って何よ、奴隷紋って!?
更なる強敵の予感に、ワタシは真剣な疲れ(主に精神的な)を感じて、大きく溜め息を吐いた。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。