吸血衝動と姉
旅立つ、とはいえ王女がもう少し落ち着いてからとなった。
「なぜ、僕にお姉さんを預けようと思ったのですか?」
「2つ理由があります。」
「2つ・・・?」
「まず、私は『聖女』なんですが、『聖女』はあなたの世界にはいましたか?」
「聖女と呼ばれる人はいましたが、ルイーゼさんのいう『聖女』とおなじかはわかりません。僕の知る聖女とは特定の宗教の人間で奇跡を何度か起こした人の事だった筈です。」
「遠からずですかね?あなたの仰る聖女様がどんな奇跡を起こすか分かりませんが、私も人智を超えた奇跡を賜るので、『聖女』と呼ばれております。」
「たまわる・・・という事は何かを授かると言う事ですよね?」
「はい、私がいう『聖女』とは神と人とを繋ぐ女性の事です。そして、私は聖女の中でも強い力を持っていますのですが、神託を受ける立場にあるのです。」
「神様から神託?」
「そうです。そして、私は昨日女神様からのお言葉で、あなたを信じる様に言われていたのです。これが大きな理由ですね。」
あの女神様か!グッジョブです、女神様!
「なるほど、それでもう一つの理由は?」
「ジュルリ」
「・・・・えーっと?」
「はっ!すいません、私も少し味わいたいなーなんて思っていませんよ!」
「痛いのでそれは・・・」
レイスから噛まれた首筋はまだ痛んでる。
まだ、大丈夫だが血を失うことで貧血になっても嫌だし。
「お願いします!ちょっとだけ、先を舐めるだけでいいですから!!」
目の前にいる美女にこんなことを言われて、嫌といえる男がいたら教えて欲しい。
「じゃあ、指先を・・・」
躊躇いがちに出した指にルイーゼはすぐにかじり付いた。
「ちゅー、ちゅー、ちゅー。」
チューペットみたいにどんどん吸い付いているけど
まだ僕の血の量は大丈夫なのか?!
「もう、終わりに・・・」
「えー?いいとこなのに・・・」
ウットリした視線のルイーゼさん。
彼女が取り巻く場がピンク色の空気だ!
求められるままに差し出したい衝動をグッと抑え
「ダメです、僕はまだ死にたくないので。」
まず貧血だろうが、明日にでもすぐ旅立つ気なのだ。
あまり体に負担をかけたくない。
指先を離してもらい、先についた涎を拭き取る。
「・・・私は、お客様になんてことを!」
さっきまでのピンク色の雰囲気からうって変わり
急に青ざめるルイーゼさん。
「どうしたのですか?急に血相を変えて?」
「・・・はしたない真似をしてしまい、申し訳ございません。」
顔どころか耳まで真っ赤にして、俯くルイーゼさん。
よく分からないが、はしたない真似というなら触れてあげないほうが優しさか?血は吸われたものの、それ以上にイロイロと満たされた気分になっているので、全く気を害してはいない。
「気にしないで下さい。僕は気にしていませんから。」
むしろ御馳走様でした。
「そうですか?なら、いいのですが・・・」
照れながらも安心した表情になったルイーゼさんも非常に良かった。
今、僕は正気を奪われていなかったか!
煩悩を司る神よ!僕の頭から立ち去れ!
「ルイーゼさんも吸血者なんですね?」
「はい、王家の女性は必ず吸血者なのです。」
「必ずということは、市民の女性は吸血者ではない人もいる?」
「そうです。むしろ吸血者の方が少ないくらいですよ。」
絶対に遺伝するというのは王家の人が吸血者になる遺伝子を持っていることだろうか?
「お姉様は先祖帰りじゃないか?とよく言われていました。非常に強い力と、頭脳を持ち、国をまとめると共に、この国の中で全てにおいてお姉様に叶う人間はいません。」
「全てってそれは・・・・そんな事が・・・?」
「分かっていただけるんでしょうか・・・?お姉様は大将軍達と争い勝利を収め、文官と知略を競い勝ち、魔術師と行った魔法合戦では、宮廷魔道士を越えた結果を残しました。」
「それだけでは無いんですよね?」
「はい。私は小さい頃から一度もお姉様が誰かに負けたことなど見たことがありません。相対するのが大人であろうと、勿論、本当に強い方は手加減したかもしれませんが・・・それを引いても、負けた姿というのは想像もできません。」
人に立つ上で、誰からも信頼される能力を持つ。
決して悪い事ではないが、負けを知らずに弱者に優しく出来るのか?
大人にも甘やかされて傲慢な性格なんじゃ?
などと思ってしまったのだが・・・
「僕はお姉さんの人間性を知りませんが、どんな方なのですか?」
「お姉様は、厳しい方なのです。」
やはり、周りに厳しくしてしまうタイプなのか・・・
「自分に非常に厳しくて、王女としての公務が忙しくなっても決して特訓を止めません。勉学も時間をとりなんと続けて、先日は魔法陣と人形の研究について新機軸を見つけた仰っていました。」
「それは、凄いですね。」
それだけで人となりは分からないが、かなり自分に厳しい事は分かる。
「我が国は人材が不足しています。以前、人事改革を行った結果健全な政治が行えるようになりましたが、残った人間ですべて行う必要があり、誰しもが手が足りておりません。」
「お姉様は、自分が招いた事といい誰よりも働いています。」
「そして、とある事情により、軍も人材足りないのですが、それについても、私は人よりも多少強いようだ。一人で敵の総てを屠る事は難しくとも、国を守るために相応しい働きが出来ねばならない、と。」
「そう言って、特訓を?」
「そうです。そう言って、過剰な特訓を。」
きっと、本当に過剰な特訓で、ルイーゼさんは心配だったんだろうな。
「泣かないで下さい。」
「え・・・・?私、いつの間に・・・・」
「お姉さんに、世界を見せたいんですね?」
「はい、私のお姉様は確かに完璧な人です。ですが、もうずっと笑っていません。式典でも、宴でも、処刑の場でも、眉一つ動かさずにいます。」
「民は、心無い仇名を、お姉様に・・・・」
言葉にしたら止まらなくなったのか、涙ながらに訴え続けるルイーゼさん。
「冷酷姫なんて、酷い仇名を・・・」
「あんなに、民のため、国のため、世界のために努力をし続けて、自分の事なんて何一つしていない!私のお姉様を!なんで!!」
冷酷な姫、か。
完璧であるが故に、親しい間柄でないと伝わらないんだろうな。
その後のルイーゼさんは「すいません、落ち着きたいので時間を・・・」といい、涙でグシャグシャになった顔を隠すように部屋を出て行った。
今、僕は一人で部屋にいる。
目の前にはメイド長が淹れてくれた、ハーブティーが。
ルイーゼさんはいい人だ。
そのルイーゼさんがあんなに思うお姉さん。
一緒に旅に出る事になった王女で、努力家らしいレイスさん。
会って話してみないと分からないな。
考えが浮かんでは消え、夜が更けていく。




