五年一組の事情
翌日、購入した灰色のワンピースを着て学校に登校した。ちなみにこの国では女性がスカートやワンピース以外の服を着る事は無いらしい。異世界初日からスースーすると言っていた涼も渋々ワンピースを買った。涼の方が茶髪で茶色の目だから周囲には馴染んでいる感じがする。私のような純黒の髪はかなり珍しいらしい。
「「おはようございます!」」
今日も教員室に入って教頭先生に挨拶する。すると微妙に深刻そうな顔をした教頭先生が静かにテスト用紙を取り出した。
「あの、そんなに悪かったですか?」
「……いえ、国語、算数、理科全てにおいて二人とも100点満点でしたよ。」
「良かった…あの程度の問題で間違えてたら恥ずかしいですよ。」
初等学校だから、日本の小学校と同じくらいのレベル。かというとそうでも無く、小学校四年くらいまでの内容しかテストには出てこなかった。
「歴史や地理などはテストには出していませんので、覚える必要があるでしょうが、あなた達の学力なら中等学校に行っても良いくらいでしょう。まずはこの学校で歴史と地理を学び、初等学校分を学び終えたら中等学校に入学するというのはどうでしょう。」
「それは、奨学金が受けられるという事ですか?」
「そういう事です。さっそく二時間目から二人とも五年生の一組に入って勉強しましょう。国語、算数、理科の時間は他の学年の歴史、地理をやっている教室に行って勉強してください。」
「分かりました。」
一時間目が終わると教頭先生に連れられて五年一組に入った。ちなみに五年生は初等学校の最終学年だ。
「皆さん、この子達は皆さんの新しいクラスメイトです。まだ幼いですが、入学試験で良好な成績を取られたので、このクラスに入って頂く事になりました。皆さんくれぐれもいじめたりしないように。」
「私は凛香と言います。これからよろしくお願いします。」
「涼です。よろしくお願いします。」
きちんと挨拶したけれど、それが帰って来る事は無くつーんとして冷ややかな目線を向けられてしまった。
「…大変でしょうが、頑張ってください。」
そう言い残して教頭先生は教員室に帰ってしまった。いたたまれなくなって二人でそそくさと教室の後ろに行って空いている席に座る。
「にゃー、どうにゃってるん?」
「さあ?自分よりだいぶ年下の生徒が入って来てプライドが…とか、そんにゃに単純な話じゃ無さそうね。」
隣の席同士で小声で話す。授業は今の時間は歴史をやっているようだ。借りているマイ黒板に重要な事は小さくメモしつつ、例の生徒達の様子を観察する。
男女差は半々くらい。みんな熱心にというか必死に勉強していた。汚れや補修の少ない服を着ている生徒が多い印象を受ける。逆に言うと、汚れや補修の多い生徒もそれなりにいた。ただ、中間層があまりいない。不思議なクラスだ。
三時間目はこのクラスは算数だったので、担任に聞いて他の学年の地理を受けに行った。四時間目も他の学年で受けて、給食を食べてからイスナーニに会いに行った。同じ五年生だけど一組では見かけなかったのでイスナーニは二組だろう。
二組に入ったらそこは和気あいあいとしてお喋りしている和やかな空間だった。実はここへ来る途中チラッと一組を覗いたら、給食を食べ終わったらすぐに各々無言で勉強に打ち込む姿が見えたのだ。この違いは何なのだろう。と聞いたらイスナーニは苦笑して答えてくれた。
「最初に教頭先生が、一組は主に早生まれで勉強が進んでいる子が、二組は主に遅生まれの子がいるって説明していたでしょ?でも、五年生はちょっと事情が違うのよね。
五年生になる前にもう一度実力試験があって、それと普段の授業態度で組分けされるんだけど、それで一組に入れないと中等学校への奨学金はまず得られないんだ。
だから四年生の後半になると中等学校に行きたい子は凄くたくさん勉強をして、一組に入れても卒業試験で良い成績を取って奨学金を貰うためにまた勉強するんだ。だから五年生の一組はとっても殺伐としてるの。」
「にゃるほど…それでライバルが増えたから目の敵にされてるんですか。それと自分達が必死に勉強して実力試験に合格して入ったのに!っていうのもあって、ね。」
これじゃ元の世界の学校と同じじゃない。私達の住んでた所は田舎で受験で入るような小学校は無く、中学受験とかもほとんどやっている人はいなかったけど、私は国立大学の付属に中学から入り、その中でそういうギスギスした関係をずっと見てきた。地域には国立はこの大学しか無いので、このままずっと同じ状況が続くのもどうかと思って、思い切ってアメリカの大学にでも入ろうかと思って準備していた所の異世界だ。正直もう勘弁して欲しい。
「面倒くさいね。二組に移して貰えにゃいかな?」
「まあ、少しの辛抱だろ?俺達は早く色んな知識が欲しいんだし。」
涼が珍しく宥める側に回って来たので驚いて辟易とした気持ちが霧散した。
「……そうね。早く家に帰りたいし。涼もこのまま大きくにゃったら困るもんね。」
きっと、ハーフらしい綺麗な女の子になると思うけどね。心と体の性が一致しないのは辛いからね。
ちなみに異世界人だった母さんはアメリカ人という事にして、私達の戸籍もそういう風に誤魔化してある。神様の力でやったから誰にも気づかれないとは父さんが言っていたんだっけ?
「まあ、がんばって。あと半年もしない内に私達五年生は卒業するから。」
「そういえば、イスナーニや中等学校に行かない生徒はどうするんですか?」
「私は卒業したら見習いとして商店で働く事が決まってるよ。他の子は家を継いだり、同じように見習いとして働いたりするんだ。」
この国は児童労働するんだね…そういうのに厳しそうな辺境伯様が何も言わないって事は、それくらいに浸透してるんだろうな。
「そうにゃんだ…ワーヒドや中等学校に行った子達はどうするの?」
「ワーヒドは高等学校には行くつもりが無いみたいだから、働くだろうし、高等学校や王都にある専門学校に行く子もいるみたいだよ。中等学校を出ると就職先が良くなったり、箔がついたりするから商人の子なんかも中等学校に行きたがるんだ。私達みたいな孤児や貧乏人の子も人生逆転のチャンスだから目指す子は多いよ。普通の家の子は親のあとを継ぐだけだからあんまり目指さないかな。」
だから裕福そうな子と貧しそうな子ばかりで、中間層の子が少なかったのか…
「一組は女の子も多いけど、大体は一組の中から嫁入り先を探してるんだ。女の子も中等学校を出た方が嫁ぐ時に有利だしね。」
「そうにゃんだ…やっぱりどこの世界でも女の子は大変ね。」
日本でもなんだかんだ言っても女が一人で生きていくのは難しい。特に田舎では同じ仕事をしていても男よりも給料が格段に低いから生活していけない。親戚などは父さんの葬儀中に娘の方なら中学を出たら結婚させれば良いから引き取っても良い。と抜かした。さすがにそれは時代錯誤にも程があるが、それを考えると中等学校に行けるだけこの国の方がマシかもしれない。
しんみりした所でワーヒドが帰って来たので話を聞く事にした。
「ワーヒド、中等学校ってどんな所なんですか?私達、もう少し勉強したら中等学校に入るように言われたんです。」
「そうか!それは良かったな。中等学校も初等学校とほとんど変わらないよ。算数が数学に、理科が科学や生物に名前が変わって勉強するんだ。あとは選択科目で商学なんかも教えて貰えるな。」
「そうにゃんですか!中等学校は何年あるんですか?」
「三年間だな。高等学校はニ年。成人が十五歳だから大人になるまで勉強し続ける事もできるけど、俺はそろそろ働かないとな。チビも成長して来ると飯が足りなくなるだろうしな。」
その考えは正しいけれど、自己犠牲は良くないよ。なんとか食糧事情を改善しないと!




