学校
少し長いです…
翌朝、私たち二人も他の皆と一緒に起きて朝ご飯の支度のお手伝いをさせてもらった。
今日のメニューはパンが一つと、具も少なくイマイチ味も薄いスープだけ。知識が無いのか、出汁も取っていない。…毎日これが続くらしい。
食べられるだけありがたいと思って食べた。今日は昨日の様にいただきますはしなかった。ここではしてもいいと言われたとはいえ、教会の人に見られる可能性はあるし、慣れって恐ろしいから外でもうっかりやっちゃう可能性もある。だからここにいる間はやらない事にした。
洗い物をしている時に最年長のワーヒドに声をかけられた。見ると、ワーヒドは慌ただしく小さい子達の服を着せたりしていた。
「お前らは確か五歳だったよな。この領では領地の税から金が出て、五歳から十歳まで学校に通う事になってる。今日はとりあえず見学だけでも行って来たらどうだ?」
「義務教育にゃんですか?それは凄い。」
この中世~近世ヨーロッパに似た時代に授業料無償の義務教育とは…進んでるな。
「ああ、この国でもここの領主様くらいなもんだよ。俺らみたいな孤児にまで衣食住の世話どころか勉強までさせてくれるなんてな。」
「…ですよね。辺境伯様には感謝してます。」
「そうだな、俺もだ。」
「学校って他の子たちについて行けばいいですか?持ち物とかあります?」
「ああ、それならこいつについてってくれ。今日は見学だから特に持ち物はいらないハズだ。」
そう言って示されたのは明るい茶髪の女の子、イスナーニ。昨日10歳だと言っていたからワーヒドに次ぐ年長者だ。
「イスナー二さん、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
私に続いて涼がペコリと頭を下げた。
「よろしく!学校始まるまであんまり時間ないけど、二人は準備出来てるみたいだから大丈夫かな?」
「はい!皿洗いももう終わりましたし。」
服も部屋で着替えてきたし、髪も整えた。後は洗い終わった最後の一枚の皿を涼に渡して拭いてもらうだけ。
すぐに拭いて、片付けた涼と共に学校に向かう皆の後を少し離れて歩いた。その間、涼とコソコソ話をする。
「にゃー学校って、また一から勉強し直すん?めんどくせー」
「まー、そうは言ってもここの文字とか歴史とかは知らないから勉強しといて損は無いでしょ。それに、地理が学べればディヴァインヘルツ王国に行く方法も分かるかも知れないし。」
「あ、そっか。それならいいや。」
「ていうかさ、それよりも学校に行くなら先立つものが必要でしょ。服だってこれ一枚しか無いしさ。」
「そうだな~。っても、俺ら無一文だしな。」
「それにゃ。…何か売れるものとか無いかな?」
「んー、たらいは売れると思えねぇしな。服はそもそも一枚しかねぇし…」
「「うーん……」」
「…あ、そうだ!」
「何かあったか!?」
私の思いつきに、期待のこもった目で見る涼に苦笑して返す。
「…ほら、あのさ、獣達…魔獣っていうんだっけ、を倒した時に宝石みたいなキラキラ光る紫色の石と、獣のパーツを拾ったでしょ?」
「あぁ、あの。いわゆるドロップみたいにゃ。」
「私はRPGとかはあんまりやらにゃいから分かんにゃいけど、そういうのって冒険者ギルドとかで売れるのよね?」
「そうだにゃ。この世界に冒険者ギルドとかあるのか知らねぇけど。」
「さぁて、どうだろうね。何せ、私のこの世界での記憶は二歳までだからね。ほとんど覚えてにゃいのよ。」
「でもいいにゃー。ちょっとでも覚えてるだけで羨ましいぜ。」
「知らない方が幸せだと思うけどにゃ。断片的に、しかも嫌な記憶しか残ってにゃいし。」
「…そういうもんか。」
涼は納得したようしていない様な、よく分からない顔をした。ちょいと気まずくなったそこへタイミング良くイスナーニの声がかかった。
「二人とも~!ついたよ!ここがプレミーア初等学校だよ。」
「へ~!」
「おぉっ!」
二人して見上げたのは立派な石造りの二階建ての校舎。柵の向こうには広々としたグラウンドも見える。郊外とはいえ、これだけの敷地を用意するのは大変だっただろう。
「ほら、こっちだよ。まずは教員室に行ってあいさつしよう!」
言われてイスナーニに視線を戻すと、周りにいた他の子達はとっくに自分の教室へと向かっていた。
「分かりました!」
イスナーニに連れられて学校の中に入った。辺境伯の屋敷も、孤児院もそうだったように、学校の中も土足らしい。白と水色のワンピースに合わせた白色の革靴を見て、イスナーニやすれ違う他の子を見て気がついた。
…明らかに浮いている。
それを言うならば、汚れも、破れた箇所も無い鮮やかな色のワンピースも十分に浮いているが、靴はもっと顕著だ。皆穴の開いた所を補修してある布靴で、革靴ですら珍しいのに、さらに白。
見覚えの無い顔なのもあってジロジロと見られている。
どうするか考える暇も無く、教員室につき、イスナーニが教師を呼んでくる。
「先生、この子達が新しく中央孤児院に入って来た双子の姉妹です。外国から来た子だけど言葉はちゃんと喋れます。あ、でも、ちょっと変なとこもあるかも。」
「そうですか…まあ、言葉が分かるなら大丈夫でしょう。まずはお名前を教えてください。」
「はい!私は凛香です。この国の言葉を覚えた時に間違って『な』が『にゃ』に、にゃってしまいました。直せそうに無いですが大丈夫でしょうか。」
「俺は涼です。俺は妹で、女の子ですけど、男として育てられたので女の子らしくとかは今の所できないです。」
打ち合わせはしてなかったけど、各々適当な嘘をつく。先生にちょっと憐れみの目を向けられましたとさ。
「…問題ありません。私も皆も中央孤児院の事情は理解しています。あなた達は五歳でしたね。今日はとりあえず一年生の教室で見学して貰いますが、今までに何か教育を受けた事はありますか?」
クラス分けのためかな。あんまりにもレベルが低いと苦痛だし、勉強にならない。とはいえ計算はできても文字も読めないんじゃなぁ。
…というか、中央孤児院の事情ってなんだ?子どもが少ない事とか、専属の大人がいない事とかが外にも知れ渡ってるのかな。だとしたら、辺境伯が放って置かないと思うんだけど…
「私たちの国にも義務教育があったので、一通りの教育は受けましたが、この国の文字の読み書きができないので何もできないも同然かと思います。」
「ふむ……では、明日テストをしましょう。文字は使わずに読み上げますのでそれに答えてください。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
「それではついて来てください。一年生の一組と二組にそれぞれ行って貰います。一組は主に早生まれで勉強が進んでいる子が、二組は主に遅生まれの子などが居ます。」
と、ここで、イスナーニが補足を入れてくれた。
「この大陸ではね、一年の初めと真ん中に一斉に皆の誕生日が来るんだよ。年初の日から年中の日までに生まれた子は年初の日が誕生日。年中の日から年初の日までに生まれた子は年中の日が誕生日なの。」
へぇ、面白いシステムだね。数え年みたいなもんか?
「それでね、年初の日が誕生日の子は早生まれ。年中の日が誕生日の子は遅生まれって言うんだ。学校は早生まれの子も遅生まれの子も一緒に入学するから、こうやってクラス分けしてあるんだ。」
「にゃるほど…凄く良い仕組みだね。」
それなら日本の学年のような最大一歳の差という不平等が無いもんね。
「うん!…あ、そうだ。私もそろそろ教室に行かなきゃ。」
そう言ってイスナーニは急いで走っていた。…廊下を走っちゃ危ないぞー
「では行きましょうか。」
先生に促されて今度こそ教室に向かう。
「一組はここです。ニ組は隣です。誰がどちらに行きますか?」
聞かれて、顔を見合わせるまでも無く、暗黙の了解で私が手を上げた。
「私が一組に行きます。」
「では、涼さんは二組に行ってください。」
「分かりました。」
ペコリと先生に頭を下げて涼が隣の教室に向かう。私と涼は一歳差だが学年で言うと二つも違う。当然違うクラスで授業を受けていたから特に違和感は無い。
「今日一日よろしくお願いします。」
先生に見学をする旨を話して、クラスの子ども達に紹介してもらい、後ろの方で椅子に座って授業を眺める。
こうしていると、子どもの中に混じっているという違和感はあれど、学校に通うという当たり前の日常に戻ったようで少しホッとした。
ま、高校には必要最低限しか行ってなかったけどね。
心の中で舌を出す余裕まで出て、授業の見聞をする。
国語にあたる授業はまだ一年生という事もあり、文字を習っている所だった。私も指で書いて練習していると、先生がチョークと小さい黒板を貸してくれた。
紙はこの時代だとまだ大量生産は出来ないだろうし、ということは高いという事でもあるから、いくらでも間違えてたくさん書いて覚えていく子どもには不向きよね。…もったいないとも言う。
「ありがとうございます!」
A、B、C、というような感じで書いていく。とりあえず全部書けるようになったら、単語を書いていく。幸いにも何故か言葉は分かるので英語を覚えるよりも簡単だ。…しいて言うなら初めて知る漢字を組み合わせた単語を書くみたいな感じ?
字を覚えてさえしまえば、すぐにスラスラ書けるようになって文章も書き出した。
これ、明日読み上げて貰わなくてもテストできるんじゃね?
そう思いながら一時間目を終え、二時間目の算数を受ける。
これも、数字や『+』『−』を覚えたら簡単だった。
三時間目は道徳と社会を入り混ぜたような授業だった。これが一番おもしろい。
この国には国王がいて、国王陛下とお呼びする。
この国は国王陛下の物。
だから王国と言う。
この街はプレミーア領と言う。
この街はプレミーア辺境伯の物。
プレミーア辺境伯様の事は領主様とお呼びする。
この学校は領主様が作ってくれた。
領主様に感謝する。
国王様や領主様の悪口を言ってはいけない。
お父さんやお母さん、大人の人の言う事はちゃんと聞く。
ごはんが毎日食べられる事に感謝する。
街の外には怖い獣達がいて、子どもはすぐに食べられてしまう。
だから、子どもは外に出てはいけない。
色々な仕事があるが、その一つでも無いと皆が困る。
だから、お家の人の言う事を聞いてその仕事をする。
女の子や病気や怪我をしている人は守りましょう。
ケンカはしてもいいですが、殴ったり蹴ったりしてはいけません。
…と、まあ、地理的な事と、私にとっても常識的な事。
それに、この時代だと当たり前であったろう世襲制みたいな事とか、国王や領主様の様な偉い人に逆らったりして殺されてしまわない為の一般常識を教わった。
凄く役に立つ内容だった。
4時間めは体育で、グラウンドでかけっこをしたり、鬼ごっこをしたりして遊んだ。革靴で走り回ったらかかとが擦りむけましたとさ。
すっかり見学ではなく普通に授業を受けてしまった…
そして、教室に戻って給食のパンを貰った。一年生はこれで終わりらしい。その場で食べる子もいれば、家に持って帰る子もいるようだ。
私はとりあえず手に持って、隣の教室に向かう。
そうしたら涼も同じ様に手にパンを持って、廊下に出て来ていた。
「はは…外で一緒に食べようか。」
「…おう。」
互いに恥ずかしさから少し気まずくなってしまった。
「その前に教員室行ってきた方が良いかにゃ?」
「んー?何も言われてねぇし、食ってからでよくね?」
「そだね。」
頷いて二人でグラウンド側に向かう。校舎に背中を預けて隣り合わせに座ってパンを齧る。
「授業どうだった?私の方は見学って言うより普通に受けたんだけどさ。」
「俺もそうやった。文字とかも書けるようになったし、全然難しくなかった。」
「だよねぇ。一年生からやるってのはホントに暇すぎると思う。」
「俺も居眠りする自信しかねぇ…」
「とりあえずあの先生にぶっちゃけるしか無いかな~」
「んじゃ、行くか!善は急げ、みたいにゃ?」
「うん。そうだね。教員室に行けば会えるかにゃ~?」
涼に続いて立ち上がって、言いながら歩く。
すぐに教員室に着き、近くの先生に尋ねる。
「あの、途中入学のために今日一日見学させて貰った者ですが、今朝対応して下さった先生はいらっしゃいますか?」
名前を聞いていなかった為に、どう説明すればいいか途方に暮れた私達に、安心させるような朗らかな笑みを浮かべてその先生はすぐに答えてくれた。
「ああ、それなら教頭先生だよ。あちらの奥の席にいらっしゃる…」
言われて見たら、居た。教頭先生だったのか…
チラチラ教員室を見て探しても見つからないわけだよ。
「分かりました、ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げて教頭先生のところへ向かう。
「教頭先生、すみません。今よろしいですか?」
「…はい。あら、凛香さんに涼さん。どうかされましたか?」
資料に目を落としていた教頭先生が手を止めて顔を上げた。
「実は明日のテストの事ですが、読み書き出来るようになったので、読み上げのご配慮は必要無くなりました。」
「あら、そうなのですか。随分短期間で覚えましたね…まあいいでしょう。それでは通常の試験問題を出し、読めない所だけお教えする事にしましょう。それではきっと一年生では退屈でしょうから、テストの結果を見て飛び級しましょう。」
「それが出来るにゃらこちらもありがたいです。」
…居眠りしなくてすみます。
「それでは、今日はもう帰ってもよろしいですよ。ご報告ありがとうございました。」
「いえ。では、さようにゃら。」
「先生さよにゃら!」
「さようなら、気をつけてお帰りなさい。」
それぞれに挨拶を交して教員室を出る。
孤児院に帰ったら、もう他の子達も帰って来ていた。
サラーサとアルバー。同い年で、クラスが違うらしい二人と、お留守番をしていたハムサ。午後も授業のあるイスナーニと、ワーヒド以外は全員いる。
「…そういえば、ワーヒドさんってどこに行ってるの?学校は10歳までだし、もう働いてたりする?」
サラーサとアルバーに聞いてみたら予想外の答えが返ってきた。
「いんや、ワーヒドは学校に行ってるぜ?俺らとは違って中等学校だけどな!」
「ワーヒドの事、年上だからってさん付けしなくていいのよ?孤児院のみんなは家族だから。」
「そういうもの?ていうか、あの学校の上にも学校あったんだ。そりゃそうか…初等があれば中等や、高等学校もあったりして?」
「あるよ!けど中等学校から上は頭の良い奴が奨学金貰うか、金持ちの子しか行けねぇ。ワーヒドは初等学校で成績トップだったんだぜ!」
「へー!すごいね。」
「俺のお姉もすげーんだぜ、ここに来る前に通ってた高校の入試で一位になって授業料免除されてたんだ!」
「ちょっと、やめてよ~!」
目を輝かせて自慢する可愛い弟にツッコミを入れた。…恥ずかしい。
「まじかよすげえな!」
「だろ、だろ!」
涼はアルバーと肩を組んですっかり意気投合してしまった。
…まあ、仲良くなれたならいいか。




