第23話 旅の始まり
雲一つない、果てし無く広がる青い空。障害物の見当たらない草原。
風も吹かないので景色に変化が無く、時の流れが非常に遅く感じられる。
「さて……ここが何処なのか、全くわからん。いったい、何処なんだ?」
「そんなの、分かる訳無いじゃない」
「そうだよなぁ。俺も、全然分からん。時空旅行する為に切り札も切っちまったし、はぁ。箱を開けても何もなかったし……何かヒントはねぇのか?」
辺りを見回し、深く溜息吐いた。
「大気中の魔力濃度がかなり濃いな。何処かの秘境か、それともかなり昔なのか……これだけじゃ、全くわからん」
「取り敢えず、動く?」
「そうだな。動かん事には、何も始まらん。先ずは……」
「北? それとも南?」
セルバルドーの溜めに耐え切れず、カグネが口を出す。
「いいや……」
無駄にドヤ顔で、右腕を上げた。
「遥か上空だ!」
指を差した方向には、燦々と輝く太陽。
「あー、なる程」
納得するカグネ。
「なるだけ無駄は省きたい。道具を使って飛ぶぞ」
セルバルドーが腕を一振りし、握っていた手を開く。中には、なんの変哲も無いイヤリングが2つあった。
「こいつは、竜の眼球をくり抜いて出来ている。こいつを付けていれば自由に空を移動できる。ほら、付けろ」
2人とも耳に付け、セルバルドーのよし、という声と共に空高く飛び上がった。
「なーんもねぇな。転移魔術を併用して探すぞ。手掴むとかして、俺から離れるなよ」
「手は掴まないから」
「知ってた」
肩に掴まり、転移魔術の効果から漏れないようにするカグネ。
「じゃあ、北に向かいつつ、上空から探すか。魔力探知と気配を探るのも忘れるなよ」
「分かってる」
こうして、世界を救うための旅は始まった。
▼▼▼
「なんてこった……」
「嫌な予感は、途中からしてた」
一日中吹雪に包まれている白銀の世界。そこの奥地、山の中腹に、見る者を威圧させる荘厳な雰囲気を纏った城はあった。
カグネ達はたまたま見つけたこの城にて、暫し休憩を取っていたのだ。
無言の時間が過ぎていく中──
「に、してもだ」
──重い空気をどうにかしようと、セルバルドーが口を開いた。
「ここに、氷だけで造られた城がある。人は見当たらないのに、とんでもない精度の城が建っている。これがどういうことか、分かるか?」
「……人が居ないか、争いがあったか、かなり昔に出来たか……」
「そうかもしれない。だが、この城には濃い魔力の残り香がある。つまり、この城は割と最近出来たものかもしれない」
「てことは……」
「あぁ、何処かに、人が居るはずだ」
ほんの少し、希望が見えた。
「そろそろ休憩も終わりにして、探しに行くか……」
よっこいしょ、という掛け声をしながらセルバルドーは立ち上がった。
「……ジジイ」
「正論過ぎて反論出来ないから、勘弁して?」
─────────────────
「ふむ、この身体は凄まじいな。軽く腕を振るうだけで、衝撃波を飛ばすとは」
荒野に、女が居た。
周りの樹々は根を見せるようにして、土から抉れ出ていた。雑草も吹き飛び、荒地に様変わりしていた。
女の周りだけでなく、後ろも荒地に変えられていた。
樹々を薙ぎ払いながら、ここまで来たのだろう。
「全員、防御壁を張れぇぇぇ!」
運の悪い事に、女が進んだ先にはエルフの村があった。
「女子供は全力で逃せ! いいな!」
ここの村長であるエルフが、喉が裂けそうな程大きな声で叫んだ。
「結界強化よし! 対物防御壁も張れました!」
運の悪い事に、この村には魔術師があまり居なかった。
「ほう、これが魔術ではなく、魔法か。たしかに、『ほつれ』とやらが視えるな」
『ほつれ』とは、欠陥である。
『ほつれ』のある魔術は、自分より巧みな者にとって干渉し、細工しやすくなってしまう。
では、魔法の『ほつれ』とは何か。それは、敢えて残して置いてある欠陥である。火力の上げられた魔法に対し、魔術師が勝てるようにと魔神が残した希望である。
だが、それは時に絶望に変わる。
この世界で常識なのは魔法であり、魔術は非常識であるからである。
神が人に授けた技術は魔法。
人が神に至る技術は魔法。
神に至るには、まず常識を捨てなければならない。
魔術師とは、そういう存在である。
どんな非常識も、常識に変えてしまう。
「『ほつれ』を、こう変えると……」
女が手を伸ばし、ドアノブを捻るように動かすと、ガラスが割れたような音と共に、村を覆っていた結界が破壊された。
「なっ⁉︎」
魔術師でない者達は、驚くしか出来ない。自分達の中で魔法は絶対であり、自信の表れでもあった。
それが、手を捻るだけで、いとも簡単に破壊された。
「な、なんだ、あれ……」
人は、未知のモノに恐怖する。
だが同時に──
「お待たせ。いや、多分待ってないと思うけど、助けに来たよ。助けられるかも不安だけど」
──未知を探求し、極めんとする者も居る。
「2000年振りぐらいに下界に降りたから、足手纏いでも許して欲しいねぇ」
「助けは嬉しいが、あ、あんた誰だ?」
男とも女とも取れるが、どちらとも言えない声。黒い靄に包まれ、身体の輪郭から何からが全く分からない、警戒に値する者。
「この世界の人に魔法を教えた『魔神』だよ。まぁ、元人間だし、神なのに神じゃないようなもんなんですけどねぇ」
『魔神』
魔術全盛期の時代に魔法へと至り、神の一員に加えられた人間。
「あんたは、いつものあんたじゃない。まるで、乗っ取られてるように。いや、事実乗っ取られてるんだろう。だから、あんたが愛したこの世界を守る為にも、『俺達』は殺す気であんたを止めるよ」
最早、人間だけの問題では無い。邪神を葬るべく、神々も動き出した。
世界の存続を賭けた、1人対世界の戦争だ。
だが、世界が勝てる確率は殆どゼロに近い。
「ほう……貴様も神か。ならば──」
邪神の周りが黒ずみ、激しい風が吹き荒れる。魔力と邪気の奔流で樹々が腐り、空が黒く染まり、雷が猛威を振るい始めた。
常人なら、一瞬で身を溶かされる程に濃密な邪気。
天変地異を起こす程の、圧倒的な殺意。
「──余 を 楽 し ま せ ろ !」
「あー……研究者だから、戦闘は苦手なんですけどねぇ……」
魔神はすまなさそうに、ポリポリと頬を掻いた。
エルフ達は既にエルフの国へと送り届けていた。
「でも、まぁ……」
周りには誰もいない。居るのは、『魔神』と『邪神』のみ。
「久し振りの戦闘だから、ちょっと試したい魔法とか色々あるわけよ。良質な実験体も居るわけだから、沈んでくれたら、嬉しいな」
瞬間、結界により半径100メートルの隔離された空間が、すべてを浄化する死滅の炎に包まれた。
「できれば、そのままさっさと死んでくれ!」
結界が圧縮され、高濃度の炎が邪神を燃やし尽くそうと暴れる。
だが、この程度で死ぬわけも無い。
大砲が放たれる時の様な低い音と共に結界が破壊され、行き場の失くした力が空気に消えていく。
「ハハハハハ! いいぞ!いいぞぉ! もっと余を楽しませよ!」
「なんて面倒な……」
久し振りに舌打ちをした。
「じゃあ、今度はこれを打ち破ってくれるかねぇ」
世界が、魔神に呼応した。
世界の息吹である魔素が魔神の元へ集まり、それを模っていく。
「……ッ⁉︎」
「破魔の光に包まれ、肉片すら残さず浄化されろ!」
邪神へ向けて伸ばした手から、極光が放たれた。
「チィッ!」
流石の邪神もこれはマズイと思ったのか、回避行動を取る。
「二重!」
両手から、極光が雨粒のように放たれる。大地や自然には傷一つつけず、逃げる邪神を適確に追い詰めていく。
「小賢しい真似をッッ!」
避ける邪神を正確に狙い撃ち、当たらなくても追尾していく。邪神は、確実に追い詰められていた。
「開門!」
魔神のその言葉と共に、空が白色に染まった。
「ッッ!! 貴様、まさかッッッ!!!」
「今までのはただの時間稼ぎさ……これで、おしまいだ!」
この地を隔離していた結界が白く発光し、輝きを増していく。
「消え去れぇぇぇぇぇ!」
「貴様ァァァァァァァァァァ!!」
結界により隔離された空間が、浄化の光に包み込まれた。
「グゥゥゥオォォォォアァァァ!」
邪神の苦しみ悶える声が響き渡った。
暫くすると声が聞こえなくなり、結界も解除された。
「ふぅ、終わったか。オッ……ルロォッ……ッッ!」
下を見る。
腹から何か飛び出していた。
「いつの、ま、に……っ!」
血に濡れた手が、腹を突き破っていた。
「ありえん……なぜ、傷がつけられている……?」
「知らぬ。お前はお役御免だ。中々に我を楽しませたな。せめて、楽に逝かせてやろう」
魔神は、背後を向くことすら出来なかった。
邪神が、魔神の核を握り潰した。
「クソゥ……俺じゃ、ダメ……だったか……」
魔神の身体が輝き、粉塵のようにバラバラに分かれていく。
「みんな……ゴメン。先に逝く」
一瞬の輝きの後、魔神を象っていた粉塵が霧散した。
「中々に強かった。だが、何かが足らんのだ」
邪神は満身創痍だった。だが、既に傷は癒えていた。
「やはり、この身体は最強だ。いずれ、すべての世界を支配してやろう……ククク」
その時の邪神の表情は、無邪気そのものだった。
邪神なのに無邪気とは、どこかおかしいが。
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