第22話 ようこそ、ブラック企業へ
ま、まだ1時だし(震え声
「……ハッ⁉︎ ここは⁉︎」
眼前には天井。少しだけ感じる重み。フカフカとした感触。間違いない。布団の中だ。
「おぉ、無事帰ってきたか! あぁ、本当に良かったぁぁぁぁ!」
顔を横に向けると、セルバルドーが机に突っ伏し号泣していた。どこから溢れ出しているのか分からないが、涙が滴り、机の下に水溜りが出来ている。
「え、そういうリアクションは困る」
「マジで! 今回ばかりは無理だと思ってた! お前死ぬかとおもってた! 本当に! 本当に! 帰ってきてよかった!」
え、ちょっと待って
「もしかして、私諸共殺そうとしてた?」
「あぁ……最悪、そうするしかなかった。ま、まぁいいじゃないか! 生き残れたんだし!」
先程までの表情が嘘のように、輝かんばかりの笑顔を見せる。
「……はぁ、まぁ、いいか。でも」
「ぷぎゅれ!」
張り手を喰らい、セルバルドーは回転しながら椅子から転げ落ちた。
「1発ぐらい、殴ってもいいでしょ?」
「ま、まぁ……そうだね」
避けられる張り手を避けなかった。反省はしてるのかな。
「結構酷いことしたから、力になれることがあれば、なんでもするよ」
「ん? 今なんでもするって言ったよね?」
「え、あ、あぁ……」
セルバルドーの顔が、少しだけ青くなる。
「お願いがあるの」
「な、なにかな?」
「お母さんについて、教えて欲しいの。私の知らないお母さんを、知りたいの」
「……そうか」
セルバルドーは涙を拭い、神妙な顔持ちで言葉を発した。
「ある人に会う。君には知る権利がある」
スッと立ち上がり、地面を踏み鳴らした。
「移動する。恐らく、すべてを知る人だ」
地面を踏み鳴らしただけ。
たったそれだけで、景色が変わった。
右も左も灰色の壁。背後にも灰色の壁。
扉は見当たらず、唯一灰色では無いのは、前にある事務作業机と、そこに座っている誰か。
黒い瞳に黒い髪、対照的な白い肌。薔薇のような赤い唇。意志の強そうなつり目。
人間離れした容姿。エルフ以上の美貌。
「ようこそ、冒険者ギルド本部へ。そろそろ来る頃だと思っていました。自己紹介をしましょうか。冒険者ギルドグランドマスター代理。名はトゥーリエ・ナキリ。ナキリの手によって造られ、産み出されたホムンクルスです。そして、貴方とは違い、血の繋がった娘です」
「……え?」
血が……繋がって、ない?
「やべぇよやべぇよ……とんでもねぇネタぶち込みやがったよ。場がピリピリしてるよ……姐御本当に怖えって」
「真の娘は、私1人で十分です。マスターの役に立つのは、私だけです……ふふふふふ」
「ただの嫉妬ですか」
「血が……繋がって、ない……」
「あー……カグネちゃん。話はこれからだから、そんなに気落ちするなって」
「これ……から?」
「あぁ。だから、話を最後まで聞こうか」
「……うん。ごめんなさい、トゥーリエさん」
「姉さんでいいわ。血は繋がってなくても、家族だから。ほら、言ってみて」
「ね、姉……さん」
なんだか、恥ずかしい。変な気分になる。
「ふふふ、ありがとう……では、話しましょうか」
ほんのりと暖かくなった空気の中、カグネの母についての話が始まった。
▼▼▼
「夢想旅団……という組織を、知っているかしら?」
「……知らない、です」
「本当に、何も知らなさそうね」
ふぅ、と一息吐いた後、話を続けた。
「夢想旅団。元々、私が人に成るためにマスター……母に連れられて旅をしていたのが始まり。それが、母が気まぐれで人を拾い続けて、旅団と称するぐらいに増えてしまった」
「え、そうだったのか?」
「え? 知らなかったの?」
「知らなかったんだけど……」
空気が凍りついた。
「……人が増え、母にはある夢が出来た」
聞かなかった事にするようだ。
「どうせだから、こいつらを世界最強まで強くしよう。そして、中立した組織を作ろう。中立した組織っていうのは、この冒険者ギルドの事なんだけどね。まぁそれは置いといて、地獄のような特訓が始まった。最初の50年で、恐ろしい密度の基礎を叩き込まれた。その後の5年が実戦を利用した応用。それからは、ひたすら戦った。低級の魔物、無能な貴族の暗殺、混合魔獣、飛龍、そして、邪神」
「邪神……」
「そう、邪神。この世のすべての悪を引き受けた神。邪神の仕事は邪悪をばら撒く事によって、善を育てる事。邪神は戦闘狂。善を育てる事によって、自分と戦える相手を育てるのが本当の目的。私達は邪神に挑み、結果、勝って負けた」
「それ、どういう事?」
「マスターの弟子達で協力して戦って負けたけど、マスターは1人で挑んで勝った」
「え? 神様に勝ったの?」
「えぇ、勝ってしまったわ。そして、邪神の力を手に入れた。そして、問題が起きた。これから話すのは、未来の話。いい? 聞き逃すのは許さないわ」
「何が……起きたの?」
「数年後……母の手により、世界が滅びる」
……え?
「そんな、バカな事言わないで! お母さんはそんな事しない!」
「いいえ。これは真実よ」
「嘘よ! 絶対嘘! お母さんがそんな事するなんて、絶対あり得ないんだから!」
「えぇ、本当ならしないわ。でも、してしまうの。邪神の力を取り入れた結果ね」
「え? どういうこと?」
「邪神に身体を乗っ取られ、その結果、世界が滅ぼされる」
「あぁ。これから、私がこの世界を破壊する」
「「ッッ⁉︎」」
お母さん⁉︎
「過去へ行って! これを触媒に!」
トゥーリエの手から小さな箱が投げられる。セルバルドーがそれを魔術で此方へ引きつける。
「喋りすぎだ」
時の流れが、ゆっくりに感じられる。
お願い……やめて!
振り上げられた手が、断頭台の刃のように見えた。
「死ね!」
「カグネ! 飛ぶぞ!」
「姉さん!」
右手を伸ばした。でも、手を伸ばせば届く距離なのに、それでも、姉さんは手を伸ばさなかった。
景色が変わる前に私が見た最期の光景は……
「ーーーーー」
微笑みながら何かを語る姉さんの頭が、弾け飛ぶ様子だった。
「……カグネ」
掛けられた声は、風に流されて消えて行った。
手を伸ばしても、誰も助けられない。手を伸ばすのが無駄だと分かっていても、伸ばしてしまう。
ここにはもう、姉さんはいない。空を掴むだけだ。
でも、この手を戻す事が、出来ない。
「カグネ……泣きたいなら、泣け。これから、泣き言なんて言う暇が無くなるからな」
「う、あ……」
いつも、いつも、あと一歩の所で、助けられない。
「あぁぁ……」
出来るのは、暗殺だけ。血に濡れた手では、誰も救えない。
血の滑りで、手を握っても滑ってしまうから。
風が、伸びたままの手を撫ぜる。やはり、そこには何も無い。救えなかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手足から力が抜け、その場にへたり込む。感情のままに、声を上げ、泣き叫ぶ。
「はぁ。なんで、こんな事になっちまったんだろうなぁ」
呟いた声は、鳴き声で聞こえなかった。
▼▼▼
「……殺せたか」
時期を早めたせいか。身体がイマイチ馴染まん。
だが、まぁいい。この身体能力だけでも十分だ。
「飛ぶか」
邪神へと変貌したカグネの母は、忽然と姿を消した。
明かりがついたままの部屋に残ったのは、頭部の消えた人間のみだった。
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次の更新は折を見て(便利な言葉だなぁ