第21話 ようこそ、ブラック企業へ
申し訳ない。
盛大に、遅刻なんてレベルではない遅さで申し訳ない。
本当にごめんなさい。
「まさか、一般に開放されている図書館の本に載ってたとは……」
【七つの大罪と美徳】
今迄の苦労は、一体何だったんだ……
「はぁ……ま、いいか。取り敢えず読もう」
自室のベッドに腰掛け、本を開く。
━━七つの大罪。それは、邪神を七つに分けた存在と言われている。それらは人や魔物、時には剣などに取り憑き、己の支配下に置き、意のままに操り行動する。
詳しい事はあまり分かっていない。だが、ただ一つ言える事は、取り憑かれ、支配下に置かれた場合、小国一つ簡単に滅ぼす化け物へと変貌する。
「……え?」
もしかして、死んじゃったりする? てか、どう考えてもこれ、私死ぬよね⁉︎
「あはは……はぁ。次」
━━七つの美徳。それは、七つの大罪の対になる存在である。同じ様に色々な物に取り憑き、支配下に置て七つの大罪を滅ぼそうと行動する。支配下に置かれると自意識は残るものの、たとえ悪人だろうが善き事をする様な人に生まれ変わる。悪しきことに過剰に反応し、悪を滅ぼすために動く様になる。
「……え?」
なにそれ怖い。取り敢えず、美徳があれば罪を滅せるのか。そうか。……うん。
「こいつらを取り憑かせないと私は死ぬし、取り憑かせたら取り憑かせたで自意識が消えるから、それって結局死ぬよね? ……あれ? これってもしかして」
「俗に言う、どう足掻いても絶望って奴だね」
「いつから居た? この変質者」
「今来たばっかり。あと、それは止めて。これから真面目な話をするから、シリアスな空気にしたいから」
「……はぁ、分かった」
いつになく、目が本気だ。纏う空気も、普段と少しおかしい。
「これから、君には生きるか死ぬかの戦いをしてもらう」
「……は?」
ちょっと待て。もしかして、あんたと戦うのか⁉︎
「ちょ、ま、落ち着け! 準備とかしないと!」
ベッドの上で慌てる振りをしながら、作戦を立てていく。
魔術ではどう足掻いても勝てない。勝てるのは物理だけだ。なんとしてでも懐に潜り込むか、暗殺するか、どちらかだ。
「遅い」
「んわぁ⁉︎ な、なにを⁉︎ ふぇっ?」
な⁉︎ なぜ押し倒す⁉︎
「や、やめっ! ぬ、脱がすな!」
「黙れ」
「ヒッ……」
身体が、動かない。
あぁ……もしかして、ここで犯されるのかな。
「あ、あぁ……」
あの時みたいに、強引に……
「や、あ……」
あの時は、お母さんが助けてくれた。だから、強姦未遂で助かった。
けど……
「と、るな、ぁ……」
シュルシュルという音を立てながら、サラシを取られていく。
「背中見るぞ」
「あ、うぁ……」
あの時の事を思い出して、身体が動かない……あぁ、克服したと思ってた。
でも、ダメだった。身体が、動かない……
「う……グスッ……」
悔しくて、泣けてくるよ。
「やはりか……喜べカグネ。そして困難に打ち勝て」
「……ふぇ?」
「やはり、お前の身体には大罪と美徳が揃っていた。これより、儀式を始める」
「……へ?」
ちょっと待って。犯すんじゃなかったの? ただ単に背中見たかっただけ?
「『光闇明滅輪廻回帰。森羅万象因果操作』なんか雰囲気作るのめんどくなったからいいや」
「え⁉︎ ちょ⁉︎ なにがしたかった訳! 人の事押し倒して!」
「ほんじゃさいなら〜」
背中を魔力の込められた手で押された。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉっ!」
振り返る事すら出来ずに、私は意識を失った。
▼▼▼
「……どこだここ」
見渡す限り灰色の世界。上下左右、全てが灰色で、宙に浮いてるのか、地面に足をつけてるのかも分からない
━━憎い憎い憎い憎い。あぁ憎い。
「知らない声だ……でも、聞いたことがある気もする」
━━哀れだ。なぜこんなにも哀れなのか。報われないとは、こんなにも哀れなのか
「……誰?」
少し威圧を掛けながら辺りを見渡すが、矢張り灰色一色の世界に、何も見つからない。
━━憎い憎い。なぜだ! なぜ救われないのだ! あぁ、この世全てが憎い!
「それは同感」
━━あぁ、なんと哀れな。なぜこうまでしても報われないのだ。あぁ、この世は無情だ。
「うん、言えてる」
━━憎い憎い。救われないのなら、いっそ……破壊してしまえ!
━━あぁ、哀れだ。報われないのならいっそ……消滅させ、苦しみから解放させてしまえ!
「んわぁっ⁉︎ な、なに⁉︎ じ、地震⁉︎」
灰色の世界が揺れ始めた。
『ゴァァァァァァァァ!』
『消え去るがよい!』
「え⁉︎ ちょ、何⁉︎ ってうぇえ⁉︎」
ふぁっ⁉︎ なんで上の方でドラゴンと天使が戦ってんの?
は? ちょ、意味わかんないんだけど⁉︎
『グルルルルォォォォォアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
『闇を払いて万魔を滅せ! 混沌断ち切り輪廻を正し、永劫の回帰へ戻れ。汝、浄化の泉に身を浸し、纏う諸悪を流すが良い!』
なんなのよこれ……意味わかんない。
『カグネ! 聞こえてるか⁉︎』
「ちょ、セルバルドー! これ意味分からないんだけど! なんで私の精神世界にこんな変な奴らが居るのよ!」
『そいつらは【憤怒】と【慈愛】だ! 殺し合いに勝った方が、お前の精神を塗り潰して体の支配権を得る! だから、お前はなんとかしてそいつらに勝て! いいな!』
……は?
「勝てる訳ないでしょぉぉぉぉぉ!」
『相打ちを願うか、死にかけの所で強力な一発をぶちかませ! そうすりゃなんとかなるだろ!』
「無理だって! 正面から行ったら勝てないって! 死にかけなぐらい弱ってても!」
『じゃあ背後からの攻撃とか、搦め手をどうにかして考えろ! 俺が直接手伝う事は出来ねえ! だから頼む! なんとかして勝て! いいな!』
「死にたく無いから、死に物狂いでなんとかするわよ! このバカ!」
とは言ったものの。どうしようか。
賭けに負けたら終わり。でも、賭けないと勝てない。賭けないと勝てないなら、もう、賭けるしかないか。
『グルォォアァァァァァァァ!』
『ヌォォァァアァァァァ!』
取り敢えず、共倒れを待つか。
そんなうまい話は無かった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
降り注ぐ火炎球。
迸る紫雷。
足場をも覆い尽くす暗黒炎。
聖水の泉により、心が清められたり。
憤怒の炎で心が汚れたり。
兎に角、外れた攻撃とかを避けるので精一杯だった。
傍観するのは到底無理。
だって、外れた攻撃が恐ろしい程速く飛んで来るから、気を抜く事は勿論、休憩も出来ないし、圧倒的な実力差を前に、一気に戦意が減っていった。
「なんか、もう嫌……」
▼▼▼
『悪は……滅んだ!』
「ゼェ、ゼェ……やっと、終わった」
長く、辛い戦いだった。直接戦ってはいないけど。
『少女……悪いがこの身体、悪を滅ぼすため、貰い受ける!』
「ゴフッ」
天使の腕が鳩尾に突き刺さり、身体が内側から侵食されていく感覚に陥る。
は、反応出来ない速度で、尚且つトラップを全部無効化するって、なにそれ……
い、意識が……持たない……
『すぐ終わる。悪は必ず滅ぼす』
「ま、だ……死ねない!」
『む、やはり抵抗するか』
「当たり前でしょう? それから……」
『ガッ……アアッ……ッッ⁉︎』
天使の胸から、血に濡れた手がズルリと飛び出してきた。
「勝ったと思った時、その一瞬の気の緩みが、命取りになる」
『ふ、ふたり居る……だと⁉︎』
今ここに、カグネは2人存在した。理屈は簡単だ。精神を少し分けて、副人格を一時的に作り出したのだ。
「け、計画通り……」
「安心して逝きなさい」
『やめろ! やめるんだ! 私が! 私たちが世界を救わねば!』
天使の頭が破裂した。
「出来損ないのオブジェね」
「言えてる」
「さて、戻りますか」
「そうだね」
こうして、不意打ちで私は天使に勝った。
卑怯汚いは敗者の戯言。勝った方が正義だから。
ここまでお読み頂きありがとうございました
誤字脱字指摘、アドバイス、評価感想等
お待ちしております。
次は明日の午後1時頃更新の予定。
また遅刻したら、本当に申し訳ない。