とある弟子の受難その3
これにて番外編終了。
また暫く休んで本編再開です。
「飽きたー!」
アルは、ついにマキマキを攻略した。全曲攻略にかかった年数約二年。曲はそこまで多い機種じゃなかったので、割と速く終わった。攻略後は目隠しなどの縛りを入れていたが、慣れていたので意味は無かった。勉強の合間に息抜きとして音ゲーをさせていたが、ついに飽きたようだ。
「師匠! マキマキ飽きた!」
「そうかそうか。そう言うと思って、こんなのを用意しておいた」
「これ……何?」
「踊れ踊れ革命だ! という名前の音ゲーだ。その名の通り、今度は手を使わず、足を使うんだ」
「へー」
足元にあるパネルは8枚。恐らく、それを踏むんだろう。
「まぁ、見ておけ」
いつものお手本プレイ。ただし、難易度は最高。
軽快な音楽と共に、足場の前に設置された画面に動く模様が現れる。速度異常量異常。師匠の足の速度異常。
「師匠……」
「なんだ?」
「足……浮いてない?」
「高速で動いてるから、浮いているように見えるのだろう」
「ねぇ師匠」
「なんだ?」
「なんでこっち向いたりあっち向いたりして、くるくる回ってるの?」
「覚えてるからな。ちょっとしたパフォーマンスだ」
やがて曲が終わり、師匠の動きも止まる。
「まぁこんな感じだ。上手くなれば足を高速で動かせるようになる」
「うん、僕、出来ない気がしてきた」
これ以上ないぐらい輝いてる、ショタの笑顔だ。
可愛い。
「何を言っているんだ。そんな事言いつつも、マキマキを攻略したじゃないか」
その通りである。やはり子供の吸収率は高い。なんでも吸い取る。
「いや、でも、あれは手の動きだったから」
「足も同じようなもんだ。きっと出来るようになるさ」
まぁその通りで、三年も経てば攻略してしまったのだが。
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「アル」
「はい、師匠」
「これから君には、ある事を伝えないといけない」
「はい」
「とても重い事だ……聞く覚悟はあるか?」
「はい」
「……調子に乗って仙境に6年も滞在した結果、村の方では丸一日経っている」
「……え?」
「つまりだな、その……村人全員でお前を探してるんだ」
「……」
驚きのあまり、意識が飛びかける。
「師匠、それって……」
「あぁ……戻ろうにも、戻り難い」
「どうしよう……」
ここの仙境は、時の流れが歪んでいる。本来とは違う時間の流れなのだ。
仙境で1日滞在した後帰っても、時間はまったく経っていない。
つまり、アホみたいに長い間滞在しないと、肉体は成長しないのだ。
なので、今のアルはこんな感じである。
見た目は子供、頭脳は大人。
師匠の英才教育もとい詰め込み授業のせいで、学校に行かなくても済むぐらいみっちりと叩き込まれたのだ。自分のせいでみんなに迷惑をかけた事が、アルには分かるようになってしまったのだ。
「なんて言い訳すればいいんだろう」
「どうすれば……」
師弟揃って頭を抱えている。
「そうだ! いい事を思いついた!」
「流石師匠! 頼りになる!」
非常にどうでもいい師弟愛である。
「アルが盗賊に攫われ、そこを私が運良く助けたという事にしよう。」
「おぉ!」
「そうと決まれば早速行動開始だ!」
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アルの母親イリーは悩んでいた。
最近、息子がよく家を出て遊んでいると。
少し前まで基本的に家で人形を造っている、引き篭もり少年だった。だが、最近は朝早くから家を出て、日がある程度登った頃に、少し汚れて帰ってくる。
その後はいつも通り手伝いをしたり、どこかへ出かけたり、人形を作っていたりと、普段とあまり変わらない。
だが、朝早くから居なくなるのはなんだかおかしい。
薄々勘づいてはいたが、イジメなんじゃないかと。もしかして、朝からイジメられているのか? それとも、頑張って特訓をしているのか?
男の子は、自分の情けない姿を見せようとはしないらしい。
イリーは思った。
自分から話すまでそっとしておこう。どうしてもだめな時は、きっと向こうから話してくれる。
それと同時に、イリーは考えた。
本当は自分から話を聞いた方がいいのかもしれない。でも、アレだけ隠すなら自分も気がついていない振りをした方がいいかもしれない。アルの特訓を、影から応援しよう。
夫も負けず嫌いだった。その血を継いでいるのだから、きっとアルも負けず嫌いなのだから。
ある日、アルが帰ってこなかった。
「おかしいわね」
いつもなら夕方には帰ってくるはず。日が暮れても帰ってこないとなると……まさか
「攫われた?」
いやまさか。アルは女顔で小柄だ。だからってまさか……
「あり得るわ。そう言えば彼も昔、攫われたって言ってたわ」
アルの父親も昔、攫われていた。女顔で小柄だったので間違われたのだ。
「親子は似るって言うけど、なんでこんな所が似ちゃうのよ!」
「んぁ? どうした?」
グーすか寝ていた夫が、目を覚ましたようだ。
「このダメ夫!」
「ウゲ!」
米神を寸分の狂い無く撃ち抜かれ失神するダメ夫。
名前すら出る事なく、アルの父は出番を失った。
「村長に相談した方がよさそうね」
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「もう、朝ね……」
村総出で一晩中探したが、アルは見つからなかった。森にまで探しに行って見つからないとなると……
「やっぱり、攫われたのかしら」
もうそれしか考えられない。
「おーい! アルが帰ってきたぞー!」
「……は?」
村の若い男の言った事に対して、思わず間の抜けた声が出てしまう。
「こっちだー!村の入り口だー!」
「まさか、本当に!」
村の入り口に向けて、全力で駆ける。
「あ、お母さん」
「アル!」
全力でアルを抱き締める。
「うわっぷ」
「あぁ、よかった! アル!」
「うぅ、苦しぃ……」
あぁ、アルの温もりが感じられる。よかった、生きてる。帰って来た。
「苦……死……カフッ」
「お母さん、いいんですか? 息子さん白目ひん剥いてますよ?」
「はっ⁉︎ 私としたことが、つい極めてしまった!」
感動の再会で、つい極めてしまうとは、どんな母親だ。
イリーは、上からの聞きなれない声に反応し、顔を上げた。
「貴女は?」
「あぁ、彼が山賊に捕まってたんで、それを助けた旅人だよ」
目深くローブを被った者が、そう答えた。重心、佇まい、気配の殺し方、一級品だ。
「ありがとうございます」
イリーは深くお辞儀をし、感謝の意を伝えた。
「気にすることは無いさ。たまたまだしね」
旅人は、気さくに答えた。
「ですが、何かお礼をしなければ、私の気持ちが許しません。私に出来ることがあれば、なんなりと……」
「そうだねぇ……」
イリーの勘が告げた。
「彼を弟子にして、一緒に旅をしてもいいかな?」
この旅人が、アルが毎日汚れて帰ってくる原因だ。
「では、それなりの実力があるのですよね?」
「まぁ、楽に旅を出来る程度の実力は自負しているね」
「では……」
スッと右手足を前に出し、半身になる。
「ぜひ、私と一手願いたい」
「へぇ。一瞬であの子を、村の奥に移動させるなんてね……中々の実力者じゃないか」
「余裕そうね」
「そんなに子思いの態度を見せられたら、私もその期待に応えるしかなさそうだね」
『天災制空圏』
旅人がポツリと呟いた瞬間、旅人の周りの空間が、荒れ狂っているのを幻視した。実際には空間が荒れ狂っては居ない。相手の気迫でそう幻視ただけだ。
「アルの母イリー……参る」
負けていられない!
『轟渦制空圏』
技名を宣言し、旅人に近づいて行く。
制空圏とは、自分の手足の届く範囲の事である。
達人になると、自分と相手の間合いを視る事が可能になる。
お互いの制空圏が重なった時
「ハアッ!」
「ハッ!」
拳と拳のぶつけ合いが始まる。
掴まれぬように叩き、払い、間合いを詰めようと乗り込み、回避するために下がり、技を仕掛けるためフェイントを混ぜる。
制空圏は、身に染み付いた動きにより間合いに入ってきた者を無意識下で迎撃する技である。
技には反射ではなく意識的に身体を動かし、フェイントは身体が無意識下で反応し、対処する。
「(払い流し掴み……クソッ、やはり掴めない。何っ⁉︎ まだ加速する⁉︎)」
両者拮抗し千日手のように見えるかもしれないが、旅人の怒濤の攻めに、イリーは圧されていた。
彼女は相手の力を上手く利用して返す技を得意とするが、旅人の怒涛の攻めを受け流すのに精一杯で、攻めに転ずれずに居た。
「(クッ……一撃一撃が疾く、それでいて重い。返す隙も見つけられない! 掴めず返せず流すのみ……どうにかして隙を作らなければ!)」
「一つ教えよう。天災制空圏とはその名の通り天災。人では敵わぬ自然の災害を体現した動きだ。吹き荒れる暴風。避けられぬ轟雷。全身を打つ氷の雨。そして……」
「……ッッ⁉︎」
本能がありったけの大声で叫ぶ。
避けろ!避けろ! と。
「竜が襲来するのも、天災と同じだろう?」
本能に従い、屈み込んで攻撃を避け……
「アアアァッ‼︎⁉︎」
重い衝撃が、全身を襲った。
「ッッ⁉︎」
なぜ身体が動かない⁉︎
避けたはず! なぜ⁉︎
「強かったよ。轟渦制空圏……その名に違わず、大抵の技は吸い込まれ、無効化される。きっと、君は合気や柔の技が得意なのだろう。でも、相手が悪かった。流しきれない技に、それは有効では無い」
「な……な、にが……? あっ……た?」
やっと動くようになってきた口で、旅人に聞く。きっと答えてはくれないだろう。技術は教えるものでは無い。
「簡単だ。気当たりだ」
「そんな、訳……ッッ⁉︎」
「あり得るんだよ」
「……ッッ⁉︎」
「人間にも、本能的な部分が浅いけどあってね……達人レベルの君なら分かるだろう? 自分の直感を信じて闘ってきたはずだ。本能は信じられる」
「ま、さか⁉︎」
「そう。殺気を込めた全力の気当たり。本能で気当たりから危険を察知し、貴女はそれを避けるため屈み込んだ。その結果、無防備な背中が晒される。私はそこに向けて、衝撃波を放つだけだ」
「……完敗だわ」
「だから言っただろう? 楽に旅を出来る程度の実力は自負しているって」
旅人は、なんてことないように言った。この人になら、頼めるかもしれない。巻き込まれてから後悔するよりは、最初から巻き込んでしまえ。
「一つ、頼みがあるの……聞いて頂けますか?」
「なんでしょうか?」
あまり言いたくない。でも、アルの身に危険が迫るのは困る。
「イスティラ・バーディルネムという男に注意して欲しいの。そして、出来れば殺して貰いたい」
「そいつがなんなんだ?」
「私を育て上げた男であり」
あの頃の事は、思い出したくもない。
「裏武闘会の支配人よ」
「裏武闘会……」
「子供を攫い、見世物として殺し合いをさせる。子供以外にも、成長した大人や、魔物と戦う事もあるわ」
「そんなのがあったとは……」
「まさか、知っていたの?」
「過去に似た様なのを潰した事がある」
「そう……このお願い、聞いてくれるかしら?」
「……ここまで聞いてしまったんだ。まぁ聞くしかないだろう」
「貴女一人では難しいかもしれない」
「奥の手は取っておくもんだ。一応本気だったけど、切り札は使ってないからな。それに」
「……?」
「久し振りに、旧友に手伝ってもらうのもいいかもしれない。場合によっては、私の師匠もね」
この人の師匠が来るかもしれないって……
「まぁ、師匠だったら1人で余裕だろうな。なんせ、ドラゴン相手に小指一本で、その場から動かずに殺したからな」
「……化け物じゃないの」
「いや、そんなちゃちなレベルじゃない」
「そうかもしれないわね」
「あぁ……恐ろしく強かったよ」
「……アルを、よろしくね」
「了解した。生きて返すよ」
「ほら、アル。そこに居るのは分かってるから、出て来なさい」
「えぇっ⁉︎ な、なんで分かったの?」
木陰から、ヒョッコリ姿を現した。
「気配を隠すの下手過ぎよ。まったくもう……」
ここは私に似てるのね。
「……母さん?」
「アル、こっち来て……」
「……母さん、大丈夫?」
「あー……その、手加減出来てなかったらすみません」
「いえ、大丈夫です。そろそろ立ち上がれます」
息子にカッコ悪い姿なんて、あまり晒したくないものね。
「母さん……無理しなくて、いいよ?」
優しいところは、誰に似たのかしらね? 2人かな?
「アル、いい? よく聞いてね」
「う、うん」
肩に手を乗せ、目を見て話す。
「世の中にはね、理不尽な事が沢山あるの。好きでもないのに喧嘩しないといけない事もあるの」
私みたいにね。
「理不尽な事から逃れるためには、やっぱり力が必要になるの」
私は、あそこから逃げ出した臆病者。
「力がある者には、責任があるの」
私は、あの子達を救えなかった。
「その力は、良い事に使って。母さんからのお願い。悪い事に使っちゃダメよ? 母さん怒って、地の果てまで追いかけるんだから」
「わ、分かったようん!」
「素直で良い子ね」
お父さんに似たのね。
「アル」
「……なに?」
「自分で決めた事は守りなさい。守り通しなさい。貴女は、弟子になるって決めたのでしょう?」
「な、なんで分かったの⁉︎」
「フフッ、簡単な事よ。」
本当に、簡単な事。
「貴女の母親だからよ」
「母、さん……」
「さぁ、行きなさい」
肩から手を離し、背中を押してあげる。
「母さん……」
まったく……
「未練も後悔も残しちゃダメよ! でも、反省はちゃんとしなさいよ!」
「でも……」
「ほら、行くぞ。お前の母さんの言う通り、未練残さずサッサと行くべきだ」
「……分かった」
「アル!」
師弟の歩みが止まる。
「……行ってらっしゃい!」
「……行ってきます!」
▼▼▼
「ったく、泣くなよ。男だろ?」
「泣いて、ないもん!」
「やれやれ、親子は似るもんだねぇ」
両親共に泣いて「行ってらっしゃい」と「行ってきます」じゃ、全然締まらないよ。
「……今日はここら辺で野宿をしよう。お前は疲れてるだろう? ちょっと遠くの方に魚を捕りに行ってくる。今は昼だけど、帰って来るのは夕方になるかもしれないなー。小枝とか燃える物を拾ってくれると嬉しいが、アルは今日疲れてるしなー。昼寝してても仕方ないかー。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
急いでアルから離れる。
「男の子は、カッコ悪い姿見せたくないもんね。今日ぐらいは、泣いててもいいんだよ。まだ子供なんだ。思いっきり泣いて、スッキリしちまえ」
▼▼▼
「覚悟は出来たか?」
「はい!」
「じゃあ、出発だ」
「はい!」
アルの目が真っ赤なのは気にしないでおこう。
男のは、カッコ悪い姿を見せたくないからね。
今はまだ空が白い。
が、雲は見当たらない。
「今日は、快晴になりそうだねぇ。旅には持ってこいだ」
昨日雨が降ったからかな? とは言わないでおいた。
「旅の調子も、晴れだといいんだけどね」
イスティラ・バーディルネムに、裏武闘会か……
「はぁ……」
アルに経験を積ませるにはいいかもしれないが、イリーと同等それ以上がゴロゴロいるとなると……
「助けを呼ぶか」
「師匠、なんか言った?」
「今日はいい天気だなーって」
「それさっきも言ってた」
「そうだったか」
「そうだよ」
「ははは。そうかそうか」
「何が可笑しいの?」
「いや、ちょっとね……」
「……?」
こいつだけは、守らないとダメだな。
師匠も、私を守ってくれたしね。今度は私が守る番だ。
登り始めた日が、2人を照らしていた。
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