とある弟子の受難その2
音ゲー見てて思いついたネタ。
何事も極めれば凄いんだなぁって思いました
まる
アルと師弟関係になってから、1週間ほど経った。この1週間で分かった事がある。
「はい全力で走って! 遅い遅い!まだまだ頑張れるぞ! 休んだら体力回復させてやらないぞ!」
「うぉぉぉぉ!」
アルには、サボり癖がある。
「はい、休憩したし次の特訓だ」
「えー……」
「何か問題でもあるのかな?」
「い、いや、なんでもない」
「そうだよね。問題なんて無いもんね」
「う、うん」
師匠の声に凄みが乗せられたせいで、アルは萎縮してしまっている。
「さて、次は呼吸法を覚えてもらおうか」
「こきゅーほー?」
「そうだ、呼吸法だ。取り敢えず、今からやる呼吸を真似してみてくれ」
師匠が実演し、アルは呼吸音を聞く。
「……と、まあこんな感じだ。なんか変なリズムだっただろ? その変なリズムで息を吸ったり吐いたりしてくれ」
「分かりました」
アルは師匠の呼吸を真似し、師匠がここが違うからこうやれと指示する。
絵面は凄く地味だが、師匠が教える技を使うには呼吸法を覚えなくてはならない。そして、この呼吸法を覚え、普段から行う事によって身体の調子もよくなり、きっとアルの身体もドンドン成長していくだろう。というか、成長してくれ……と、師匠は考えていた。
「おしおし、なんとなく形になってきた。普段からその呼吸法を意識してやってくれ」
「分かりました」
返しがテキトーである。
「……サボるなよ」
「分かりました!」
声に凄みを乗せれば、直ぐにアルは態度を変える。
「だって、普段からその呼吸をしてないと、その……死ゴニョゴニョ……」
「なんか今聞きたくないのが聞こえた!」
「まぁとにかく、普段からその呼吸を意識してくれ。いいね?」
「し、ししよぉ……」
「はっはっは! 私の足にしがみつこうなど、えーと……100年は早いな!」
「100はえーと……なんか沢山!」
「ッッ⁉︎」
この時、師匠は気がついてしまった。
やっぱり子供だからバカだ。学校に通わせなければ……と。
それと同時に気がつく。
あ、自分で教えればいいか……と。
「ふふふふふ……」
「し、ししょうこわいよぉ……」
「おっと、顔に出ていたか」
顔はローブで隠れて見えないが、本能的に自分に迫る危機を感じ取っていた。
「さて……そろそろ基礎練習でも始めるか」
「きそ?」
「そう、実戦で使う技の基礎だ」
「おぉやったぁぁぁぁ!」
両腕を上げてガッツポーズ。
「そんなに嬉しいか。そうかそうか」
「うん! 嬉しい! 」
満面の笑みである。
「そうかそうか……」
こちらもいい笑顔である。
「凄い技を使いたいか?」
「うん!」
「すぐにでも使えるようになりたいか?」
「うん! ……ん?」
アルドット異変に気がつく。
「そうかそうか」
時既に遅し。
「そうかそうか。今日は帰って手伝いをしなさい。特訓は明日からしようか」
「あ……はい」
「また明日、空いた時間に来たまえ」
少年は困惑する。
今の心境は、きっとこんな感じだろう。
あっるぇぇぇ?おっかしーなー?
なんか嫌な感じがしたんだけど……まぁ、気のせいかな。
「師匠、また明日」
「あぁ、また明日」
師匠にとって、ここまで天国。明日から緩めの天国。
アルにとって、ここまで地獄。これから地獄の3丁目曲がり角。交通事故多発。
乗り越えれば途中で心臓破りの上り坂あり。
▼▼▼
「やぁ少年おはよう」
「おはようございます!」
「今日はちょっと移動するぞ。まぁ、既に移動は終わってるんだけどね」
「わぁ師匠すごーい。手を繋がれたと思ったら、違う所に居たー」
師匠の非常識っぷりに慣れてしまっている。このまま、まだ幼い彼の常識が非常識で塗り潰されて成長して行くと、将来が不安である。
「……ここどこ?」
「見てわかる通り、木々の間にポッカリと空いた空間だ」
「村はどこ?」
「歩いてあっち方向に4日」
「え?」
「ちょっと遠くに来たね」
「そうだね……」
アルの目から、光が消えた。
「そんなに愕然とするな。普段と大して変わりないさ」
「……ほんと?」
「あぁ」
「……頑張る」
「では、まずは正拳突きから教えよう」
「なにそれ?」
「まぁ見ておけ。ちょっと離れてろよ」
木の前に立ち、呼吸を整える。
「コォォォォォォ……」
「……」
あまりの気迫に、アルは呼吸を忘れ、瞬きする事なく師匠を凝視していた。
師匠の両手が腰に付けられ、左腕が前にゆっくりと伸ばされる。
「よく見るんだ。これが、基礎的な技の正拳突きだ」
一瞬の間の後
「バッ!」
発声と共に高速で右腕が突き出され、一瞬で木が粉々に粉砕された。
あまりの速さに音速を超え、拳圧と風圧による波で、周りの木々が根こそぎ抜け飛んで行く。
「まぁ、こんな感じだ」
師匠が振り返ると、アルの顎が外れていた。
「……はぁ。ふんっ!」
「おぐっ⁉︎」
少し手を抜いた処置により、顎が治る時に衝撃で、アルの意識が覚醒する。
「し、ししょう……あれ……」
「あれが基礎の技、正拳突き。頑張れば、必殺技になる」
「ほ、ほんとに?」
「あぁ。別に、難しい技を覚える必要はない。基礎の技さえ覚えていれば、ドンドン発展させていく事が出来るし、なにより……」
「なにより?」
「基礎の技、簡単な技でこんな威力を出せると……カッコいいだろ?」
ローブで師匠の顔は見えなかった。でも、アルには笑顔に見えた。
「では、これから正拳突きを毎日500回やってもらう」
「それって、どのくらい?」
「私がいいって言うまでやり続けろ」
サーッと、アルの顔から血の気が引く。
「もちろん、家にも帰らせない。帰りたかったら、全力で頑張れ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼の受難が、本格的に始まった。
「叫んでる暇あるなら、早くやった方がいいと思うよ。もちろん、正しい形で出来るように、常に隣で教えてあげるからね」
5歳児にこれは辛い。
「本当は体力筋力トレーニングやりたいんだけどなぁ。子供にそれはダメだし、基礎練だけかぁ……仕方ない。やっぱり楽しくできるのをやった方がいいか」
「いやぁぁぁ……」
アルは正拳突きをしながらも泣き叫ぶ。
器用なものである。
▼▼▼
「やっぱり、ししょうはおかしいよ」
今日は手伝いを休み、家で人形を造っている。人形を造る事にかけては天才である。5歳でありながら、熟練の職人レベルのを造れる。手先が器用かと思えば、人形以外は全く上手く造れない。人形に技術極振りである。
「あれだけやったのに、ぜんぜん疲れてない……変な飲み物を飲まされて、変な食べ物を食べさせられて、背中とか指で押されて、気が付けばぜんぜん疲れてない。やっぱり、なんか変だよ」
その通り。師匠は変である。
「でも、すごかったなあ。木がパンチで飛ぶなんて。僕も、出来るようになるかなぁ」
勿論、出来るようになる。
あの師匠の特訓に耐えられば、だが。
「僕、強くなってるのかなぁ」
ぶっちゃけ、大して強くなってない。
「はぁ……早く、苛められないようになりたいな」
そうかそうか。
フフフフフ……明日からは、もっと特訓をキツくしてもいいかな。
さすが神通力。役に立つ便利能力だ。これから毎日、盗聴盗撮してしまうか……フフフフフ。
「ううっ……なんか寒気が」
危機察知能力に長けているな……うん。これからの特訓内容が、段々と思いついて来た。
アルはこれから、地獄を見るだろう。既に地獄だと感じているが、それが生温く感じるような地獄を。
▼▼▼
「アル」
「な、なに?」
「強く、なりたいか?」
「う、うん」
師匠の声が、重くのしかかる。
「なんで強くなりたい?」
「もう、負けたくない、から」
「守りたい者を守るためじゃなかったのか?」
「負けなければ、守れるから」
「受ければ、直ぐにでも強くなれる特訓がある……強くなる覚悟は、出来ているか?」
「……うん」
「ならば話は早い」
「……え?」
風景が移り変わる。見慣れていた木々に包まれた場所から、雲の上、剣山に囲まれた山の頂上へと。
緑は一切見当たらず、彼らの立っている安定した足場も、あんまり広くない。
「絶対に死ぬなよ? 死んだら困るからな」
「え……ここ、どこ?」
「仙境と呼ばれる場所だ。仙人を志す者がここ目指し、ここで修行をする」
「え? 仙人? え?」
「詳しい事はまた後だ。ここは、時の流れが歪んでいる」
「えぇっと……どういうこと?」
「これから毎日ミッチリ特訓出来る。村の手伝いの事はまったく心配しなくてもいい」
「あ……はは」
もう笑うしかない。
「これから延々と修行だ。覚悟は出来てるんだろ?」
師匠は、最高の笑顔だった。
「という訳で、これからはこれをやってもらう」
地面が盛り上がり、土の中から鉄の塊のような何かが出てきた。
「こいつの名前はマキマキ。似たような物が沢山あるから、音ゲーと呼んでいるがな」
「(なにそれぇ……)」
「こいつを使っての修行は簡単だ。見ておけ」
師匠が音ゲーを操作すると、なにやら軽快な曲が流れ始める。そして、機械の円形に囲まれた場所で絵が動き始める。
なんで絵が動いているのかは聞かない。一々驚くのに疲れ始めていた。
円形に囲まれた中で模様が動く。模様に合わせて師匠の手が動く。叩いたりなぞったりしている。その速度は異常に速いが。
「こんな感じだ。動く模様に合わせて叩いたりなぞったりしろ。まぁ、最初は簡単なやつから始めよう。勿論、呼吸法も忘れるなよ?」
「……はい」
アルが音ゲー名人になるのは早いかもしれない。
「そこは、ここを叩いた後に叩くんだ」
師匠のとても丁寧な説明。子供心くすぐるゲーム。やればやるほど上手くなる自分の腕。
「や、やった! ここ出来た!」
「おぉ、すごいな。おめでとう」
「エヘヘヘヘ……」
子供は凄い勢いで技術を会得していく。
音ゲーの達成率が上がれば上がるほど、新しい曲が開放されていく。アルは音ゲーにハマってしまい、食事と睡眠を指摘されるまで、一日中音ゲーをするようになってしまった。音ゲー大好き少年の完成である。
「よしよし、今日からは難易度を上げてやろうか」
「どういうこと?」
「昨日までの難易度は、簡単と普通だった。今日からは難易度を上げて、難しいにしよう」
「どれくらい難しいの?」
「こんな感じ」
師匠に教わったが、絵が動く部分を画面と言うらしい。その画面を動く模様が速く、そして量が増えている。師匠の腕が交差したり、片手だけで連打したりしている。
「えー。なにそれ」
アルはぶっちゃけ舐めていた。上手くなっていたせいで、ちょっと舐めていた。難しくなっても大して変わりないだろうと。
「難しくても、慣れれば問題ない。慣れてしまえば目を瞑っても出来るさ。ほら、こんな感じで」
「えー……」
今気がついたようだが、師匠は目隠しをしてやっていた。
「ま、ようは慣れだ。いつも通り、一日中やっていればすぐに出来るようになるさ」
「無理でしょ」
思わず本音が出る。
「まぁまぁ、取り敢えずやってみろ。すぐ出来るようになるかもしれないぞ?」
▼▼▼
「難しいよー!」
「当たり前だ」
「出来ない出来ないー!」
アルは、ついに癇癪を起こした。一時間やっても、全然出来るようになる気配がない。まぁ、そんな簡単に出来るようにならないのだから仕方ない。
「手っ取り早く強くなるには、これはかなり良い方法なんだけどなぁ……」
「だって!遊んでるだけじゃん! なんで強くなるのさ!」
その通り。側から見れば、遊んでるようにしか見えない。アルだって遊び感覚でやっている。
「じゃあこうしよう。私はアルを捕まえようと手を出す。アルはその手を殴れ。叩いたり、払ったりしてもいい。手を殴り損ねたらゲームオーバーだ。いいな?」
「いいもん。どうせ出来ないし」
「やってみないと分からない」
師匠はアルの前に胡座をかいた。
「では、 始める」
師匠の両手がアルを捕まえようと、大の大人と同じぐらいの速さで動き始める。まぁ多少手を抜いて、動きは割と簡単にしているが。
アルは師匠の手の動きを予測し、殴り、払い、叩いていく。
「なんだ、出来てるじゃないか」
手を動かしながらも、師匠が褒める。
「本当だ……なんで?」
「音ゲーで、似たようなことをひたすらやってただろ?」
「あ、ほんとだ」
「そのおかげだ。それと隙あり」
「うわぁっ⁉︎」
一瞬考え事をした結果隙が出来てしまい、師匠に捕まってしまう。
「お仕置きだー! こちょこちょこちょこちょ!」
「あ、あははは! し、ししょ! や、やめっ! あははははは!」
「やめないもんねー。こちょこちょこちょこちょ」
「あ、あははははは!」
仲がいいものである。この時ばかりは師匠に対しての好感度パラメーターがぶっちぎっていたが、次の日には元に戻っていた。
「そこはね、ここやってからここやんの」
「出来ないよー!」
アルの音ゲーライフが、再び始まった。
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次回更新明日
時間は多分昼か夕方。




